長らくお待たせしました。
ロンドン市街。
華やかだったネオンは砕け散り、街は炎と悲鳴、そして硝煙に包まれていた。
ナチスの軍服を着たミレニアムの兵士たちが、哄笑を上げながら市民を蹂躙している。
彼らの瞳は赤く血走り、口元からは異様に発達した牙が覗き、その身体は部分的に剛毛に覆われていた。
「ヒャハハハハハ!! 燃やせ! 殺せェ!」
「血だァ! 新鮮な血だ!!」
逃げ惑う人々を追い詰め、一人の兵士が鋭い爪を振り上げた、その時。
カツン……。
炎照らされる路地の真ん中に、一人の男が立ち塞がった。
古びた狩装束。顔の半分を覆うマスク。そして、三角羽根帽子。
その右手には、奇妙に折り畳まれた無骨な
「……あァ?」
兵士たちが足を止め、訝しげにその男を見る。
「なんだテメェは! 逃げ遅れたブリティッシュかァ!?」
「構わん、撃ち殺せ!!」
十数丁のアサルトライフルが一斉に火を噴く。
ドドドドドドドドッ!!
鉛の雨が男を捉える寸前。
狩人は懐から、青白く光る骨を取り出した。
『古い狩人の遺骨』
かつて夢を知った狩人の遺骸から放たれる、神秘の術。
フゥン……ッ!
風を切るような異音と共に、狩人の足元に青白い光が纏わりつく。
そして、彼の姿が「ブレた」。
「なッ!?」
銃弾は空を切り、背後の壁を穿つだけ。
男はそこにいなかった。
否、「
「どこだァ!?」
「上だァァッ!!」
月を背にして跳躍した狩人が、両手持ちの巨大な槌、『教会の石槌』を振り下ろす。
ドッガァァァァァァンッ!!!
アスファルトがクレーター状に陥没し、密集していた兵士三人が、悲鳴を上げる間もなく肉のパンケーキと化した。
「ひィッ!? なんだコイツはァ!!」
「撃て! 撃てェェ!!」
狩人は石槌から銀の剣を引き抜き、瞬動する。
青白い軌跡を残しながら、銃弾を紙一重のステップですり抜け、兵士の懐へ潜り込む。
ザシュッ!!
銀の剣が吸血鬼の首を刎ねる。
返り血を浴びる暇もなく、狩人は背中の大剣、『ルドウイークの聖剣』と合体させ、巨大な両手剣へと変形させる。
ガチャンッ!
身体を一気に捻り、横薙ぎの一閃。
特大の刃が、頑強な獣化兵の胴体をボディーアーマーごと三体まとめて両断する。
「バカなッ! 獣の力を持つ俺たちが、ただの剣でッ!?」
「ただの剣ではない」
狩人は冷徹に告げる。
「貴様らのような穢れた獣を殺すためだけに作られた、断罪の刃だ」
狩人は聖剣をしまい、今度は懐から円盤状の機械を取り出す。
ジャキィィィンッ!!
起動音と共に、巨大なノコギリの歯が回転を始める。
『回転ノコギリ』
「な……ヒィィッ!?」
「害虫駆除だ」
ギュイィィィィィンッ!!!!
狩人が回転ノコギリを突き出し、突進する。
触れた兵士たちの肉が削り取られ、骨が砕け、凄まじい血飛沫が夜の街に噴き上がる。
「ギィヤアアアアアッ!!」
「助け……ギャバァッ!!」
装甲車を盾にしようとした数名の兵士ごと、分厚い鉄板と肉体をまとめてミンチに変える。
だが、降下してきた獣化兵の数はまだ多い。路地の奥から、およそ50匹近い群れが、血の匂いに惹かれて津波のように押し寄せてくる。
「ヒィィッ! バケモノだ! こいつバケモノだァ!!」
「怯むな! 撃て! 食い殺せェ!!」
狩人は回転ノコギリの刃を振り払い、虚空のインベントリへ収める。
次に彼が取り出したのは、巨大な鉄の炉を先端に据えた無骨な鈍器、『爆発金槌』。
かつて異端の工房「火薬庫」が愛した、爆炎と粉砕のロマン兵器。
狩人はカチリ、と金槌の撃鉄を起こす。
そして、周囲の崩れ落ちたビルから燃え盛る「ロンドンの業火」の中へ、金槌の先端を無造作に突っ込んだ。
ボウッ!!
炉の中に炎が吸い込まれ、爆発金槌が赤々と、怒りのように発火する。
「……燃えろ」
狩人が地を蹴る。
『古い狩人の遺骨』の効力はまだ続いている。青白い残像を引き摺りながら、50匹の獣の群れの中央へ瞬動。
「なっ──!?」
ドゴォォォォォォォォンッ!!!!
炎を纏った強撃がアスファルトに叩きつけられる。
打撃の衝撃と共に、金槌の炉に圧縮されていた火薬と炎がドーム状に大爆発を起こす。
「アッギヤァァァァァァッ!!」
爆風と業火が路地裏を舐め回し、十数体の兵士が炭化し、あるいは手足を吹き飛ばされて宙を舞う。
「火だ! 火がァァ!!」
獣特有の「炎への根源的な恐怖」が、ミレニアムの兵士たちの理性を焼き切っていく。
再生能力すら追いつかない圧倒的な熱量。
「ひ、ひぃぃ……ッ!」
残った二十数名の兵士たちは、武器を投げ捨てて後ずさっていた。
彼らは自分たちが「狩る側」だと思っていた。だが今、目の前にいるのは、彼らなど足元にも及ばない純然たる「狩人」。
狩人は爆発金槌を捨てる。
そして右腕に装着したのは、複雑なシリンダーと極太の鉄杭を備えた特攻兵器。
火薬庫の最高傑作、『パイルハンマー』。
ガチャンッ!
