You are my Beginning 作:コンスタンシア
【Side: 星川ほたる】
「おや、まだ寝ているかと思っていたのだけれど、今日は随分と早起きだね」
家に到着すると、庭先で家主であるカトリーヌさんに声を掛けられる。
彼女の横には手入れされた花々が綺麗に咲いていて、既にガーデニングが終わったことを物語っていた。
濡れた花びらが、やわらかな光を受けてきらきらと揺れている。
遠くで小鳥の鳴き声がして、庭全体が静かに息づいているように感じられた。
「おはようございます、カトリーヌさん。 いつもこの時間から起きているんですか?」
「いや、今日はたまたまさ。 気持ちの良い朝だったから、いつもより早く起きて、いつもより早く外の空気を吸っていたんだよ」
そう言ってカトリーヌさんは澄んだ空を見上げる。
頬を撫でる風もどこか優しくて、思わず深呼吸をしたくなる。
あおっちと通話していた時にも思ったけれど、確かに今日は凄く心地の良い天気だ。
「ほたるは……」
カトリーヌさんは私の顔を見て少しだけ驚いた顔をしてから続ける。
「ほたるも今日は早くから起きていたのかい? なんだか凄く良い顔をしているね」
「え? あ…」
私はその時初めて自分の口角が少し上がっていることに気がついた。
「はい! 私も気持ちの良い朝だったので早起きしちゃいました」
そう。 悩んでいた事を全部吹き飛ばしてくれた、とても気持ちの良い朝だったから。
「あの、カトリーヌさん! この後少し時間いいですか? キングス・ハンドの設定をもう少し聞きたくて……」
一歩踏み出して、彼女に聞く。
「構わないよ。 まだ時間はあるから……そうだね。 リビングで話そうか」
カトリーヌさんも私の意図を汲んでくれたのか、快く頷いてくれた。
「ありがとうございます!」
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カトリーヌさんと一緒にリビングへ戻り、ソファに腰をかける。
ソファの沈み込むような座り心地と、窓辺から漂うコーヒーの香りが、いつもよりも落ち着いた空気を作っていた。
私はカバンから、いつも持ち歩いている小さな手帳とボールペンを取り出し、膝の上で構える。
その様子を見たカトリーヌさんは、コーヒーカップを手にふっと笑い出した。
「あっはっは。 そこまで本格的に構えられるとは思ってなかったよ。 もっと気楽に話そうじゃないか」
「そう……ですか? 聞き逃したらいけないかなって思ったんですけど……」
キョトンとする私を見てカトリーヌさんはくすくすと笑いながら続ける。
「何もインタビューって訳じゃないんだ、気軽に聞き返してくれて構わないさ」
「それにこういうのは一人で喋るより、意見を言い合った方がより設定も固まるものさ」
カトリーヌさんの言葉に、わずかに残っていた緊張が解ける。 空気が少し軽くなったところで、彼女は話を続けた。
「さて、キングス・ハンドの話だったね。 大まかな内容は概要所に書いてある通りなのだけど、ほたるが聞きたいのはそこではなく、キングス・ハンドそのものって感じかな?」
「はい。 キングス・ハンドという敵キャラクターを私自身が深く理解できていない事に気づきました」
「自分がデザインするキャラクターのことをよく知って、その理解者になることが、良いデザインへの手がかりなのかもしれないって、今朝、友人から教えてもらったんです」
「なので、共有されている概要書に書いてある内容だけじゃない……カトリーヌさんの頭の中にあるキングス・ハンドの設定やこのゲームでの役割を聞きたいんです」
「なるほど。 だから今朝、霧が晴れたような顔をしていたのかな」
その言葉と一緒に真っ直ぐ私の目を見た彼女は、少し考えた後に言葉を続ける。
「ボクの中でのキングス・ハンドは、言ってしまえば忠誠を誓っている王の為に動く"止まることを許されなくなった王の分身"と言ったところさ」
「……王の分身……」
