幕末のラ・セーヌの星 鴨川の星 快傑女天狗   作:koh1968

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悪しき鞭(ムチ)‐瓦版屋修郎を救え!‐第一話

La Légende de Étoile de la Seine au Japon.

Elle s’appelle Étoile de la Kamogawa=Une femme Tenguh.

 

Quelque part en 1862après JC.

A Kyoto à la finde la période Edo.

 

“Mauvais fouet vol1”

 

 保津峡に岩を洗う激しい川の流れの音が響いている。空には無数の星々が瞬いていた。その星空を背景にシュルシュルと音をたてて、細長い何かが飛んでいく。竜のごとく飛んできたもの、それは鞭(ムチ)だった。鞭は白馬を駆る女の細くて白い首に絡みついた。それは竜と言うよりも蛇だといえるかもしれない。鞭の先端がさながら蛇の頭のようだからだ。蛇のような鞭は女の首に二重三重に絡みついていく。

 「あぅううう!」

 女は声なき声を上げ、両手を手綱から離して絡んだ鞭を外そうとするが、それは容易に外れない。紅緋色の仮面は、女の苦悶の表情を隠せずにいた。

「わっはっはっはぁ!」

 鞭を投げた馬に乗る男の笑い声が響いた。女の命は鞭を持つ彼の手中にあったのだ。

 

 幕末のラ・セーヌの星 鴨川の星 快傑女天狗

「悪しき鞭(ムチ)‐瓦版屋修郎を救え!‐第一話」

 

仏蘭西大革命の前夜、花屋の娘として育てられた美少女シモーヌは、ラ・セーヌの星と名乗り剣を取って闘った。

そして幕末維新前夜の日本の京。花屋の若き女主人お星も、鴨川の星と名乗り剣を取って闘う。

しかし彼女は、自分がシモーヌの血をひくことと、後に徳川幕府最後の将軍となる一橋慶喜の妹であることを全く知らなかった。

 

嵯峨野の桂川の上流、保津川沿いの崖の上の路なき道を、白馬が一人の女を乗せて駆けている。空は満天の星々と丸い月が輝いていて、彼女の勇姿を照らしていた。白馬を操るのはただの女ではない。女は正面に銀色の星印が縫われた青い後世のベレー帽のような頭巾を被り、赤い裏地の黒の外套・マントを風に乗せて、髪と一緒に後ろに翻らせていた。その下の装束は濃紺で長袖、胸や腰の括れなど身体の線が露わになったもので後世のレオタードそっくりである。

顔から喉元、鎖骨、双の乳房のあたりまでは雪のように真っ白だ。乳房自体は豊満且つ形がよく、生娘のふくらみをたたえていて、左右のそれが形作る峡谷は深い。馬にまたがる長い両足、そのふっくらとした太ももは、豊かな胸と相まって目にした男を虜にし、女を嫉妬させるであろう。膝から下は黒い革長靴に覆われていて、つま先は鐙(あぶみ)にかかっている。腰には藤色の細い帯があり、そこには反りの少ない大刀と脇差しが差されていた。そう女は剣士なのだ。

 そんな女を特徴づけるのは、細く長い白い顔の上半分を隠す目かづらような紅緋色の仮面だ。仮面の下には澄んだ円らで凛々しい青い瞳があり、鼻は高々とそびえ、紅小玉色で少し下唇が前に出ている。小さな口はとても艶っぽい。濃い栗色の髪は後ろの首のあたりで紫色の小さな帯で結ばれていて、腰の近くまで、前は胸のあたりまで伸びている。

女の名は鴨川の星。この年、文久二年(1862)の春、夜の京に突如出現した女天狗とも呼ばれる正義の仮面の剣士であり、その正体は寺町錦小路上ル円福寺町の花屋兼薬種商でもある楼蘭堂の女主人、お星(せい)こと下川星(しもかわせい)である。

女天狗鴨川の星を乗せた白馬の五間(約九メートル)後ろには、馬乗り袴を履いた男を乗せた栗色の馬が走っていた。鞍上の男は長い鞭を振り上げ、仮面の女剣士に向けて放った。

鞭はシュルシュルと音をたてながら、女剣士の白い首に二重三重に絡みついた。それは鞭と言うよりも蛇のようで、その先端はさながら蛇頭のようだ。

「あぅううう!」

女は声なき声を上げ、手綱から離した両手で鞭を外そうとするが、絡まったそれは容易に外れない。真紅の仮面は苦悶の表情を隠せずにいた。鴨川の星は窮地(ピンチ)に落ちってしまったのだ。

