雷神の系譜~鹿紫雲一の末裔に転生したので、原作の悲劇を打ち壊す~   作:メンチカツ

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デンジャラス・ビースト

 特級呪霊黒沐死をあっという間に祓い、鹿紫雲(かしも)龍蓮(りゅうれん)の領域が泡沫のように消えていく。

 身体中が軋むような独特の重圧も消えて鹿紫雲(かしも)月乃(つきの)は息を吐いた。

 

 龍蓮は呪術の極致、領域展開を使いながらも疲労感を感じさせず悠然と佇んでいた。その姿を月乃は眺めていた。

 

(あぁ、たまらない)

 

 露わな肌が、雪白さから薄紅色に染まっている。唇をなめまわして、はっ、はっ、はっ、という月乃の喘ぎが漏れる。

 

「顔が赤いぞ、大丈夫か月乃?」

「大丈夫ですよ。ご心配には及びません」

「そうか……」

「さあ若様、あとは伊地知さんにお任せして、帰りましょう」

「そうするか。……帰りにラーメンでも食べようか」

「お供します」

 

 胡乱げに見て来る龍蓮を月乃は車に乗せて帰路につく。

 

 いつもなら身体の疼きはすぐに鎮められる。それでなくとも鎮められる。

 しかし今回は違った。鎮まるどころか、月乃の身体はどんどん熱くなっていくばかり。

 

 何故、とは思わなかった。既に限界だった。

 

 月乃のすべてが変わった運命の日から。

 

 闇の中でずっと足のつかない海に、浮かんでいるような日々だった。すがれるものは無かった。

 

 術師としての素養を持っていても、生得術式は呪霊や呪詛師との戦いでは使えないとして、父親には術師として役立たずと烙印を押され術師として学ぶ機会は与えられなかった。独学で学ぶにしても限界を感じていた。

 

 男でもなく、望ましい術式も持たなかった娘を、父は愛さなかった。

 夫の関心を引かない娘を、母は愛さなかった。

 

 愛そうと思った。愛されてみようと努力した。不出来な娘でも彼らを家族として愛したかった。

 

 だが両親の無関心を、娘(月乃)は受け入れた。

 

 すべてを諦めて、父が決めた婚姻にも従った。相手は月乃よりもずっと年上の、宗家の長子である赳雄。

 関係は夫婦とはいえなかったし、自分は次期当主だと幾度も口にするものの、末弟の存在に怯えていた。

 

 その結果が暗殺未遂で返り討ちだ。両親に生贄の供儀として龍蓮のもとに差し出されたときも、何も思わなかった。自分を所有する者が赳雄から龍蓮に変わった。それだけだと思った。

 

 しかし───そうはならなかった。

 

 誰かの言うとおりに生きるのか呪術師として自分の意志で生きるのかと選択を提示された。月乃は呪術師として生きると選んだことで、龍蓮のもとで鍛錬する日々となった。彼は月乃を信じ続けて多くのものを与えてくれた。

 

 そして月乃は変わった。世界中に一人でも自分を信じてくれる人がいれば救われる。冬の夜の海のような世界だったが、彼と時をともに過ごすようになり、世界とは思っていたよりもずっと優しいのかもしれないと思えてきたりするのだ。

 

 もう以前の自分に戻ることはできない。戻りたいとすら思わない。

 

 しかし、それは同時に苦痛の始まりでもあった。

 

 龍蓮は決して努力を怠らない人だった。一日の大半が鍛錬を欠かさず、書籍を読み耽っているかのどちらか。何かに取り憑かれように研鑽を続けていた。

 

 満たされることのない渇いた心で『強さ』を求めていた。

 

 天賦の才を持ちながらも努力を欠かさない姿勢に畏敬の念を抱く一方、龍蓮の反応は実に素っ気ない。───努力なんて好きでしたこと今までの人生でまったくないよと笑うだけだ。

 

「努力とか頑張るとか強要されるのは間違っていると俺は思うし、成果を出さなければならないって考え方も嫌いなんだよね」

「だけど俺は呪術師だから。何の保証も無い努力や、用意してもあっけなくぶっ壊れる準備も、全部わざわざ自分からやってんだよ」

「努力は好きじゃないけど、呪術師に悔いのない死なんてねーんだよ。だからあの時、努力してなかったからとか、後で後悔するような死に方は嫌なんだ!だったら道はただひとつ」

「無駄かもしれない努力を積み上げて、自分の実力を信じるしかないんだよ」

 

 その時、彼の眩い在り方を月乃は理解した。

 

 彼の放つ光は希望や憧れとなる。だがその眩さゆえに見る者の目を焼き、近づこうものならばその身は焼かれてしまう。彼女にとって龍蓮はまさにそれだった。

 

 それでも月乃は龍蓮を愛してしまった。いつの間にか彼女は彼がいない世界なんて想像できなくなっていた。

 

 月乃は今まで以上に並々ならぬ努力をするようになった。それも生半可なものではなかった。龍蓮の目に少しでも映りたかったから。そして呪霊や呪詛師との戦いで落命して彼の行く末を見届けられなくなることが嫌だったたから。

 時間の許す限り鍛錬を続けて、夜は募る欲望を発散する為に自慰にふける。いつしかそれが月乃の日課となった。

 

 その甲斐あって龍蓮は月乃を頼ることが多くなっていた。彼女にはそれが嬉しくてたまらなかった。龍蓮の任務に没頭するのは、彼の役に立つという行為そのものが己の存在価値を示す証となり、職務遂行により一層励んでいた。

