Blue Archive: Rewinding 作:Panofeed
人生は、近目で見ると悲劇だが
夢から覚めるというのは、電気のスイッチを切る動作によく似ている。全てが唐突に暗闇に戻って、そうして、目を開ければ全く別の景色が広がっている、あの感覚に。
夢を、見た。爆発、銃撃、殺し合いに身を投じて、何もできないまま翻弄されて、誰も助けてはくれない、悔やんでもくれない。体が吹き飛んで、穴が空いて、何も成せずに命だけが潰えていく夢
「…っはっ…!?」
びくり、飛び上がる。ひどい耳鳴りが頭を打つ、響いて響いて鬱陶しいとぼんやり思う。実際には起き上がれていなかったらしい、最初に目に入るのは真白な天井、シーツもどっちも人工調に酷く歪に清潔だ。
周囲は眩しい、目が眩み思わずベッドにもう一度深く沈み込むほどに眩しくて、そして、頭の中だけがうるさくて、静かだった。ここは…
「…?」
猛烈に喉が痛い、今すぐに水か、何か水分が欲しい。体がそれを欲しているのがわかった。なぜ、なに、どこ、なにがが全部どっちでも良くなって、頭に熱を帯びる。
そして、水道水でも飲めるだろうと、ベッドから出ようとして、ようやく気がついた。
口にマスクがついている。チューブに繋がれたもの。呼吸がしにくいから、それのサポートなのだろうか、腕には点滴が繋がれているらしい、一個だけじゃない、何個か見える。
繋がった右手は包帯でぐるぐるに巻かれていて、ミイラのようだとどこかで思う。体にも何かベタベタシールの妙なものが張り付いているようで、汗で少し剥がれそうになっているのが感覚でわかった。
病衣から繋がったコードがどこに繋がっているかが認識できないほどに私の意識は混濁しているらしい。
右足は包帯に巻かれて吊り下げられ、左足もぴくぴくと動かすと違和感を返事するだけ。
兎も角、これだけの量の管に繋がれて、包帯に巻かれていれば当たり前というべきか、体が思う通りに動かない。全身満遍なく、まるで私のコントロールから外れてしまったようにいうことを聞かなくて、それが少し怖く感じられた。
「..こ、こは…」
意識が、ようやく少しずつ浮上してくる。脳の甘い痺れがどんどん遠ざかって、心地のいい夢でも見ていたかのように体に暖かさが戻っていく。その時だった。それは、やってきた
「…っぅっ…ぁっ…ぁぁぁっ…」
鈍痛が走る。重く、重く、蠢くように、響くように、脇腹から染み出すように。
すぐにシーツにシワを作って、シミを作って、耐え難い痺れと異様な感覚を、動かぬ体をできる限りで折り曲げくねらせながら、声を上げようと必死に口から息を吐き出す。
それだけじゃない。両足が訴える鋭い痛み、何かが欠けてしまったかのような悪寒。
それなのに熱い、神経がチリヂリに焼けこげてしまうかと思うほど全身の痛み。動けば動くほど脇腹から異様な、臓器が這いずり回って、揺れ動くような不快感に襲われ少し吐き気がした。
溺れているようだ、どこかでそう思う。
思い通りに呼吸もできなくて、苦しい、苦しいと視界を黒く染めようと、この部屋はどうも一人部屋らしかった。このままどこか遠ざかるような、楽になるような感覚と完全に視界が覆われてしまうのではないか、何も叶わず、このまま
「─丈──す─!?」
「─心───深─────」
どこからか、いつの間にか、白衣の人たちが入ってきていたようで、こちらに何かを必死に訴えかけてはいるが、それもなんだかよくわからない。
それでも、バタバタと人が、何人かさえ区別はつかないけれど、慌ただしく入っては出て、そうして、体の、おそらく腕だろうか、何か冷たいものが流れ入るような感覚を覚えて、それが急に熱くなって流れてくるのだから少し驚いた。
そうして、頭が重く、重くなっていく感覚と自分が離れていくような感覚の中で、まぶたを、とじていた
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「体にあんな大穴開けた患者初めてだったから緊張したよ」と呑気なことを言っていた主治医のオートマタに付き添われて行なったリハビリは激痛を伴うものだったのを覚えている。
