……でも、もう待ち合わせ時間は過ぎちゃってるなぁ……。
※小説家になろうにも同一作品を投稿しています。
時計台のてっぺんに止まったカラスがこちらに呼びかけてきている。わたしだって暇じゃないんだ、あっちを向いていなさいよ。いくら狙ったって、ごはんをあげるつもりはないですよーだ。
わたし、
人の流れはそんなわたしを透明にしている。こぼれかけたマフラーを巻くマネキンに見えているのだろうか。せわしなく歩き去っていく。
世界が自分中心で動いてくれないことに、これほど指同士をくっつけていじけさせたことはあっただろうか。飲食店で待たされたあげく追い払われたときですら、せいせいしていたのに。
わたしの意識の先は、いつしか時計の針とともになっていた。秒針が走って、またリスタート。永遠に抜けられないループの中にいる。
もとを辿ると、待ち合わせ時間を決めてくれたのも
桜がなびいて、ヒラヒラとふぶいている。わたしはただ身を削られる彼らのよう。天気に任せて、あとはどうにでもなれ。
四月に入って、すぐ。もうタイムリミットの桁が一つ減った。暦がぐるりと過ぎれば、わたしと
せっかく整えてきたのに。ほつれたズボンを縫い合わせて、おまけに刺繍までつけてきたのに。女の子を待ちわびさせるなんて、ズルいと思わないの?
ほーっと、息を吐いてみる。何も見えない。それはそうだ、和やかな日なたにつつまれているのだから。
白い霧が悩み事を連れて行ってくれていた。少なくとも小さいときはそうだった。転んで膝こぞうをにじませてしまっても、吐き出した白い息をぼんやり眺めていると痛みが飛んでいた。そう教わったから。
あれ、子供だましだったのかな。ついこの冬にも助けられたのは……わたしがまだ子供だってこと? そうは思いたくない。わたしはこうやって、しっかり、ほら、男の子と恋しあって。
「……遅れてごめん、
威勢のいい声がわたしの肩をたたいた。やっと来たよわたしの恋する人。
律儀に遅延証明書をもらってきている。紙には『20分』とだけ。最近だと電子版になってるんじゃなかったっけ。それだと、わたしに信じてもらえないと思って?
「遅くなるんだったら、もうちょっと、連絡してくれるとか……」
「そのことなんだけど……。昨日張り切って準備してきたんだよ、小型のに全部詰めて。……そっちだけ忘れてきた……」
両手を合わせる彼をあっけからんと眺める。意識を吹っ飛ばした軽率さと、そこまで熱を入れてくれていた気持ちのあがりと、半分半分だった。
「寒くなかった? こんな身を隠すところがないところに立たせて……」
「まあ……そんなに。子どもじゃないんだから、風よけくらいするよ」
わたしはこどもじゃないから。もう立派な高校生だから。そんなことで悶々と考えちゃいけない。
今日は四月の暦はじめだった。嘘を付いてもいい日だけど、そんな気分にはならない。
油売りを切り上げて、わたしは本題に切り込んだ。
「デート、だったよね。何を食べるのかも何をするのかも、ぜんぶ
「……なーんか、固い。もうちょっとほぐれなよ。だんまりのままじゃ、どんなに綺麗な女の子でも伝わってこないぞ」
上手く伝えられなかった私を察してか、
唇の端を横によけてみる。前歯がはみだすように、口の中の空間をつくってみる。春とは言ったけれど、そんなに暖かくはなかったことに気付いた。
首をほんのり傾げる
「……そう、ちゃんとできてる。
きちんとほほ笑むことができていたのが心を落ち着かせる薬になった。ブレていた彼の像が収束してきた。
ポケットからスマホを取り出して画面をこする。が、パスワード画面が出てこない。電源ボタンを長押ししてみた。ピクリとも動かない。
「ごめん、電池切れだったみたい……。……さっきの電車の遅れた件、これで完全なあいこになったね」
「そっか……。カメラも別のカバンに詰め込んだままだったんだよ……」
唇のすそを噛む彼は自然体そのままだ。すべてをまっすぐに表現してくれるこの雰囲気がまた心地いい。ポカして映える男の子なんてそうそういない。
しばしの時間を挟んで、
さあ、ようやくデートの門までやってきた。わたしは目線をもれなくその取っ手に注いでいた。
「
ちっとも弱まらないしっかりした口調で、彼にそう告げられた。
笑う女の子はかわいい。トップグループの女の子たちをふもとから見上げていれば、否が応でも気づかされること。ちっぽけなプライドと肝っ玉が災いして、わたしがあまりできなかったこと。彼女たちは持っていた。
「……それだったら、
「僕のことがかっこ……なんでもない。そりゃそうさ、心配ばっかりだと、見えるものが見えなくなっちゃうし。今日の
「それは……! たしかに、そうだね……」
ああ視野が狭かった。掘りかえさないで、掘りかえさないで。
太陽はもう上がりきっていて、話は自然と食事に移った。彼のプランなら安心して乗っていられる……はず。
「
「そんなキョロキョロするなって。ハードルあげられて飛び越えられなかったら、
シャンパンタワーにお酒がなだれこみ、裏側から現れたシェフがとっておきの一品を以ってやってくる。ネットで調べるまではデートのクライマックスだと思っていたソレは、ホストに酔った狂楽の類だった。そもそも、わたしも
めぼしい飲食店の並ぶ通りへと歩みかけたわたしは、彼の腕に捕まった。
「こっち、こっち。
後半は
『ハンバーガーショップ マッドナルド』
それは話が違うんじゃないかな。部活帰りでお腹を満たしに行くんじゃないんだよ? 仮にそうだとしても牛丼屋の特盛でいいような? わたしはあれだけで一日過ごせちゃいそうだけど……。
事実は変わらなかった。彼が指さしたのはファストフード。今日はデートの一回目、何を言っているんだか。帰る権利はある、と友達はアドバイスしてくれるだろう。
初デートがハンバーガー店かぁ……。エイプリルフール、じゃないよね。
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店内はところどころ空席があり、二人掛けのテーブルも例にもれずあった。文明の利器を失ったカップルを予見していたかのように、メニュー表がかけてある。
とりあえず席を確保して、注文を終えた。わたしには、まず
「……でーとが……、それも、はじめてが……、ここなんだよね……?」
文字が全て崩れてしまった。
周りのテーブルからポテトのにおいが漂ってくる。現代の食生活に慣れ切った脳が、しきりに『食べよう』『食べよう』と叫んでいる。今日はそういう日じゃないの!