「わっはっはっはぁ!」

 鞭を投げた馬に乗る男の笑い声が響いた。鴨川の星の命は鞭を持つ彼の手中にあったのだ。

「女のくせに!剣を取り、馬に乗るなど生意気な奴だ!」

 二人と二頭の足下は崖で、保津川の急流の音が星空のもとに響いていた。

 

話は十日遡る。八月五日、昼八つ未の下刻(午後二時)くらい。

 京の台所、錦小路市場は老若男女の悲鳴に包まれていた。二頭の馬が市場を暴れ回っていたのだ。馬に乗っているのは能面を被った大小の刀を腰に差す侍風の男だった。能面の一種、般若の面を被った男は長い鞭を振るい、店先に並ぶ青物(野菜)、干し魚などを路面に落としていた。

「な、何するのや!売り物やで」

「だ、誰か!お役人さまを呼ぶんや!早う!」

 市場の八百屋や魚屋の主人達が口々に叫ぶが、般若面男の狼藉は止まない。もう一人の男、能面の一種男面・中将面の男も般若面同様、鞭を振るって逃げ惑う人々を蹴散らしている。能面の男達を乗せた二頭の栗毛の馬は高倉錦小路の辻から堺町、柳馬場へと東進していく。

「ははは!役人だと!幕府の役人に、所司代や奉行所の与力や同心どもに何ができる!」

 お役人さまはまだか、の声に応えるかのように般若面が言うと、続けて中将面が言葉を繋いだ。

「そうじゃ。全ては江戸の幕府の政(まつりごと)が悪いのじゃ!恨むなら癸丑(きちゅう)以来無為無策の徳川幕府を恨め!」

 癸丑とは嘉永六年(1853)を差す。その年はアメリカ合衆国東インド艦隊司令長官のペリーが黒船で浦賀に来航した。翌年日米和親条約を結んで開国してから徳川幕府の権威は失墜し、その後の通商条約締結・欧米との交易の開始とその拡大はこの京の庶民の生活をも苦しくしていたのだ。

 般若面は馬の胴を蹴り、錦小路をさらに東へと進み出した。馬が麩屋町(ふやまち)の辻に達した時悲鳴が上がり、幼い娘が馬の目前で倒れ込んだ。銀杏髷なので十二か十三歳くらいだろう。馬は前足を上げて嘶きを上げるが、般若面は臆することなく手綱を引くと、続けて鞭を娘に向かって放った。鞭はまるで蛇のように娘の華奢な身体に巻き付くと、あっと言う間に男の前に乗せられる格好となったのである。いやや、いややと娘は悲鳴をあげるが般若面は意に介さない。娘の母親か、おみね!おみね!と叫ぶ声がする。

「よし!行くぞ!」

 そして二人は馬を駆り、寺町通と接する辻で左に折れると、上がり(北上の意味)始めた。寺町通りは西に町屋が立ち並び、東には堀のような川を挟んで寺が建ち並ぶ。その寺町通りにおみねの泣き叫び、助けを求める声が響くが、行き来する人々は逃げ惑うばかりだ。

「ははは!逃げろ!逃げろ!」

 だが、寺町通りを十間(約十八メートル)ほど駆けると、道の真ん中で両手を大きく広げる女が立ちはだかっていた。

「むむ、女?面白い!」

 その女は紫陽花(あじさい)の花が描かれた萌葱(黄緑)色の小袖に襷(たすき)と前掛けをした長身の女だった。女は、顔は面長で肌は雪のように白かった。眼は円らで涼しく且つ優しそうで、睫毛は長い。鼻筋は高くて口は、紅玉色の下唇が少し前に出ているが、彫りが深い顔立ちで嫌みのない艶やかな雰囲気を放っていた。栗色の髪はつぶし島田に桃色の鹿の子をかけた結綿(ゆいわた)と呼ばれる上方の十八位までの未婚の女がする髷だ。