けれど、確かに足は、腹部も、脇腹は取り付けたように真っ白で毛の一つすら生えていなかったが、目が覚めた時には確かに治っていたのだ。神秘、というものの効能らしい。ゲームの中での即時回復のようなものに、どこかホッとするとともに、どこか末恐ろしいとも思えた。
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結局退院までは10日ほどかかった。いや、それほどまでの速度で患者を解放に導くこの世界の医療が素晴らしいだけなのかもしれないが。
本当に、死ぬほど苦痛で、死ぬほど痛くて、それでも仕事は止められないから、リンには無理をするなと釘を刺されたし、アコには奴隷かと苦笑いされた。
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寝付けないことも少し増えた。腹の鈍痛が邪魔をして、息が浅いのもそうだが、寝つくことができない。嫌な妄想が止まらないのだ。
この瞬間ビルが、オフィスが爆破したら、ワカモが襲撃に来たら、ホシノがインターホンを押したら、私はどうすればいいのかと思考が堂々巡りになって、気づけば鳥が囀っている。
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仕事もずいぶん溜まっていた。やりがいのある仕事と言ったって、月を見送り太陽を見送るような生活リズムでは体を壊してしまう。今まで仕事だけに充ててきた時間を銃の練習に使うようになったのもそうかもしれないが、それでも人手が足りない。
最近は凡ミスも増えている。アロナにサポートしてもらっているから、なんとかなってはいるが…当番制度を復活させてくれと心の中で叫びながら、今日も窓から見えない場所に置いたデスクで仕事をこなすのだ。
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撃たれた。爆ぜた。弾けた。殴られた。蹴られた。蔑まれた。罵られた。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も寝るたび寝るたびに。そうして飛び起きる、洗い息と汗を残して。
その度、逃げたくなる。この仕事から、世界から。どうしようもなく物騒で、命の保証なんてものは一個もありはしない、歪んでいて心底気味の悪い世界から。
そうして、受付の前を通って、自動ドアの前まで立って、それでも足がすくんで、サンクトゥムタワーから出れる気が、一向にしなかった。
アヤネから、誰からだって、手紙は来なかった。だからこれで、このいざこざもお終いなのだ。
昨日も、今日も、きっと明日も明後日も仕事なのだろう。少し霞む視界で、マウスとテーブルに置いた拳銃をたまに間違えそうになりながら、黙々と仕事をしている、していた、するだろう。
「...先生」
「っ...!?」
声が、した。認識する前に銃を引っ掴んで、その方向へ向ける。そうして、脳がやっと認識した対象は、大柄な体型で、眼鏡をかけていて、髪も長い、七神リンその人、だった。
「ぁ...す、すみません...銃なんて、向けて、しまって」
「...すみません、こちらこそ。ノックはしたのですが...驚かせてしまいましたね」
「い、いえ…こちらこそ」
取り落としそうになった銃を慌てて机の上に戻し、そうして急いで自分のデスクに視線を戻す。仕事、そうだ仕事だ。終わってない案件もあるし、仕事、仕事を
「…先生」
「...何か、ご用件が?」
リンが、こちらを見つめている。私の心をひどく不安にさせ、掻き乱すような、こちらの世界に来て一度も向けられたことのない眼差しで。そうして彼女は部屋の椅子を私のデスクの前に置いて、丁寧に膝を追って座り、こちらをはっきり見やる。
「最近は射撃訓練とトレーニングを積極的に行なっていると聞きます。仕事にも積極的で、皆助かっていると…けれど、先生。貴方は寝不足で、それでいてひどく怯えているように写ります。体調は、如何ですか?」
「万事順調、ですよ。最近立ち上げたプロジェクトも順調ですし…エデン条約関連は、少し難航していますけど」
そう、万事順調、万事順調だ。やっと仕事をともにする港の壁も少しずつ溶けてきて、馴染んできて、頼られることも少しずつだが増えてきた。私は幸せなのに。何故、君は顔をこわばらせて、少し目を伏せたんだい?
