ドブカス(本物)のヒーローアカデミア (前作) 作:むめい。
黒い霧が広がった瞬間、俺は術式を発動する。コマを刻み、地面を踏み蹴って、一直線に霧の外へ抜ける。背中に冷たい気配が触れて、ほんの一瞬遅れてたら、俺もあれに飲まれとったと思うと、背筋が少しだけ冷えた。
「なんの能力かも分からんのに、みんなよう避けへんかったな...あぁトロすぎて避けれへんかっただけか」
着地して振り返ると、さっきまでクラスがおった場所はもう空っぽやった。人の声も足音も消えてた。恐らくあいつらは消えたんやない、飛ばされたんや。生きとるかどうかは分からんけど、死んだ感じはせえへん。まぁ、あっちは殺す算段ついとるからワープさせたんやろうけど。
その場に残っとったんは、俺と13号と、その他数人。あと黒い霧のヴィランだけや。霧はゆっくり形を変えながら、こっちを見とるみたいにうねっとる。13号は一歩前に出て、俺をかばう位置に立った。
「禪院君、君は外に出て救援を呼んでください!」
「僕の個性はヴィランの個性に有利だ!」
13号は落ち着いた声で言うたけど、俺は鼻で笑った。
「逆やろ。君のブラックホール、あの霧と相性悪いって分からん?」
一見、霧相手にブラックホールは有利に見える。けど相手の能力はワープや、動きの遅いブラックホールの攻撃を自分のとこにワープさせられて自滅する未来しか見えんわ。
俺は霧の動きをじっと見た。速さはない。広がり方はまぁまぁ、飲み込まれたら終い。さっきクラス全員を一瞬で飛ばした力がある。正面からやり合うのは得策やない。
(位置、距離、相手の動き全部見えとる)
投射呪法の線を頭の中で引く。次に動く場所、その次、そのまた次。
失敗したら、あの霧の中や。そうなったら、どこに飛ばされるかも分からん。
「なあ13号」
俺は視線を霧から外さんまま言うた。
「あいつ、殺しても構わへんよね?」
「ダメに決まってるでしょ!...さっきの話聞いてましたか?」
「ジョーダンやマジにせんといて、瀕死に留めといたるわ」
「……分かった。でも無理はしないでください」
「誰に物言うてんの?」
そう言って、俺は次の一歩を刻んだ。
黒霧のそばに、俺は一気に距離を詰める。コマを刻んで地面を踏り、空気を裂くみたいに走る。視界の端で、13号が何か叫んどった気もするけど、耳に入らん。今は速度だけや。
(念の為や。念の為)
いきなり触る気はない。まずは回る。黒霧の周りをぐるぐると走る。近すぎず遠すぎず。相手の反応を見るための距離や。
霧はゆっくり揺れるだけで、俺の動きについて来れてへん。視線も、気配も、全部が数テンポ遅い。
(ああ、やっぱそうやな)
もっと速度を上げる。足が地面を蹴るたび、衝撃が遅れて耳に届く。風が顔を殴る。視界の端がにじむ。体が軽うなって、感覚だけが鋭くなる。
数十秒走って、身体が亜音速の域に入った。
(ここからや)
黒霧の正面に回り込む。距離を一気に詰めて、腕を伸ばす。
触れた瞬間、術式を発動。
黒霧の動きが、止まった。
ぴたりと止まったわけやない。正確には、動こうとして失敗した、そんな感じや。中途半端な姿勢のまま、固まっとる。
(ほらな。カラクリ知らん相手には無理や)
投射呪法は、触れられた相手に「一秒を二十四に分けた動き」を無理やり考えさせる。できへんかったら、その一秒間、完全に止まる。
黒霧は、その一秒を作れんかった。
俺は止まった黒霧を見下ろした。
(やっぱりや。あんな連中まとめて来られたら厄介やけど、単体やったら楽勝やな)
狙う場所を決める。モヤの部分やない。実体のあるとこや。霧の奥に、かろうじて形のある胴体が見える。
(そこや)
一歩踏み込んで、拳を振り抜く。
亜音速のまま、呪力で強化した拳で真正面から叩き込む。
鈍い音がして、黒霧の胴体がひしゃげた。血と黒い何かが混じったもんを吐き出しながら、黒霧は後ろに吹き飛ぶ。地面を転がって、壁にぶつかって、動かんようになった。
十秒が終わる頃には、もう立ち上がる気配もない。
俺は肩を回して、軽く息を吐いた。
「あれ、あれあれあれ?」
倒れとる黒霧を見て、鼻で笑う。
「こんなもんなん?」
正直、拍子抜けやった。もっと粘ると思っとったし、もう一回くらいワープしてカウンター喰らわせてくる思っとった。でも、結局俺の勝ちや。
後ろをちらっと見ると、13号が目を丸くして固まっとった。
「……禪院君」
「何その顔。死んでへんやろ、多分」
黒霧はピクリとも動かん。生きとるかどうかは分からんけど、少なくとも、今すぐ動く気配はない。
