賢竜の慟哭が響き渡った直後。
アイリーンは、自身の魂に縫い付けられたウェンディの存在を感じながら、腕の中で冷たくなっている少女の亡骸を見つめた。
『お母さん……私はここにいます』
内側から響くウェンディの声。
「……いいえ。これでは足りないわ」
アイリーンは首を振った。
魂が一緒なだけでは満足できない。
この柔らかい頬に触れたい。この小さな手で握り返してほしい。
温かい体温を感じたい。
「お前が命を懸けて私を守ったのなら……私も、私の全てを懸けてお前を取り戻す」
アイリーンの瞳に、狂気とは違う、静謐な決意の光が宿る。
彼女は杖を捨て、ウェンディの遺体を地面に横たえると、その胸の上に自分の両手を重ねた。
「禁術でも、奇跡でもない。……これは『理(ことわり)』の書き換えよ」
「『極限付加(マスター・エンチャント)・命の共有(ライフ・シェアリング)』!!」
ズズズズズ……ッ!
アイリーンの全身から、眩いばかりの緋色の光が噴き出した。
それは魔力ではない。彼女自身の「竜の寿命」、数百年分の生命力そのものだ。
「私の命を半分、お前にあげる。……いいえ、私の命とお前の命を溶け合わせ、一本の糸にするの」
光がウェンディの体へと注ぎ込まれる。
止まっていた心臓に、賢竜の強靭な鼓動が流れ込む。
「アイリーン! 何をしている!」
ナツたちが駆け寄ろうとするが、強烈な魔力の壁に弾き飛ばされる。
「うわぁっ! 近づけねえ!」
「蘇れ、ウェンディ。……そして、私と共に生き、私と共に死ぬのよ」
ドクン。
大きな鼓動の音が響いた。
それはアイリーンの鼓動であり、同時にウェンディの鼓動でもあった。
「……あ……」
ウェンディの白い睫毛が震えた。
蒼白だった頬に赤みが差し、止まっていた呼吸が深く、力強く再開される。
「……ん……お母……さん……?」
ウェンディがゆっくりと目を開けた。
その瞳は澄んでいて、生気に満ちている。
「ウェンディ!!」
アイリーンが泣き叫び、蘇った娘を抱きしめた。
温かい。心臓が動いている。
これこそが、彼女が求め続けた真実の幸福。
「……どうして……私は死んだはずじゃ……」
ウェンディが自分の手を見る。
髪の半分は白いままだが、体の重さは消えていた。むしろ、以前よりも力強い何かが全身を駆け巡っている。
「私の命を半分、お前に繋いだの」
アイリーンは涙を拭い、慈愛に満ちた瞳で告げた。
「これからは一蓮托生よ。私の寿命がお前の寿命。……私が傷つけばお前も痛む。お前が死ぬ時は、私も同時に死ぬ」
それは呪いのような契約だった。
一人の人間として独立した生を奪い、死の瞬間まで母という存在に縛り付ける鎖。
けれど、ウェンディはそれを聞いた瞬間、花が咲くように微笑んだ。
「……嬉しい」
彼女はアイリーンの首に腕を回し、深く抱きついた。
「それが……私の夢でした。……独りぼっちは嫌だから。死ぬ時も、お母さんと一緒がいい」
「ええ。約束よ」
二人は額を合わせ、互いの鼓動が完全にシンクロしていることを確かめ合った。
トクン、トクン。
二つの体で、一つの命。
それは外から見れば歪な共依存だが、二人にとっては至上の愛の形。
「ウェンディ……!」
ナツが呆然と声をかける。
生き返った。よかった。
そう思うはずなのに、なぜかナツの背筋には冷たいものが走っていた。
目の前の二人の間には、誰も入り込めない、強固で異質な結界が張られているように見えたからだ。
「……ナツさん」
ウェンディが振り返る。
その笑顔は穏やかで、優しかった。
「今までありがとうございました。……でも、私はもう行きます」
「行くって……どこへだよ! ギルドへ帰ろうぜ!」
「帰る場所は、もう決めたんです」
ウェンディはアイリーンの手を強く握った。
「私たちの命が尽きるその時まで……二人だけで生きていきます」
アイリーンが杖を振るう。
世界が歪む。
「さようなら、人間たち。……私の娘は、私が幸せにするわ」
フッ。
緋色の光と共に、二人は消滅した。
ナツの手は空を切り、そこには二人が分け合った「命」の輝きの残滓だけが漂っていた。
――数年後。
大陸の彼方、誰も知らない孤島。
穏やかな波音が響く白い砂浜を、二人の女性が歩いていた。
緋色の髪の母と、半分白く、半分蒼い髪の娘。
「いたっ」
アイリーンが裸足の足を貝殻で少し切った。
すると、隣にいたウェンディも「あ」と言って自分の足を押さえた。
「ふふっ。切っちゃいましたね、お母さん」
「ごめんなさいね。痛かった?」
「ううん。お母さんの痛みを私も感じられるから……嬉しいの」
ウェンディは屈託なく笑い、アイリーンに寄り添った。
痛みも、喜びも、そして死さえも共有する。
絶対的な安心感。
二人は手を取り合い、海を見つめた。
いつか来る終わりの時まで、この鼓動は重なり続ける。
どちらかが息絶えるその瞬間、もう一人も微笑んで逝けるように。
それは世界で一番歪で、世界で一番幸せな、緋色の鳥籠の物語。
ずっと自分で妄想してノートに描いていた物語を投稿しただけなのですが、ここまでお付き合いして下さった皆様ありがとうございます。
歪ですが捉え方次第では、ハッピーエンドですかね。
アンケート取りますが、他作品も投稿してみようと思っています。
この話と同様にノートに描いている二次創作が多々あるので、興味ある方は、その際はぜひ見てください。