「先生」
「は、はい?」
一本芯の通った声に思わず背筋が伸びる。こちらを見据えるために上げた目には、どこか慈愛のようなものが写っていた。
「今晩、お時間いただきますね」
「…え?」
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遥か上から見るキヴォトスの夜はまばらな光に照らされ物騒なあれこれを闇が覆い隠しているから、静かでどことなく幻想的であるのだが、地上から見るキヴォトスの夜は中々に恐怖だった。街灯はチラチラと瞬き、静寂だけが支配するような、寒いのも相まって身震いしてしまうような威圧感がそこにはある。
七時過ぎ、いつも通りのスーツで一 階のロビーにてリンを待つ。用事が何かはわからないけれど、きっと助けになれるといいな
「お待たせいたしました」
エレベーターの方から声が聞こえた。そちらに目を向けると、そこにあったのはいつものスーツ姿じゃない。どこか、プロムパーティを彷彿とさせるような、しろを基調とし、青を塗したドレスを見に纏った彼女が、カツカツとこちらに歩み寄ってくる。
「さ、先生。行きましょうか。今日は私がエスコートしますので、ご安心を」
「は、はい」
彼女に手引かれて、夜の街に足を踏み入れた。空気は冷えどこか引き締まり、都会であれば、私の常識の範囲では、普通ひっきりなしになっているであろうクラクションがどこか遠くに微かに聞こえるのみで、すごく静かだ。それが、どこか私に孤立感を与え、不安を増幅させるのかもしれない。
「私たちは、今どこへ向かっているのでしょうか?」
「今はイタリアンのお店へ。就任祝いをまだしていなかったでしょう?」
「...ありがとう、ございます」
彼女なりに気を遣ってくれているのだろう。私の隣に、歩幅を合わせて歩いてくれるリンにはどこか安心感があって、緊張も少しだけ緩む。電光掲示板も路地にはヒールと革靴の音だけが木霊していた。
「ここは、個室制のレストランですから。安心してください」
「...ありがとうございます」
店員に促され入った個室は整然としていて、仕事着できたのを少し恥じるほどであった。テーブルの上に輝くカトラリーと純白のナプキンを視界にとらえながら、リンに促されて席に座る。こう言った場所に足を運ぶのは久方ぶりかもしれない。
「何を頼みましょう」
「折角ですし...おすすめは、何かありますか?」
「おすすめは、ラビオリですかね。ここのは色が鮮やかで見ていて楽しいですし、具もとても美味しいんですよ。」
「へぇ...じゃあ、私はラムとほうれん草のラビオリにしましょうかね」
「私はキノコのリゾットを頂きましょう」
簡潔な説明が添えられた料理メニューを置いて、彼女は少し細長いドリンクメニューに手を伸ばす。イタリアン、と言う呼称が存在するならキヴォトスにイタリアという概念が存在することになるが、果たして由来は別にあるのだろうか、などと余計なことばかりを考えてしまう、悪い癖だ。
「飲み物は、どうしましょうか」
「私はシャーリー・テンプルを頂きましょう…ここはお酒の品揃えも豊富なんですよ、先生」
「......生徒の前ではお酒は飲みませんよ」
「せっかくの就任祝いです。無礼講、ですよ」
イタズラっぽく笑う彼女はどこか幼なげで、それでいてメガネに反射した鈍い光の奥では優しさを隠せずにいたから少し笑ってしまった。メニューに目を滑らせ、見慣れない銘柄に少し困惑しながらも主宰に合いそうなものをチョイスする。
「…じゃあ、ヴィンテージの赤を一本」
「ワイン、好きなんですか?」
「そうですね…妻と休日は数本、開けて飲んでましたね。それに、今日はせっかくのイタリアンでしょう?」