 

 それだけではない。日々の鍛錬に励む彼の邪魔にならないよう、差し入れを手渡すのは決まって”たまに”だった。毎回では義務になり、やがて鬱陶しがられる。その境界線を冷静に見極めた引き算の気遣いは、男としての自尊心を心地よくくすぐる、計算ずくのアプローチだった。重すぎず、かといって見落とされない限界を見極め、彼女は徹底して己の好意をコントロールしていた。

 

 しかし、人間の欲望は際限がないのだと月乃は理解した。際限なく膨れ上がる欲望の抑制を続ける苦痛。この苦痛は日に日に大きくなるばかりだった。

 

 だが、その日々にも転機を迎える。龍蓮の領域を見た瞬間。───月乃の中で何かが音を立てて壊れた。

 

 数日を経ても高揚は鎮めることができず、満足できない。

 

「……ハァ……ハァ」

 

 もう充分に我慢した。これ以上は限界だった。

 

 月乃は龍蓮の部屋へ向かい、部屋の扉をノックした。扉はすぐに開いた。

 

「月乃、どうした?」

 

 来訪が意外そうな龍蓮。

 

「入れて……頂けますか」

「いいよ」

 

 龍蓮はすんなりと入れてくれた。月乃は扉を閉めるとすぐに施錠した。

 

「そうだ、今度───ぇぁっ?」

 

 月乃は服を脱ぐ。ゆっくりとではない。すぐに下着もすべて脱いだ。

 

「若様。……若様」

 

 月乃の声はとろけるような声だ。月乃はじぃっと龍蓮を見つめている。

 はじめ酔ったような恍惚とした眼だったのだが、次第に女豹に似た凶暴な光を帯びて来た。小鼻がはげしく動き、口を開いて、息の弾むのを抑えきれず、犬みたいに舌を出している。

 

「いやいや、何をやっているの……?」

 

 思わず龍蓮は叫んだ。

 困惑している様子が、月乃には可愛くて仕方なかった。

 

「お慕いしていますから……お願いです、キスして……舌も、絡めて……」

 

 そして月乃は、身体をくねらせながら、自分で胸を露わにして龍蓮に押し付けた。

 龍蓮はこのとき、自分のまわりの空気が急速に濃くなるのを覚えた。……女の熱気だ。

 

 美しい淫獣そのものと化した月乃を見ると、流石の龍蓮も困惑していたものの、決意に満ちた表情に変わった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 はぁ、と溜息をついてカーテンを開けると、朝の日差しが部屋に飛び込んできた。寝起きのぼんやりとした思考のまま窓の外を眺めていると、思考がまとまってきた。

 

 人とは!

 男とは!!

 かくも愚かな生き物なのか!!

 

 転生して俺は大きな悩みを抱えていた。それは性欲だ。現在は12歳。中学一年生だ。そりゃ性欲も高まるだろう。

 

 幸か不幸か、俺の周囲にはお世話係が多くいるので、そう簡単に発散消費できる環境ではない。できるとすればトイレくらいだ。

 

 自室では、ゆっくり処理することができても、処分ができない。それに正直、トイレで致すのはあまり気が進まなかった。

 

 悪徳貴族や禪院、あるいは鹿紫雲の一部のように、女中を閨に引き込んでねんごろになる者もいるかもしれないが、あいにく俺はそんな真似ができるほど図太くなかった。

 

 今までは我慢できる程度の性欲だったのだが、月乃のせいで見事にリミットがぶっ壊れてしまった。

 

 硝子や九十九にも耐えてきたところで、月乃の凄まじい痴態は致命の一撃(クリティカルヒット)だった。

 

「おはようございます。若様」

 

 声が聞こえた。この部屋には俺ともう一人しかいない。

 

「夜の方も上手いだなんて、驚きです」

「……ありがとう。男冥利に尽きるよ」

 

 エロゲ主人公でもあるまいし、経験値ゼロの童貞が初めての実戦で未亡人に勝てるはずがない。前世の経験あったからこそだ。こんなところでも前世知識が役立つことがあるとはな。

 

「若様。ご入浴の準備をしますね」

 

 月乃がスマホを操作して使用人に指示を出しているのを眺めていると、ふと彼女と目が合った。

 

「準備が終わるまで、一回くらいできるのではないでしょうか」

「……」

 

 俺は月乃を見る。

 

 真っ直ぐに伸びた緑の黒髪。花弁のような唇。雪白の裸身。

 

「そうしよう」

 

 なんて人間とは愚かな生き物なのか。

 

 

 

 図らずも、月乃の様子がおかしいという悩みは解決した。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ついに彼と肌を重ね、ただの主従でも師弟でもない特別な関係を手に入れた。

 

 しかし、ここで足元をすくわれてはならない。

 

 接近しすぎて家族になれば、龍蓮の恋愛対象には選ばれない。 かといって、全く仕事だけの関係や師弟の距離感では、なかなか声をかけてももらえない。

 

 だからこそ私は、正統後継者が手を出しやすい絶妙な距離感をキープし続けた。 そして一度でも関係を持ってしまえば、もうこちらのものだ。 何も縛らない。何も求めない。

 

 彼が求める時に、求められたことをする。そのための「都合の良い女」であり続ける。

 

 そんな女を、貴方は自分から捨てられない。 貴方自身の良心が、貴方自身を雁字搦めにして手放せなくする。 自由こそが、最も脱出不可能な檻なのだから。




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次回更新は9月中旬予定
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