「それじゃあ、
「わたしが誰だと思ってるの? さすがに、いくらわたしだって、格式高いところに……、かくしきだかい……ところに……」
デートって、なんだっけ。高いお店でお食事会をすることなんだったっけ。知識として蓄えていたものが、音を立てて崩れていく。
反論がどうしても出てこない。それどころか、わたしの中枢は素直に従おうとしている。
まだ真剣さを残していた
「その反応は、大正解ってことにしちゃってもいい?」
ちょっとくやしい。ファストフードで手懐けられる女子なんだ、わたしは。好き嫌いをしない子の次元を超えている。
なんだろう、そっちの方が個性的に思えてきた。彼に嫌われていないならそれでもいいのか。経済的な彼女、は肩書に使えなさそう。子どもっぽい? むしろ寛大な大人だと信じたい。
いつもの光景にちょっぴり刺激をプラス。今日は
注文していたメニューが届いた。店員さんが持ってきてくれるサービスをやっていた。
二つのトレイが机に並ぶ。わたしはリンゴジュースとチーズバーガー。
食パン現象がおこらないかな。同じタイミングで手が伸びて、ポテトがごっつんこし、目を合わせて……。
カップの中に目を凝らして、心をまとめようとしている。何をしたいのかは流石のわたしでも当てられる。
彼の喉が軽く上下した。やっぱりだ、彼は大人の階段を駆け足で上りたくて仕方がなくなったのだ。わたしがもがいていたみたいに。
わたしの視線に正対して、
一秒、二秒。黒い飲料が遡っていく。口元にたどり着くまではいくばくもかからなかった。
彼は決め顔を保てなくなっていた。目力がこわい。そこまでして看板を支えなくてもいいのに。
紙ナプキンで口元をふきとった
「……
「強がりだったんだ……。……ぜんぶとは言えないけど、ジュースと半分交換する? その代わり、わたしのお願いを一つ叶えてくれる、とかで」
「コーヒーとジュースを……? ……牛乳以外にもそんな組み合わせ知ってるんだ……」
「……ないよ!」
どこの誰もジュースで割れとは命令していない。ドリンクバーで茶色の液体をもってくる小学生でも思いつかない。せっかくの半分こチャンスがボケで潰された。
押されたかと思えばサッと引かれる。船酔いをさせにかかる波に揺られて、わたしは
わたしはこうして彼を笑っているけれども、彼は大人をまたひとつ知ったわけで。置いてけぼりにされた気がした。
それでも、わたしは彼に追いついてみせる。つり合った恋人なんだって、世間に知らしめてみせる。
「……
「なんか、場所とセリフがしっくりこないけど……。
良いような悪いような。それはもう食べ始めた側が言うことなのでは。
ハンバーガーを手にして包装を解く。ナトリウム香る『ザ・ジャンクフード』が姿を現した。不器用に挟まれたチーズがそれをさらに強調する。
『デートでこれを食べさせる男と付き合っていいのかよ?』と、悪魔のささやき。知らない、知らない。ひっこめ、ひっこめ。
なかなか食いつかないことを見かねたのか、
「……まだ納得いってなさそうだね。デートがここかぁ、ってどこかで思ってる。……でも、とにかく、おいしければ、必ずいい思い出になる。絶対そうなる」
説明になっていない。言い訳にすらならないはずだけれど。彼の言霊に導かれて、彼の考えが頭にこだまする。おいしけりゃいいだろうって、そう言われてしまったら頷くしかなくなる。選択肢を削り取られた。
ハンバーガーが『おいしい』ことくらいはわたしの舌も知っている。ジャンクフードは『脂質』と『塩分』の二大巨頭でおいしさを表現するのだから、脳が浮かれるに決まっている。
だけれども。
自信のこもった彼の目に見守られて、わたしはバーガーを口にしてみた。
「……おいしい!」
ペアで口にする、はじめてのハンバーガー。チーズもピクルスもケチャップも、いつもと変わらないはずなのに。
「だから言ったろ? おいしければ、何でもよくなるって」
どこから取って来たのか分からない自信で胸を張る
紙につつんだハンバーガーには、わたしの歯形がはっきりと残っていた。