狩人は左手でシリンダーを引き絞り、鉄杭をロック状態にする。
「……逃がさん」
狩人は周囲の炎を背に受け、その熱をパイルハンマーの機構に吸わせるように構えた。
カチ、カチ、カチ……と、内部の火薬が限界まで圧縮される不吉な音が響く。それと共に狩人は屍を踏みつけ、血塗れの石畳を踏みしめて歩み寄る。
「く、来るなァァァッ!!」
「撃て! 撃て撃て撃てェ!!」
恐怖に駆られた兵士たちが乱射する中、狩人は深く腰を落とす。
最大溜め。
遺骨の青い光が足元で弾け、狩人の姿が掻き消えた。
ゼロ距離。
兵士たちの目の前に、死の杭が迫る。
ズガァァァァァァァァァァンッ!!!!
圧縮された火薬が一気に解放され、極太の鉄杭が音速で射出される。
その威力は、単なる物理的破壊に留まらない。
杭から放たれた衝撃波と爆炎が、路地裏の空間そのものをトンネル状に吹き飛ばした。
「──ッ!!?」
悲鳴すら上がらない。
直線線上にいた二十数名の獣化兵たちは、上半身が文字通り「蒸発」し、血の霧となってロンドンの夜風に消えた。
背後にあった煉瓦造りのビルごと、巨大な風穴が開いている。
シュー……と、熱を帯びたパイルハンマーから白煙が立ち上る。
狩人はゆっくりと立ち上がり、カシャッ、と
静寂。
路地裏を埋め尽くしていたおよそ50匹のミレニアム兵士たちは、ただの挽肉と消し炭に変わり果てていた。
狩り尽くしたのだ。たった一人で、数分足らずの間に。
狩人はマントについた灰を払い、静かに息を吐いた。
そしてHELLSING本部へと駆けて行った。
そんな中、血と屍と化した市街を、猛スピードで駆け抜ける漆黒のベントレーがあった。
運転席にはウォルター。後部座席には、窓から身を乗り出すインテグラの姿。
「オオオォォォッ!!」
狩人の討ち漏らし、あるいは別の区画から溢れてきた獣化兵が、車に向かって飛びかかってくる。
「邪魔だッ!!」
インテグラが手にした大型拳銃の引き金を引く。
バァンッ!!
法儀済みの純銀弾が、空中に躍り出た獣の眉間を正確に撃ち抜く。
獣は脳髄を撒き散らしながら、車の後方へと弾き飛ばされた。
インテグラは熱くなった銃口を下げ、周囲の惨状、そして道に点在する「ミンチにされた肉塊」の跡を見下ろした。
「……随分と派手にやってくれてるみたいだな、
その口元には、頼もしさと、不敵な笑みが浮かんでいた。
「急げウォルター! 我々も討たねばならない! 獣どもを!」
「おおせのままに、お嬢様!」
ベントレーのエンジンが咆哮を上げ、ヘルシング本部へと急行する。
視点は変わり、ミレニアム司令部(飛行船『デウス・エクス・マキナ』ブリッジ)。
「インテグラ・ヘルシング、発見!!」
オペレーターの報告が響く。
「ロンドン市内をヘルシング本部方面へと急速移動中!!」
「見つけたか!!」
少佐の目が、眼鏡の奥でギラリと光った。
「エーデルハイト隊を前面に押し出し、進路を遮断せよ」
「艦長!! 艦を前衛に押し出せ」
少佐は指揮棒を握りしめ、獰猛に嗤う。
「約束を果たす」
そこへ、一人の将校が歩み出る。
右半身にびっしりと呪術的な刺青を刻んだ、長身の女。
大鎌を担ぐ中尉、ゾーリン・ブリッツ。
「少佐殿。ゾーリン・ブリッツ、ツェペリン2」
「ヘルシング本部へ出撃致します」
「応」
ゾーリンが右手を高く掲げる。
「ジーク・ハイル」
少佐も満足げに答える。
「ジーク・ハイル」
少佐は振り返り、通信兵に命じた。
「残存した
「計9発です」
「全弾、ヘルシング本部へ撃ち込め。ゾーリンの露払いである」
ミサイル発射のサイレンが鳴り響く中、少佐は出撃していくゾーリンの背中を見送った。
「さあ、どう出るヘルシング。手並を見せてくれ。褐色の狂気が御相手する」
少佐は眼鏡の奥をぎらつかせて言った。
「彼女の幻影……いや、あの『魔眼の光』を、君たちはどう凌ぐかな?」
ゾーリンの刺青が、薄気味悪い青紫色の光を帯びて脈打つ。
彼女の能力は、単なる脳内への幻術干渉だけではない。
50年前の地下遺跡探求の折、彼女の脳内に直接刻み込まれた「
彼女が幻覚の中で対象を「見つめた」時、空中に無数の「不可視の瞳」が顕現する。
そこから放たれるのは、空間そのものを焼き切るようなアメンドーズのレーザー光線。
『……見せてあげるわ。本物の悪夢を』
ゾーリンは舌なめずりをし、狂気に満ちた笑いを浮かべた。
帝都を焼き尽くす炎の中、九発のV1改ミサイルが、ヘルシング本部へ向かって死の航跡を描こうとしていた。
防衛線に取り残されたセラスと傭兵たち、そして合流を目指す狩人たちの命運は、風前の灯火となろうとしていた。
to be continued…