◇◇◇
日も西に沈もうとし、幻想的な夕焼けから夜空に差し変わろうとしている。子供なら友達と別れを告げて帰宅し終えている頃だ。
そんな中、呪術界の御三家の一角"禪院家"の齢五歳の女の子、禪院真依は拙いながらも恐怖の感情を露わにしながら、中庭から自身の部屋へ渡る為の架け橋を渡れずにいた。
「どうしたんだ真依?渡るぞ」
そんな真依を双子の姉、禪院真希が不審に思いながらも橋の上に仁王立ちながら誘い込む。
「嫌だ………いるもん」
コ…コイスゴイキテル……エ…サ…
「チッ…またかよ」
真依は片手で着物の裾を恐怖を掻き消す様に握りしめながら鳴き声を発する人間の負の感情を元に生まれた化け物"呪霊"を指差す。
しかし真希には真依には見える呪霊が見えていない。呪いを知覚するのにも才覚が必要であり、真希にはそれが無かったのだ。だが、そんな自分には見えない何かに怯えている真依を真希はしょうがない直毛の髪をポリポリと軽く掻く素振りを見せる。
「ほら、目瞑ってろ」
真希は真依がいる橋の渡り始めの所に歩み寄り手を差し伸べる、真依はその手を強く握り、目を力一杯閉じて、夕焼け景色ごと呪霊の視覚情報を一切遮断して姉の片手ただ一つを便りに橋を渡り切る。
「お姉ちゃん…私の事、置いていかないでね」
「当たり前だ、姉妹だぞ」
双子同士の確かな姉妹愛を垣間見せていたその時であった。
「邪魔だ塵屑」
ボボボッ
「うわっ 熱っ?!」
「?!」
突如として姉妹の背中に熱風が吹き流れる。瞑っていた目を開けて慌てて二人が後ろを見ると、一人の男子が呪霊の首元を爪が食い込むまで掴み、呪霊の肉体が消えてゆくまで焼き尽くしていた。
イヤァァア ムシヤキ…ムニ…エル…………
「「…………」」
「……………チッ」
ジャリ……ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ
姉妹が目を丸くしているのも梅雨知らず、呪霊の燃えカスを執拗に踏み躙った後、パチパチと火花を垂らしながら姉妹の背後を彼が乾いた下駄と砂利の音を鳴らして繋いだ手を外す様に通り抜ける。
男子の名は"禪院能面"……真希真依姉妹の二歳年上の兄である。
名は体を表すとは良く言ったもので、七歳でありながらも顔だけ切り取れば大人と一瞬錯覚する程の愛想も無邪気さも微塵も無いつまらなさそうな顔をしており、髪型は雄雄しいオールバックだ。そんな能面はその黒と白が反転した感情が読み取れない目で二人を見つめる。
真希は能面を精一杯威嚇する、真依は姉の影に隠れて今にも泣きそうだ。
「な…何だよ…兄貴、気持ち悪い」
「お姉ちゃん………」
実を言うとこの二人、生まれてから今日まで兄とまともに話した事が無いのだ。勿論面識はあるのだが、自分らを出来損ないと常日頃から毒を吐く憎たらしいあの父親と、皺の数や髪型は違えど顔が限り無く似ている為、あちら側から話しかけてくる事も滅多にないので積極的に話そうと思わなかったのである。
「…………………ッ」
日が完全に沈み、能面の顔の影が更に濃くなる。辺りが彼の顔を中心に暗くなってくるようにこの時姉妹は感じていた。
「「……………」」
スッ
「手を繋ぐなぁ!!」
一度も聞いた事が無かった兄の怒号にビクッと震えて姉妹は無意識に手を離す。表情が無のまま怒気の混じった声を出してくるので余計兄に恐怖を抱いた。真依は泣き出し鼻を啜っている。
「…………そう、ありがとう……さっきは怒って能面なさい」
能面は無表情のまま頭を下げ、そのまま二人に近づく。真希は真依を傷つけまいと庇い花沢への睨みを更に効かせる。それでも能面は恐れず近づきやがて止まり、両手を前に出す。
「…………」
「…………」
「…………………
…………スッ
『『?』』
……………真希はこの手ぇ繋げ、真依はこっち。空いたもう片方の手はさっきみたいに姉妹二人で繋げ」
「「えっ?」」
体罰を与えられるものかと思っていた真希と真依は能面に呆気に取られていた。両手の貴重品を取り扱う様な手つきは、彼の鉄仮面を相対的に弱々しくおとなしい顔であると思わせる程優しく繊細であった。
二人は恐る恐る彼と姉妹の手をとる。秋の夜という事もあるが、それ以上に彼らの両手は暖かかった。真希の緊張が逸れ、真依が完全に泣き止んでしまう程に。
