………………………
永く寝ていた様な気がする……
あるいは刹那であったかも知れない……
金色の光の海……
優しい声を聞いた気がする……
思い浮かべなさいと……
平九郎……
馬場……
佐藤……
鵜戸野……
そして……
和子……
ねがった時……
心は放たれた……
意識が金色に染まる……
眠い……
………………
「おい!山田男!目を覚ますんじゃ!」
「う…うん…」
タカシは薄目を開けた。
(あれ…名誉顧問?)
まだ意識は朦朧としている。
「お!気が付きよった!」
「たかし君!分かるかい!たかし君!」
「うご!だがじさん!」
(え…馬場さん…佐藤…鵜戸野さんも!)
タカシは驚いて目を開くと、ガバッと上半身を跳ね起こした。
「う…皆さん!!」
「よう!山田男!生きておったな!」
平九郎は笑顔でタカシの肩に手を置く。
「こ、ここは?」
「うむ…周りを見てみよ」
「はい……え!」
タカシはぐるりと見渡して息を飲んだ。
空は朝焼けで白じんでいる。
そして…皇女記念館の地上部分が完全に消失し何もない空間が広がっていた。
タカシはそのド真ん中で倒れていたのである。
「全部無くなってる!」
「そうじゃ…きれいさっぱりとのう…」
「こ、顧問!皇女様は?和子様は!!」
「………山田男。横を見てみい……」
「え!」
タカシは左側の地面に目を落とした。
そこには地面に漆黒の髪を広げて仰向けに横たわる和子の姿があった。
彼女の首は元に戻り胴体に収まっている。
しかし長いまつ毛は閉じられている。
「え、和子様は…お目覚めにならないのですか?」
「さっきから御声掛けを繰り返しておるのじゃが…」
平九郎は沈鬱な表情で首を横に振る。
「そんな!和子様!お目覚め下さい!和子様!」
タカシは皇女に向かって必死に呼び掛ける。
しかし皇女の眉は動かない。
「うう…お願いします…和子…様」
タカシは静かに横たわる和子の横でがっくりとうな垂れる。
「う…う…」
彼の瞳から涙が滴り落ちた。
周りの者も沈痛な表情で言葉を発することができない。
その時であった。
タカシの胸に貼り付いていた《常世泉の札》がボウッと桃色に光った。
「あれ!こ、これは?」
タカシは目をしばたたく。
そして光る札を見た馬場が叫んだ。
「そうか!慎之助の奴…手の込んだ事を!」
「え?どういう事ですか?」
「たかし。その札を皇女様の胸に置いてみい!」
「は、はい!」
タカシは札を皇女の胸に置いた。
馬場は右手で印を切り「龍・命・復・元!」と唱えた。
常黄泉の札はその瞬間輝きを増すと、直後に四方に砕け散った。
「え!札が!」
「落ち着きや!たかし」
「は、はい…」
タカシと、周りの皆が固唾を飲んで皇女を見守った。
朝日が雲間から溢れ落ち始める。
その光が地面をゆっくり這い、皇女の顔を照らした。
彼女を囲む全員の表情が…涙と歓喜を宿した。
「う…うん…」
皇女の長いまつ毛が…ゆっくり…動いた。
礼和国を揺るがす世紀の大事件から二年が経過した。
皇城天守と皇女記念館の喪失は世界中に大きな衝撃を与えた。
しかし皇女和子の復活は、それを完全に覆って全国民を喜びと熱狂の渦に巻き込んだ。
当初、礼和政府はアメリアナの反応を懸念した。
しかし、大戦より三十年以上経過しア国の世論も変化していた。
皇女の果たした役割の意味が、かつての敵国にも浸透していたのである。
当時、アメリアナ大統領から贈られた祝辞は大きな話題となった。
『On behalf of the people of Ameriana, I extend my warmest congratulations on the miraculous return of Her Imperial Highness Princess Kazuko, who in ages past devoted herself to the service of the Realm of Reiwa.
Princess Kazuko stands as one of the enduring symbols of the Reiwa nation, and we greet this extraordinary event with deep respect and sincere rejoicing.
The nations of Ameriana and Reiwa have long been united by our shared commitment to freedom, democracy, human dignity, and the rule of law.