「止まりよし!ここは寺町通り、天下の往来どすぇ!」

般若面の男は、止まれと叫んで大の字で立つ女をはね飛ばそうと、馬の胴を蹴りさらに速度を上げさせた。おみねの泣き叫び声もさらに大きくなる。

 だが、女は身体を動かすことなく、両手を大の字に広げたまま立ち続けた。

大柄だが、器量のよい女だ、と思った般若面の男は手綱を引き、馬を止めた。さらに、前に乗せていたおみねの薄桃色の着物の襟を掴むと地面へ向けて放りなげた。寺町通りに人々の悲鳴があがったが、それは安堵の声になった。あわや、おみねが地面に叩きつけられようとした寸前で、髪の毛をボサボサの蓬髪に伸ばし、申し訳程度に髷を結った少年が飛び出してきて彼女を受け止めたのだ。

 

「屯太!すっくり(上手く)やらはりましたなぁ!」

「お星ちゃん、わしを誰やと思っているんや!」

 馬を駆る能面の二人に立ちはだかった女はお星、おみねを受け止めた団子鼻に小さな目が特徴の少年の名は屯太と言うらしい。般若面にもてあそばれていた十二か十三歳くらいのおみねは泣きじゃくりながら、お星に飛びついた。お星はその娘を撫でてやりながら、馬上の般若面、あとに続くやはり馬上の中将面の男をかわるがわる睨みつけた。般若面は言った。

「女!良い度胸をしているな!」

「お侍さまこそ、昼間から顔を隠して錦や寺町で馬に乗ってあらけない(乱暴な)ことをしはって!どえらい恥ずかしおすなあ!みょうががわるおす(罰当たりだ)」

「言ったな!女!」

 そう言うと般若面は鞍から飛降り、腰の大刀の鯉口をきった。娘を抱いたお星は屯太と一緒に後じさりをしつつ二人の面を被った男達を鳶色の瞳で睨み続ける。少年屯太はお星を見上げて言った。

「お星ちゃん、ちゃちゃっとやってまいや。こんな奴らわけないやろ?」

 いつの間にか寺町通りには大勢の人々がお星と屯太、二人の能面の男達のやりとりを見守っている。お星は抱きしめているおみね、上(かみ)、下(しも)の群衆を見回してから言った。

「あかしまへん屯太!こんなぎょぉさん(大勢)の人の前では無理どす!」

 そう、お星は実は剣の達人なのだ。冒頭に出てきた仮面の女剣士鴨川の星の正体は、寺町錦小路上ル円福寺前町の花卉薬種販売商楼蘭堂の女主人であるこのお星なのである。彼女が剣を、いやせめて棒きれか何かを持てば恐らく能面の二人を倒せないことはないだろう。     だが、人々からは花売り娘と思われているお星が、侍を相手に大立ち回りを演じたら、寺町通りは大騒ぎとなるだろうし、謎の仮面の女剣士の正体がお星だとばれてしまうことにもなりかねない。

「どうした?先ほどの威勢はどうした?あぁ?」

 いつの間にか中将面の男も馬を降り、ジリジリとお星達に迫りつつあった。二人の男は面を被ってはいるが、お星は嫌らしい視線を全身に、髷にささった銀の簪(かんざし)の先から、首筋、胸、腰から足まで感じた。

女を物としか見ない男の視線だ。お星に抱きついて泣きじゃくるおみねも何をされたかわかったものではない。このような男達をお星は許すことが出来なかった。

(やるしかないのやろか?)

 お星が覚悟を決めかけた時、上のほうから群衆をかき分けて二人の男が出てきた。鼻眼鏡をかけた三十過ぎくらいの男と細い顔のやや若い男だ。

「おうおう!か弱い娘達と年端もいかない子供をいじめやがって!てめえら何処の家中のもんだ!」

 紐眼鏡をかけたその男は袖を捲って威勢よく江戸言葉で言った。

「そうだぜ!修郎兄貴を甘く見るなよ!」

 続けてもう一人の男も言った。鼻眼鏡の男は修郎と言って読売とも呼ばれる瓦版屋だ。細顔は三次郎と言い、修郎の瓦版に挿絵を描く絵師だ。二人は三河屋という屋号でこの京で瓦版を売り続けている。二人はお星達の前に立ち、二人の能面男達に啖呵を切ったのだ。

 恐らく、能面の男達にすれば修郎と三次郎を倒すことなどわけもないだろうが、群衆がさらに増え、下(南)のほうからお役人さまが来たで、という声が聞こえたこともあり、二人は馬に乗って手綱を取った。

「女よ、また会おうぞ」

 般若面の男がお星に向かってそう言うと、どけどけ、どかぬか、というどなり声と馬の動きで牽制して群衆に道を開けさせ、寺町通りを上へと、北の方角へと駆けていった。

 

