連邦軍の英雄ブライト・ノアの息子として生まれ、戦争と理想に翻弄され続けた彼の人生は、処刑場にて終わりを迎えた――はずだった。
次に彼が目を覚ましたのは、見知らぬ海の浜辺。
さざめく波音と、ぼやけた視界の先に映るのは――少女の影。
それ最後に彼は再び意識を失う。
救助された先は、「ブラック鎮守府」と呼ばれる半ば放棄された軍事基地。
そこにいたのは人間ではなく、艦艇の名を冠した少女たち――艦娘。
提督不在のまま戦わされ、消耗し、捨て置かれた彼女たちは、人間、とりわけ軍属に対して強い警戒と不信を抱いていた。
重傷を負いながらも生きていたハサウェイは、記憶喪失の民間人として保護される。
自分が処刑されたはずの世界とはあまりにも異なる現実に、彼は「ここが別の世界である」ことを悟るが、その事実を明かすことはしなかった。
ハサウェイは自らの正体――異なる世界から来た人間であり、かつてテロリストだった過去を打ち明けるべきかどうか。
やがてハサウェイは、艦娘たちの置かれた境遇に、かつて自分が憎んだ連邦政府の姿を見る。
これは――。
終わったはずの男が。
戦うために生まれ、捨てられた少女たちと出会う物語。
※2/13→ハサウェイとケネスの会話追加。
銃口が整列している。
無数の黒い円が、規則正しく一列に並び、こちらを向いている。
その冷たい列を、ハサウェイ・ノアはぼんやりと見下ろしていた。
驚くほど静かだった。
耳に届くのは、遠くで風が擦れる音と、誰かの靴底が砂を踏みしめるかすかな気配だけだ。
世間が紡ぐ喧騒も、抗議の声も、裁きを呪う罵声も――ここにはない。
あるのは、裁く者と裁かれる者が、それぞれの役割を理解したうえで、その瞬間を待っている空気だけだった。
ここは処刑場。
そして、裁かれるのは――自分だ。
“マフティー・ナビーユ・エリン”
連邦に対してテロを行った、危険思想の象徴。
ハサウェイはその名を使い、連邦組織の閣僚を粛清という名のテロ行為によって十数人と亡き者にした。
そしてそのテロリストの処刑が、今ここで執行されようとしている。
体はアデレードの空で撃墜された時に負った火傷と打撲の跡が鮮明に残り、両手は背後で拘束され、現在処刑台に立たされている。
簡素な囚衣の布地が肌に擦れ、火傷の跡を容赦なく刺激する。
胸元から入り込む風が、焼けた皮膚を撫でるたび、ひりつく痛みが走った。
腕をわずかに動かすと、手枷の金属が冷たく触れる。
その冷たさは、熱を孕んだこの身体には皮肉なほど心地よく、まるで「終わり」を先取りするかのようだった。
これが最期なのだという実感は、雷のように落ちてくるのではなく、
水が染み込むように、静かに、確実に、身体の奥底へと広がっていく。
焦りはない。
命乞いをする衝動も、言い訳を並べ立てたい衝動も、もう湧いてこない。
それらはずっと前に燃え尽き、灰になって、彼の内側から剥がれ落ちていた。
今ここに残っているのは、ただ一つ。
――自分がここに立っているという、重い事実だけだった。
ハサウェイ・ノアは周囲を見回すこともなく、ただ水平線の向こうを見つめていた。
視界の端に並ぶ影が、等間隔で揺れている。
銃身の鈍い輝きが、滲んだ視界を断続的に刺す。
彼らの顔は遠い。
まるでピントの合わない集合写真を無理やり引き延ばしたように、輪郭だけが残り表情は失われている。
そこに「人」がいるという実感は薄く、あるのは役割の集合体――。
処刑という作業を遂行するために配置された部品の列だった。
この場に集まったすべてが、
ハサウェイ・ノアという男の最期を完遂するためだけに存在している。
慈悲も憎悪も介在しない。
ただ作業であり、結果があり、その間に彼が立っている。
(……終わるのか)
その問いは、驚くほど静かに浮かんだ。
死が目前に迫れば恐怖が先に来るものだと、かつては思っていた。
だが胸を覆ったのは、恐怖ではなく奇妙な静寂だった。
それどころか、長い間、自分に貼り付いていた何かが剥がれ落ちていくような――
そんな、かすかな安堵すらあった。
銃口を向けられれば、身体が震えて当然だ。
だが彼の内側で削がれていくのは恐怖ではない。
長年抱え続けてきた、怒り、義憤、焦燥、そして「自分が成さねばならない」という使命感。
それらが時間をかけて磨耗し、今この瞬間、音もなく零れ落ちていく。
かつて胸の奥で渦巻いていた激情や失意は、いつの間にか――
透明になり、
名前を失い、
ただ、「そこにあった」という事実だけを残して沈んでいた。
