【書籍化進行】ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~ 作:裃 左右
大激突。だが、ヤバマーズの湖畔で起きた事象は、たった三文字で片付けるには、あまりに凄絶。
――ズ、ドォォォォォンッ!!
海魔クラーケン。帆船をも沈める巨躯は、推定数百トン。まさに生ける肉島。
その凶悪なる肉島が、一切の減速なしの魔速にて、古代エルフの不朽の壁――エルヴン・コンクリートのダム壁へ、真正面から突き刺さっていく。
まず、ダムの表面から、コンクリート片が散った。
そのままダムが壊れるか? 誰もが崩壊を予感した。
しかし、崩壊したのは壁ではなかった。
まず、巨大な胴体が慣性によって、押し込まれひしゃげ潰れた。メキメキ軋み、ベチャリと歪み、黒い巨皮が裂け、触手が弾けた。
前へ、前へ。肉が、体液が、津波となって舞い上がり、なおも迫る肉は止まらず、さらに肉自身を押しつぶす。
速度の二乗、生まれた破壊エネルギーは、内臓を破裂させ、心臓をもぶち壊した。
(うわあ……汚ねえ花火じゃん)
宙を舞うヤバマーズ・イカサマー号から、見える光景。
そう、僕らの背後で起きたのは――数百トンの水とタンパク質で構成された、巨大肉爆弾の爆砕だった。
そんな花火を眺めながら、僕たちは天端へと不時着。
――ガシャン、バリバリバリッ!!
イカサマー号は石床を滑り、火花を散らしながら崩壊。
僕、オノレ、リュスの三人は、もつれ合うようにして数回転。
「ゴホッ、ゲホッ……!」
肺の空気がすべて押し出され、視界がチカチカと明滅。
倒れ込んだ僕の身体を、リュスが身を挺して抱きとめていた。
「おい、リュス!? なにをしてる!?」
「わたくしには、
「いや、だからって! 貴方が怪我をしていいとはならないだろ!?」
痛む身体を無理やり起こし、リュスの安否を確認。
指先で触れ、食い入るような視線で――そうして、僕たちの視線が絡み合う。
「……アスタ様」
「頼むよ、リュス。……僕のために傷つくのはやめてくれ、心が持たないんだ」
すると、オノレが這いずりながら呻いた。
「……うう、死んだ。俺、今日だけで五回は死んだ気分だよ」
「なんだよ、オノレ。生きてんなら、結果オーライだろ」
「ちょっと! さすがに扱いが違い過ぎないかい!? あー、もう決めた。君との共闘はこれが最後だ。二度と付き合わないからね!」
「おいおい、ケチくせぇやつだなあ。僕らは一蓮托生の
「ねえ、今ケチって言ったっ!? 俺、ここまで身体を張ったのに!? だいたい、ボートがジャンプするなんて聞いてなかったよ!」
「ガタガタ抜かすな、確かに予定にはなかった。……でも、なんとかなったろ?」
だが、僕たちが安堵するヒマなどなかった。
浮かぶサキオンが、警告する。
「――起ち給え、七代目。未だ決着はついておらぬ」
ダムはほとんど無傷。
表面が浅く削れ、へこみ、コンクリート片が弾けた程度。
だが、その壁面をズズズッと血痕を引きずりながら、潰れた巨体が蠢いている。
「アスタ男爵ッ! 見よ、バケモノがまだ生きているぞ!」
フェルディナンが絶叫した。
痙攣し悶え、のたうち回るクラーケンが、なんと呼吸を再開したのだ。
驚異的な再生能力。黄色い眼球が、憎悪を込めてこちらを睨む。
声を張り上げ、僕は命じる。
「再生を許すな! ジル、奴が湖底へ逃げる前に仕留めるぞ!」
「わかってるっす。アスタ先輩の作戦、ここからはうちらに任せるっすよ」
ジルの役目は、現場の小指揮官。
応急処置で固定された義足で動き出す。
「皆わかってるっすよね?うちの指示通りにするっす!」
「ははぁっ!」
現場の猟兵たちも、難民たちも一丸となって動き出す。彼らが抱えていたのは、いくつもの大樽。
リュスが、僕の袖を引く。
「アスタ様、これは……」
「悪路で、荷物や火砲を持ち運ぶのは難しいだろ? でも、もし、増水で使える水路が伸びたらどうだ?」
「それこそが洪水寸前まで、作戦を遅らせた真の意味……!?」
「そうだ、水路ってのは――輸送が最強になれる条件だろ」
そう、僕の作戦とは――囮と輸送の同時遂行。
イカサマー号で魔物たちのヘイトを稼ぎ、本隊がダムへ布陣する。
イカダさえあれば最前線に、人も物資も送り届けられる。湖の水位上昇という絶望的な状況こそが、僕らの逆転劇への布石。
「しかも、今の僕たちには……少数部隊を率いられる面子が、ゾロゾロと揃っちまったろ。そこに『
ジル、フェルディナン、ウーティス。どいつもこいつも扱いに難がある外様人材だが、小指揮官としてはまあ強い。
とはいえ、この水路輸送計画の策定には、猟兵からの情報収集だけでは不十分で……。
「古代エルフの遺跡ともなれば、
「うっせ、黙って見てろ。サキオン」
ムカつくことに、我が先祖の知恵も欠かせなかったんだけどな。
こいつ、船に詳しいどころじゃねえ。地形を見た瞬間に「ここは船をどう通せて、どこで荷を下ろすか」まで考えやがる。
……西海岸にあった子爵領での経験ってやつか。それとも、各地を巡って培った知見か。
「よおし、みんな一気に流しこむっすっ!」
ジルの号令と共に、十数個の樽が一斉に傾けられる。
――ピチャッ、ベチャチャチャチャッッ!!
