葬送フリーレン~アフターオレオール~   作:rvr75_raiden

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芽吹きの季節にも君は華やぐ

■君のお願い


 

北側諸国 オイサースト

 

そこは中央に大陸魔法協会を抱える街。北部では帝国と並ぶ、魔法研究が盛んな大都市。

これはそんな大都市の中に居を構えた一つの家族の物語だ。

 

「ゲナウさん」

 

夕食も済み、今日やるべきことを終えた後のひととき。暖炉の前で書物に目を通していた一級魔法使い……と言っても今は自宅でくつろいでいるゲナウに声がかかった。

 

「どうした?メトーデ」

「紅茶が入りました」

 

声をかけてきたのは、同じく一級魔法使いであるメトーデ。ブロンドの長い髪を揺らし、静けさと柔らかな笑顔でティーカップを袖机に置いてくれた。

 

「……ありがとう」

「はい。どういたしまして」

 

淡泊なやり取りだが……オイサースト内では割とおしどり夫婦だと評される、協会内でも有名な夫婦。

一級魔法使い同士だったので当然と言えば当然なのだが。

 

ゲナウという男は……規律に厳しく淡々としながらも案外愛妻家であり……子供を溺愛するタイプだ。

気がつけばそうなっていた。それまでは、そうではなかった。

元はそうなるとは思えないほどに……任務に忠実で、一級魔法使いの誇りのもとに命懸けで事に当たる男。力無き者の理不尽な死に静かに憤慨する男。

 

そんな不器用な男を家族溺愛型に変えた女、それがメトーデ。魔法協会頂点のゼーリエすら若干苦手にしている、協会屈指のヤバい魔法使いである。

可愛らしいものを愛し、魔法の可能性を愛し、隣人の優しさを知る……代々魔族を狩る狂った一族の末裔である。

 

そんなメトーデは当時パートナーであった超絶堅物だったゲナウを、あの手この手で口説き落とした。

何故かは余人には分からないが、彼女の中には確固たる確信があったらしい。

結果的にゲナウという非常に面倒な男を夫にした。

 

「それで、どうした?何か言いたいことがあるんだろう?」

 

ゲナウもそれなりにメトーデとは長い付き合いだ。こういう態度をするときは……何か要望があることは分かる。

いつも手玉に取られているのだ。たまにはうまくやりたい。そういうわけで先制してみたわけだが。

 

「はい、もう一人、子供を作りませんか?」

 

そんな妻のためらいもない一言に――

 

「ぶほっ!!」

 

――飲みかけていた紅茶を噴いた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

ゲナウとメトーデ、二人の魔法使いが結婚という形で籍を入れた理由は他でもない。

いろいろあってメトーデの妊娠が発覚し……娘が生まれたからだ。

 

いろいろ……そう、いろいろだ。決して、手玉に取られたわけではない。まったくそんなことはない……絆されてない。

自分で決めた。彼女を選び、共に歩むと自分で決心した。そのはずなのだ。己の人生の手綱は己の掌にちゃんとある ――

 

「お父さん?お母さん?」

「あら、エイル。まだ起きていたのね」

「お勉強していました」

「もう遅いから、明日に備えてお休みしたほうがいいわ」

 

そんな娘のエイルは今年で10歳になった。

 

「はい、そろそろ就寝しようと思って。おやすみなさいを言いに来ました」

「あらあらあら……」

 

メトーデは感激した様子で、頬に手を当てエイルの下に駆け寄る。

 

「おやすみなさい、お母さん」

「おやすみなさい、エイル」

 

可愛いと思ったものに抱擁をするのはメトーデの悪癖……とは言い難い。娘にとっては愛を伝えるとても大事なスキンシップ。

……と思っていたら、抱擁を終えた二人はゲナウを見る。

 

おずおずと手を広げたエイル……

 

「ッッ!!」

 

やはり……そうなるか。

いや、やらねばならぬ。そうあろうと……エイルの寂しさを、決してそのままにせぬ父であると……私は誓ったのだ!

と、ゲナウは強い気持ちで立ち上がり、娘の方へと向かい合う

 

震える拳を握り、手を広げた娘のほうへとゲナウは一歩を踏み出したのだった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「もう少し、自然にやれませんか?」

「不自然だったか?」

 

満足げに部屋に戻ったエイルを見送ったあと、居間のテーブルに向かい合って座った。

正面のメトーデは先の光景が面白かったのか随分と可笑しそうに笑っている。

 

「勘違いはされてはいないと思いますよ。きっと伝わっています。抱きしめてあげたのですから」

 

とりあえず、妙な話があった気がしたが、これでいつも通りだろう。

 

「そうか……よかった――」

「それで、先ほどのもう一人子供を作りませんかという話なのですが」

 

……いや、終わってなかったようだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

メトーデがこんな話を言い出した理由には少しだけ心当たりがある。

 

少し前、シュタルクとフェルン、ラントとユーベルの一家とその子供たちと出会ったのだ。

シュタルクとフェルンには息子がおり、ラントとユーベルには娘がいた。エイルはまるで運命に引き寄せられるかのように……

彼らは出会い、惹かれ合い、反発し合い……ゆっくりと友人として交友をする――はずであった。

 

はずであったのだが、そうはならなかった。事故が起こった。

 