手帳に"王の分身"と書き留める。文字の一つ一つに、まだ実感の伴わない重みがあった。
「そう。 ほたるはこのゲームの舞台である王国"ロタルニア"の事について、どの程度把握しているのかな?」
"ロタルニア"……Utopiaのデザインをする上で共有された概要書にその名前はあった。
けれど、概要書の記憶を頭の中で思い出す限りでも"Utopiaの舞台となる滅びゆく王国"という内容しか出てこない。
「えっと、すみません。 全てが停滞し、混沌に陥った滅びゆく王国という情報しか……」
「そうか。 皆に共有していた概要書には、そこまで踏み込んだ設定は載せていなかったね」
「一旦はそこを理解できていれば大丈夫。 ただ、キングス・ハンドを理解する為には、もっと深い部分まで知る必要がある」
「…混沌に陥れたのはどんな存在だと思う?」
「話の流れで行くと王様……でしょうか?」
「そうだね。 ロタルニアの王、オーレリアン。 キングス・ハンドはこの王の家臣だ。 だからキングス・ハンドを理解する為にはオーレリアンの事も知っておかないといけない」
確かに、キングス・ハンドというキャラクターはラスボスであるオーレリアンの配下。
だとすれば、キングス・ハンドだけを知っていれば良いというわけでもない。 深いところまで理解してデザインするためには他のキャラクターとの関係性も重要になる。
頭の中の相関図が、少しずつ枝を伸ばしていくような感覚がした。
「……オーレリアンはどんな王様なんですか?」
手帳にメモを書きながら情報を集めていく。
ペン先が紙に触れる感触だけが、静かな部屋の中でやけにはっきりと伝わってくる。
「オーレリアンは"既に引き返せない理想を掲げた、動けない王"ってところかな」
(引き返せない理想……動けない王……)
頭の中で復唱する。
理想という言葉は何となく理解ができる。 けれど、"動けない"という単語が引っかかる。
ソファの背もたれに少しだけ体重を預けて、続きの言葉を待った。
「かつて大きく栄えていた王国ロタルニアは、滅亡寸前の大厄災に見舞われた。 激しい動乱の中で王は国と民を守るため自らを王都の中枢……"玉座"へと接続する」
「"玉座の力"を行使した王は国全体を"永遠に崩れない状態"へと固定した。 しかし、それは王国を"新しい命も未来も生まれることのない、完成しているけれど前には進めない楽園"へと変えてしまう事になる」
("玉座"、"崩れない状態"、"前には進めない楽園"……うぅ……概要書だけじゃ拾えなかった設定が次々に出てきて、頭が混乱しそう……)
手帳のページはあっという間に文字で埋まっていく。書き漏らさないようにと、ペンを握る手に力がこもった。
「…前には進めないという事は、永久に同じ時を過ごしているんですか?」
頭の中を整理しつつ、気になった単語を質問する。
「時間そのものが止まったわけじゃないんだ。人は歩くし、考えるし、戦う。 けれど、変化だけが行き先を失ってしまったんだ。 子供は育たず、種は芽吹かない」
「死者は玉座の力で怪物となり、死に切れない。 つまり、"昨日と違う明日へ進む"ということが、ここでは許されないのさ」
「子供は育たず、種は芽吹かず、死者は死に切れない世界……」
ということは、プレイヤーが倒す怪物は元々は同じ人間であるという事……。
さっきカトリーヌさんが説明してくれた通り、王様…オーレリアンも、そしてキングス・ハンドも元々は…。
「玉座の力を使ったオーレリアンも"玉座"に組み込まれ、彼の"理想郷"を維持する核となってしまった」
(核……これがオーレリアンの"動くことができない理由")
「核となったオーレリアンは玉座の間から動くことができない。 しかし、"王が国土に自らの意思を伝える"にはどうすればいい?」
ここまでの話を聞いた私は、その問いの答えを口にする。
不思議と、迷いなく言葉が出てくる自分に、少しだけ驚いていた。
「王の側近…王様が一番信頼を置いている存在に世界を回らせ、王様はその存在を通して世界を見る……それがキングス・ハンド……"王の分身"」
