世界は彼らを見守っている-最強の魔族と葬送の魔法使いの配信紀行 作:meiTo
それは、北側諸国のとあるのどかな村に到着した時のことだった。
本来なら、変な魔法を出す魔導書を求めて、フリーレンが村の古道具屋を一日中物色して回るはずの平和な休日になるはずだった。
だが、現実は違った。
「フリーレン様! 『アウラ自害しろ』の生放送、最高でした!」
「握手してください! いや、魔力をぶつけてください!」
「シュタルク君、もっと近くで見せて! あの『危ない』ってやつやって!」
村の入り口には、アレスの配信(ライブ)の通知を見て駆けつけた「リスナー」たちが、何重もの人だかりを作っていた。
「……アレス。鏡(カメラ)、止めて」
フリーレンが無表情のまま、しかし確かな拒絶の意志を込めて言った。
村の外れの静かな木陰に避難した一行。
アレスは青い光の義手で空中に浮かぶ「視聴者数:数千万人」の数字を、少しだけバツが悪そうに消した。
「悪かったよ、フリーレン。でも、君の人気は今やかつての魔王軍の脅威を上回る『希望の象徴』なんだ。世界中の魔導士たちが、君の旅を教材にしているんだぞ」
「……私は、希望の象徴になりたいわけじゃない」
フリーレンは、地面に座り込み膝を抱えた。
「……私が魔法を集めているのは、ただの暇つぶし。……『服を透かす魔法』とか、『かき氷にイチゴシロップをかける魔法』とか、そういう誰にも邪魔されない『下らない時間』が好きなの」
フリーレンは、アレスの青い義手をじっと見つめた。
「……アレス。君の配信は、世界を繋いだけど、私の『世界』を少しだけ狭くしちゃった。……もう、のんびりとお買い物もできない」
アレスは、前世の記憶を反芻した。
有名になりすぎて私生活を失い、壊れていったクリエイターたち。
情報を「共有」することの残酷な側面。
「……そうか。私は、君の『寄り道』をエンターテインメントにして、消費してしまっていたんだな」
アレスは深く反省した。
魔族としての演算能力は高くても、千年以上を生きるエルフの「静かな時間の価値」をどこか軽視していたのかもしれない。
「分かったよ、フリーレン。……だったら私が『魔法のフィルター』を作ろう」
「フィルター?」
「ああ。……世界中の人々には、君の『結果』だけを届ける。だが、君が旅をしている『過程』……その孤独で静かな時間は、誰にも観測させない」
アレスは、自身の【理の簒奪】を応用し、新しい術式を構築した。
それは、配信魔法の「認識阻害」レイヤー。
「これから、私の配信は『遅延放送(アーカイブ)』をメインにする。……そして、今この瞬間、君たちがどこにいて何をしているかは、私のネットワークが全力で隠蔽(カモフラージュ)する。……つまり、君たちは再び『ただの旅人』に戻れる」
アレスが指を鳴らすと、一行を包んでいた「注目」という名の魔力的な圧力が、スッと消えた。
すぐ近くを通った村人も、彼らが「あの伝説のパーティー」であることに気付かず、ただの魔法使いの一行として通り過ぎていった。
「……あ。……静かになった」
フリーレンの瞳に、安堵の色が戻る。
「アレス様…、たまには良いことをしますね」
「偶にって常に良いことしかしてないけど?」
「どこがだよ」
シュタルクもフェルンも、ファンに囲まれて髪を触られるストレスから解放され、小さく息を吐いた。
静寂を取り戻した村の古道具屋。
フリーレンは、誰にも邪魔されることなく、埃を被った古い箱を何時間も眺めていた。
「……ねえアレス。これ、『絶対に賞味期限が切れないパンを作る魔法』の断片かもしれない」
「……へえ、それはまた……前世の保存料技術を全否定するような、下らない魔法だね」
アレスは、その様子を「非公開」の記録として、自分の義手の中にだけ静かに保存した。
世界には見せない。今この瞬間の、少しだけ眠たそうなフリーレンの顔は、世界で自分たちだけが知っていればいい。
アレスは空を見上げた。
情報を届けること。そして、情報を「隠す」こと。
その両方があって初めて、記録(アーカイブ)は完成するのだ。
「………よしッ、今日は配信はお休みだ」