「おぉきにありがとさんどした、修郎はん!」

 寺町錦小路の辻を二軒上がったところにある、お星の店、楼蘭堂の奧にある座敷でお星は茶を出し、両手を前についてお辞儀をして瓦版の読売に礼を言った。その辞儀の仕方は祇園の芸妓のように美しかった。修郎はそんなお星の所作に見とれ、橘の花のようなお香の匂いに鼻を動かしていたが、やがて、いやいや礼には及ばねえさ、と両手を振って言った。

「お星ちゃんこそ、駆けてきた馬の前に両手を広げて立つだなんて勇気があるじゃねえか」

「へえ、あの時は咄嗟にやってしもうて、恥ずかしおす」

 そう言ってお星は袖で顔を隠す仕種をし、修郎は肩を震わせて笑った。

「俺も三次郎も元々は二本差しの息子だ。剣はからっきし駄目だが、それでもお星ちゃんよりは腕が立つぜ」

 修郎は江戸生まれで徳川家の御家人波多野家の三男だ。三次郎も同じく徳川家御家人長谷川家の三男である。修郎は十年ほど前に江戸から京に出てきたとき、お星の父下川楼蘭の世話になった。お星とはその頃からの馴染みだ。お星はその頃は桃割れ頭の子供だった。勿論、修郎は、今の美しく成長したお星が謎の仮面の女剣士鴨川の星だとは夢にも思わない。土間に立つ屯太が笑いをかみ殺しているのがお星には見え、キッと睨みつけた。

「そうどすなあ。あては修郎はん、三次郎はん、頼りにをしてますぇ」

「ありがとよ、だが、あの侍達、本当に許せねえなあ」

 般若面と中将面の男達は馬で寺町を駆け去ったが、修郎は脚が早い三次郎に命じて後を付けさせた。合点承知!と言って裾をあげて駆けていった三次郎。相手は馬だから追い続けるのは難しいとはいえ、何らかの手がかりはつかめるだろう。

「この前は三条小橋辺りで、その前は東福寺の門前で真っ昼間から暴れていたらしい。三の字に後を追わせたが、何処の家中の者か突き止めて瓦版に書いてやるよ」

 この頃の京は物騒だ。尊王攘夷、天皇を敬い、異国人を打ち払う思想を持つ志士達が全国から上洛してきて、京洛は無政府状態になりつつある。先月の七月二十日に開国派と見なされていた前関白九条尚忠の家士島田左近が何者かに暗殺されてからは、天誅と称して公家や京に駐在する諸藩の士、欧米との交易で利を上げていると見なされている商人らが斬殺される事件が後を絶たない。また、斬られないまでも攘夷御用金を出せと言って強請集り(ゆすりたかり)をされる商家、浪人に乱暴される娘も大勢いた。

「天狗鞍馬の黒椿、女天狗鴨川の星らが剣と取って退治してくれているが、とても間に合わねえ。だが、おいらにできるのは筆の力でそんな奴らを追い詰めることだ」

 お星は頷いた後、視線を畳の上に落として溜息をついた。天狗とも呼ばれる覆面の剣士鞍馬の黒椿、紅い仮面で素顔を隠す女天狗鴨川の星が剣を取って正義と弱き者の為に闘うのは夜である。あの能面男達は昼にしか現れない。鴨川の星として彼らを成敗しても良いのだが、日が明るいうちは活動がしにくいので難しい相談だ。

 修郎の瓦版は、鞍馬の黒椿は鴨川の星の記事をよく書いていて、それはよく売れている。通常の記事は二百枚くらいしか売れないが、鞍馬の黒椿なら四百枚、鴨川の星なら五百枚は売れるという。そして鴨川の星の初めての闘いを報じたのも修郎の瓦版だ。

「どうしたんだい、お星ちゃん、溜息なんぞついて!」

「あ、なんでもあらしまへん」

 そこへ暖簾をかき分けて通り庭から座敷の前に駆けてきたのは三次郎だった。

「あ、兄貴、修郎兄貴!わかりやしたぜ!あいつらの身元が!」

「おう、どこのどいつでぇ!」

 修郎は腕をまくって立ち上がり、叫んだ。お星もはしたない思いつつ膝を進め、三次郎の言葉を聞こうとした。

「三次郎はん、おつかれさんどす。気張らはりましたなぁ。さ、聞かしておくれやす」

 