オイサーストという街ではありえない襲撃事故。子供たちは外敵に攫われた。

連れ去られた先で、シュタルクとフェルンの息子は二人の少女を救うために命を失いかねない傷を負った。

娘のエイルは――少年を救うために、一つの無理と犠牲を伴って、その歳ではあり得ない蘇生術を単独で成功させた。

 

その結果――

 

――『おかしいな……今日は……お誕生日で……お父さんが……プレゼントをくれて……嬉しいはずなのに……

  どうして……ごめんなさい、お父さん、お母さん……。私悲しくなんてない……悲しくなんてないはずなのに』

 

エイルは代償としてその時に出会ったすべての想いを喪失してしまった。

命を救う奇跡のために娘は理由の分からない寂しさを心のどこかでずっと抱えている。

 

「我が家も、もう少しにぎやかでもいいと思うんですよ」

「……メトーデ、それは分かるが、我々もそう簡単に仕事に穴をあけるわけには」

 

ソーサーとティーカップをテーブルに置いたメトーデは小さくため息をついた。

この雰囲気は真面目なものではなく、弄ってくるタイプのやつだ、とゲナウは身構える。

 

「ゲナウさんが、相変わらずいつも通り仕事をしている裏で……それなりに準備を進めてきましたので。

 長期不在になる目途が立ってきました。もちろん、ある程度のフォローをする前提ですが」

「な……にぃ……」

 

妻が優秀過ぎると……夫は立つ瀬がない。いや、実績はそんなに負けてないはずなのだが……なぜだ。頭が上がらない。

 

■我が家に足りないもの


 

協会の休日のオイサーストの市場。

こういう日は逆に賑わう場所となる。

 

「ゲナウさん。これと、これを」

「分かった」

 

平日まとまった買い物ができないのでこういう日に食材や消耗品をまとめて買っておくのが鉄則。

メトーデが物色し、購入後はゲナウが持つというのが自然なフォーメーションとなった。

家の景観はもうずいぶん前から彼女色に染められている――

 

「ゲナウさん。そろそろ交換しましょうと言っていた窓のカーテン。こちらとこちら……どちらがゲナウさんの好みですか?」

「右だ。暖かそうな色がいい」

「そうですか。ではそうしましょう。他も順にこの色のものにしましょうか」

 

―― 染められている……と思う。

 

「メトーデ。まだ買うのか?」

「そうですね……ゲナウさんの両手も限界ですから……あら……」

 

そろそろ両手がいっぱいだ。魔法で浮かせているものもある。

消費の多い家族でもないのだが……

 

そんな風に思っているとメトーデが何かに気づいた。

 

「ゲナウと、メトーデか」

「ゼンゼさん。ごきげんよう」

「ああ、ごきげんよう」

 

オイサーストは広いようで狭い。市場に出れば誰かに出会う事もままある。

彼女は少しサイズの大きな箱のようなものを両手で持っていた。

 

「メトーデとデートか?」

「買い物だ」

「それは、デートじゃないか」

「夫婦で買い物だ。普通だ」

「夫婦で普通のデートじゃないか。エイルはどうした?」

 

相変わらず、淡々とした物言いでちょっとからかってくる。

気楽に会話してくれるようになってからはこの調子だ。

 

「魔導書店に行くと言っていたが……正面のぬいぐるみ屋にいるかもしれないな」

「そうか。相変わらず、誰かに似て生真面目で少し素直じゃない可愛い子だな」

 

苦笑するように答えるゼンゼ。今のやり取りに苦笑されるポイントはよくわからなかったが……

ゼンゼ的にはちょっと面白かったらしい。彼女の髪で肩をポンポンと叩かれた。

 

「そうなんです。可愛いでしょう」

 

メトーデは頬に手を当て、思い出すように瞳を閉じてゼンゼの意見に同意した。

娘が可愛いことは事実だが、同意ポイントは何なんだ。

 

「そういうお前はどうした、この休日に。自室に閉じこもらないのか?」

「今日は……ファルシュの義手の件で相談を受けている。知り合いの魔導機技師からサンプルを預かったので届けに来た」

「届けるぐらいなら、普通に配達機関を使えばよかろう」

「ゲナウ……そういう所が気が利かないと……まあ、だからメトーデに気に入られたのか?」

 

ゼンゼはチラリとメトーデを見ると彼女は頬に手を当てたまま少し困った表情をしていた。

何なのだ……

 

「せっかくの休日なのだ。娘は甘やかせてやれ。先日の件……だけではないが、今だけだぞ。素直に甘えてくれる歳は」

「どういう意味だ?」

「あと4~5年もすればお前は蛇蝎の様に嫌われる」

「な……んだ……と……何故だ……?」

「その年頃の女の子特有の事象だ。成長の証でもある。程度は個人差だが。必ず来る。覚悟しろ」

 

メトーデを見ると彼女も困った顔で同意している。

苦虫をつぶしたような顔をしていると、二人はよほどおかしかったのか笑いだした。

ゼンゼが爆笑するとは珍しい。

 

「なるほど、ゲナウがこうなってしまうのか。面白いものが見れた。ファルシュに良い土産話が出来たよ。

 休日を十分に楽しみたまえ」

「世間話にいちいち口出しはしないが、余計な尾ひれを付けるなよ……」

 