ハサウェイ・ノアは、もう目を逸らさなかった。
世界もまた、何も語らず、彼の終わりを待っている。
――――――――――――――――――――――――
銃口の列の向こう側で、ひとつの影が動いた。
規則正しく並んでいた「部品」の一部が、ほんのわずかに乱れる。
それだけのことなのに、空気が変わったのが分かる。
処刑という手続きの中に、個人の意思が差し込まれた瞬間だった。
足音が近づく。
軍靴が地面を踏みしめ、一定の間隔でこちらへと向かってくる。
その歩調は急がず、迷いもなく、だがどこか重い。
ハサウェイは顔を上げなかった。
だがその足取りが誰のものかは、考えるまでもなく分かった。
影は彼の正面で止まる。
視界の端に映る制服の裾は風に揺れない。
姿勢は崩れず呼吸も乱れていない。
それがかえって、この場に似つかわしくない人間らしさを帯びていた。
「最後に言いたいことはないのか?」
ここではあくまでも自分は罪人。
「マフティーとして言いたい事は言った。いつかは、人類の健やかな精神が、この地球を守ると信じている。それまでは、人の犯した過ちは今後ともマフティーが、粛正し続ける」
彼―― “ケネス•スレッグ”の顔が歪む。
「懺悔したいことは?」
ケネスに続けて若い牧師が、前に出てくる。
こんなものまで彼は自分に用意してくれたのかと思い、気が緩む。
「これまで、僕に関係してくれて、僕に豊かな人生を提供してくれた人びと全てに、心から感謝する」
これは本心だった。
そのハサウェイの言葉が終わると、黒い目隠しを手にしたケネスがハサウェイの前に立った。
「……ハサウェイ」
名を呼ばれる。
自分だけに届くほどの、小さな声量で。
命令でもなければ叱責でもない。
ただ、一人の男がもう一人の男の名を呼んだだけだ。
たったそれだけの行為が、どうしてこれほどまでに重いのか。
無理に抑え込まれた感情が声の奥で軋んでいるのが分かる。
私的な温度を排し、軍人としての立場を守ろうとする。
そのぎこちなさが逆に痛いほど伝わってきた。
「・・・・・・手首は、痛くないか?」
ハサウェイは、小さく息を吐いた。
「ちょうどいい」
「ン・・・・・・ハサ、好きだぜ?」
「ありがとう」
ケネスは、そのハサウェイの返事を待って、目隠しをしてくれた。
「・・・・・・いつまでも、友達だと思っている。忘れないぜ?」
「ああ、ぼくもだ。大佐・・・・・・」
ハサウェイは、ケネスの声を耳元にきけて嬉しかった。
ケネスはその言葉を最後に踵を返して歩き出す。
――目隠し。
英雄の父を持つハサウェイ・ノアに向けられた最期の配慮。
あるいは、最期の優しさか。
もし父がこの場に来ているのであれば――。
銃口かの向けられた先には実の息子が立っており、引き金が引かれるその瞬間を目の当たりにするだろう。
その想像が、胸の奥を掠める。
自分の子がこの場所に立たされ刑が執行される。
――そんな瞬間を直接親が見るには、あまりにも残酷だ。
遠くなる彼の足音を聞きながら、ハサウェイはそんな考えをちらつかせる。
この目隠しはその残酷さを避けるための、せめてもの配慮なのだろうか。
それか引き金を引く人間が感じる罪悪感を軽減する為か、それともケネス自身が直視できないのか。
どれが事実かどうかは分からない。
でもこれは罪人として裁かれる自分に向けられた優しさだと感じた。
なんとも自分勝手な解釈だ、と自虐する。
だが、かつて友として語り合った男なら“そうするだろう”とハサウェイは思った。
それが彼なりの誠意であり、責任の取り方なのだと。
目隠しで覆われた視界は完全な闇ではない。
布越しにわずかな光が滲み、輪郭のない灰色が広がっている。
だが、形はもう何ひとつ分からない。
銃口も、空も、水平線も消え失せ、残されたのは自分の内側だけだった。
布の中で、そっと目を閉じる。
すると闇の底から記憶が浮かび上がってくる。
最初に現れたのは、父の背中だった。
――ブライト・ノア。
連邦軍の英雄。そして、自分の父。
戦艦の艦橋に立つ姿。
誰よりも重い決断を背負いながら、その重責から逃げなかった人。
幼い頃には理解できなかった背中。
理解しようとしなかった頃の、自分が見ようとしなかった姿。
今の自分を見たら、父はどう思うだろう。
失望は…するだろう。
あるいは、何も言わずにただ受け止めるのだろうか。
今この瞬間あの人はどこで何をしているのか、ふと考える。
艦橋か?執務室か?それとも会議か?