 般若面と中将面の男達の狼藉は、次の日もその次の日も京のあちこちで続いた。そして九日、お星が能面の男達に立ちはだかってから四日経った日、修郎が文章を書き、三次郎が挿絵を描く三河屋の瓦版でそれは大きく報じられたのだ。

 お星は花の香りがする楼蘭堂のミセニワで、瓦版を広げて読んでいた。

「二人は六辻家の雑掌はん、白木某と井川某どすかあ。お公家はんで家の用事をするお侍さまが馬に乗って狼藉を働くなど、世も末どすなあ」

 お星は溜息をついた。瓦版には羽林家(うりんけ:公家の家格)のひとつである六辻家の名前こそ出ていないが、京に住む者なら容易に推測できるように書かれていた。

あの日、三次郎は馬に乗った能面男達が御所の方向へ駆け去って行くのを見た。彼らを見失ってからも、三次郎は目撃者を探して聞き込み、彼らが公家屋敷の立ち並ぶ通りを駆け、やがて六辻輔晴(むつじすけはる)の屋敷の中に入ったのを見たという情報を得たのだ。

修郎はすぐには記事にせず、自分の足で六辻家付近を歩いて聞き込みをするなどをし、真相を確かめた。そしてついに八月九日、白木と井川の狼藉を瓦版にして世に出したのである。

「そやけど、修郎はん、大事おへん(大丈夫)やろか。あの二人にえげつない目にあわされへんかいなあ」

修郎の瓦版は白木と井川の狼藉にあった人々の聞き込みを経て、次の日もその次の日も三次郎の挿絵と一緒に二人を糾弾する文章を載せて京に巻かれていった。勿論編み笠を被って口上をあげて売り出すのは記事を書いた修郎の役目だ。挿絵を描いた三次郎は建前としては非合法の瓦版を取り締まる役人がこないかどうかを少し離れて見守る役目である。

修郎の瓦版によると、あの日錦小路や寺町通で怪我人は出たものの死者まではでなかった。だが、三条通、先斗町通等では馬の足や鞭などでついに命を落す者も出たという。お星は悲しんだ。

「あんまりどす。罪のない人らがなんで・・・」

 

六辻(むつじ)家は幕府の力を弱体化させ、朝廷の力を伸ばして、政局を牛耳ろうとする長州藩の援助を受けていた。長州から浪人である白木午之助(うまのすけ)と井川丑五郎(うしごろう)を雑掌・公家侍として押しつけられた格好となっていたが、さすがに当主輔晴は修郎の瓦版で六辻家のことが遠回しに報じられたことを知ると、白川と井川に自制を求めた。

「頼むわ!ほとぼりが冷めるまでは大人しゅうしといてくれへんか。あんたらの役目も知っておるが、ちょっとやりすぎたで!」

すまなさそうに輔晴は、いかにも偽名らしい二人に頭を掻きながら言った。

白木と井川は長州藩から金銀をもらい受け、京の治安をかき乱すことを命じられていたのだ。その任務は成功したが、その成果は上がったが、藩の期待、いや想定以上だったようだ。やむなく二人は六辻家の屋敷で息を潜めて過ごすこととなった。

「ふん、面白くないな。やり過ぎ?今のところ人の命まではとっていないがな。あの瓦版を書いたのはどこのどいつだ!なあ、井川よ」

「白木、三条通りの二人、先斗町での二人も命を落としたらしいぜ、瓦版に書いてあった」「ふん、生きていても仕方が無い命だ。読売め、痛い目にあわせにあわせてやるとするか!」

般若面をつけていたのが、白木午之助、中将面が井川丑五郎である。二人はきちんとした公家侍の身なり、総髪にした髷を整えて街に出た。それは十三日のことだ。

寺町通りを歩いていた二人は、「花卉薬種取扱ひ楼蘭堂」と縦書きに書かれた看板に目をとめた。その看板から商家のご新造(若い妻)らしい小太りの女が暖簾をくぐって出てきた。菊花が活けられた小さな木桶を持ちつつ機嫌よさげに歩いている。