そういうと、ゼンゼは髪の毛で手の形を作り、ひらひらと降りながらその場を後にした。

 

「ゼンゼさんはお優しい方ですね」

「……そうか?いや、そろそろエイルを迎えに行こう」

「そうですね……あら。ゲナウさんの予想が当たっていました。さすがお父さん」

 

メトーデは女神の魔法のトレース魔法でエイルの位置を探知したらしい。

発動させた痕跡すら感じさせないのは彼女が超一流の魔法使い故か。

 

「……行こう」

「はい」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「お気に入りのものがありましたか?」

「……ッッ!!お母さん」

 

ぬいぐるみ屋のショーウィンドウに張り付いていたエイルにこっそりと声をかけたメトーデ。

妻の茶目っ気に従い、限界まで魔力を消しているため気付かなかったようだ。当然ながら浮かせていた荷物も全部手持ちしているわけだが。

 

「魔導書店で気になるものはもう見つかったの?」

「はい……これを……」

「深層イメージと魔法術式の拡張論……もうこんなものまで読むようになったのですね。お母さんもうかうかしていられませんね」

 

メトーデはエイルの頭を撫でながら「それで、ここでは何を見ていたの?」と飾られていた物に目を向ける。

 

「えっと、あの……ウサギさんが可愛いなって……」

 

エイルの示した先には黒と白の大きなウサギと少しサイズ差のある白と薄桃色の、いわゆる子供のウサギのぬいぐるみが飾ってあった。

 

「エイルの誕生日まで大きなクマが置いてあった場所だな」

「お父さん。うん。あの子はうちに来たから……ここに何を飾るのかなって」

「ウサギさんの家族ですか……ほほえましいですね」

「はい……小さい子は姉妹だそうです。仲がよさそうで可愛いなって」

 

メトーデが意味ありげに視線を向けてきたので思わずそらしてしまう。

言っていることは分からなくもないが、娘の目の前で今何と答えろというのか?

 

「エイルは……仲の良い姉妹のウサギさん。良いと思いますか?」

「はい。寄り添ってくれる小さな妹ウサギと、大事そうに頬寄せるお姉さんのウサギさんは見ていてほっこりします」

 

ほらぁ、と言う顔で再度メトーデが視線を向けてきた。

あまりの場都合の悪さにゲナウは咳払いをする。

 

「まあ、なんだ、せっかくの買い物だ。欲しいなら……買って帰っても構わないぞエイル」

 

ゲナウの言葉に瞳を見開いた様子を見せたが、エイルは苦笑した様子で答える。

 

「家には大きなクマさんがいます。幸せそうなウサギの家族を連れ帰るにはちょっと物騒かもしれません」

 

上手いこと言うが、娘なりの気の使い方か。遠慮など不要なのだが、それを遮って買うのも違うだろう。

以前の、欲しくないというウソとは異なる言い方に少し安堵も覚えつつ。

 

「そうか、優しい娘だ」

 

手荷物を魔法で浮かせたゲナウはエイルの頭を撫でる。エイルは目を閉じてそれを嬉しそうに受け入れた。

ちなみにメトーデが肘で小突いてきたことも理解はしている。ちょっと待ってくれ。それはそれで理解はしているのだ……

 

確かに……そういう事が今は必要であるのかもしれない――

 

■エイル(Eir)


 

ゲナウにとっての愛娘のエイル。この名は魔法協会の長であり生きた魔導書ゼーリエから賜った名前だ。

人の記録からも大半は失われた歴史である神代の時代、世界に降り立った女神を守る女神、戦乙女。

その中でも『慈悲』と『癒手』を司る戦乙女の高貴なる名前だとゼーリエは言っていた。

 

名前と言うのは生まれ落ちた魂に形を与える一つの要素である。

シュタルクとフェルンの子が伝説の戦士アイゼンから受け取った名により、

炎の中で熱く熱せられた鉄が、血と汗と敗北という不純物を飲み込みながら『最強の鋼』へ変じる生き方を望むように……

娘もまた……そのように育っているのかもしれない。

 

娘があの日に少年を救うために見せた魔法は記憶と共に消え去ってしまった。

舞い踊る白い羽根は血に沈むあの場一帯を聖域化し、仮想的な儀式空間を形成し、蘇生術を完成させた。

あのようなものを幼い少女単独で行えた事実は伏せている。おそらく教会側の組織が黙ってはいないだろう。

 

「魂の共鳴か……」

 

想い合う魂が共鳴し、本来存在しないほどの莫大なエネルギーを生み出す現象。

かの勇者ヒンメルは、フリーレンを含む勇者一行の仲間たちを想い、信じぬいた。

結果的には彼らは1000年を超える歴史上、誰もがなしえなかった魔王討伐を成し得た。

 

人類史に楔を打つ偉業を成し遂げる英雄とは、誰しもが孤独ではなかったのだ。

 

いずれ向き合わなければならないが……簡単な話ではないだろう。

かの少年も、きれいさっぱり記憶を失ってしまった。この二人に今は会う理由がない。

 

失われた絆と想いを再生し、娘の手に欠けた心を取り戻すのはゲナウの長期的な目標でもある。

 

―― 「ゲナウさんが私を必要としてくれたように、寄り添えるものがいるというのは……何より安心するものです」

 