俺は周囲を見回した。エントランスに人影はほとんど残っとらん。クラスはほとんどが飛ばされた後や。
「暇やし、ヒーロー?なってやろうやないか」
俺は足元にコマを刻んで、一気に跳んだ。景色が横に流れて、次の瞬間には相澤先生のすぐ横や。
先生は手だらけのヴィランと睨み合っとった。肘の皮膚が崩れてるみたいになってるわ。相手の個性やろうな。
「困ってるみたいやね。助けたろか?」
横から声かけた瞬間、相澤先生の目が見開いた。
「禪院!?お前なんでここに来た!!」
「13号から避難しろと言われなかったのか!?」
俺は肩をすくめる。
「なんやねん。折角わざわざ来たんやで?」
「お礼のひとつくらい言えんの?」
手だらけのヴィランが、こっちを見て舌打ちした。
「なんだお前。生徒か」
「邪魔すんなら……死ね!」
腕を振り上げて、俺に向かって伸ばしてくる。
「禪院、避けろ!こいつの個性は……!」
先生の声が終わる前に、俺はもう消えとった。
次の瞬間には手だらけの真後ろや。
「助けに来たやつが足手まといになるわけないやろ」
振り向きざまに言う。
「黒い霧のヴィランなら、もう殺したで」
手だらけが歯噛みする。
「チッ……ヒーローがヴィラン殺して良いのかよ?」
「嘘に決まってるやろ」
「馬鹿すぎて笑えるわ」
一歩近づいて、耳元で言う。
「てか君、そんな手くっつけて何がしたいん?」
「もしかして、支えてもらわんと立つこともできひんとか?」
手だらけの顔が歪む。
「お前……おい!脳無!!」
叫んだ瞬間、後ろから地面が割れるみたいな音がした。脳が丸出しの黒い筋肉が化け物みたいな速度で突っ込んでくる。
さっきまで俺がおった場所を、拳が叩き潰した。コンクリが砕けて破片が飛ぶ。
けど、そこに俺はおらん。
「頑張り賞ってとこやね」
脳無はもう一度殴ろうとするけど、動きが直線すぎる。速いだけで、読みやすい。
(一発殴られたら結構効きそうや...ま、喰らわんけど)
「てか、なんなん君?人間ちゃうやろ?」
返事はない。脳無はただ前に出て、殴る。それだけや。右、左、踏み込み、叩きつける。床が割れて、風圧だけが遅れてくる。
「力とスピードだけやね」
「脳無君言うたっけ?名前の通りやん」
(見た目は脳ミソ丸出しやけどな)
脳無は唸るだけで、また突っ込んでくる。
床を蹴る音が遅れて聞こえるくらい速い。
拳が振り下ろされるたび、地面が割れて、空気が潰れる。
(正面からやり合う意味はないわ)
俺は一歩だけ踏み出して、横に滑る。
拳が背中の後ろを通り過ぎて、風圧だけが肌を叩いた。
「ほら、見え見えやって」
次の瞬間、脳無の腹に手を当てる。
術式発動。
脳無の体が、また中途半端な姿勢で止まる。
拳を振り切る途中、足も浮いたままや。
「何回でも止めたるで」
踏み込んで、腹に一発。
続けて胸。
顎。
止まっとる相手に遠慮はいらん。
鈍い音が連続して鳴る。
肉を殴る感触が、拳に残る。
脳無が体勢を立て直す前に後ろに跳ぶ。
怒ったみたいに吠えて、また突っ込んでくる。
今度は両腕を振り回して、範囲を広げてきた。
「学習しとるつもりなん?。遅いわ」
拳が地面に突き刺さり、俺の方に破片が飛んでくるがそれも避ける。
「当たらん当たらん」
脳無が向きを変える前に、背後に回る。
亜音速で踏み込んで、背中に連打。
一発
二発
三発
「遅いって言うとるやろ」
脳無が振り向きざまに肘を振る。
それがかすめる。
(...あぶな)
肩が少し持ってかれた。
痺れる感じが残る。
「……今のは、ちょいムカつくわ」
もう一回、正面から行く。
わざと距離を詰めて、脳無の拳を誘う。
振り下ろされた瞬間、内側に潜る。
腹に触れる。
術式、発動。
また止まる。
「芸ないけど、効くやろ」
今度は止まっとる間に、全力で殴る。
みぞおちに一発。
音が遅れて聞こえる。術式解除の演出と共にヴィランが吹き飛ぶ。
それでも、脳無は平然と立ち上がろうとする。
「...しぶとすぎやろ」
「当たり前だろ」
手だらけのヴィランが、歪んだ笑いを浮かべて言う。
「そいつはな、先生が“対オールマイト用”に作った特注品だぞ」
「これでも、そこのプロヒーローのせいで弱体化してるんだぜ?」
その言葉で、俺は一瞬だけ動きを止めた。
視線を横にやる。
相澤先生や。
先生は目を見開いたまま、脳無を睨みつけとる。
首元の布が、風もないのに微かに揺れている。
目は赤くなっとる。
……個性、発動中やな。
「……は?」
思わず声が漏れた。