I look forward to working closely with Your Excellency in the years ahead to further strengthen the bonds of friendship and alliance between our peoples, and to advance peace, stability, and prosperity throughout the East and across the world.』
――礼和語訳――
『この度、かつて礼和国に御身を捧げた偉大なる和子皇女が御復活を遂げられたことを、心よりお祝い申し上げます。
皇女はまさしく礼和国の象徴たる一人であり、我が国は大いなる尊敬と喜びをもってこの奇跡的な出来事を歓迎いたします。
アメリアナ、礼和両国は長年にわたり自由、民主主義、人権、法の支配という共通の価値観を共有してまいりました。
今後共々貴殿と緊密に協力し、両国の同盟関係をさらに強化するとともに、東洋地域および世界の平和と繁栄のために共に取り組めることを楽しみにしております』
こうして皇女和子は無事皇室復帰を果たした。
《天女皇》という特別な地位が新たに制定され和子はその名の元に公務に携わった。
この時期、礼和国は高度成長期に突入しようとしていた。
皇城天守と皇女記念館の復興事業はたちまち立ち上がった。
そして全国民の後押しを受け、国力を結集した工事は驚異的なスピードで進行した。
そして二年後、前の建物の規模を遥かに凌ぐ《礼和国立忠国天女皇記念館》が開館に至った。
それまで皇室庁預かりとなっていた職員達は全員新記念館に継続採用となった。
昼間の喧騒が消え去り静まり返った館内を清掃する 1人の男の姿があった。
「全く…無茶苦茶広いな…」
その男のぼやきは止まらない。
山田 崇である。
彼も又復職していた。
皇室庁に身を寄せていた時期、平九郎にむちゃくちゃこき使われ、毎日魂を口からはみ出しそうになっていた彼。
新記念館に戻れると聞いて喜んだのも束の間、相変わらずの人員不足である。
「名誉顧問の採用基準は厳しすぎるよ!まったく…」
彼はブツブツ言いながらエントランスホール、常設展示室、特別企画室と順番に掃除していく。
そして最後に三階の皇女観覧室の清掃に入った。
美しく彩られた天井も…光輝くシャンデリアも…大理石の床も…壮麗な柱も…豪華な金屏風も…何もかも以前と変わらない。
ただ一つ違うのは…玉座には誰も座っていない事である。
しかしタカシは玉座に入ると一つ一つの作業を噛み締める様に清掃を行った。
主のいない玉座も丁寧に拭く。
「ふう。これで良し」
全ての作業が完了し、一息つくタカシ。
そして彼は作業帽を脱ぐと主のいない玉座を静かに見つめた。
(和子様…礼和国の為に歩みを始められた。これで…いいんだ)
タカシは敬礼すると、踵を返して玉座の出口に向かった。
彼がドアノブを掴もうとしたその瞬間であった。
扉が一人でに開いた。
「わ!」
タカシは喉から心臓が飛び出そうになった。
「あら!たかしさん、いらっしゃったのね!」
和子はそう言うと、ピンヒールの音を鳴らしながらタカシの横を軽い足取りですり抜け玉座に腰掛けた。
「ああ…懐かしいわ!この感触がいいの!」
和子は嬉しそうに座り心地を確かめる。
「和子様!」
タカシは泡を食いながら走り寄った。
「一体どういうことなのです!こんな時間に記念館にお越しになるなんて!」
「あら…わたくしはまだ《礼和国特別至高天上国宝》の指定は外されていませんのよ」
「だ、だから何なのです?」
「決まっているでしょう…展示物としての責務を果たさねばなりませんわ」
「はひ!」
「ですから、これから毎日玉座に座りに参ります。三十年以上もわたくし皆様に見て貰っていたでしょう。展示されていないと落ち着かなくって」
「あの…和子様!天女皇としての御立場をお忘れですか?海外の要人との謁見とか…重要な御公務が山積みでしょう!」
「ああ…あれね…わたくし…嫌なの…」
「な、何を仰るのですか!?」
「だって、お会いする方は国王とか大統領とか…外交関係を左右するような方ばかり。とっても気を遣うの。こんなのは…本来兄上や春仁がやればいいのよ」
「和子様…今や海外の元首は海皇陛下よりも女天皇様とお会いすることの方がステータスと言われているのですよ」
「あら…そうなのですか。へえ…」
「へえ…ではございません!それに海皇陛下や皇室庁にはご相談はなされたのでしょうか?」
「ええ!それは大丈夫!」
「陛下は…なんと?」
「平九郎に相談せよと」
「名誉顧問は何とおっしゃいましたか?」
「『う!むぐう…ぎょ…ぎょ…御意に』と快諾してくれましたわ!」
「和子様…それは快諾ではなく『断腸の決断』です!」
「嫌だわタカシさん…そんな怖い顔しないで。それにこれからは大丈夫なのよ」
「な、何が大丈夫なのですか?」
「もうバレるのを恐れて笑いを我慢する必要が無いもの」
「か、和子様!」
タカシは一瞬ハッとした。
そして「ハァ。やれやれ」と溜息をついた。
しかしその口元は微笑んでいた。
目を輝かせた和子の言葉は弾んでいた。
「わたくしはこれからは『笑える皇女』よ!」
《首なし皇女は笑えない》――完――
本作を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
予定通り最後まで描き切ることができてホッとしています。本作はこれにて【完結】となります。
もし皆様の心に少しでも残るものがありましたら、最後に評価(★)や作品へのメッセージ(感想)をいただけますと、これ以上の幸せはありません。
また別の物語でお会いできることを楽しみにしています。本当にありがとうございました!