オカルトの導き   作:柴猫

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オカ研イベント復刻とエリの愛用品追加で書きました。


魔法の帽子と黄金の妖刀

 祝福とは何か。黄金の民とは何だ。

 

 かつてそう問われたことがある。問うた者の顔も声も覚えてはいないが、今や己の声として時折響くことがある。

 

 かつての狭間は永遠の女王の統治の元、祝福にまみれていた。幾多の悪神たちをほふり、遂にマリカが永遠の平和と幸福を与えたのだと。

 だが。最初にそれを奪ったのは、他でもない女王の手によるものだった。

 律の砕けは大いなる混乱と呪いを振り乱し、長すぎた破砕戦争は遂に夜の歩みを許してしまった。

 

 文献には原初の罪は挿し木の一族が垣間見た、それ以前にあるという。だがそれはどうでもよいことであった。

 女王はなぜ、律を壊し、あの黄金樹の麓を血で濡らしたのか。それともこんな考えを抱いているから、私は黄金からはるか遠くの地まで追放されたのだろうか?

 

 

 

 黄金は、人に何をもたらし、何を奪っていったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 ―――

 

 「はい!それでは今日もよろしくお願いします!師匠!」

 

 今日もまた白尾の元気な声を聞きながら、執行者は一切の無言で絵筆を滑らせていく。

 師匠と慕われようとも己の描くものは変えないということだろう。記憶の中の黄金樹を、目前の大樹の使って引き出し、キャンパスに刻み込んでいく。

 

 その様を見たエリもまた、絵を描いていく。いつもの抽象的なものではなくただ目の前の木を、あるがままに描く。執行者の写実的な絵に比べれば非現実的な捻じれ方をしているものの、ワイルドハントの者であれば決して笑うことの無い絵だった。本人は認めがたいだろうが。

 

 一方的な師弟関係の二人だが、その実絵のセンスは両極端だ。

 執行者のそれは徹底した写実主義。もはや絵と言う領域を超え写真のようにしか見えない絵画を描こうとする。狭間の地の作風に大きく影響を受けた彼の絵は、人物画であればその吐息を、風景画であればそこに吹く風を感じる領域まで至っている。

 白尾エリのそれは全く違う。自分の中の感情や記憶、思い出をそのままキャンパスにぶちまけるような、とても感情的な象徴主義とも言うべき絵だ。一見すればただの落書きにしか見えないようで、よく見れば細かな技法と発想を散りばめた面白い絵。というのが自己評価だった。

 

 エリが自分の絵に対する師匠の講評を聞いたことは無い。というか声だって一度も聞いたことは無いし、それを不満に思うことも無い。勝手に師匠と呼んでいるのはこちらだし、後ろで絵を描いているのも自分でやっていることだ。そもそもが芸術分野における師弟関係とは大抵こんなものである。

 

 しばし沈黙の時間が流れる。風に吹かれた梢がさらさらと音を立て、季節の鳥が歌う即興のハーモニーが奏でられる。

 それはこの場にいる二人にしか聞こえない贅沢なホールで、気づけば彼らはただ絵を描いているだけになった。

 

 

 

 気付けば陽は空の頂点へさしかかり、木陰は最も狭くなってしまった。

 

 「あ、もうこんな時間……!師匠、お昼はどうでしょうか!」

 

 後ろにいたエリがそう言うと、執行者も振り返った。実を言うともう絵の具を使い切ってしまい、補充を行う必要がある。恐らく初めてであろうエリの声掛けはこうして成功を収めた。

 

 「ささ、どうぞ!交易部の皆さんからの特製弁当です!」

 

 特製弁当(唐揚げの茶色一色)である。

 ……己の鎧の色から連想したのだろうか。己の鎧は坩堝であり赤金色なのだが。

 とはいえ未知の食事であることは変わらないし、執行者とて仙人ではない。腹を減らした状態で黄金樹の姿を垣間見れるとも思わない。

 

