お茶会から数ヶ月――。
南洋に浮かぶ島「フォンテーヌ」の運営が軌道に乗り始めた頃、その王たる水都梨那が突如として呪術高専に姿を現した。
場所は高専の空き教室。
呼び出されたのは五条悟と伏黒恵の二人だ。
「やあ、元気にしてたかい? バカ目隠し、それに伏黒恵」
水都は教卓に腰掛け、まるで自分の城のバルコニーにいるかのように足を組んで二人を見下ろしている。
その手には高専の自販機で買った安っぽい紙パックの紅茶が握られていたが、彼女が持つとまるで最高級の茶器のように見えなくもない。
「元気も何も、急に呼び出して何? 水都。島の運営は傑に丸投げしてバカンス?」
五条が教室の椅子に逆向きに座り、面白そうにニヤつく。
「人聞きが悪いな。僕は『王』として外交に来たんだよ。……まあ、夏油の気晴らしも兼ねているがね」
水都はふんと鼻を鳴らし、その特徴的なオッドアイを伏黒に向けた。
伏黒は、目の前の少女が放つ異質な呪力――五条悟とも特級呪霊とも違う、底知れない水の気配に微かに身構える。
「さて、伏黒恵。君を呼んだのは他でもない。君の術式――『十種影法術』について聞きたいことがあってね」
「……俺の術式ですか」
伏黒が怪訝な顔をする。 水都は興味深そうに身を乗り出した。
「単刀直入に聞こう。その術式の『調伏の儀』における仕様だ。……式神を調伏する際、複数人で儀式を行った場合、調伏は無効になるという認識で合ってるかい?」
伏黒は頷いた。
それはこの場にいる人間にとって周知の事実であり絶対のルールだ。
「はい。調伏の儀は、術師本人が単独で式神を倒さなければ成立しません。複数人で挑むことも可能ですが、その場合は倒しても調伏したことにならず、儀式は無効化されます」
「なるほど。第三者が手を出せば、それは単なる『殺害』となり、手持ちには加わらないわけか」
水都は納得したように頷くが、すぐに悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「その後、儀式はどうなる? 無効になった式神は二度と出せないのかい?」
「いえ、儀式自体が『なかったこと』になります。再度、儀式を行うことは可能です。……だからこそ、歴代の術師たちは命懸けで一体ずつ調伏を進たそうです」
「ふうん。……柔軟性がないね、十種影法術のルールというのは」
水都は紙パックの中身を飲み干し、ゴミ箱へと投げ入れた。
そして、思いついたように――あるいは最初からそれが目的だったかのように、核心を突く言葉を投げかけた。
「なら、縛りを用いた条件緩和と報酬の減少はできないのかい?」
「……え?」
伏黒が虚を突かれたような顔をする。
五条のサングラスの奥の瞳が、面白そうに細められた。
「どういうことだよ、水都」
「簡単な話さ。呪術とは基本的に0だ。どこを0とするかは個人差だが」
「ん?」
「バカ目隠しで例えるなら無下限呪術は無法だが六眼がなければ産廃術式だ。」
「おい」
「何かしらで釣り合いが取れているって話さ。縛りだって等価交換だろう? 『一人で倒さなければ完全な指揮権を得られない』のがデフォルトのルールなら、自分から条件を提示して書き換えればいい」
水都はステッキで空中に天秤を描くような仕草をした。
「例えば、『調伏の儀に協力者を一人入れる』という有利な条件(メリット)を得る代わりに、『調伏した式神の召喚可能時間の制限』や『発揮できる出力を参加人数で頭割りにする』といった強烈なデメリット(縛り)を課す。……そうやって儀式の難易度と報酬を天秤にかければ、複数人での調伏も成立するんじゃないかという仮説だ」
伏黒は絶句した。
そんな発想は浮かびもしなかった。
