日常のホロライブSS(一話完結の短編集) 作:Sano / セイノ
卒業した彼女が幸せであることを祈ります。
スタジオ収録を終えた天音かなた、彼女の足が踏むのは既に人の途絶えた夜更けの街路である。街灯の冷ややかな金属柱に疲弊した身を預け、天音かなたは肩掛けの鞄《かばん》をごそごそ漁って手紙を取り出した。
深夜の静けさは、無機質な光を投げかける街灯と天使の少女を取り巻いて集まっているかのようだった。
天使の少女の指で丁寧に広げられたそれは、彼女に宛てられたファンレター。
耐え難い苦労もファンの声援さえあればかなたは乗り越えられた。
文字を追うかなたは目を伏せて微笑んだ。
『頑張ってください、応援してます』、その言葉込められた重いが、彼女の拠り所になっていた。勇気づけてくれるが皆がいるからかなたは走り続けていられる。
――まだ自身が、誰かにとっての光であり続けられるのだ。
そも天界の学園に通う学生だったかなたが、何の因果で地上でアイドル活動をしようと思ったのであろうか……
周囲の天使たちも引くレベルでドルオタであったかなた。
天から地上のアイドルを見下ろし元気をもらっていた彼女が、自らも誰かを笑顔にしたいと夢見ることは自然な成り行きだった。そうして地上に降り立ち、自身の理想としたアイドルの道をひた走ったのだった。
だが、そこにはかなたが目を背けていた大きな不整合が横たわっていたのである。
そもそも地上では、天界の天使は自身の存在を維持し続けることができないのである。
天使にとって地上の空気は、体に馴染むと途端に「存在の不安定」の域に入って、以降は漸近的に「存在の消失」へと近づいていく。
元々色白だった肌は、既に透けかかっている。
これまでも応急処置的に欠けた場所に厚みを持たせるように存在の力を充ててきた。
もう彼女の総身は地上に蝕《むしば》まれ、とうに限界を迎えていたことを肌で感じていた。それでもアイドルが好きだからと無理に続けようとするかなたは、自身を燃やして輝き続けるまさに星のようだ。
かなたはツギハギだらけの体を抱いて、まだ大丈夫と思い込もうとしていた。
ファンの応援というのは呪いなのかも知れない。でもかなた本人もそれを求め続けているのだ。
もう、止まれない。
――大丈夫、まだ僕は走り続けられる。
手紙を鞄に仕舞って顔を上げたかなた。
彼女の瞳に映ったのは、道を塞ぐように立つ漆黒の外套をまとった長身の女だった。
「よォ」
かなたの耳に懐かしい声が舞い込み、その女は露になった口元に不敵な笑みを浮かべた。
「あたしだヨ」
そう言って女がフードを取り去ると、彼女の緋色の瞳が穏やかに細まり、頭上の双角が街灯の光を弾いた。慮外の人物の登場に、かなたは大きく目を見開いた。
「ココっ……ココっ!?」
「久しぶりじゃねぇノ、かなた」
天使の少女に向けてにっと笑ったのは桐生ココ、龍の国へと帰ったのドラゴンだ。
親しい人との再会に、表情をやわらげて笑顔を浮かべるかなた。
――――――――――――(side ココ)――――――――――――
「ココ、久しぶり!」
だが桐生ココは天使の弱弱しい笑みに、相棒の存在が消えかけているのを確信した。
隠そうとしていても容易に看破できる程、かなたに余裕がないのである。
思わず咎とがめるような視線を投げかけてしまうのであった。
「おめェ、このままじゃ消えちまうゾ」
「そ、そんなことないよ。僕はまだ大丈夫だよ」
慌てたように言うかなたに、ココはやれやれと首を振る。
このままではPP天使が愛用するパワポのスライドが切り替わるように、かなたの存在はあっさり消えてしまうだろう。
ココは眦《まなじり》を決してかなたを見る、なぜなら自身はそうさせないために来たのだ。
「おい、かなた。なんでアタシが地上にまた来たか分かるカ?」
ドラゴンの剣呑な視線にたじろいだかなたは、今更ながらその真剣さに気づくのだった。
「おめェを攫《さら》っちまいに来たんだヨ」
――――――――――――(side かなた)――――――――――――
「嫌だ!」
咄嗟《とっさ》に叫んだのは、応援してくれる皆のことが頭に浮かんだからだ。
「じゃあ、せいぜい抵抗するんだナ」
挑戦的な言葉だけを残して突進するココ。
だがその言の葉が天使の少女に届いた時には、既にかなたの眼前に、龍に変化した巨大な掌《てのひら》が広げられていた。
掴みかかろうとする龍の手を、かろうじて躱したかなた。
だが巨腕の影から、狙いすましたように女の長躯が現れた。
ココは弾丸のような勢いを殺さずに、かなたに体当たりをお見舞いする。
凄まじい衝撃に吹き飛ばされたかなたは、アスファルトの路面に何度かその矮躯《わいく》を跳ねさせた。そしてゴロゴロと転がって勢いを殺しながら、天使の少女はかつての相棒を見据える。
(くッ……ココ、本気だ!?)