「そう。キングス・ハンドは"動けない王が世界へ触れるための、もう一つの身体"つまり、最初に言ったとおり"王の分身"ということさ」
なるほど……理想を叶え続ける為に動き続ける王の分身。
今まで上辺だけしか理解できていなかった部分が少しずつ埋まっていく…そんな感覚を覚えながら、少しだけ握る力が強くなったペンを走らせる。
「ここからはキングス・ハンドをもう少し掘り下げるとしよう」
カトリーヌさんの言葉で無意識に姿勢を正す。
「これまでの話で大方予想はついていると思うけど……キングス・ハンド、彼も元々は人間だった」
「若くしてオーレリアンの第一騎士に選ばれた、ロタルニア随一の俊英。名前はアルヴェリオ」
(アルヴェリオ……)
私はその名前を、手帳に丁寧になぞるように書き加えていく。
「彼はとても強く、勇敢で、そして誰よりも王に強い忠誠を誓っていた」
「大厄災の時には、王都の外に残された民を救済していたんだ。 しかし、忠誠を誓った"王の言葉"を国の隅々まで届ける為に名を捨て、"キングス・ハンド"となった」
カトリーヌさんはここで言葉を切り、一呼吸おいて言葉を続ける。
「そして、このキングス・ハンドとはゲーム中で三度戦うことになる。 …けれど、三度とも同じ意味の戦いじゃない」
「一度目は、王命を告げる壁として現れる。 プレイヤーには、まず畏怖を覚えてもらいたいんだ」
「そして、二度目。 王命に背いた者を追う執行者だ。どこまで逃げても追ってくる、王の影として」
「三度目は、オーレリアンの前に残った最後の近衛騎士として戦う事になる」
三度、プレイヤーの前に立ちはだかるキングス・ハンドを、頭の中で思い浮かべてみる。
1度目の戦闘ではただの強いボスキャラだった敵が、バックグラウンドを知っていくにつれて印象深いボスになっていく…そんなイメージが容易に想像できた。
「その時には、もう単なる怪物とは思ってほしくない。 一人の騎士として敬意を抱き、できることなら倒したくないと思ってほしいんだ」
「敵として対峙していても倒したくはないって思わせるキャラクター……ということでしょうか」
「うん、その認識であっているよ。 出来ることなら倒したくはない。 しかし、それでも彼を倒さなければ王のもとへは進めない。それが三度目の戦いだよ」
カトリーヌさんの思い描く、三度の戦闘。
以前、彼女が言っていた"ラスボスではないが、この作品の顔"という意味が今はっきりと理解できた気がした。
けれど、それと同時にある疑問が頭に浮かぶ。
「……今の戦闘の話やアルヴェリオの時の話を聞くと、悪に振り切ったキャラクターというわけではなく、本質的には善人ってイメージですよね?」
そう。今の話を聞く限りでは"キングス・ハンドは悪人ではなく、王に忠誠を誓う善人"ではないだろうか?という疑問だった。
そんな私の問いにカトリーヌさんは「そうだね」と肯定して続ける。
「彼は今も善人だよ。そこは変わっていない。 ただし、善人が正しいことをするとは限らない」
「彼の忠誠心が強ければ強いほど、間違った王命をより確実に遂行してしまう」
「オーレリアンは自分の"理想郷"を維持する為、変わらず王命を出し続けている。 それを遂行するキングス・ハンドもまた変わらずそれに従い続けているんだ」
「王様も悪人ではない筈…どこかで"理想郷の破綻"に気付くことはなかったんですか?」
カトリーヌさんは少しだけ視線を落とし、言葉を選ぶようにゆっくりと息を吐いた。
「ロタルニアを固定してから既に数百年が経過している」
「今、玉座の力を解除すれば、止められていた老い、腐敗、崩壊、死が一度に押し寄せてしまう可能性がある」
「オーレリアンは、自分の選択が理想郷を牢獄へ変えたと理解している。 だが、引き返せば民が一斉に死ぬかもしれない。 だからこそ、彼は理想郷を維持し続けるしかないと判断した」
「これが"引き返せない理想を掲げた、動けない王"たる所以だよ」