続けて出てきたのは濃い栗色の髪を島田の若い娘の髪型結綿に結い、浅緑色に星や月が描かれた黒襟の小袖に前掛けをしている女だった。お星である。

「おぉきにありがとさんどす!またきておくれやすぅ!」

客である小太りの女が辻の雑踏に消えるまでお星はお辞儀をし続けた。この時代では大柄な五尺四寸(約164センチ)ほどで、目は円らで大きくて涼しく、鼻筋を高く、口は小さく紅玉色で下唇が少し出ているが、浮世絵に描かれても可笑しくない美顔を白木と井川はまじまじと見つめた。

 

「白木、あの時の女だな。花屋か」

 ちなみにこの時代の花屋は、男や老婆が籐かごに仏前に供える花を三文から五文で売ることが多い。京では白川女と呼ばれる女達がいた。紺の着物に前掛け、島田に結った頭に手拭い、頭の籠に草花を載せ、手甲、脚絆に草わらじと言った成りで、花いりまへんかぁと言って売りに回っている。お星の店は店頭で木桶に入れた菊などの生花を売る珍しい花屋だった。

「ああ、少し背が高いのが玉に傷だが、いい女だ!む?」

 お辞儀を終えたお星に鼻眼鏡をかけた男が近寄ってくるのが二人に見えた。白木と井川にむかって啖呵を切った男、修郎だった。

「お星ちゃん、俺が書いた瓦版のおかげで、あの能面の男達、ここんところ出ねえだろ!」

 白木と井川が修郎のその言葉を聞き逃すはずがなかった。

「そやかて修郎はん、もうやめとかはったほうがよろしおすぇ。このままあの面のお侍が黙ってはるとは思えまへんのどす」

「大事ないよ!」

 二人のやり取りを聞いた白木と井川は瞠目した。

「あ、あいつが、あの眼鏡野郎が、瓦版を書いていやがったのか!」

「しゅうろうと言ったな。そして女はおせいか・・」

 お星と修郎はしばらく立ち話をしていたが、読売はお星に手を振ると通りを上に向かって歩き出した。白木と井川には目もくれない。面を取った顔を知らないから無理はない。

「井川、あとを付けるぞ!」

 お星の心配は現実のものになろうとしていた。そして、その日、修郎は姿を消したのだった。

 

「大変だ!修郎兄貴が!」

 修郎と一緒に行動することが多い絵師の三次郎が血相を変えて楼蘭堂に飛び込んできたのは、十四日の辰の刻朝五つ(午後八時)だった。三次郎によれば、修郎が住む長屋の一室は荒らされ、文机には紐眼鏡が置いてあり、履き物はそのままで彼は姿を消していたのだという。木桶に活けられた花々が並ぶ楼蘭堂のミセニワで、三次郎は膝をつき、肩を落としていた。

「あんじた(心配した)通りになりましたなあ。三次郎はん、お気を確かにしておくりゃす」

「でも、兄貴、きっとあの面の公家侍にかどわかされたんだ!」

「お星ちゃん、何とかならへんのか?」

 三次郎の嘆きに団子鼻の屯太がお星の袖を引っ張って言った。鴨川の星として助けに行けないのかという意味だろう。修郎は六辻家の屋敷に捕えられているのだろうか。もし、そうだとしても公家の屋敷に忍び込むのはお星には少し気が引けた。

「そうだ!鴨川の星だ!」

 三次郎が立ち上がって叫んだ。女天狗鴨川の星の初陣をたまたま目撃し、それを瓦版の記事にしたのは修郎だとは先述した。その後も度々、彼は仮面の女剣士の活躍を記事にしている。

「鴨川の星に助けてもらおう!」

 だけど、どうやって連絡を取るのだ!と自ら言った三次郎はがっくりと肩を落とし、楼蘭堂の暖簾をくぐり、外へと出て行った。もし、目の前に鴨川の星がいたと知っていたなら。

「修郎はん、大丈夫どすやろうか・・」

「三次郎も心配やで」

 だが、お星には花屋であり薬種商でもある楼蘭堂の女主人としての本業がある。屯太もお星と一緒に店を住み込みで手伝う身だ。お星と屯太は修郎のことを心配しながらも、その日は午後まで屯太と一緒に店を切り盛りするのだった。

 

 そして酉(とり)の刻夕六つ(午後六時)、お星は駕籠に乗せられ、どこかへ向かわされていた。目隠しと猿ぐつわをされ、両手首は背中で、縄で縛られていた。

(あては何処へ連れて行かれるんかいなぁ?)

