試験開始のブザーが鳴る。
私は即座に周囲を確認した。
廃工場地帯。
視界は悪くない。
建物は多い。
遮蔽物も豊富。
だが――
「これは……」
私は空を見上げた。
高所が多すぎる。
狙撃手にとって理想的な地形だ。
『試験開始』
校内放送が響く。
同時に私はエアポートを部分展開した。
艤装展開率15%。
艦載機発艦数50機。
「全機、索敵開始」
小型機が四方へ散る。
その瞬間だった。
パンッ!!
乾いた発砲音。
「!」
反射的に盾を展開する。
キィン!!
金属音。
艦載機の一機が撃墜された。
「発見」
私は即座に位置を割り出す。
北西方向。
工場の煙突上。
距離約600メートル。
普通なら見えない。
だが艦載機の映像は共有されている。
そして。
「視認された」
スナイプ先生の個性はホーミング。
見られた時点で危険だ。
私は即座に建物の陰へ滑り込む。
次の瞬間。
パパンッ!!
二発。
あり得ない軌道で飛んだ弾丸が壁を回り込み私へ向かってくる。
「っ!」
盾を展開。
ガンッ!
ガンッ!
衝撃。
弾丸そのものは非殺傷弾だ。
だが威力は十分。
まともに受け続ければ終わる。
(曲がる)
(想像以上に)
私は冷静に分析する。
壁は意味が薄い。
遮蔽物だけでは防げない。
ならば。
「煙幕展開」
十数機の艦載機が一斉に白煙を放出した。
工場地帯全体が霧に包まれる。
視界ゼロ。
通常なら狙撃不能。
しかし。
パンッ!
パンッ!
パンッ!
煙の中から正確な射撃。
私の肩装甲へ命中。
「……やはり」
スナイプ先生は笑っていた。
遠くの煙突の上。
「いい判断だぜ、少女」
通信機越しの声。
「だが俺ァ教師だ」
パンッ!!
再び発砲。
煙を突き抜けて飛来する弾丸。
私は滑走しながら回避する。
だが。
「なっ――」
曲がった。
直角に。
弾丸が追尾してくる。
ガンッ!!
左肩に命中。
衝撃で体勢が崩れる。
「まだ甘い」
私は息を整える。
スナイプ先生は私を動かしている。
狙撃手らしく。
追い込むように。
じわじわと。
ならば。
「戦術変更」
艦載機十機を前方へ。
さらに十機を側面へ。
そして。
三十機を上空へ。
「囮?」
スナイプ先生が呟く。
私は答えない。
次の瞬間。
全機が一斉に別方向へ飛んだ。
パパンッ!!
パパンッ!!
次々に撃墜される。
だが。
その瞬間を私は待っていた。
(見つけた)
発砲位置。
反動。
姿勢。
呼吸。
全て。
「そこです」
私は工場の壁を蹴った。
圧縮空気が爆発する。
ドォン!!
一気に加速。
煙幕を突き抜ける。
距離500。
400。
300。
スナイプ先生の目が見開かれた。
「速ぇな!」
だが。
パンッ!!
パンッ!!
パンッ!!
連射。
弾丸の雨。
私は盾を展開しながら突進する。
しかし。
ガガガガッ!!
装甲へ次々命中。
進路が削られる。
「あと少し……!」
200メートル。
150。
100。
だがその時。
足元へ弾丸が着弾した。
バシュッ!!
大量のワイヤー。
「拘束弾!?」
「正解だ」
脚に絡みつく特殊弾。
勢いが止まる。
私は地面を滑りながら停止した。
スナイプ先生は既に別の高所へ移動していた。
「近付かれたら俺は不利だ」
通信越しの声。
「だから近付かせねぇ」
私は拘束を引き千切る。
だが。
その間に距離は再び開いていた。
「なるほど」
私は小さく息を吐く。
「非常に厄介です」
遠距離戦。
視認誘導。
高精度狙撃。
機動戦。
全て噛み合っている。
だが。
私の赤い瞳はむしろ静かに燃えていた。
「面白いです」
兵器ではなく。
ヒーローとして。
私は初めて本格的な対狙撃戦を経験していた。
「私には主砲等の大型武装はない……つまり航空機で捕まえるか」
私は静かに呟いた。
視界の端には脱出ゲート。
そして遥か彼方の高所にはスナイプ先生。
試験条件は教師の拘束、あるいは脱出。
だが。
「逃げないと……ですか……」
その言葉には少しだけ迷いが混じっていた。
ファットガム事務所で学んだこと。
天喰先輩から教わったこと。
それらが頭をよぎる。
勝つだけがヒーローではない。
状況を判断し、人を守り、自分も無事に帰る。
それもまたヒーローだ。
私はゆっくり立ち上がる。
装甲には無数の弾痕。
艦載機も既に十数機失っている。
「……難しいですね」
艦載機を囮にする。
煙幕を張る。
一斉突撃させる。
いくつか案は浮かぶ。
だが。
「航空機を犠牲にすれば……いえ、恐らく」
首を横に振る。
スナイプ先生は甘くない。
艦載機程度なら撃ち落とす。
仮に接近できても拘束弾で迎撃される。
成功率は高くない。
その時だった。
パンッ!