帰り際にメトーデがゲナウに行ってきたことだ。ちなみに、そんなメトーデはエイルとお風呂に入っている最中である。

そんな感じで、親であるゲナウとメトーデが寄り添えばいい――という話もあるのだが、聡く利口な娘だ。

件の事故以来ずいぶん感情を表に出して甘えてくれるようになったが、それでもどこかで遠慮をする。

 

「そんなものを気にせぬ相手が必要と言う事か」

 

難しい。実に難しい。今まで無縁過ぎて本当に難しい。なんでも杓子定規に論理で考えすぎてきた自分の半生を呪うしかない。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「エイル、いらっしゃい。あなたの髪をお母さんに洗わせて」

 

母のメトーデは時々妙な言い回しをする。『洗ってあげる』ではなく、『洗わせて』という懇願式だ。

妙だとは思うが、嫌いではない。母の愛が伝わってくるからだ。洗う前に抱きしめられたり撫で回されたりもする。

変だとは思うが、それでもエイルはそれが好きである。

 

「はい」

 

タオルを巻いてまとめていた髪をほどくと、腰あたりまで伸びたメトーデ譲りのつややかなブロンドの髪が広がる。

 

「私が言う事ではありませんが……長い髪の手入れ大変ではありませんか?」

「大変だけど……別に気にしていないです」

「そう……お母さんはこうして触れて幸せだけど……普段もエイルの髪を梳いてあげる時はとても幸せだわ」

「じゃあ、長くしてよかったです。お母さんみたいになりたい」

 

そんなことを言われると、こう、湧き出てくる気持ちがあふれて泡だらけな状態でも抱きしめてしまう。

 

「わ……お母さんっ!」

「……あら、エイル、あなた……まだ10歳なのに……とても……いいですね。女の子らしくなって……」

「何言っているのお母さん!やん……変な触りかたしたら――」

 

タオルを巻いているとはいえメトーデに抱きしめられると、なんというか、エイルの顔がうずまってしまう。

歳を感じさせないメリハリのある体。引き締まっている部分は引き締まっており、柔らかい部分はすごく柔らかい。

 

「エイルも、こうして淑女へとなって行くのですね……学び舎には気になる男の子とか居るのですか?」

「……居ないよ。そんな……の……いない……何処にも……いなく……なった……」

 

エイルの反応に大きく息を吐いたメトーデは彼女の髪の洗浄を再開した。

 

「いつか、また出会えるわ……」

「そんなの……別に……『また?』ってどういう意味?」

「気にしなくていいの。ところでエイルはどうして姉妹のウサギさんを買うのを断ったのかしら?」

 

あまり突っ込んでも仕方のない話を遮り、メトーデは今日の出来事で気になったことを問いかける。

 

「えっと、クマさんとウサギさんが一緒にいると……」

「違うでしょ……本当に気遣いな子ね」

「……ごめんなさい」

 

小さく謝る娘に「謝ることじゃないわ」とメトーデは頭を撫でる。

 

「学舎でも……時々兄弟や姉妹で来てる子達もいて……楽しそうだなって。喧嘩をすることもあるけど大切にする子がいるってどんな感じかなって」

「そう……」

「あの……お父さん、お母さんが、この街でもすごく大事な仕事をしてて、忙しいことも、私知って――!!」

 

そんなエイルの頭に軽く握った小さなげんこつが落ちてきた。まったく痛くもないそれはこつんと音を鳴らす。

 

「10歳の娘がそんな遠慮をしたらダメです。そんなに願うことがあるなら言ってもらわないと」

「でも……そんな簡単なことじゃないって……」

「そうね、とても大切な事ですね。だからエイルの口から言ってくれないと」

 

メトーデは「はい出来ました」と言いながら、エイルの髪にゆっくりとお湯をかけて泡を流す。

 

それと同時にメトーデに振り向いたエイルはメトーデに抱きついた。

 

「お母さん。寂しい……わからないけど寂しい……私は……」

「はい。分かりました。じゃあ、後でお父さんにもお願いしましょうか」

 

胸の中でコクコクとうなづく娘を撫でながら。

 

「上がる前にもう少しだけ湯舟で暖まりましょう。湯冷めしてはいけないわ」

 

娘を抱きしめてメトーデは再び湯舟へと身をゆだねるのだった。

 

■未来へのつながり


 

「お父さん、弟か妹が欲しいです」

 

お風呂から上がって、ミルクティーを飲んでいたエイルからゲナウに告げられた言葉がそれ。

突然の娘からの子供が欲しい宣言にゲナウは紅茶を噴いて咳き込んだ。

 

「ゲホッ、ゴホッ、なんだ……いったいどうした?」

「はい。お願いは……素直に伝えるべきだと。お母さんと話して」

「メトーデ!!お前、エイルに何を言った」

「要望は素直に伝えるべきというお話を」

 

額を手で押さえて、苦悶にうめくゲナウ。意味の分からない包囲網を引かれた。

いやそもそもなんでこんな状況に………何に悩んでいるのだろうか? 自分でも覚悟はしたはずではないか。

メトーデとの行為は……普段から特に問題とする要素はない。要素はないのだが……

 