滝のように溢れ出したのは、ドロドロした半透明の塊。
それこそが僕が事前に、猟兵たちにかき集めさせた――スライムだ!
「うへぇ……汚らわしい。なんて冒涜的な作戦だよ」
「ほほう? 実に面白い男だな……
オノレがドン引き。
巡礼冒険者のウーティスが嗤うが、そんなものはぜんぶ無視。
「いいから、よく見ろ! スライムの真の恐ろしさは、貪欲さじゃない」
さあ、高所から投下されたスライムたち。
本来、スライムは温厚な分解者に過ぎないが、衝撃とともに巨大な捕食者の体表に触れれば話は別。
――シュワァァァァァッ!!
透明だった水面が、一瞬にして糸を引く白濁液へと変貌。
ドロドロの粘液が動きを阻害し……呼吸器官であるエラにまで、流れ込んでいく。
「ゴブッ、ブフッ……キュッ!?」
あまりの光景に、聖騎士ロダンが吠えた。
「うぁぁぁああっ!? なんだ、このヌメヌメ地獄はぁあああ!? 見てるだけで鳥肌が立つ! 吾輩には耐えられんぞっ!?」
「いや、本当にデリケートな奴だな、おい……」
僕は、一応解説してやる。聞こえてなさそうだけどな。
「スライムはなあ。強いストレスを感じると、体表の粘液腺から
スライムの狩猟と防衛。
それは敵を窒息させることがスタート。獲物の動きが止まって、安全を確保してからゆっくり溶かしていくのだ。
そして、対する海魔クラーケンの弱点こそ――。
「呼吸だ。アイツはあの巨体を動かすのに、エラ呼吸に依存している! 複数ある心臓も、強靭な筋肉も、息が出来なければただの重し! 再生力が高すぎて殺せない? なら、僕は……機能停止を狙ってハメ殺す」
「……いちいち発想が、エグいんだよなあ」
「さすがはアスタ様ですね。思い付きだけで、常識を破壊されます」
「あれ? 僕、褒められてる気が全然しないぞ??」
それはどこまでも絡みつき、ねっとりと吸い付き、決して剥がれることのない窒息の抱擁。
必死に触手を振り回すクラーケン。
だが、もはやその動きに力強さも鋭さもない。急速に進行する酸欠に、思考も運動機能も白濁の沼へ消えていく。
「辛そうだな、クラーケン。哀れには思うよ……でも、悪いな。こっちだって生き残るために必死なんだよ」
苦しみあがき、なんとかして逃亡を図ろうとするクラーケン。
だが、その逃げ道すら、僕は塞いでいた。
「……
重すぎて
そう笑われた失敗作兵器が、今、轟然と火を吹いた。
いつも『ヤバマーズ』を応援していただき、本当にありがとうございます!
本日は皆様に嬉しいご報告がございます。
本作『ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~』について、書籍化の打診をいただきました。
これに伴い、書籍化に向けた改稿や準備作業に入るため、今後の本編更新ペースが少しゆっくり、かつ、不定期になります。
(実は、最近の更新ペースにはこういった事情もありました)
読者の皆様に、より面白い『ヤバマーズ』をお届けできるよう精一杯頑張りますので、気長にお待ちいただけますと幸いです。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします!
さらなる詳細は、然るべき時期に告知させていただきます。
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