銃声。
私は反射的に身を沈める。
弾丸が頭上を通過した。
「考え事は終わったか?」
通信機から聞こえる声。
「試験中だぜ、アーカイブ」
「……はい」
私は小さく答える。
スナイプ先生は見えている。
だが向こうもこちらを観察している。
「お前さんは真面目すぎる」
パンッ。
再び射撃。
私は建物の陰へ飛び込む。
「何でも正面から考える」
パンッ。
壁が砕ける。
「だから迷う」
私は静かに目を閉じた。
迷う。
確かにそうだ。
戦場では命令が全てだった。
迷う必要などなかった。
だが今は違う。
選ぶのは私だ。
「……そうですね」
私は目を開く。
赤い瞳に迷いはなかった。
「ですが」
エアポートが展開される。
艦載機が一斉発艦。
五十機。
百機。
二百機。
今までで最大規模。
スナイプ先生の眉がわずかに動いた。
「ほう?」
「一つだけ確かなことがあります」
艦載機が空を埋め尽くす。
しかし攻撃隊形ではない。
救助隊形でもない。
それは。
「私はまだ、先生から逃げると決めていません」
次の瞬間。
二百機の艦載機が四方八方へ散開した。
空。
地上。
建物内部。
下水路。
あらゆる方向へ。
スナイプ先生が笑う。
「なるほどな」
パンッ!
パンッ!
パンッ!
次々に撃墜される艦載機。
だが。
今度の目的は攻撃ではない。
索敵。
包囲。
そして――
時間稼ぎ。
「見つけました」
私は静かに呟いた。
発砲位置が三つ。
移動経路が二つ。
隠れられる高所が六か所。
そして。
スナイプ先生が次に移動する可能性が最も高い場所。
「そこです」
私は地面を蹴った。
圧縮空気が炸裂する。
ドォォン!!
一気に加速。
今度は真っ直ぐではない。
建物の影を利用しながら。
ジグザグに。
煙幕を混ぜて。
スナイプ先生の射線を切り続ける。
その姿を見て。
遠くの高所で。
スナイプ先生は少しだけ口元を上げた。
「いい顔になったじゃねぇか」
そして。
試験は、いよいよ終盤へと向かっていった。
私は高速で建物の間を滑走する。
パンッ!
パンッ!
銃声が響く。
弾丸が装甲を掠める。
だが私の視線は一度もスナイプ先生から外れていなかった。
(移動速度、反応速度、射撃精度)
(やはり正面からでは届かない)
艦載機も撃ち落とされ続けている。
煙幕も決定打にはならない。
ならば。
私は一つの結論に辿り着いた。
「……囮は航空機ではなく」
エアポートを見上げる。
巨大な飛行甲板。
先生が最も警戒しているもの。
「私自身の艤装です」
私は急停止した。
そして。
エアポートを大きく展開。
まるで突撃するかのように前方へ射出した。
ドォン!!
巨大な装甲が建物を掠めながら飛翔する。
当然。
スナイプ先生の意識が向く。
「来るか!」
パンッ!!
パンッ!!
パンッ!!
連続射撃。
拘束弾。
衝撃弾。
特殊弾。
全てが巨大な艤装へ集中する。
ガガガガガッ!!
火花が散る。
エアポートが弾丸を浴びながら突き進む。
だが。
それでいい。
私はその瞬間を待っていた。
(今です)
艤装の陰から飛び出す。
圧縮空気噴射。
最小出力。
最小音量。
そして。
空天穹を構えた。
「―――っ!?」
スナイプ先生が気付く。
だが一瞬遅い。
先生の視界は艤装に向いていた。
私は弓を引く。
しかし。
放つのは攻撃用の矢ではない。
「空天穹――拘束射出」
バシュッ!!
矢が放たれる。
空中で分裂。
ワイヤーが広がる。
スナイプ先生が回避しようとした瞬間。
私はさらに加速した。
ドォン!!
一気に距離を詰める。
「なるほど!」
先生が笑う。
「最初からこれが狙いか!」
ワイヤーが先生の腕を僅かに拘束する。
その一瞬。
それだけで十分だった。
私は高所へ飛び上がる。
そして。
「失礼します」
ガシッ。
先生の手首を掴んだ。
「なっ――」
カチン。
試験用拘束カフスが閉じる。
静寂。
数秒後。
校内放送が響いた。
『実技試験終了』
『スナイプ、拘束確認』
『八木朱奈、合格』
しばらく沈黙が流れた。
そして。
スナイプ先生が肩を竦める。
「やられたな」
私は少し息を切らしながら頭を下げた。
「ありがとうございました」
「最後まで脱出か拘束か迷ってただろ?」
「……はい」
「だが途中で変わった」
先生は笑う。
「お前さん、兵器みたいに戦う癖があるがな」
私は黙って聞く。
「最後はちゃんとヒーローだったぜ」
その言葉に。
私は少しだけ目を見開いた。
かつて兵器として育てられた少女。
その私に。
プロヒーローがそう言ってくれた。
「……そうでしょうか」
「そうだ」
スナイプ先生は帽子を押さえながら立ち上がる。
「それと」
「はい」
「艤装を囮にする発想は面白かったが、あんな高価そうなもんを平気で捨て駒にするな」
「再展開できますので」
「そういう問題じゃねぇ」
珍しく先生が呆れた声を出した。
私は何が問題なのか分からず首を傾げる。
その姿を見て。
スナイプ先生は大きく笑った。
「なるほどな。確かにお前さんは天然だ」
そして二人の頭上には、合格を告げる夕日が静かに差し込んでいた。
朱奈のイラスト(AI生成)見てみたいですか?
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