「だめ……ですか……やっぱり、お父さんとお母さんには負担が大きい事だと……」

「いや、エイル、まて。そういう事ではないのだが……意味は……分かっているのか?」

 

なんとなく怖くなって恐る恐る聞いてみる。10歳の愛娘が方法論について詳細に知っていたらどうしよう……

 

「はい。月夜の時間に夫婦の愛情が最高潮に高まったときに天に祈りが届き、新たな命が授かると聞いています」

 

微妙に合っているようで肝心な部分の説明が全部ぶっ飛んでいる。

小等部の学舎で子供たちに教える概念としてはそうなるのか……とちょっとだけ安心した。

もう少し高学年になったときに……何らかの教育がなされるのであろう……

 

なんとなくメトーデがそれとなく教えてしまいそうな気もするが……現在そこは問題ではない。

 

「あの……もしかして、お父さんとお母さんでも……祈りが届かないほどに難しい事なんでしょうか?」

「そうなんですか、ゲナウさん。それはとても残念です……」

「メトーデ。半笑いで口をはさむなら少し黙っていろ。そして後で話がある」

 

物凄く心配そうな顔で見上げるエイル。いったいここからなんと説明すればいいのだろうか。

子供の作り方について事細かに説明はしたくない。10歳の娘だ。どうする……

 

「エイル……聞いてくれ。無理ではない。お前が望むなら、私は私たちの幸せのために全力を尽くそう」

「お父さんっ」

 

ここまではOKだ。後ろでメトーデが笑いをこらえていることが気になるが、とりあえず良しとしよう。

 

「だが、少し準備が必要なことなのだ……それにだな……まあうまくいったとして……10か月ぐらいかかるんだ」

「そうなんですか……?」

 

ここまで来てメトーデは助け舟を出す気がないようだ。

 

「そう……街に時折お腹の大きい女性を見たことがあるだろう」

「はい……赤ちゃんが生まれるご夫婦だと聞いていました」

「そうだ……要するにあの状態を経て生まれ落ちるまでの期間が10か月ほどかかるんだ。その間、メトーデは様々なことが不自由になる。つまりは――」

 

エイルの隣まで移動したゲナウは膝をついて椅子に座るエイルに視線を合わせた。

 

「エイル。私も当然フォローをする。お前が生まれた時もそうしてきた。だが……お前に頼んでいいか?

 もし、そうなった場合メトーデはしばらく魔法の実行も危ぶまれる。護衛は協会からも付くだろうが、それでもだ」

 

肩に手を置いてそう頼み込むと、エイルは真剣な表情で頷いた。

 

「はい。分かりました。お母さんが大変になったら私が頑張ります」

「よし、良い子だ」

 

とりあえず、これで説明に関しては何とかなっただろう。

 

「じゃあ、お父さん、弟か妹を産んでくれるんですね!!」

「どうなんですか?ゲナウさん?」

 

こういう時にだけ追撃してい来るメトーデ。こいつ……このために……と思うと若干先ほどの説明をしたことに悔しくなる。

なんとかこの妻に煮え湯を飲ませることはできないだろうか……

 

「メトーデ、お前……今夜は覚悟しろ……」

「あら、楽しみにしていますね」

 

というやり取りの後、ひとまずの咳払いをする。

きょとんとしたエイルに向き直り、表情を戻した。

 

「エイル。任せろ。その願いはきっと届く。今より少し騒がしくなるかもしれない。

 私はお前が立派な姉として成長してくれることを信じて努力しよう」

 

そう伝えると、少し涙ぐんだような瞳でエイルは――

 

「はい!!」

 

と嬉しそうに返事をした。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

娘のエイルが自室で寝静まり、居間では頭を抱えたゲナウと、それを嬉しそうに眺めるメトーデが残った。

 

「さて、ゲナウさん。寝室に向かいましょうか? それとも、肉体強化やスタミナ増強の女神の魔法もありますよ」

「お前は何を言っている。いや、そもそも、別に普段何もしていないわけではないだろう……」

 

そういうとメトーデは頬に手を当てながら笑顔で答える。

 

「それはそれ、これはこれです。愛情に基づく行為そのもの、それはそれで尊いものです。

 ゲナウさんがこれをしなくなった場合は家庭崩壊の危機ですね」

「そんなにか……」

「はい。しかし。それでもです。心持ちの問題です。人は子孫を残すという精神になったとき、この行為に生存本能の火が付きます。

 これは、とても大切な事なんですよ」

 

妻が何を言っているのか分からない。要するに要望されている。普段からもっと必死にやれという事か?