調伏とは「手に入れるか、死ぬか」の二択であり、不完全な形で手に入れるという選択肢など考慮の外だったからだ。
だが、呪術の理屈としては通っているように聞こえる。
「……考えたこともありませんでした。ですが、もしそれが可能だとしても、不完全な式神を得て何の意味が……」
「あるさ。特に、君が持っている『円鹿』と『最後の切り札』に関してはね」
水都は椅子から飛び降り、伏黒の目の前まで歩み寄ると、その冷たい瞳で彼を射抜いた。
「『
その名が出た瞬間、場の空気が凍りついた。
先代の無下限呪術と六眼の抱き合わせと相打ちになったとされる最強の式神。
「僕からすれば魔虚羅を調伏するメリットは『あらゆる事象への無限回の適応』というバグみたいな能力の獲得だ。本体は別にいらないだろ」
「……え?」
伏黒の声が裏返った。
「本体はいらない……?」
「そう言っているんだ。あの巨大な図体も、ぶん回す剣も、言ってしまえばただの『攻撃手段(オプション)』に過ぎない。君には他にも優秀な式神がいるし、何より君自身が近接戦闘で殴り合えるだろう?」
水都は、さも当たり前のように語り始めた。
「複数人で調伏する変わりに式神本体もいらない、対魔の剣もいらない、変わりに適応能力とその起点だろう方陣だけ寄越せというのはアリじゃないかと思うんだが?」
シン、と教室が静まり返る。
五条悟が、口元に手を当ててプルプルと震えていた。
笑いを堪えているのだ。
伏黒は、あまりの暴論に思考が追いついていない。
「あ、ありなんですか……? そんな、都合のいい……」
「都合がいい、か......。君は『最強の式神の戦闘力』という莫大なリソースを放棄するんだ。その代償として、『適応能力(パッシブスキル)』だけを抽出してくれと頼む。……等価交換としては十分すぎるほどだと思うがね」
水都は、自身の愛剣『諭示裁定カーディナル』を弄びながら続けた。
「僕の術式特性と瞬間火力なら魔虚羅を倒すこと自体は造作もないはずだ。僕が協力者として儀式に参加し、一撃で粉砕する。……本来なら儀式は無効だが、そこで君が『本体の放棄』という縛りを提示していれば、法陣だけが君の手元に残るかもしれない」
「法陣だけ……」
「そう。必要なのは『適応』の肩代わりをしてくれるあの法陣だけだ。それを君自身が背負うなり、他の式神につけるなりすればいい。……どうだい? 制御不能の自爆装置として抱えているよりは、不完全でも『機能』だけを手元に置く方が、よほど建設的だと思わないかい?」
それは、伝統と形式に縛られた呪術界の常識を、合理性という暴力で粉砕する「王」の提案だった。
「……ははっ! 面白いね、それ!」
ついに五条が声を上げて笑った。
「『魔虚羅の体験版』ってとこかな? 本体は買わずに機能だけレンタルする。……傑が聞いたら『また変なことを吹き込んで』って胃を痛めそうだけど、呪術の解釈としては筋が通ってるよ」
五条は伏黒の背中をバシバシと叩いた。
「どうする恵? 試してみる価値はあるんじゃない? 失敗しても儀式が『無効』になるだけで、恵が死ぬリスクは水都がいればゼロだ」
伏黒は、呆然としながらも自分の掌を見つめた。
最強の式神を、倒して従えるのではなく、取引して機能だけを奪う。
それは、自身には一生思いつかない、しかし現状を打破するかもしれない「バグ技(グリッチ)」のような一手だった。
「……検討、させてください」
伏黒が絞り出すように答えると、水都は満足げに「うむ!」と頷き、再び教卓の上で足を組み直した。
「良い返事を待っているよ。」
「……さて、それはそれとして帰りにこの辺りで評判のスイーツ店に寄りたいんだが、案内したまえ。それが今回の本当の『外交目的』だからね。」