「そして、キングス・ハンドにも自我はある。 しかし、王命には逆らえない。 彼に残された自由は"命令をどう実行するか選ぶこと"だけ」
「キングス・ハンドは、善性を失った怪物ではなく、善性を残したまま怪物の役割を果たしている。 という見方もできるのさ」
言葉を失ったまま、私はしばらくカトリーヌさんの顔を見つめていた。
「……なんだか、悲劇的なキャラクター達…ですね」
「そう。 彼らの物語は悲しいんだ」
「……このUtopiaは、"主人公が敵を撃ち倒してハッピーエンド"という簡単な話にはしたくない」
「どちらの側にも正義があり、どちらの側にも悪がある。 見方を変えれば"本当に自分たちがやっている事は正しいのか?"を問いかけるゲームにしたいとボクは思ってる」
「だからこそ、ラスボスであるオーレリアンがやった事も全てが悪という訳じゃない。 彼らから見たらそれは正義にも映ったのかもしれない。そういうことさ」
手帳を持つ手を、そっと膝の上に下ろす。書き込んだ文字の量が、今聞いた話の壮大さをそのまま表しているようだった。
カトリーヌさんの言葉の余韻に浸っていると、2階から物音が聞こえてくる。
リビングの時計を見ると、普段私たちが起床する時間。つまり、2階の物音は八神さんとソフィーちゃんのもの。
「丁度いいタイミングだね。 ほたる、朝食の準備を手伝ってくれるかい?」
「あ、はい! カトリーヌさん、あの……ありがとうございました」
私はカトリーヌさんへ勢いよく頭を下げる。
「いいさ。 それよりもボクの話はヒントになったかな?」
「はい! 概要書だけでは、キングス・ハンドの背景をここまで理解できていなかったので、お話、聞けて良かったです」
「はは、それは良かった。 じゃあ、ほたるの描くキングス・ハンドを楽しみにしているよ」
「はい。 楽しみにしていてください!」
"楽しみにしていてください"
昨日までの私なら絶対に出なかった……出せなかった言葉。
でも今はその言葉が口から自然と溢れ出た。強がりでも、虚勢でもなく、カトリーヌさんから貰った言葉を絵で表現したい。
私はそんな気持ちを抱えながら、カトリーヌさんの後を追った。
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「あれ? ほたる、もう会社行くの?」
朝食を食べて直ぐ外へ出ようとする私に気がついた八神さんの声。
「はい。 キングス・ハンド、もう少し頑張りたいなって思ったので…」
「……そっか。 でも、あまり根は詰めすぎないように」
「はい! ありがとうございます!」
八神さんのフッと軽く笑う声と言葉に押されて、私は少しだけ早い出社をする。
静かな石畳を踏みしめながら、いつもより早いオフィスへの道を急いだ。
歩きながら、今朝聞いた言葉と、これまで貰った言葉が、頭の中で静かに重なっていく。
――『このキャラクターを誰に、どうやって届けようとして描いてる?』
八神さんに言われた言葉。言われた時はわからなかったけれど今ならわかる。
――『Utopiaで動いているイメージが浮かんでこない』
カトリーヌさんに言われた言葉。その言葉にはディレクターとしての目線でのフィードバックがあったと思う。
――『そのキャラクターの良さがわからないとデザインできないでしょ?』
あおっちから貰った言葉。渡された概要だけの情報に踊らされすぎてた。もっと描く対象を深く知るべきだったんだ。
――『大きなゲームは1人じゃ作れない。 デザインはゴールじゃなくて、チームに渡す最初のバトンなんだよ』
ありがとう裕也くん。君の言葉で"皆で1つの作品を作る"という事を思い出すことができた。
皆のくれた言葉、支えてくれた言葉でもう一度、キャンバスに挑みたい。
そして次こそは、カトリーヌさんの思い描くキングス・ハンドをUtopiaで動かすための、最初のバトンになるデザインを描くんだ。
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まだ誰もいないオフィス。