自分なりに愛をこめているのだが……いや、睦言を口にするのは確かに苦手だが……

 

「冗談ですよ。半分」

「どれが本音だ……頼むから、直前からモヤっとさせないでくれ……」

 

よほどおかしかったのかメトーデは肩を震わせて笑っている。

 

「メトーデ……」

 

―― だが、悔しいことに、この手の口論でどうせ勝てるわけがない。

 

「ごめんなさい。そうですね。嬉しいのです。純粋に、新しい命を望んでくれることが」

 

―― 勝てるわけがない、勝つ必要もない。

 

「私の願いとエイルの願いに、全力で答えようとしてくれることが。何より嬉しいのです」

 

―― そうやって華のように笑う君の姿が……

 

「今まで、拒んだことなど……一度でもできた試しがないだろう」

 

―― 何より愛おしいのだから。

 

「そうですね。ゲナウさんは私の願いに耳を傾けてくれる人です」

 

新たな芽吹きを望んだ彼女はそうして華やぐように笑う。

どうしていつも彼女は、ゲナウの生きてきた薄灰色の風景に色を付けてくれるのか。

 

■芽吹きの季節


 

翌朝……いつもより睡眠時間は少なめだったはずなのに……

ゲナウより少し早めに起きて、着替えて朝食やもろもろの準備をするために居間に向かうメトーデには頭が上がらない。

 

「ぐっ……なんであんなに、肌が艶めくほど逆に元気なんだ……」

 

あと5分だけ寝させてほしい……

あれか、ゲナウから放出された分だけ魔力も持っていかれているのか?

東国の技術にはそういう生命の営みの中に魔力のような力の循環を行うことで活力を取り戻す技もあるらしい。

もしやメトーデはそれを習得していて、それを一方的にやっているのか……?

 

いや、そんなもの、どうやって学ぶ。座学でどうにかなるのか?

実技なんてお互いに初めてだったことは、この目で確認してしまった。

 

だが……彼女ならば……おのずとそういう技術にたどり着く……

 

だめだ、眠すぎて何を考えているのか分からない。

 

―― 結果的に娘のエイルに起こされるまで、朝のゲナウの意識は再度落ちてしまう。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

そんな朝食のテーブル。

パンにバターを塗りながらエイルは嬉しそうにしている。

メトーデと何か話をしたからなのか、純粋にメトーデのご機嫌が良いからつられて嬉しくなっているだけなのか。

 

朝の郵便物として届けられていた物を確認しながらもゲナウは横目でちらっと娘と妻の様子をうかがう。

心なしか、いつもより妻のメトーデの腰の切れが良い……ヒップラインが美しい……いや、変な意味はない……

 

「お母さん!」

「どうしたのエイル?」

「昨晩、お父さんとお祈りはできましたか? 天にお願いは届きましたか?」

 

無垢なエイルの一言に、ゲナウは飲んでいた朝の紅茶にむせる。

 

「お父さん、どうしたの?

 はい、これ、拭くものです」

「ゴホッ……すまないな、エイル。なんでもない。ちょっと思ったより紅茶が熱かっただけだ」

「割と何度か飲んでいませんでしたか?」

 

よく見ている……魔法使いとして観察眼に優れているのはとても良いことだ。

 

「……気のせいだ」

「そうですか……それで、お祈りは……うまくいったのですか?」

 

どう言えばいいのだ?小等部の情操教育のメッセージを娘が言葉通りに受け取っている。これは後々に良いのだろうか?

そんなところに温めたシチューを持ってきたメトーデが珍しく助け船を出した。

 

「エイル。お祈りは昨晩、お父さんがきっちり、一生懸命に、念入りに、それはそれは情熱的にしてくれました」

「メトーデ……お願いだから言い方に気を付けてくれ……」

 

とはいえ、母の言葉が良い結果を生んだのだとエイルは色めき立つ。

 

「じゃあじゃあ、家族がもうすぐ増えるんですね!」

 

そんな身を乗り出して喜ぶエイルにメトーデが指を一本立てて遮った。

 

「エイル、落ち着いて。お祈りと言うのは、一度で成功するものではありませんし……成功していてもすぐにわかるわけではないのです」

「そうなんですか?」

 

エイルがゲナウの方向を向いて聞いてくるので、ゲナウはしぶしぶ頷いた。

 

「じゃあ……これから毎晩お祈りをするの?」

「そうですね。お父さんの体力が持つ限りは毎日ですね」

「そうなんだ、お父さん頑張って!」

 

胸の前で頑張れのポーズをとる娘に対して何と答えればいいのだろうか。

というかメトーデを前に「お父さん頑張る」と肯定していいのか?いや、良いのだろうが……何かのアリジゴクにずるずる引きずり込まれている感も否めない。

 

「……ああ、エイル。そのことは少し時間がかかるんだ、今日明日で良い答えが出せなくてすまないな……」

「いいの。お父さんとお母さん頑張ってること知ってるから!」

 

事細かに何を頑張っているか知られているとちょっと困るけれど……

しかし、娘の純真な願いにはまっすぐに答えてあげたい。そうであるならば回答は一つ。

 

「良い子だ。きっとエイルはいいお姉さんになれる」

 

こうして、娘の頭を撫でて朝の一幕は決着した。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「行ってきます」

 

学舎へと向かうエイルは二人に手を振って笑顔でかけていく。途中、通学中の友人に声をかけてその輪の中へと入っていた。

 

「最近、仲の良いお友達も少しずつ増えているようです。明るくなったからでしょうか」

 

ゲナウはその言葉を聞いて笑みを一つ落として協会の本部へと向かう。

 

「良いことだ。あの子は勉学や魔法技術に関しては頑張りすぎるところがある」

「そうですね。今日は朝からずっと笑顔ですから……きっとたくさんの友達ができるでしょう……

 男の子も、年頃的には放っておけないかもしれませんよ」

 

聞き捨てならない言葉にゲナウは一瞬静止する。

 

「……まだ早い」

「どうでしょうね……?」

「……絶対に早い!」

 