 午の刻昼九つ(正午・午後十二時)になって楼蘭堂に文(ふみ)が届き、修郎の事を知りたければ、下鴨村の糺(ただす)の森に夕方暮れ六つ(午後六時)に来るように、と書かれていたのだ。

「要求せしもの金二百両と楼蘭堂女主人お星の身体也・・・」

 読み上げたお星は絶句し、屯太は行ったらあかんと言ったが・・・

「修郎はんを助けるためどす。とりあえず行ってみまひょ」

 そう言ってお星は店を片付けてから、風呂敷を持って糺の森へと歩いて向かったのだ。下鴨村糺の森の南端にある河合社の前には柄の悪そうな駕籠かき二人と、侍が一人居た。それは中将面を被っていた井川丑五郎だった。面は被っておらず、初めて見る顔は目が鋭く、鼻は天狗のように高く唇は太い、品のない顔だった。

「修郎はんはどこどす?」

「これから連れて行ってやるが・・・」

 井川はお星の両手首を縛りあげ、駕籠に乗せてからは目隠しと猿ぐつわした。あっと言う間だったが、その気になればすぐに両手首の縄は外せる自信があったお星。

「悪く思わないでくれ。着くまでは辛抱して貰う」

 お星が本気になれば、抵抗できたのだが、ここはあえて我慢をし、されるがままとなった。

猿ぐつわをされたときは、井川は首筋に鼻を近づけてきて橘の花の匂いか、と言ったり、お星の着物の襟に手を入れてきて、胸の頂を指で撫でたりしてきたが、そこも修郎のためと耐えた。

(この駕籠はどこにいくんどす?)

 揺れる駕籠の中で、お星は考え、両手首の縄を外そうともがくが、思いの外強く、巧みに結ばれている。

(しもうたわ。この格好で剣を向けられたら、あては終わりどすなあ。刀よりおっとろしい(恐ろしい)ものを向けられたら・・・)

 お星は正座をしている足をかすかに震わせた。

 半刻(一時間)近く経つと駕籠は止まった。お星は約束通り目隠し、猿ぐつわ、両手首の縄を外され、屋敷のような建物に案内された。さらに奧の座敷へと連れられた。すでに六つ半(午後七時)で部屋の中は真っ暗だ。

床の間の前に男が座っていた。般若面の男白木午之助だ。勿論今は面など被っておらず、顎が少ししゃくり出た四角い顔に小さな目、低い鼻、大きな口が特徴的だった。部屋には他に誰も居なかったが女の匂いがし、襖の向こうではうめき声が聞こえた。彼ら二人は若い女をかどわかすと修郎の瓦版に書かれていたことをお星は思い出した。

「よく来たな、金はもってきたのかね?」

 お星は畳の上、行灯の近くで風呂敷をおいて広げた。中には袱紗(ふくさ)に包まれた五両大判が十枚、一両小判が二十枚あった。

「七十両?少ないな。これがあいつの命の値段か?あの読売が死んでもいいのかね」

「では修郎はん、無事なんどすなあ?」

 お星は背筋を伸ばし、白木をじっと見つめて言った。

「ああ、今はな。だが、金がないとなると・・」

「い、今はこれだけしかおへんのどす」

「ふん、お星、お前の店、薬だって売っているなら稼いでいるだろう?いつ二百両揃う?」

「あ、明後日にはなんとか、それより修郎はんにあわせとくりゃす!」

 やがて、お星は庭へと通された。そこには土蔵があり、その前の梅の木には修郎らしい男が全身と両手首、足首を縄で縛られて座らされていたのだ。着物はボロボロで、体中が傷だらけだった。拷問をされたようだ。首は下に傾いていて、気を失っているか、寝ているのかのどちらかだろう。

「これでお仕置きをしてやった。余計なことをするなとな」

 縁側でお星と並んだ白木が持っていたのは西洋風の鞭であった。お星はそれを初めて見た。

 

「助けて欲しければ、明後日までに残りの百三十両用意することだ。そしてお星、お前は

明後日からここで暮らすのだ。我々の上も下も世話をしてもらう。可愛がってやろう」

 白木がそう言うと、井川が下品な笑い声をあげた。お星は思わず右手で胸を隠した。

 その後お星は再び目隠しをされ、駕籠に乗せられた。往路とは違い、猿ぐつわと両手首の縄は何故か無かった。

(修郎はん、待っておくれやす。必ず助けに来ますよって・・・)