そんな二人を見てホッとした素振りを見せ、能面はポツリポツリと話しかける。
「真希、真依………俺たちは兄妹だ。
お前らが女で一卵性双生児の凶兆の存在……おっ
「?!…んだとてめe
『だが!』
?」
自分と妹を侮辱され殴り掛かろうとする真希に待ったをかけ、能面は続ける。
「その前にだ……お前らは俺の妹…血の繋がった家族…正直女とか双子とかどうでもいい…俺は兄としてお前らを守りたいし…俺もお前らに守って欲しい……」
能面の手を握る力が強まる。しかしそれは決して身体に痛みを与える物ではなく、傷ついた者を安心させる為の抱擁の様な物であった。
「俺は真希のために…真希は真依のために…真依は俺のために生きる……俺たちは…三人で一つだ」
この時でさえも能面の表情筋はピクリとも動かないのだが、その白い瞳には触れば思わず手を離してしまう程の熱を帯びていた。
「急ぐぞお前ら、早く帰らんとおっ父にネチネチ言われる」
「あ、あぁ……」
「………」
能面は手を話して親指で背中を指差し、ついて来いとジェスチャーを送る。その背中を姉妹は再び手を繋ぎついてくる。
「お兄ちゃんはお手々繋がなくていいのー?」
真依は目尻を擦りながら能面に問い掛ける。彼女の顔は今紅くなっているのだが、それは先程まで泣いていただけが理由ではないだろう。
「あぁ、さっきのは悪魔で儀式だ…もうだから繋がなくても俺はお前らは繋がってんだよ。心を通わせたからな」
「あっ、でも別に手を繋ぎたくない訳じゃないぞ、悪魔で歩きにくいからであっていつでもお前らと手を繋ぎたい」と補足を入れる能面。今日会ってからずっと無表情で喋りかけてくるのだから真依は吹き出しそうになる。
「………随分と急なんだな、兄貴」
真依が話し終えた所で間髪入れず真希も能面に話し掛ける。
「ん?」
「私らを守りたいだなんて…そんな事今じゃなくても言えるタイミング幾らでもあっただろ」
「無かったよ、ずっとお前ら二人一緒で俺の事距離取って避けてたじゃねーか」
「無理矢理話しかけてくれば良いじゃねぇかよ不自然過ぎんだよ兄貴は…何か企んでんのか?」
真希は未だに能面の事を信じずにいた。真顔のまま君達を守るだの俺たちは三人で一つだの宣ってくるのだ。邪推してしまうのも無理は無い。
「企んでる?はぁ?兄が妹を守るのに目的があると思うか?馬鹿じゃねぇのか真希お前マジで」
能面は仏頂面のまま、それでいてポカンとしているのだろうなと十分察せる声色で返す。心無しか堅苦しい口調も崩れている様に感じる。
「まぁ…タイミングの遅さに関しては先送りにしまくった産物だ……能面なさい」
「…………あのさ」
「何?」
「さっきからその"のうめんなさい"って何?」
そう真希が発すると徐に能面の肩がピクリと動く。能面が嬉しそうなのは身振り手振りでなんとなく理解できた。
「あぁこれはだな!実h
『"のうめんなさい"じゃなくて、"ごめんなさい"じゃないの?』
ああ!だかr
『それと確か兄貴の名前って"能面"だよな』
んっ!そうだ!だから一旦黙ってくr
『もしかして………親父ギャグ?』
………………うん」
最初こそウキウキで解説しようとした能面だが真希のつまらなさそうな顔を見て滑っているのだと薄々気付き、意気消沈しながら真希の問いに答える。
「えぇ……ガチでつまんないじゃん…」
「う、うるせぇな!お前らと距離を縮めようと考えた策だってのに!面白いだろ俺みたいな鉄仮面がこういうしょーもないギャグ使うの?!」
「しゃーもないって認めてんじゃん」
「黙れカスがァ!俺はこのギャグしょうもないって認めてる…けど!俺がこのギャグを使う状況は面白いだろって言ってんだよォ〜!ガチで理解力無ぇなこの出来損ないがよォ──ッ!」
「出来損ないって言ってくんじゃねぇ口下手!あとなんだその喋り方!」
「ヒャハハハハハハハフッ ゲホッゲッフォッグハァッ カァッ」
「笑い方汚っ」
「フッ…アハ…アハハハハ!」
三人が始めて一つとなった瞬間を、昇り行く三日月の光が彼らを照らし、大いに歓迎してくれていた。
禪院能面
術式:禪院扇と同じ刀に炎を纏う術式
趣味:一人で没頭できる物、読書や動画鑑賞とか。妹。ボクシング。
好きな物:筑前煮
嫌いな物:父親、脂っこい肉