 渡された木の棒を2つに割き、箸を持つ。思えば円卓で饗されていた食事は洋食が主で、箸を持つなど相当に久しいが、手との馴染み方は腰に佩いた二振りと遜色なかった。

 両手を合わせ、ほのかに温かい茶色の塊を掴む。匂いからして鳥の肉、それを半ばで嚙み切るべく歯を立て、頬張る。歯に当たる衣の食感、口内に溢れる鳥ももの肉汁、舌先で転がる肉の甘味。

 これが金を払えばすぐに手に入るのかと、思わず頷いていると、目の前の少女も何故だか嬉しそうにこちらを見ていた。大きな帽子を被っていてもよく見える笑顔。それを見て、食べかけの唐揚げを端に置き、箸の持ち手を彼女に渡す。

 

 「え、い、いいんですか?」

 

 いいも何も元は彼女が持ってきたものである。見たところこれ以外の飯を用意しているわけでもなし、己は胃が膨らんでいなくとも生きるに不足ないのなら、頭上のヘイロー以外は普通の人間である彼女が食らう方が良いだろう。

 

 「で、ではお言葉に甘えて……」

 

 と。箸を渡されたエリは。弁当の中でもひと際大きな唐揚げを掴み、一口で口の中へ入れてしまった。……どこにその量が入っているのだろうか。数回ほど嚙む音が聞こえた後、また箸は鳥を攫い、また攫い。

 気付けば弁当に入っていた茶色の塊はすべてなくなっていた。

 

 「……ああ、また、体重が……」という己の腹部を見つめるエリのボヤキをよそに、半分残しておいた小さな唐揚げを手で掴み、執行者の昼餉は終わった。

 

 「ご、ごめんなさい!今日は朝から課題に追われて何も食べておらず……!」

 

 必死に謝るエリを、無言の身ながら宥める。そも食事を用意したのはそちらなのだから、こちらが何か言う必要は無いのだと。

 そも無言で伝わっていないとも知らず、彼女は言葉を発する。

 

 「そ、そうです!師匠に私の帽子を貸してあげます!」

 

 そう言うと帽子を脱ごうとして、止まった。鍔を掴む手がプルプルと震え、視線は地面とこちらを行き来している。やむにやまれぬ事情でもあるのだろうかと、エリと喋ったことの無い執行者は困り果てた。

 そもそもなぜ帽子なのだろうかと疑問が浮かびかけたところで、エリは帽子を外してこちらに渡して来た。残像が見えるほどの勢いを思わず反射で受け取り、大きな帽子が視界一杯に収まった。

 

 一見すればただの帽子。だが近くで見て見れば、それは丁寧に補修されていることが分かる。

 

 「そ、その帽子は倉庫で拾ったものでして!凄い長い間放置されていたのですが、何だかこうそれを付けてから不思議な力が湧いてくるような気がして……!」

 

 黒と赤の二色で、大きな鍔を持つ、まさしく魔女の帽子。

 円卓の魔術師、隠者は言っていた。

 

 

 『この形の帽子は元々、とある高名な魔術師が着けていたのだけれど、それは何の力もないただ周囲の視界を遮るためだけのものだった』

 『その魔術師が覗いてはいけない魔術の深淵を覗き狂った後も、この帽子だけは肌身離さなかったの。それで、魔術の道を行く者たちは皆これを被り、己の正気と魔術の狂気を忘れんがために継承されていった。どう、私のお話』

 

 

 己の正気と魔術の狂気。魔術の深淵がどうであるかは存知ないが、信じて積み上げたものが揺らぐ恐怖は知っているつもりだ。では純朴な目の前の少女が着けるこれは?

 年相応に感情を露にする今の彼女と、芸術にひたむく魔女のエリ。

 この普通ではない帽子を常に被るのは、普通ではない。勇気があったはずだ。奇特な視線を遮ってなお成し遂げたいものが。

 かすかながら神秘の薫るこの帽子の前任が魔術師である証明は無い。

 

 だからこそ。これはただ持ち主の思いに応えるだけなのだ。

 

 

 「はっ!す、すみません!そんなの急に渡されても迷惑ですよねっ、ど、どうぞ早く返してくださいっ、出来れば早めに!」

 

 どうやらエリはこれが無いと相当に自信が無くなってしまうようだ。丁寧に返し、被らせる。

 そして。腰の二振りのうち一本、彼女に渡す。

 

 「……にゅ?」

 