 白木からは奉行所に通報などしたら、修郎の命はないと釘を刺された。

 糺の森で駕籠を下ろされたお星が、賀茂川に架かる葵橋を渡り始めたとき、後ろから声がした。

「お星ちゃん!」

「屯太!べったりついてこれてましたかいなあ」

「ああ、わしを誰やと思っているんや。それより大丈夫かお星ちゃん?」 

屯太はお星が乗せられた駕籠をずっと付けていた。屯太はこの年の春にお星と出会い、一緒に暮らすようになるまでは軽業師の北河内万歳一座にいたのだ。屯太はお星が駕籠に乗せられるときに目隠し、猿ぐつわをされ、両手首を後ろでに縛られるのを見ていた。心配しつつ駕籠を尾行していたことになる。お星は井川に撫でられた胸の感触を頭の隅に追いやって言った。

「大丈夫どす。で、屯太、あてが連れられていったのは何処どしたか?」

「洛西の常盤(ときわ)野にあるお屋敷や!」

 常盤野、現在で言うところの京都市右京区常盤地区、映画村がある太秦の近くと言えば、おわかりの方もおられるだろう。平安時代初期の公卿源常(みなもとのときわ)がこの地に山荘を構えたことが地名の由来だとお星は、今は亡き父下川楼蘭から聞いた。

「常盤どしたか。そう言えば六辻様の別宅があると聞いたことがありましたなあ」

「今から行くけ?お星ちゃん」

 お星は葵橋の欄干に手をかけて、少し思案をした。

「今日はやめておきまひょ。明後日、残りのお金を持っていくと言いましたしなあ」

「あさってか?」

「いいえ、明日、鴨川の水面に星を輝かせまひょ」

「よっしゃ!やったろか!」

 お星と屯太は二人の家でもある寺町錦小路の楼蘭堂へと帰った。後ろを付けている何者かを意識しながら。

十五日の朝となり、お星はいつも通り店を開けた。周囲を見回したが、見張っている者は

幸い居ないようだった。昼を過ぎ、店が一段落をしてぶぶ漬け(お茶漬け)で昼食を取ると、お星は屯太を常盤へと向かわせた。修郎が捕まっているであろう六辻家の別宅とその周囲を改めて調べさせるのである。そして夕刻、お星は店を閉める前、寺町通りに出て空を見上げた。

「今夜はええ天気みたいどすなあ。お月さんは小望月や。修郎はん、待っていておくれやす!」

 お星は夕空を眺めながら両拳を固く握りしめた。

 

 江戸と京を結ぶ東海道の終点三条大橋からから一里半(約六キロ)北西に離れた常盤野で、逞しい白馬が前足を振り上げ、嘶(いなな)きをあげた。乗っているのは女だ。手綱を引く女はマントを翻しながら、野原に建つ屋敷の方向を紅緋色の目かづらのような仮面の下から見据えている。身に付けているのは着物ではない。胸乳や腰の括れ、臀部の線が露わになった濃紺の装束だ。それは長い袖先に飾りが付いているが、足の付け根、鼠径部までしか生地がなく、ふっくらとした白い太ももが露わになっていて、脹脛(ふくらはぎ)は黒の長い革靴で守られ、その先端は鐙(あぶみ)にかかっている。腰には藤色の細い帯が巻かれていてそこに差されている反りの少ない大刀、脇差しは彼女が剣士である証左だ。

 紅い仮面を付けた剣士など(しかも女でだ)この京には一人しかいないであろう。彼女の名前は鴨川の星。この年、今から半年ほど前の文久二年(1862)の京洛に現れ、それ以来弱き者を助ける正義の謎の女剣士として京雀たちの喝采を浴びている。

 愛馬を落ち着かせた鴨川の星は、京から離れたこの常盤野に建つ屋敷を見据えた。その屋敷には立派な土蔵があった。蔵の前に梅の木があり、そこに読売の修郎が縛られているはずだ。

 修郎はお星が幼い頃から世話になり、可愛がってくれた兄のような存在だ。そして、仮面の剣士、鴨川の星の初陣にたまたま居合わせ、読売として瓦版で報じてくれた。

「修郎殿。どうか無事でいて!貴方の命、この鴨川の星が必ず助けて見せます。さあ、白梅、いざ行きましょう!」

鴨川の星ことお星は愛馬の腹を左足で軽く叩き、屋敷へと駆けだした。

 

つづく

 

Ā suivre!

 

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