『普通のドーナッツ』
ヴァルキューレ警察学校、生活安全局の裏手、日当たりの良い非常階段の踊り場。
今日も今日とて巡回任務を抜け出し、ダンボールを敷いて優雅なサボり時間を満喫していたフブキの前に、私はそっと姿を現した。そして無言のまま、紙袋から甘い匂いを漂わせるドーナッツを取り出し、彼女の目の前に差し出す。
「おっと、先生。お疲れー。……おっ、差し入れ? わかってるじゃーん」
フブキは寝転がったまま器用にドーナッツを受け取ると、大きな口を開けてパクリと齧り付いた。
「ん〜、甘くてサイコー。やっぱり糖分補給はこれに限るよねぇ。先生も一緒にサボっていく? そっちに座れるスペースあるからさ」
フブキは満足げに目を細め、口元についた砂糖をペロリと舐めとった。完璧なサボりの共犯関係が成立した瞬間だった。
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『ビターチョコドーナッツ』
数日後。同じ非常階段でサボっていたフブキに対し、私はカカオ成分90%以上の真っ黒な『ビターチョコドーナッツ』を無言で差し出した。
「おっ、今日もありがとう。今日はチョコかぁ。いただきまーす」
疑うことなく一口かじったフブキの動きが、一瞬だけピタリと止まる。
「……ん? あれ、これ、いつもの激甘なやつじゃないんだ。……んーむ」
モグモグと咀嚼しながら、フブキは少しだけ眉を寄せた。
「結構苦いけど、おいしいね。たまにはこういう大人な味も悪くないかも。でも先生、次はもうちょい砂糖マシマシで、ね」
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『粉まみれ抹茶ドーナッツ』
さらに別の日。私は自作の『抹茶ドーナッツ』が入った箱を持参した。
ただし、ただの抹茶ドーナッツではない。むせ返るような量の高級抹茶パウダーを、これでもかというほど何層にもまぶした、限界突破の粉末ドーナッツである。
「おっ、今日は和風? 抹茶も嫌いじゃないよー。いただきっ」
フブキがドーナッツを顔に近づけ、大きく息を吸い込んで口を開けた瞬間。
彼女の鼻孔と喉の奥に、致死量の微細な抹茶パウダーが一気に吸い込まれた。
「ぶふぁっ……!! ゲホッ、ゴホッ!!」
フブキの口から、緑色の煙幕のような粉塵が派手に噴き出した。
「ゴホッ、けほっ……な、なにこれ!? 粉で、むせる……っ! 先生、粉の量が……! 口の中の水分全部持っていかれたんだけど……」
私は無言で、さらに抹茶パウダーが山盛りに入ったお茶を差し出し、フブキからひんしゅくを買うのだった。
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『キュウリドーナッツ』
季節は夏。涼しい木陰でサボっているフブキの前に、私は少し緑がかった不気味なドーナッツを差し出した。
表面にはスライスされた瑞々しいキュウリが張り付き、青臭い野菜の匂いが漂っている。
「……えっ。なにこれ」
ドーナッツを受け取ったフブキの表情が、スッと真顔になった。
彼女はドーナッツに刺さったキュウリと、私の無表情な顔を交互に見つめる。
「ねぇ、前にウォーターパークでトラウマになったのいじってるの?」
かつてウォーターパークにて、同じものを出された記憶がフラッシュバックしたらしい。フブキはジト目で私を睨みつけた。
「先生、流石に性格悪いよ? 私、あれからしばらくキュウリの匂い嗅ぐだけで食欲無くなったんだからね?」
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『家系ドーナッツ』
秋。少し肌寒くなってきた頃。
私は自信作である『家系ドーナッツ』をタッパーに入れて持ち込んだ。
生地には濃厚な豚骨醤油スープを限界まで練り込み、表面にはラードの膜。トッピングにはほうれん草、海苔、そして生のおろしニンニクがこんもりと盛られている。
「……ん? なんか今日、先生からラーメン屋の匂いがするんだけど。……なんで頭にタオル巻いてるの?」
私がタッパーの蓋を開けた瞬間、非常階段に強烈なニンニクと豚骨の匂いが充満した。
「うわぁ……」
フブキはドン引きしたような顔で、タッパーの中の茶色い物体を見下ろした。
「よくもまぁ作ろうと思ったね、先生。これ、ドーナッツの形してるだけで完全にラーメンじゃん……。油ギトギトだし、ニンニク臭いし……。『ラーメン食べてサボってた』ってあらぬ濡れ衣を着せられるから私はいいよ……」
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『自律歩行エイリアンドーナッツ』
そして今日。私はついに「生命の神秘」に手を出してしまった。
箱の中から取り出したのは、不気味な蛍光グリーンに発光し、脈を打つようにドクン、ドクンと膨張と収縮を繰り返している『何か』だった。
「おっ、今日の差し入……れ……?」
フブキが手を伸ばしかけた瞬間。
そのドーナッツの穴の中心から、ズルリとゼリー状の触手のようなものが伸び、私の手のひらの上でモゾモゾと『歩き』始めた。
「────は?」
フブキの目が点になる。
「ちょっ、えっ。え? えぇ? 何作っちゃったわけ、先生???」
私は無言のまま、「新鮮だから早く食べて」というジェスチャーで、ウネウネと蠢くエイリアンドーナッツをフブキの顔の前に近づけた。
「いや無理無理無理無理!! 動いてるから!! 生きてるよそれ!! なんでドーナッツが歩いてるの!? やだやだやだ!! そういうのは局長の管轄だから!!」
フブキはダンボールを蹴散らして跳ね起きると、かつてないほどの俊敏な動きで非常階段の壁に張り付いた。
「こっち来ないで! それ以上近づけたら発砲するからね! あーもう、最悪! 今日のサボりは中止!! 局長ぉぉぉぉ!! 先生が変な生物持ち込んできたぁぁぁ!!」
平和なサボり魔の安息の地は、自律歩行する謎のドーナッツによって完全に崩壊したのだった。
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終わり
「ジュリ、ドーナッツを作れ」
「嫌です」
「作るんだ」
「嫌です!」
「いいから作るんだ! 私の計画にはそれが必要だ!」
「嫌でぇす!!」
こちらの小説は、連載小説を書く合間に休憩で書いてます。
良ければ私の他作品もよろしくお願いします。
『キキョウより湿度の高い男 in キヴォトス』
https://syosetu.org/novel/421985/
『先生とネトゲでマッチしたミサキが、他人として先生と仲良くなるお話。』
https://syosetu.org/novel/404064/
『仲正イチカは悪い大人についていく』
https://syosetu.org/novel/400538/
『その日、合歓垣フブキは警察に成った』
https://syosetu.org/novel/397980/
感想は、すべて読ませていただいてます。
皆さん本当にありがとう……。