雷神は最強を指名する 作:あいあい
USJ中央広場。
相澤消太を地に沈め、圧倒的な暴力の権化として君臨していた脳無の前に、一人の少年が立ちはだかっていた。鹿紫雲一。四百年前の戦場で雷神と恐れられた亡霊が、現代の規格で作られた怪物をいかに解体するか。その静かなる殺気が空間を支配しようとしたその時、USJの重厚な扉が爆発と共に吹き飛んだ。
「──もう大丈夫だ!! 私が来た!!」
黄金の輝きを纏い、怒りに燃える平和の象徴、オールマイト。その登場に生徒たちが歓喜の声を上げる中、鹿紫雲だけは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「遅いな、オールマイト。お前が来るまでの暇つぶしで遊んでいるぞ」
鹿紫雲は、足元で再生を始めようとする脳無の腕を無造作に踏みつけた。バヂィッ、と激しい放電が走り、再生しかけた肉が再び炭化する。
「離れろ、少年! それは私が相手をするべきヴィランだ!」
オールマイトが地を蹴り、一瞬で間を詰める。だが、死柄木弔の絶叫と共に、脳無の瞳が不気味に発光した。ショック吸収の枠を超え、尋常ならざる再生能力が鹿紫雲の残留電位を排出し、巨体が再び膨れ上がる。ここから、中央広場は三つの最強が入り乱れる暴力の奔流と化した。
「脳無! やれ! そいつを纏めて肉片に変えろッ!!」
死柄木弔の狂気に満ちた叫びが響き渡る。脳無が意味不明な唸り声をあげ、音速を超える右拳がオールマイトの頭部を狙って放たれた。激突すれば、頭蓋など熟れた果実のように弾け飛ぶ。誰もが、最悪の結末を予感した。
それをオールマイトが正面から迎え撃つ。
ドゴォォォォォォォォォォン!!
物理的な運動エネルギーの激突が空気を圧縮し、爆風が広場の瓦礫を木の葉のように吹き飛ばす。
「脳無はショック吸収の個性と超回復の個性だ。単純な物理攻撃しかないお前の攻撃は全て完封できる!!」
オールマイトは脳無のショック吸収を力ずくで貫通させるべく、一秒間に数十発の連撃を叩き込んだ。
「マジで、全っ然効いてないな!!」
剛拳の雨。だが、脳無も退かない。破壊されたそばから肉が盛り上がり、オールマイトの喉元を太い腕が狙う。その刹那、稲妻と化した鹿紫雲が二人の隙間に滑り込んだ。
鹿紫雲の打撃は、オールマイトのそれとは本質的に異なっていた。掌を添え、脳無の身体に電荷を擦り付ける。バチィッ! と乾いた音が響くたび、脳無の体内には鹿紫雲の性質が蓄積され、磁気嵐に巻き込まれたかのように僅かに、だが確実に精度を失っていく。
オールマイトの放つ剛風、脳無の無尽蔵の膂力、そして鹿紫雲が操る電磁の理。三つ巴の死闘は、もはや救助でもテロでもなく、純粋な物理法則の極限的な衝突へと昇華されていた。
脳無が二人を同時に抱え込もうと巨腕を広げた瞬間、鹿紫雲が指先を弾く。
「溜まったな。まとめて落ちろッ!!」
磁力による反発と吸引が同時に発生し、脳無の動きが一瞬だけ硬直する。その絶好の機を、平和の象徴が逃すはずもなかった。
「ヒーローとは常にピンチをぶち壊していくもの!! ヴィランよこんな言葉を知っているか⁉︎」
「Puls……!! Ultraァァァァァッ!!!」
オールマイトの全身が黄金の炎に包まれたかのような錯覚。渾身の右拳が脳無の胸板を貫き、衝撃波がUSJのドームを真っ二つに裂く。同時に、鹿紫雲が脳無の頭頂部からこれまでの全電荷を放出する。物理的破壊と細胞レベルの焼却。白銀と黄金の閃光が混ざり合い、脳無という怪物がもつ、再生の速度を遥かに上回る攻撃により、ドームの彼方へと吹き飛んでいった。
「……チッ、チート野郎共!!」
死柄木弔は、自らの首を掻きむしり、血が出るほどに指を立てた。最強の駒が、予定になかったバグとオールマイトの連携によって粉砕されたのだ。
「……黒霧、撤収だ。このガキ……鹿紫雲一。……次は、こんなものじゃ済まさないからな」
「ええ、それが良い判断です。これは想定外過ぎます。」
ドロリとした黒い霧が死柄木を飲み込み、ヴィランたちは敗走を余儀なくされる。USJを覆っていた絶望的な悪意は、一時の静寂へと塗り替えられた。だが、その中心に立つ二人の怪物の間には、まだ火花散るような緊張感が漂っていた。中央広場を支配していたのは、もはやヴィランたちの悪意ではなかった。
脳無という怪物がドームの彼方へ消し飛ばされ、死柄木たちが霧の中に消えた直後、その中心で、一人の少年が立っていた。鹿紫雲一。
ボロボロになったジャージを脱ぎ捨て、剥き出しになった上半身の筋繊維は、いまだ青白い火花を散らし、周囲の空気をバチバチと焼き続けている。
その数メートル先、平和の象徴であるオールマイトは、荒い息をつきながらも生徒を案じる眼差しで彼を見つめていた。
「……鹿紫雲少年。まずは礼を言わせてくれ。君が時間を稼いでくれたおかげで、被害を最小限に……」
「感謝など、死人にさせておけ」
鹿紫雲の低い声が、広場を氷つかせた。
彼はゆっくりと、獲物を定める獣のような足取りで、オールマイトへと歩み寄る。
「何の、話だい?」