実際にそうではないのだが……内面では頬を膨らませるような態度のゲナウにメトーデは苦笑する。

ゲナウもまだそういう方向では整理しきれていないのだろう。

 

「エイルは……あの子は……すでに一つの結論を持っています。覚えていないのかもしれませんが。

 あの想いに届くことがない限り……あの子の心が揺らぐことなんて……良くも悪くも起きないかもしれません」

「……」

「その話は長期的にと決めていますよね。その心配がない以上、ゲナウさんは目の前のことに集中してください。

 今夜は精のつくものを買って帰りましょう」

 

強かなのか、マイペースなのか……あるいはその両方なのか……

 

「私が我儘を言っているように扱うな……」

「ゲナウさんが私に我儘を言ってくれることは、私の人生の一つの成果だと思っていますよ」

 

結局これ以降何も言い返せずに協会の本部へとたどり着いた。

 

■華を愛でる


 

大陸魔法協会本部。

 

入り口でメトーデと別れて自分の執務室へ向かうゲナウだったが……

 

「ゲナウ……朝会って早々に嫌そうな顔をするな。おはよう」

「ゼンゼ、会って早々に人の顔にケチをつけるな。ああ、おはよう」

 

書類と本を抱えたゼンゼと廊下で鉢合わせた。

パッと見無口そうな表情をする彼女だが、案外饒舌に、そして毒舌でくだらないことを言う。

 

今朝もそうだ。

 

「時にゲナウ。妊活を始めたそうだな」

「……何故そう思った」

 

そして、耳が聡い……

 

「メトーデのヒップラインがいつもより綺麗だった……あれは誰でも気づく」

「……そんな訳があるか」

 

ないだろ……普通に考えて……いや、分かるのか?

普段そこいらの女性にそんな観察をしてなさ過ぎて全く分からない。

と迷っていると、彼女は全く表情も変えずに答えてくる。

 

「冗談だ……真に受けるな。純粋にメトーデが少し前から業務整理をしていることを知っていた。

 ヒップラインは冗談だが、かなり機嫌がよさそうだったのでな」

 

今朝の自分の感想と一致していて思わず焦って背中に汗をかいてしまった。

 

「冗談ならせめて冗談のような空気を作れ」

「フッ、ゲナウ、今かなり安堵したな。ゲナウの反応からするとあながち間違いではないということだ」

「……」

 

変に鋭くてうんざりする。結局何を言いに来たのだと問いただしたくなる。

 

「睨むなゲナウ。メトーデの業務の引き継ぎを引き受けるのは私だぞ」

「それは、申し訳ないが……」

 

結局のところ、絡みはいつも通りかと思ったところで珍しくゼンゼが小さな笑顔を作った。

 

「そうか、あのゲナウが2児の父か……人生どうなるかわからんものだ」

「どういう意味だ?」

 

ゼンゼは彼女の長い髪を魔法で変化させて肩をポンと叩いてきた。

 

「祝福しているのだよ、ゲナウ。君のこれからの長い父親生活に幸あれ」

 

相変わらず……つかみどころのない同僚だ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

数時間後、執務室で仕事をしていると見知った顔の男が入って来た。ファルシュだ。

書類を受け取ると彼も世間話を吹っかけてきた。

 

「二人目ですか……」

「誰から聞いた?」

「ゼンゼさんですよ」

 

先の言葉でちょっと絶句しつつも ……流石に怒るべきかと思案していると……

 

「ゼンゼさんも言い触らしているわけではないですよ。そういう悪意なんて全くありません」

「そうか?」

「少なくとも、彼女は嬉しそうでした。もちろん協会内で見かけたメトーデさんも随分嬉しそうだったので……聞かずともわかりそうなものですが」

「……結局メトーデの様子か。お前もヒップラインとか言うのか?」

「……何を言っているんです?」

 

今のは明らかな失言。わずかだが、そう思われるのも癪でついうっかり……口に漏れてしまった。

赤面しそうになったところを精神力で抑え込む。

 

「忘れろ……今のは私も錯乱気味だった」

 

中指で眼鏡の位置を直しながらも「では……」とファルシュはつづける。

 

「単純な話です。付き合いの長い同僚の仲間が幸せになろうと努力している。それを祝福したくなることはとても健全なことだと私は思いますけれどね……」

「そうか……」

「まあ、ご懐妊次第、別途お祝いさせてください」

 

そろそろ部屋を出ようとする彼に「律儀だな」と声をかけると

 

「一級魔法使いゲナウと、一級魔法使いメトーデの子ですよ……協会としても、同僚としても、とても重要なことです」

 

そう言ってファルシュも出て行った。

 

「……次々におせっかいなことだ」

 

まだ、何も未来は確定はしていないのに……

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「ゲナウ……もう一人子供を作るそうだな」

「なんで知っているんですか……」

 

協会本部の最奥、玉座の間と言うべき生きた魔導書ゼーリエの部屋。

仕事の報告を上げに来たときに、世間話として声をかけられた。

 

昨日今日の決断が何でこんなに筒抜けなんだ……と頭を抱えたくなる。

 

「この本部内で私に流れてこない情報があると思うか?」

「いえ……」

 

ゲナウの上司であり師であるゼーリエは頬杖をついたまま意味深に笑う。

 