赤く光る獰猛な龍の眼光がこちらを捉えている。
またしても素早く迫る女の影に、かなたは回避を悪手と断じた。
そして龍の両腕を避けずに、かなたもそれぞれ左右の手で受け止めたのである。
天使の少女は小さい体ながらも、ドラゴンと拮抗する腕力は並外れていた。
天界でもずばぬけた膂力《りょりょく》を誇るかなた故であるが、本来であればかなたの力は龍にすら勝るはずなのだ。
明らかな違和に気づいた時には既に遅かった。
腹部に響いた衝撃、途端に視界が大きくブレた。
鞭のように高速で撓《しな》る龍の尾に、かなたは虚空に打ち上げられたのである。
夜の街並みの瞬きを眼下に置いて、天使の翼をはためかせてかなたは静止しようとする。
その最中に天使の少女は片手で頭上の天輪を掴み取り、武器のように構えた。
視線を動かし、相手を探す。
だが求めたドラゴンの姿は、既に眼前に迫っていたのである。
驚愕に目を瞠るかなた、そしてその視界を覆ったドラゴンの掌。
かなたは龍の腕力で大地へと叩き落とされたのであった。
――――――――――――(side ココ)――――――――――――
天使は轟音をあげて墜落した。
大地に降り立ったココが目にしたのは、抉《えぐ》れた地面に横たわるかなたの矮躯、そして近くの路面に突き立つ天輪の金光だった。
ココはかなたの傍らにしゃがみこんで、気絶している相棒の頬を撫でる。
彼女にとって天音かなたは、かけがえのない存在なのだ。
ココはかなたを優しく抱きかかえて、飛翔した。
龍翼で風を打ちながら、ココは憔悴しきった天使の額に唇を寄せる。
「悪いな、かなた。おまえの夢は終わらせないゼ……例え、お前に嫌われてもナ」
きっとこうでもしない限り、天使の少女は力の限り瞬き、そしてその火で自分を燃やし尽くしてしまう。誰よりもアイドルが好きな彼女だからこそ、だれよりもファンの声を受けてアイドルであろうとするのだ。
――だが、それは認めることができなかった。
かなたがへい民と呼ぶファンたちの誰よりも、自身の方が彼女のファンなのだ。
だからこそ、武力行使してでも強引に彼女を止めたのである。
きっと嫌われてしまうかも知れない、でもそれはしょうがないことだと腹を括くくっていた。
――――――――――――(side かなた)――――――――――――
そこは天界の一隅。
黒々と逆巻く巨大な雲、雷が霆《はたた》ける積乱雲の中に居を構えていた組織があった。
ずいぶん長く眠ったような感覚に、重い頭をふらふらさせながら、かなたは体を起こした。自身が横たわっていたベッド、その枕元の椅子には小柄な少女が腰かけている。
「あ、かなたん。起きた?」
黒い外套の中から露わになっているメイド服、その前で少女のツインテールをふわりと揺れた。
――えっと……
かなたはあまりのことに目をパチクリとさせた。
そこにはまたしても卒業生がいたのである。
かなたの反応に、メイド少女は不安そうにぼそぼそと言葉を足していく。
「あの、あてぃしだよ……湊あくあだよ」
「それは知ってます。あくたん、久しぶり!」
「う、うん。よかった」
「あの、ここは?」
「あてぃし達……暁《あかつき》のアジト」
――――――――――――(sideるしあ)――――――――――――
「かなたん、どうでした?」
部屋を出たあくあに声を掛けたのは、ネクロマンサーの少女潤羽るしあであった。
「あぁ、うん。ココちゃんが連れてきたときには、本当に存在が消えかかってたから、絶対安静だね。るーちゃんも良かったら様子見てあげて」
そう言って去っていくあくあに一瞥いちべるを投げ、るしあは腕組みをして考え始めた。
(……そうか、ココ会長みたいにホロメンを攫さらって来るのも有りだな。よし、試しにやってみよう!)
そして、るしあはholoXに標的を絞ったのである。
了
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