「惚けるな、デク人形はもう終わった。俺がここに来た理由は一つ。最強と謳われるお前と戦るためだけだ」
鹿紫雲一の瞳には、ヒーローを目指す志など欠片もなかった。そこにあるのは、四百年前の戦場を支配した武人としての、あまりに純粋で、あまりに残酷な渇望。
「……よさないか、鹿紫雲少年。君はまだ学生だ! 戦う相手を間違えてはいけない!」
「指図するな。……見せてくれ、最強となった者の力を」
鹿紫雲が地を蹴った。
その瞬間、広場のアスファルトが爆砕し、視界を紫雷の閃光が塗りつぶした。雷光を纏った手刀が、オールマイトの喉元を鋭く抉る。
「……ッ!!」
オールマイトは圧倒的な反射速度で腕を交差させ、防御する。激突の瞬間、天地を揺るがす衝撃波が広場を舐め、瓦礫が粉々に砕け散った。
「少年……!? 本当に私を殺しに来ているのか……!」
「当たり前だろ! 殺し合わずに、どう語り合う!!」
鹿紫雲の連撃が始まる。
それは現代の格闘技とは一線を画す、四百年の戦場を潜り抜けた殺戮の術理だった。
掌を添え、電位差を利用して相手のガードを弾き飛ばす。空いた隙間に高密度の電荷を擦り付け、相手の生体電流にノイズを流し込んで神経を麻痺させる。
オールマイトはその圧倒的な膂力で、鹿紫雲を力任せに引き剥がそうとする。しかし、鹿紫雲は呪力による放出を駆使し、空中を滑るように移動しながら、オールマイトの巨躯を翻弄し続けた。
「もたもたするな、オールマイト! お前の思考が動きを鈍らせているぞ!」
鹿紫雲の回し蹴りが、オールマイトの脇腹を捉えた。
バヂィィィッ!! と、骨を伝って内臓を直接焼くような高周波音が響く。平和の象徴が、血を吐きながら後退した。
「……君は、哀しい子だな。その力を、自分を満たすためだけに振るうのか……!」
「哀しいだと? 笑わせるな。満たされぬまま、知らぬままに生きる方が、俺にはよっぽど惨めだ!!」
二人の激突は、もはやUSJという器を破壊せんばかりの神域へと達していた。
オールマイトの放つ剛風。鹿紫雲の放つ雷鳴。
黄金と白銀の光が交差するたび、周囲の温度が跳ね上がり、ドーム内の大気が悲鳴を上げる。
だが、死闘が続く中、鹿紫雲の触覚が、ある致命的な違和感を捉えた。
彼は、以前戦闘した際の感覚を思い出していた。オールマイトの肉体に触れるたび、その皮膚の下で唸る力が、あまりに歪で、今にも焼き切れそうなほど細くなっていることを察知したのだ。
鹿紫雲の瞳が、驚愕に細められる。
最強を自負し、世界をその背中で支える男の内側は、もはやボロボロに崩れ落ちようとしていた。
「──これでおしまいだ、オールマイト!!」
鹿紫雲が指先を掲げ、溜め込んだ全電荷を一点に収束させる。脳無を屠ったあの一撃と同じ、絶対的な処刑。
しかし、その雷光を放とうとした刹那、鹿紫雲の瞳に映ったのは、オールマイトの脇腹から噴き出す、限界を告げる白い蒸気だった。
そして、その奥にある力の流れ。
それはただ失われているのではなく、まるで灯火を分けるように、別のどこかへ、誰かへと、明確な意志を持って流れ出ている継承の回路だった。これを感じ取れたのはおそらく自身も魂が流れていく感覚を経験したからであった。
「…………」
鹿紫雲の手が、空中で止まった。
指先に溜まった稲妻が、行き場を失って虚しく霧散していく。
目の前で、血を吐きながらも誇り高く立ち尽くすオールマイト。その背後、遠く離れた瓦礫の影で、恐怖に震えながらも自分たちを必死に見つめる少年、緑谷出久。
鹿紫雲は、自らの掌を見つめた。
違和感。
四百年前の孤独な玉座。最強として生まれ、際限なく力の発露を求め 彷徨い続けることが俺の全てだった。
「……おい、オールマイト」
鹿紫雲の声には、先程までの狂気的な殺気ではなく、奇妙な静けさが宿っていた。
「お前……その身体。すでに死に体でありながら、己を使い切ろうとしているな」
オールマイトの身体から、限界を示す白い煙が噴き出す。筋骨隆々とした肉体が、まるで剥がれ落ちるメッキのように萎んでいくその刹那、黄金の男は僅かに微笑んだように見えた。
「己の極致を他者に預け、先に託す……。そんな面倒な生き方もあるのか。ただ虚無に散るだけよりも、幾分かマシな余興だな」
鹿紫雲は無造作に唾を吐いた。だが、その瞳に宿っていた落胆は、微かな興味へと変わっていた。
彼はオールマイトを終わった強者として切り捨てるのではなく、彼が始めた継承という名の戦場を見届けてやろうと感じ始めていた。
「最強の首を狩りに来たつもりが、どうやら賞味期限にはまだ先があるようだ。……お前が何を育て、何を遺そうとしているのか、せいぜい特等席で見守らせてもらう。……それが俺を満たせぬガラクタだと判明した時こそ、お前ごと、その全てを焼き切ってやる」
鹿紫雲は、沈みゆく夕日のようなオールマイトを置き去りにし、悠然とした足取りで、まだ煙を上げる広場を後にした。
平和の象徴が晒した一瞬の、だが致命的な綻び。
その正体を新たな道として感じとった亡霊は、自らの掌に爆ぜる紫電の火花を見つめ、静かに、だが確実なる地獄の続きを予感していた。
ゆ、ゆるして〜