そう言って不敵に笑う少女は、常識という枠組みを軽々と踏み越える「王」の風格が漂っていた。
数日後、高専の放課後。
夕焼けが教室を茜色に染める中、伏黒恵は再び水都梨那の元を訪れた。
教室には、相変わらず我が物顔で教卓を占拠し、高級そうなマカロンを摘む水都と、その横でスマホゲームに興じる五条悟の姿があった。
「――決めました」
伏黒の短く、しかし決意の篭った声が静寂を破る。
水都はマカロンを口に放り込み、優雅に咀嚼してから、ニヤリと口角を上げた。
「ほう? 聞こうか、君の答えを」
伏黒は深く息を吐き出し、真っ直ぐに「王」を見据えた。
「貴方の提案に乗ります。……『八握剣異戒神将魔虚羅』の調伏、お願いします」
その言葉に、五条がスマホから顔を上げ「おっ」と声を漏らす。
伏黒は拳を握りしめ、自分に言い聞かせるように続けた。
「俺に必要なのは、いつ使うかも分からない自爆スイッチじゃない。今、目の前の敵を倒し、人を守るための確かな『力』です。……たとえそれが、式神としての形を失った不完全なものであっても」
「……うむ!」
水都は満足げに頷き、パチパチと拍手をした。
決行の日は、不吉なほどの快晴だった。
場所は高専の裏山、その中でも特に結界強度の高い開けた区画。
五条悟は「万が一」に備え、遥か上空、あるいは数キロ離れた鉄塔の上から六眼による高みの見物を決め込んでいる。
「……準備はいいかい、伏黒恵」
水都梨那はいつものステッキではなく、鞘に収められた『諭示裁定カーディナル』を手に、まるで散歩にでも来たような軽装でそこに立っていた。
対する伏黒恵は、冷や汗を流しながらも、その瞳に決意の光を宿している。
「はい。……始めます」
伏黒は深く息を吸い込み、呪術的な契約――『縛り』を自身の術式へと刻み込む。
それは、歴代の誰もが成し得なかった、あるいは試みようとさえしなかった抜け道。
一つ、これより行う調伏の儀において、式神「八握剣異戒神将魔虚羅」の「肉体」及び「対魔の剣」の所有権を永劫に放棄する
言葉にするたび、自身の呪力が重くのしかかる感覚がある。 最強の矛と盾を捨てる。その代償として、彼はただ一つの「機能」だけを渇望する。
二つ、儀式参加者の人数制限による無効化を取り下げ、調伏完了の暁には、当該式神の「法陣」とその「適応能力」のみを術式に定着させることとする
「うむ、上出来だ」
水都は満足げに頷くと、伏黒から数歩下がり、手にした『諭示裁定カーディナル』をゆっくりと掲げた。
「では、こちらも準備といこうか。……相手は最強の式神だ。手加減をして『適応』されては面倒だからね」
彼女の纏う空気が一変する。
これまで常に抑制されていた、桁外れの何かが溢れ出そうとしていた。
「――『諭示裁定カーディナル』、封印解放(リリース)」
カチリ、と硬質な音が響く。
瞬間、演習場の空気が「水」へと変質したような錯覚に襲われた。
重力が増したのではない。
大気そのものが圧倒的な質量の呪力に塗り潰され、呼吸さえ困難になるほどの重圧(プレッシャー)。
遥か上空で観測していた五条悟でさえ、そのサングラス越しに目を見開いただろう。
水都梨那の髪がふわりと揺らぐ、その背後に、半透明で巨大な、厳粛なる裁定者の影――『最高審判官(ヌヴィレット)』の幻影が顕現する。
その呪力総量は、特級術師・乙骨憂太のそれを遥かに凌駕し、底なしの深海を思わせた。
彼女のオッドアイは今、人の情動を排した「神」の光を宿している。
「さあ、呼びたまえ。僕が今の
伏黒は震える手で印を結んだ。
この重圧の中で意識を保つだけでも精一杯だが、ここで退くわけにはいかない。
