機動戦士ガンダム SilenceWar ~U.C.0093 Madness AXIS Breaker~ 作:にわ@タイトル単位作品作成者
U.C.0093 3月20日
ラー・カイラム艦長室にて
艦が港に繋がれている間は、奇妙に時間の感覚が薄れる。
振動もなければ、戦闘配置の緊張もない。
それでも艦長室の空気だけは、どこか張りつめている。
ブライト・ノアはデスクの端末を閉じた。
補給完了。
機関異常なし。
乗員異常なし。
表示された文面を確認し、送信する。
事実だけを記すのが航海記録だ。
そこに迷いは書かない。
だが、艦長室に残る沈黙は、記録には残らない。
ノックのあと、扉が開く。
「入るぞ、ブライト」
「……許可は出していないがな」
視線を上げると、アムロが立っていた。
寄港中でも落ち着かないのは、彼も同じらしい。
「ハサウェイから連絡はあったか?」
本題は早い。
ブライトの背筋がわずかに伸びる。
「ああ。少し前にな」
「クェスは?」
「大きな変化はなく、今は安定した様子らしい。
面会は可能だと聞いている」
「それで…ハサウェイは?」
「今日も見舞いに行くと言っていた」
「そうか」
ここ数日、ハサウェイはクェスのいる病院へ足しげく通っている。
毎日、欠かさず。
春休みで学校の時間に縛られることはないが、長期的に通うには転校や課外の調整も必要だった。
実際、周囲は少しばかりバタついた。
それでも長居はせず、必ず顔を出す。
報告書にあった事実が、ブライトの胸の内で重みを持つ。
「迷惑をかけていなければ良いのだがな……」
ふと言葉が出る。
だが内側では、幾つもの感情が静かにせめぎ合っている。
クェスの傍に、ハサウェイはいる。
それは確かなことだ。
あの時――
カミーユの傍に立ち続けたのは、ファだった。
壊れていく少年の隣で、何もできないまま、それでも離れなかった少女。
今、病室で椅子に座っているのは、ハサウェイだ。
息子は逃げなかった。
その事実に、胸の奥がわずかに緩む。
安堵に近い感覚。
だが、それだけでは終わらない。
支える側に立つということは、静かに自分を削るということだ。
相手の揺らぎを受け止めるたびに、自分の足場も少しずつ削れていく。
ハサウェイは、それを知っているのか。
いや――知っていても、引かないのだろう。
「……アイツなら、大丈夫だろう」
アムロは呟く。
「わかるのか?」
「いや。
勘だ」
わずかな沈黙。
アムロは窓の外へ視線を向ける。
「あいつは逃げない。
お前の息子だからな」
確かに――今のアイツなら、逃げない。
若いからこそ、見返りを考えない。
それを――失わせたくはない、とも思う。
だが同時に思う。
クェスをただの“重荷”として扱うことも、違う。
あの少女は傷ついている。
戦争の残滓を、まともに受け止めすぎた結果だ。
同情はある。
救われてほしいと、素直に思う。
だが自分は医師でもなければ、父親でもない。
艦長だ。
艦長の立場で、病室の椅子に座ることはできない。
「ブライト」
アムロの声が、現実へ引き戻す。
「どうするつもりだ」
難しい問いだ。
過干渉は壊す。
放置もまた壊す……。
それでも――あれは、アイツが自分で選んだ。
ブライトは少し考え、静かに答える。
「どうするつもりもない」
「……それは父親としてか?」
「ああ、アイツが本気で決めたことだ。
だから好きにさせるさ」
今自分が守るべきは艦であり、任務であり、未来の平穏だ。
だが――父としては、ただ一つだけ願う。
息子が、誰かの痛みを背負ったまま沈まないことを。
クェスが、支えられることに罪悪感を抱かないことを。
どちらも、戦場では教えられなかったことだ。
艦長室の外で、整備クルーの足音が響く。
寄港中の静けさが、現実に戻す。
ブライトは立ち上がり、窓越しに宇宙港の灯りを見る。
光は冷たい。
だが消えてはいない。
ブライトは席に戻る。
その表情は、艦長のものだった。
だが、父の願いまでは消していない。
ラー・カイラムは、まだ港に繋がれていた。
SilenceWar はまだまだ続いて行きますが…
U.C.0093 Madness AXIS Breaker は後日談を合わせ、
これにて閉幕となります。
筆が遅いため次作がいつになるかはわかりませんが…。
またの機会にお会いしましょう。
ここまでのお付き合い、誠にありがとうございました!