「良い心がけだ。お前とメトーデの血は当代でも他に類を見ない可能性を秘めている。励め。毎日だ」

「はあ……」

 

期待は嬉しいのだが、何を命じられているのか。

 

「何も魔法使いに必ずなれという話ではない。血の才覚というのは生物には厳然と存在する。

 突然変異の天才を否定はしないが、積み上げることは重要だ。可能性は多い方がいい」

 

こうなると師の説明は長い。

 

「良いか。前にも言ったが魔法使いを後世に残すためには様々なリスクを排し――」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「今日はずいぶんとゼーリエ様と話し込まれていましたね。何を話されていたのですか?」

「エイルの時と一緒だ……後世に優れた魔法使いを残すことの重要性について話された」

 

メトーデと家路につく道すがら、なんとなく今日の出来事を彼女に話した。

「期待されていますね。これは頑張らないといけません」とメトーデは笑う。

 

「メトーデ……先に言っておくが……私は他者の期待に応えたくてそうする訳じゃない――」

 

と言うとメトーデはゲナウの口の前に人差し指を立てる。

 

「そうではありませんよ。皆さんが期待しているのはそういう事ではありません。

 様々な言い方をされますが、そういう人たちではないとゲナウさんが一番ご存じではないですか」

「そうか……そうかもしれないな」

「いえ、期待という言葉が良くないのかもしれませんね。皆さんは応援してくれているのですよ。

 生きることに懸命な貴方と、生まれ落ちた命と、これから生まれる命が……きっと純粋に嬉しいのです……だから――」

 

メトーデにしては少し具体性に欠ける説明な気もしたが言いたいことは分かった。

 

「分かっている。何に気を遣うこともなく、私たちは私たちの家族のために臨むことだ……だから――」

 

ゲナウはメトーデの腰を引き寄せる。歩きづらいかもしれないなと思ったが彼女は苦笑して肩に頭を乗せてくれた。

 

「頑張りましょう。ゲナウさん」

「そうだな……」

 

―― 結局、帰り際に精のつく材料は……割と買った。

 

■リーン(Hlín)


 

そして少しばかりの時が過ぎる。

 

「お母さん!!おかえりなさい。お名前は……なんと賜ったのですか?」

 

結果的に、メトーデは健康な二人目の女児を産んだ。

 

「リーンと。『愛』と『庇護』を司る女神様のお名前にちなんでいます」

「リーン……よろしくね。私がお姉ちゃんです」

 

エイルと同じく、ゼーリエ様から名前を賜った。

 

「お父さんは?」

「少しお買い物をしてから帰ってきます。エイルの時から少し時間が経っているから。

 いろんなものを買いなおさないといけませんから」

「そっか。お古ばっかりは嫌だものね……」

 

エイルは嬉しそうにリーンの頭を撫でる。

優しい手つきがこそばゆかったのか、リーンは嬉しそうに笑顔を浮かべる。

 

「笑った……」

「エイルがお姉さんということが分かるのでしょうね」

 

エイルが恥ずかしそうにしているので、メトーデが「どうしたの?」と問う。

 

「抱っこ……しても大丈夫ですか?」

 

と、おずおずと手を差し出してきた。そんな娘にメトーデは笑いながら

 

「どうぞ……ゆっくりね」

 

と、リーンを優しくエイルへと差し出す。

エイルはまるでガラス細工より繊細なものを扱うようにリーンを抱き上げた……

 

「あたたかい……」

「お父さんとお母さんの娘で、エイルの妹ですからね……」

 

メトーデの言葉にエイルはくすくすと笑った

 

「理由になってないです。赤ちゃんの時って少しだけ体温が高いって聞きました」

「あら……博学なのね……よく勉強しています」

「いっぱい。お母さんを助けるために……いっぱい勉強しました」

「ありがとうエイル……あら、お父さんが帰って来たみたい」

 

玄関のドアを開けたゲナウは、おむつ等々を大量に買い込んで家に入ってきた。

おむつを抱えた姿に思わず噴き出したメトーデ。そんな妻の様子にゲナウは怪訝な顔をした。

 

「なんだ……約束していた物を買って来たのだぞ……」

「いえ、ごめんなさい……おかえりなさい、ゲナウさん」

「ただいま……」

「そんな、憮然とした顔をしないでください。少しだけ……泣く子も黙る一級魔法使いゲナウが、山盛りのおむつを抱えて街を歩いていたと思うと……」

 

肩を震わせるメトーデにゲナウはあきれたように苦笑した。

 

「いい加減に慣れろ。いや、笑うのは構わんが……」

「そうですね、ごめんなさい……ああ、でももう少しだけ……」

 

―― 本当に、彼女といると何もかも変わる。

 

「お父さん、おかえりなさい!!」

「ただいまエイル」

 

―― 故郷を失い、戦う意味すら見失いかけた魔法使いが今ではただの親馬鹿。

 

「お父さん、リーンも笑っている」

「そこで、メトーデも爆笑している」

「それは、お父さんがおむつを担いでいるから……」

「そうか。そうだな」

 

―― 笑顔華やぐ彼女達が幸せなら……それでもよいと思うのだ。

 

~ 芽吹きの季節にも君は華やぐ fin ~




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