Gトレーラーの中は、外の昼より暗い。
暗いのに、暗いからこそモニターの光が正しく見える。正しい光は、正しい結論へ最短で行けと急かしてくる気がして、俺は喉の奥が乾いた。
戦闘の乾きじゃない。言葉と手続きの乾きだ。
扉の向こうから聞こえる声は三つ。
ひとつは切れ味がよく、短く断定する声。
ひとつは丁寧で、常に相手を“さん付け”で呼ぶ声。
ひとつは丁寧語に寄りながら、ところどころ自虐が混ざる声。
俺はドアの手前で立ち止まり、その輪の中へ入っていいのか迷って、結局入らなかった。
今回は“G3ユニット側だけ”で話すべきことがある、と空気が言っている。
だから俺は、聞こえてくる言葉だけを拾う。
拾ってしまう。拾わないと、また置き去りにされる気がする。
置き去りにされると、次は沈む。
俺は沈むのが怖い。
「……最悪の形で決着したわね」
小沢澄子の声が、トレーラーの壁を薄く震わせた。
淡々としているのに、淡々としているぶんだけ怒りが見える。
「怪異じゃなく、人間の犯罪。現場が一番嫌う結末」
「えっと……でも、あの資料の子、すごかったですよね」
尾室隆弘の声が続く。
言い方が少しだけ跳ねて、場の空気を軽くしようとして失敗する種類の跳ね方だ。
「正直、ちょっと憧れます。ああいうの、言えるの」
「尾室さん」
氷川誠の声が重なった。
丁寧語のまま、くん付けで呼ぶ。
呼び捨てにしないのに、止めるべきところは止める声だ。
「憧れは否定いたしませんが、現場の前で言い切るのは危険ですので」
「はい……」
尾室の声が少しだけ萎む。
萎むのに、反省の萎み方というより、悔しさの萎み方で、俺はその人間臭さに少しだけ救われる。
氷川の声が続く。
「小沢さん、尾室さん。僕の立場としては、外部の方に現場推理を許すべきではありません」
「ですが……」
そこで一拍だけ、声が詰まる。
詰まるのは感情ではなく、矛盾の音だ。
「止めきれませんでした。現場の痕跡と一致してしまった以上、僕自身も納得してしまった部分があります」
小沢がすぐに返す。
「でしょ。止めるべき、って言葉は正しい。でも正しさだけで人が助かるなら、こんな部署いらない」
「氷川くんが止めきれなかったのは、“甘さ”じゃなくて“現場の必要”よ」
氷川の返事は丁寧なままだ。
「……ありがとうございます。ですが、必要だから許す、という判断は、次に誰かを傷つける可能性がありますので」
尾室が小さく口を挟む。
「傷つけるって……あの子、助けるために言ってたんですよね?」
「言葉は、目的が正しくても刃になります」
氷川が静かに言う。
「現場では特に。結論が先に出た瞬間、相手は“手続き”で潰しますので」
手続き。
その単語だけで、俺の喉がもう一段乾いた。
捕獲作戦の時、俺は手続きで撃たれた。
撃たれたのは弾丸だけじゃない。
“危険なら同じ”という手続きの言葉でも撃たれた。
小沢が椅子を引く音がした。
音が硬い。
決断の音だ。
「だから枠を作るのよ」
小沢が言った。
「潰すのは簡単。でも潰したら次が死ぬ。だから“許す”んじゃなく、“運用”にする」
尾室の声が少しだけ明るくなる。
「運用って、情報提供者登録みたいなやつですか?」
「そう」
小沢は即答する。
「“推理”として扱うと殴られる。“資料提供”として扱えば手続きの盾になる。盾がないと、現場で言葉は死ぬ」
氷川が頷く気配がした。
声は丁寧で、しかし芯が固い。
「承知しました。『推理』ではなく『資料提供』として扱う形であれば、衝突が減ります」
「ただし、取り扱いの責任はG3ユニット側が持つべきですので、僕からも小沢さんと相談の上、正式な手続き案を作成いたします」
尾室がぼそっと言う。
「小沢さん、珍しく優しい……」
「うるさい」
小沢が即座に切る。
切り方が乱暴なのに、乱暴さが嫌味にならない。
「現場が好きなだけ。人が死ぬのが嫌いなだけ」
その一言が、胸に引っかかった。
人が死ぬのが嫌い。
それは当たり前なのに、当たり前を言える場所が少なすぎる。
俺は自分が立っている廊下の冷たさを意識してしまう。
ここが“正義の中枢”なのに、正義はいつも冷たい。
氷川の声が少しだけ柔らかくなる。
「小沢さんのお考えは理解できます」
「ただ、次の脅威はアンノウンだけではない可能性がございます。今回の件で、人間の偽装が混ざる余地が出ました」
小沢が短く言う。
「敵が二重。アンノウンと、人間の都合」
尾室が息を吐く。
「二重って……嫌な組み合わせですね」
「だから、こっちも二重」
小沢が言った。
「現場班は氷川くん。情報班は私と尾室くん。そこに“外部の資料”を組み込む。使えるものは全部使う」
氷川が丁寧語のまま、きっぱり言う。
「了解しました。僕は現場で人命優先を崩しません」
「そして、情報を使う場合でも、必ず手続きと安全を守ります」
小沢が少しだけ笑った気配がした。
「それでいい。結局最後に勝つのは、ただの人間なんだから」
ただの人間。
その言葉が、俺の腰の奥を少しだけ重くした。
俺はただの人間でいられるのか。
いられるなら、どうやって。
答えは出ない。
答えが出ないまま、現場だけが次を連れてくる。
そのタイミングで、外の無線が短く鳴った。
声は断片しか聞こえない。
だが言葉の種類だけで分かる。
通報。出動。次の現場。
「すいません、2人はここで」
「はっはい、分かりました!」
「えぇ、もっと見てみたいのに」
「先輩」
俺はそのまま先輩がそこでそのままついて行こうとしたので、なんとか降りる。
「――出動準備」
氷川が即答する。
「了解しました」
丁寧語ではない。
現場の即答だ。
けれど語尾に乱暴さはない。
丁寧に即答する、という矛盾が、氷川誠という人間の強さなんだと思う。
尾室が慌てて返す。
「了解です! えっと、Gトレーラー、起動します!」
扉の向こうで足音が忙しくなる。
会話が終わり、行動が始まる音だ。
俺は廊下の影から一歩だけ引いた。
今の会話には俺は混ざれない。
混ざればまた“対象”になる。
でも混ざれないままだと、また置いていかれる。