ちょうど首元のロケットを撫でた時、左手の指輪が少し光った気がした。それだっても十年以上前の話だ。ワインは、好きだった。私が白を、彼女はフルーツワインが好きだったっけ。
「最近溜め込みすぎていましたからね。今日は存分に楽しんでくださいね」
ちょうど、個室の扉を開けたウェイターを見て彼女はそう微笑む。
見せてもらったボトルは見慣れない表記方法で、少し困惑しながらもグラスに注がれたそれを受け取る。
光を通して見通せば、どこか茶色がかった紅色の、しっかりと熟成されたとわかるような、純粋な濃い色が煌めく。
鼻を近づければ、なかなか強いブドウの匂いが感じ取れる。空気と混ぜ合わせていけば、それは少し花開いて強調され、香水のようにどこからか薔薇のような冷美な香りが纏われる。
口に含めば…これは、渋みがありつつ少し甘い、砂糖ではない、熟成の過程で生み出された、飲みやすい自然な甘さだ。
舌の上で転がせば少し表情が変わって、花畑のような、複数の混じったかおりが鼻を通りくすぐった。
ウェイターに目配せをして、問題のないことを伝える。グラスの中注がれ波立つそれを眺めていると、テーブルの側のワインクーラーを見つめると、少しざわめきが心を乱した。
「…休憩が、停滞が少し久しいので、少し不安がありますね。自分だけこんな贅沢、いいんだろうかと」
「誰にとっても、休息は必要ですよ。機械に充電が必要なように」
「そう、ですね…不安感を誤魔化すためだけに、私はずっと前に進んでいたのかもしれない」
テーブルクロスに視線を固定している。彼女の目が見えない、きっと、まっすぐて、正直な目をしていると知っているから。そんな目と、視線が合わされば、自分の情けなさに耐えられなくなるだろうとわかっているから。それでも、声は聞こえる。
「教えては、いただけませんか。貴方が抱えているものを、私にも」
「…教師である私が、生徒にそんなこと」
「あら、今日は無礼講ですよ」
それでもだ。私は先生で、そうである限り生徒に弱いところなんてかけらも見せてはいけない、はずなのだ。ずっと頼り甲斐のあって、仕事もできて、親しみやすくて、どこまでも、果てしなく強い本編の彼の代わりに、ならなければいけないはずなのに。足掻けば足掻くほど遠くて、自分はただの代役なのだと痛感させられる。だからせめて、任された役目だけは一人で全うしようと、思っていた。
「例えば」
けれど、嗚呼、もう限界だ。
「この世界は、薄氷の上に成り立っていて。ボタンを一つかけ違えば滅びてしまうような、陽炎のようなもので。何処を見渡したって、それを何とかできるのは自分しかいない...そんな、バカみたいな思考が、頭の奥からひっついて離れないのです」
「...先生」
洪水のように脳を通さない感情の濁流が口から溢れ出す。自分の中でも消化でききっていない。今までぐちゃぐちゃのままで放置していた考えや感情のすべてがそのまま、これじゃあ会話でもなんでもないじゃないか
「わかってるんです。私はどこかで正気を失ってしまったのかもしれない、堪え難い恐怖を使命感で克服しようとして前に進もうとして、こんな幼児じみた思い込みを捏造してるだけかもしれない」
「大丈夫です、先生。私はちゃんと聴いていますから」
穏やかな声、優しい声。それが底抜けに怖い。だって、だってもし彼女がこれで、私に気を使って回す仕事を選び始めたら、頼ってくれなくなったら、私が大人で、先生でいる意味だって消え失せてしまう。ずっと、ずっと自分のことばっかりで、それにすら言い訳をしようとする自分が嫌になる。