 茫然自失としていたエリは半ば無意識にそれを受け取り、その重みを両腕に感じる……ことはなかった。

 まるで木の枝でも持っているかのような、そんな手触りが両の手に満ちる。刀剣類は専門外だが、本物であるならこれほど軽くはない筈。

 

 目の前にある鞘は、かなりの傷が目立つ。鋭い擦過傷が無数に刻まれたそれは、彼との馴れ初めの間見ていた、その鎧に刻まれたそれと同じ。獣に嚙まれたようなものもあれば、爛れたような瑕も多く、切り傷に打撃など数えきれない程のそれ。

 

 主と同じ傷を受けていたそれを、抜くべきかどうか迷う。刀剣類ってどう扱うのが基本なんだっけ?そもそもこれだけの傷だと美術的価値はかなり下がる?ああでもなんか、今の刀剣類はほぼ美術品だから実際に使われたものはむしろ史料的価値が増すだったっけ?あぁぁ!こうなるなら一年の時のクラスメイトに聞いておけばよかったぁぁぁ!

 

 

 おろおろとしていると、いつの間に後ろにいた師匠が手を添えてくれた。鞘を保持し、柄に手を添えて。

 鎧越しなのに人肌のような体温が伝わってくる。気付けば私の視線は目の前の刀よりも師匠の指先に縫い留められた。

 

 無数の傷跡に覆い隠されたようにある、指先の肉刺。彼が負っている傷跡に比べればなんてことないような、まあるいそれ。その形が、いやに目についた。

 その時の感情を振り返ることはできなかった。師匠がその刀を抜いたからだ。刀剣は軽いというのに、鞘は恐ろしく硬いような気がする。なんとなく、私だけだったら抜刀すらもできなかったと感じた。

 

 その刀は、淡く、歪に輝いていた。無数の傷跡によってかつての光は弱まり、吹けば飛ぶような、夜を照らす明かりにもならなさそうな、頼りない光と化していた。

 それでも目を離すことの出来ない、太陽のような光を秘めているような、そんな輝きだった。

 

 「黄金……」

 

 それを見て、思い出す。脇に堆く積まれた黄金の樹たちを。

 師匠とあの黄金の樹とは切っても切れない関係なのだろう。この刀のように。

 鞘と刀身に刻まれた無数の傷跡は、それだけこの妖刀が彼を守ってきた証。

 

 つまり私が、師匠と出会うきっかけを繋いでくれた縁。

 

 そう思うと頼りない黄金の光が、なんだか暖かく見えたような、まるで光(・)の(・)筋(・)が(・)二(・)人(・)の(・)間(・)に(・)伸(・)び(・)て(・)い(・)る(・)ような、そんな錯覚が見えた。。光量が増えたわけではない筈なのに。

 

 この光を、どうやったらキャンパスに描けるんだろう。

 

 私以外の体温を指先で感じながらも、私の頭の中はそれだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、エリちゃんだ」

 「それ今度の課題?」

 「は、はい。これまでとは違う絵を提出してみようかと思いまして...」

 

 よく話しかけてくれる二人が私伸び絵を覗き、心臓が走りまくる。

 

 「......何だかエリちゃんらしくないね」

 「え“」

 「ああいやいや違うのごめん!何かこう、今までの作風と全然違うなって!ホントそれだけだから!」

 「何かこう、シャキッとしてる、みたいな?エリちゃんは抽象主義的なイメージが強かったからさ。こう、はっきり物を描くのは珍しいなって」

 「あはは、あ、ありがとうございます?」

 「ねぇねぇ、その絵のタイトル、教えてくれない?あ、思い付いてないなら良いよ全然?」

 

 エリは始めて、その二人の顔を見て、自分の絵を見せていた。

 

 「この絵の題、それは−−−」

 「「ごくり...」」

 

 

 

 

 

 「『導き』です」

 

 

 白や黄に塗りたくられたキャンパスの中。

 

 光を裂くような黒と白、赤金の閃きが、どこまでも真っ直ぐ伸びていた。

 

 

 




執行者:神秘S
キヴォトスとの相性は良い方。エリの帽子に込められた神秘の残滓に気づいた。
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