日常のホロライブSS(一話完結の短編集) 作:Sano / セイノ
「ふむぅ、これはヤベぇのら」
城壁の上で双眼鏡を握るのは姫森ルーナ。
お菓子の国の姫は彼方から迫り来る巨影を、その愛らしいオッドアイでレンズ越しに睨らみつけた。だが、その見るのも憚《はばか》られるような悍《おぞ》ましい姿に、ルーナは顔を顰《しか》めてしまう。
無数の触手をうねらせる巨大な異形の黒山羊、その威容が大地を枯らしながら闊歩《かっぽ》しているのである。魔界の魔女っ娘、紫咲シオンの誤った呪法により召喚された高位の魔物、その中の一体がぺこらんどからお菓子の国へと越境してきたのであった。
「ちょっ、姫。どうすんの!?」
ルーナの隣で慌てたように喚《わめ》くのは、尾丸ポルカである。ブンブンと勢いよく回る額のポルペラも、彼女の昂《たかぶ》りを映していた。
—————————————————(回想)—————————————————
お菓子の国の住民たちはサーカスの曲芸に、時に手を叩いて喜び、時に恐怖の声を上げる。サーカスは聴衆を驚かしてこそであるが、あまりに打てば響くような観客たちの反応、それをサーカス団の座長は舞台袖から眺めていた。
(おぉう、こんなに喜んでくれるとは! やっぱり、お菓子の国っていうくらいだから、普段から甘々なことしかねぇんだろうな……よし、ここはポルカたちが刺激ってやつをお菓子の国の住民に教えてやるか!)
お菓子の国に夏の興行に来ていたフェネックの少女は、不敵な笑みを浮かべたのだった。
———————————————(回想終わり)———————————————
そして彼女は、懇意にしていた姫を訪ねてきたのであったが、そこで運悪く化け物に行き会ってしまったというわけである。
「まぁ、やっつけるしかないのらね」
「あれを? 嘘だろ……」
フェネックの少女は異形の化け物を震える指でさし示した。
「うむぅ、んなたんに任せるのら!」
「えぇぇ⁉」
胸を張って腕組みをするルーナに、ポルカは耳を疑った。
およそ人間がかなうとは思えない怪物を相手取って、眼前の姫は制すと言うのである。
白銀ノエルと不知火フレアが力を合わせて一体を討伐したのはまた別の話であるが、ルーナも迫りくるもう一体を討伐する気満々なのである。
「いやいや。無理でしょ、姫」
「我、姫ぞ。まあ、ぽぅぽぅは見てて」
自信満々に頷き、そしてルーナはぴょんと高い城壁から飛び降りた。
それを〝っ姫ぇ!?〟と身を乗り出したポルカの驚愕の声が見送るのである。
落下の最中にルーナは、〝みんな~、おりゅ~?〟とゆるふわな声で呼び掛けた。
彼女の声が、甘美な香りの旋風となって吹き荒れる。
逆巻く風の奔流の中で姫は桃色の髪を翻し、ポルカはその風の強さに目を閉じそうになっていた。
(——な、何だ⁉)
条理ならざる理のもとに吹き寄せた風が、フェネックの少女の常識を侵し始める。
地上に蜃気楼のように揺らめき立ち上がる影、ポルカは目を瞠りそれを凝視する。
一つや二つではない、十、百、千と数を瞬く間に増やしながら隊伍を組んで現れてゆく朧《おぼろ》げな姿。
色と厚みを次第に増すそれらは、鎧姿の騎士たちであった。
屈強な体躯と勇壮に飾り立てた甲冑の輝きに、ポルカは息を呑む。
それは無双の軍勢と誉ほまれ高いルーナイトたち。
姫の一声は軍勢を呼び寄せる広域召喚術だったのである。
その中の一人が姫の体を優しく受け止めて、膝をつきながら恭《うやうや》しく大地へと降ろす。
「な、なんじゃ、そりゃ~~⁉」
城壁の上でサーカス団の長は思わず叫んでしまうのだった。
そして彼女は、この後より肝を冷やす光景を目の当たりにする。
「みんな~、アイツを潰すぞ」
『『『御意』』』
可愛らしい声で残忍に笑う姫に、騎士たちは地をどよもす斉唱を返した。
振るわれた姫の手に、ルーナイトたちは一糸乱れぬ行軍を開始する。
まさに主の意を汲んで動く騎士たちの覇軍。
その軍勢と渇望の具現たる邪悪な化身の戦いになったのである。
構えた大盾を列伍させ化け物を阻もうとする重装兵大隊の横を、騎兵たちが素早く駆け抜けていく。騎乗した兵たちはその手の松明の炎を以て、周囲を焼き払ってゆくのである。
ルーナは既に気づいていた、土地の生気を吸い自身の糧としてゆく魔物の性質に。
巨大な触手が振るわれるたびに、吹き飛ぶ歩兵たち。
一見すると一方的に蹂躙《じゅうりん》されているだけに見える。だが、その実態は異なることに高い視座から見ていたポルカは見抜いていた。
土地の魔力を奪う化け物の進行方向を、騎士たちは土地を焼き払うことで限定しているのである。
そして、衝突している前衛のルーナイトたちはじりじりと後退し、作り出された処刑場たる決戦の場へと巨大な魔物を導いているのである。
× × ×
はたして黒山羊の怪物を迎えたのは、荒れ地となった場所に佇む鶴翼陣の師団。
「今だ、みなのしゅ~。かかるのら~!」
『『『御意』』』
地を揺るがせて響く鬨《とき》の声を上げながら、ルーナイトの軍勢が巨大な黒山羊と衝突した。
唸る剛弓が、閃く槍剣が、見る見るうちに魔物を膾《なます》と刻んでゆく。
身の毛もよだつ咆哮を上げながら、身もだえして抗う化け物。精強なる騎士たちの膂力は大樹のような触腕による攻撃を凌ぎ、逆に傷を与えていくのである。
土地にはもう怪物の体組織を十全に修復させ得るだけの魔力もなく、十重二十重と囲む屈強な騎士たちの壁に魔物はその足を縫い留められていた。
次第に減衰する魔物の力は誰がみても明らかであった。
予想とは裏腹なあまりにも一方的な展開。
それを為したお菓子の国の姫と兵士たちにポルカは慄《おのの》いていた。
まさに悪辣ともいえるほど緻密で合理的な用兵術である。
そして遂には、大地を揺らす轟音と共に地に崩れ伏した魔物の巨体、それにルーナは凄惨な笑みを投げかけた。
「怪物が死ぬ瞬間は面白いのらね♪」
(……お菓子の国、怖ぇぇー⁉)
お菓子の国の姫は、お菓子のようには甘くない。
この国の住人に新鮮な刺激を与えてやろうと思っていたポルカは、逆に震撼《しんかん》させられるほどの衝撃を与えられたのであった。
了
(今回と関係する話)
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