「違う...違うんです、私は...私の命が惜しいわけではないんだ。いや、違う。死にたくはない、そんなことは、決してないのだけれど...事実として、今この瞬間に私の頭が弾け飛んでもおかしくない。体に穴が空いてもしょうがない。痛いのは、怖いんです、辛いんです。死ぬなんて真っ平ごめんで」
きっと、この感情を彼女が理解する日は、銃が怖い、撃たれたら死んでしまうと思う日が来ることは一生ない。いや、そもそもそんなことあってはいけない。
「ずっと、怖いんです。いつ死ぬか、わからないんですよ?誰だって私を気にしちゃくれない、期待しちゃくれないんだ。私は、私は歪なんだ、異物なんだ」
「...それでも、もし生徒たちが苦しむのなら、命くらいは差し出す、覚悟は、しているつもりです」
そう、言い切って。口が寂しくなったからワインで少し潤した。渋みだけがやけに強烈だったものだから少しむせ返って、脇腹の熱も再燃して、膿んだように痛い。胸を数度叩いた後にようやく呼吸は楽になった。少し乱れた呼吸と脂汗に気がついたから、手の甲で少し拭って、整える。その間中、リンの方は見れなかった
「先生」
声は、真っ直ぐだった
「この二年間、連邦生徒会長の席は空白でした」
紡ぐように、と言うのが適切なほどポツポツと、声は語りかける。
「会長不在時は首席行政官がその間代わりを務める。その条例に、生徒会長が自らの意思で失踪した場合のことは書かれていませんでしたから。
この二年間、キヴォトス内の治安は大きく低迷しています...まるで、私たちの力不足を嘆き責めるように」
声は、震えなかった。悔しいだろうに、報われないし疲れるだろうに、それが声や言葉の節々から感じ取れるほどなのに。
「...先日、不知火カヤ防衛室長は、カイザーコーポレーションとの癒着が明るみになり、生徒会を追放されました。もしかすれば、あの子はあの子なりに頑張っていたのかもしれません。けれど、それ以上に今の私たちにとって、組織内から裏切り者が出たと言う認識は、致命的だった」
目を、上げた。彼女の顔もまた、いつも通りの凛としたものであったが、それでも恥と自責の念が感じ取れるほどに眉が、唇が強張っている。
「先生が報告を会議にあげた時から、ずっとそうです。私も、皆も、足元が崩れたような感覚を、もしかすればいつか暴動が起きて、私たちは職務を全うできず、裏切り者も見抜けないような力不足で、この場所を崩壊へと導いてしまうのではないかと、そんな漠然とした不安を、恐怖を抱えていました」
そうして、彼女の顔は緩んだ。口角が上がるのを、確かに見た。
「それを支え、鼓舞し、立ち直らせたのは、他でもない貴方なんです。先生」
私の前に、手は差し出された。初めて会って、席から立ち上がる時と同じように、私を導くように。
「弱いことは、悪ではないのです。先生」
そこで言葉を切って、どんな言葉で彼女の意思を伝えればいいのかわからなかったのだろうか、少し言葉を探して迷って、それでも、私を見据え、手を差し出した彼女は、尊いものに見えた。
「...だから、どうか、私たちを救ってくれた貴方を、支えることは叶いませんか?」
ずっと、認識があった。先生だから、大人だから俺がしっかりしなきゃ、弱くあるな、完璧であれ、と。そんな、驕りがあった。けれど、アビドスの子達だって、みんな自分たちで、私が弱くて情けなくたって、立派にやっていたじゃないか
「...もし、迷惑でないのなら」
「私の望んだことを、迷惑だとは思いませんよ」
初めて会った日、黒塗りに塗れた視界の先に映った、笑顔がもう一度映る。
何も変わらない。変わっていない、平凡な夜。
けれど、今日はなんだか、よく眠れるような気がした。