彼は全身全霊の呪力を込め、最強の影を呼び出す言の葉を紡いだ。
「――
影が膨れ上がる。 地面から湧き出した漆黒の沼から、異形の巨体がせり上がってくる。 頭部から伸びる長い尾、背後に回る法陣、そしてあらゆる悪を断つ退魔の剣。 歴代十種影法術師を葬り去ってきた、絶望の具現。
「
伏黒の背後に顕現した魔虚羅が、眼前の「敵」を認識するよりも速く水都梨那は、既に「終わらせる」構えに入っていた。
彼女は優雅に、しかし冷徹に、その切っ先を魔虚羅へと向ける。
魔虚羅がその剛腕を振り上げ、退魔の剣を振るおうとした刹那。
水都の口から、厳かな祝詞が紡がれる。
『――久遠』
『――大典』
背後の『最高審判官』の幻影が、水都の動きに呼応して右手を掲げる。
その手には、星さえも砕くほどの蒼き光が収束していく。
『――遺龍の栄光』
魔虚羅の剣が振り下ろされる。
だが、遅い。
あまりにも、遅すぎる。
「――水精操術 極ノ番『 流転 』」
水都のステッキから、そして背後の幻影から、極大の激流が放たれた。
それは「水流」と呼ぶにはあまりにも暴力的で、鋭利な「光の奔流」だった。
轟音さえ置き去りにする超高圧の質量攻撃。
魔虚羅の持つ『退魔の剣』が触れた瞬間に砕け散り、その巨体があらゆる耐性を獲得する暇もなく、細胞の一つ一つに至るまで物理的に粉砕されていく。
「――!!」
断末魔すら、水音にかき消された。
演習場の地面が抉れ、地形が変わるほどの破壊。
五条悟が遠くから見ていなければ、高専の結界ごと消し飛んでいたかもしれない一撃。
一瞬の静寂の後、爆風と共に水飛沫が舞い散った。
水都はふぅ、と息を吐き、カーディナルを鞘に納めて封印を戻した。
圧倒的な「神」の気配が霧散し、いつもの少女の姿に戻る。
「……ふん。所詮は式神、龍王の権能(コピー)の前では紙切れ同然か」
彼女が視線を向けた先。
魔虚羅の肉体は跡形もなく消滅していた。
しかし、抉れた大地の上に、ただ一つ。
カラン、と乾いた音を立てて落ちるものがあった。
黄金に輝く、八つの徳を現す法陣。
それだけが、傷一つなくそこに残されていた。
「……成功、ですね」
腰を抜かして座り込んでいた伏黒が、信じられないものを見る目で呟く。
水都は髪を払い、勝ち誇ったように笑って見せた。
「言っただろう? 『本体はいらない』と。さあ、拾いたまえ伏黒恵。それは君のものだ」
こうして、呪術界の歴史において、最も冒涜的な「魔虚羅調伏」が成し遂げられたのである。
水精操術 極ノ番『 流転 』について
ヌさんのごん太ビームのバカ強化バージョン
名前はフリーナとヌさんの餅武器から取った。
新規で十種持ちの主人公の話を書こうと思って考えたネタだったけどボツにしたので設定供養。
お茶会編はここに持ってくための話だった気がする。描いたのがだいぶ前すぎて覚えていない。
ボツネタは禪院甚爾のワンナイトした女の娘(伏黒の1つ上)が主人公の話
原作開始時点で魔虚羅を今回の形で限定調伏済のつよつよ女にするつもりが東堂ってしまう未来が見えた。
???「ヤベェミライガミエタヨウダ」
もう一つのボツネタとしてこの限定調伏の後に魔虚羅の方陣を夏油につけて社畜に適応させる話があったが読んでて苦しくなったので消した。働いたら負けでござる。
渋谷事変後の禪院家に関してどっちにするか迷ったので
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直哉:「僕はマグロやない特級や」ルート
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直哉:「人の心が無いんか?自分」ルート