それとも――。
この処刑場のどこかに、偶然居合わせてしまっているのだろうか。
(そうではないのなら、どうか…)
どうか、この場に居ないなら知らないままでいてほしい。
ここで起きたのはマフティーと言う1人のテロリストが死んだだけ、なんだと。
そんな身勝手な願いがハサウェイを支配する。
それがせめてもの贖いだと思った。
次に浮かんだのは、母の面影だった。
穏やかな声。
いつも不在がちな父の話を、柔らかく包んで語ってくれた人。
戦争から距離を置き「普通の生活」を守ろうと必死だった人。
その努力を結果的に踏みにじったのが、自分だ。
こんな息子に育ってしまって申し訳ない、と胸の奥で、何度も繰り返す。
だが、いくら重ねてもその言葉は軽すぎた。
そして最後に、彼女が現れる。
クェス・パラヤ。
笑っていた顔。
怒っていた顔。
どこか壊れやすく、理解されることを切実に求めていた瞳。
あの時、シャアに駆けていく彼女の手を掴めていれば。
α•アジールに乗る彼女への説得で、ほかの言葉を選んでいれば。
そうした”もしも”が、今も鋭く胸を刺す。
シャアの反乱。
第二次ネオ・ジオン抗争。
あの時、多分――。
そこで自分は一度死んだのだろう。
“自分なら出来る”
“俺だって出来るんだ”
根拠もなく信じていた、あの頃の自分。
世界を変えられると疑わなかった、傲慢で、無垢だった自分。
あの時、あの瞬間に、確かに自分は死んだのだろう。
残ったのは『取り返しのつかない選択』と『背負いきれない罪』から逃げるように救いを求め泣く
布の下で、目の奥が熱くなる。
涙は、誰にも見せられない。
見せる資格も、意味もない。
それまで保っていた静寂が、ハサウェイの中で音を立てて崩れる。
押し殺してきた感情が、堰を切ったように溢れ出す。
自分が消えたあとも、世界は何事もなかったように回り続けるだろう。
政治は腐敗を続け、誰かが誰かの理不尽を飲み込み、誰かが切り捨てられ、誰かが「仕方ない」と呟く。
自分が命を賭して抗ったはずの構造は、ほんのわずかな揺らぎを残しても時間が経てば、元の形に戻るだろう。
ハサウェイは、ただ心の中で祈る。
自分がいなくなった世界に願いを託す。
それはあまりにも身勝手で、今さら許されるはずのない行為だとは分かっている。
テロという卑怯で下劣な手段を選び、命を奪い、恐怖を振りまいた自分が、どの面下げて未来に何かを望むなど。
――滑稽でしかない。
それでも、願わずにはいられなかった。
シャアが夢見た理想も――。
アムロが必死に守ろうとした未来も――。
あの瞬間、人類は確かに可能性を見たはずだった。
しかし結局は一つの奇跡として消費され、歴史の注釈に押し込められてしまった。
地球を壊さずに済む道が。
人類の可能性が。
ほんの一瞬、確かに存在したはずだ。
あの奇跡を、奇跡のままで終わらせないでほしい。
誰かが「無理だ」と切り捨てる前に、もう一度だけ考えてほしい。
力ではなく、
恐怖でもなく、
誰かの犠牲でもない形で、世界を保つ道がないのかを。
(…俺は結局
それが、こんな場所で命を終える自分の最後の我儘だった。
布の下で、涙が静かに頬を伝う。
誰にも見られず、誰にも評価されない涙。
――そろそろ、か。
先程までの空気は霧散し、張り詰める。
銃を構える気配が、闇の向こうから伝わってくる。
金属が僅かに軋み、呼吸が揃う。
(ああ……)
もう祈る事はやめた。
願いはすべて吐き出した。
これ以上、世界に言い残すことはない。
布の内側で、ハサウェイは静かに息を吐いた。
吸い込もうとしても、胸は大きく膨らまない。
火傷と打撲で気怠い身体がより重く感じるだけだ。
そうして最期に、自分は何を想い浮かべるのかと思っていたのだが、
――皮肉にも何も出ては来なかった。
他人の理想に、他人の願いに、生きた自分は空っぽだったなんだと、常々思う。
号令の声は聞こえなかった。
あるいは、聞こえていたのかもしれない。
それを認識する前に――
音が来た。
乾いた破裂音。
連続する衝撃がほぼ同時に身体を貫く。
熱と重さが同時に押し寄せ、肺から空気が抜けていく。
熱と圧力だけが一瞬、胸の奥を押し潰す。
肺の空気が強引に外へ引きずり出され、呼吸をしようとしても喉が応えない。
あれほど主張していたはずの火傷の痛みも、鈍く残っていた打撲の重さも、すべてが急速に遠ざかっていく。
思考はまだ続いていた。
だが、それを支える土台がもう存在しない。
暗闇がさらに深くなる。
布越しの灰色すら完全に消えた。
重さがなくなる。
痛みも、後悔も、罪の実感さえも、すべてが同じ速度で薄れていく。
最後に浮かんだのは、言葉にならない感情だった。
(…これで許されるのだろうか)
安堵とも、虚無ともつかない、曖昧な終わりの感触。
――これで、終わった。
いや、終われた。
そう確信した瞬間。
世界が布の内側からさらに遠ざかり、思考は闇の底へと静かに沈んでいった。
ハサウェイ・ノアの意識は、ここで完全に途切れたのだった。
完全に見切り発車の作品です。
自分なりの解釈で書いてたりするのでおかしいところがあるかと思います。
小説と映画で違いあるんだからいいだろって事にしてます。はい。
あと心が折れなければ続き書きます。…なんとでもなるはずだ!