早朝の静けさが、フロア全体を薄く覆っていた。
私は自席のPCの電源を入れて、ドローイングソフトを立ち上げる。
昨日の午後に新しく作ったプロジェクトファイル。その中のキャンバスは昨日と同じで白いまま。
あれから描けなかった……けれど、今ならきっと。
「ただいま。 ……昨日は、何も描けなくてごめんね」
「でも今度こそ、キングス・ハンドを描いてみせるから」
深呼吸をしてから、タブレットの中のキャンバスに語りかける。 私以外誰もいないオフィスの静寂にその言葉が飲み込まれていく。
迷いもなく、ゆっくりと、線を引き始める。
ペン先が画面に触れるたび、これまで聞いた言葉の一つ一つが指先に流れ込んでくるような感覚がした。
昨日までとは違う、迷いのない線が画面の上に伸びていく。
カトリーヌさんから聞いたキングス・ハンドの設定と、その生き様を私のデザインに落とし込む。
そして、私以外の誰が受け取っても、"同じキングス・ハンド"を想像できるようにする。
――『止まることを許されなくなった王の分身さ』
止まることが許されない……。言葉から連想するのは人間のような二足歩行ではなく、もっと衝動的で勢いのあるイメージ……そう、例えば四足歩行のような……。
四足歩行の動物の化身?……違う。
――『若くしてオーレリアンの第一騎士に選ばれた、ロタルニア随一の俊英。名前はアルヴェリオ』
キングス・ハンドは元々、アルヴェリオという誉れ高い近衛騎士だった。 ただの獣に見えてしまったら、アルヴェリオだった頃の尊厳が消えてしまう。
もっと荘厳で、畏敬・畏怖される存在に昇華させてあげるんだ。
――『"王の言葉"を国の隅々まで届ける為に名を捨て、"キングス・ハンド"となった』
…そうか。 騎士と、その騎士を戦場へ運ぶ戦馬。
その二つが最初から一体だったような姿にすれば、彼が"王の分身"であると同時に"王の足"でもあるという事を表現できるかもしれない。
ただ馬に乗った騎士ではなく、一つの身体として国土を駆け続ける存在。
近衛騎士……騎士という単語で連想されるのは甲冑を着た勇敢な戦士。 そして、彼が乗る戦馬……。
「……ケンタウロス…」
馬の四足歩行と騎士の上半身を合体させてみよう。
ケンタウロスがモチーフだけど、野生的や動物的ではなく、荘厳さを全面に押し出したデザインにしよう。
背中には、近衛騎士のマントを思わせる大きな装甲を置きたい。閉じている時は外套に、開いた時は翼に見えるような形にできないかな。
王命に従い続ける、忠誠心と近衛騎士のような強さと恐怖感をもった姿。 そして王の側近としての誇りを身に纏う整然とした佇まい。
カトリーヌさんから聞いた設定を自分なりに解釈する事で自分でも信じられないくらい、次々とアイディアが浮かんできた。
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一通り案を描き切った私は改めてキャンバスを見る。 アイディアを詰め込みすぎたせいか、自分で見てもかなりごちゃごちゃしたデザイン。
画面いっぱいに広がった線を見て、思わず苦笑がこぼれる。
「ちょっとやりすぎちゃった……ここからデザインを削っていこうかな」
その時、ふと裕也くんの言葉を思い出す。
――『キングス・ハンド戦は展開の違う2つの曲で構成する予定なんだ』
「展開の違う2つの曲……その後に確か、同じ戦いでも音楽の表情が変わるって言ってた」
そして、今朝聞いたカトリーヌさんの言葉が重なる。
――『一度目は、王命を告げる壁として現れる。 プレイヤーには、まず畏怖を覚えてもらいたいんだ』
――『そして二度目。 王命に背いた者を追う執行者だ。どこまで逃げても追ってくる、王の影として』
――『三度目は、オーレリアンの前に残った最後の近衛騎士として戦う事になる』
(音楽の表情が変わるのは、三度の戦いで、キングス・ハンドの意味が変わっていくから……?)
(…もし、そうだったとしたら、姿も最初から最後まで同じである必要はない…)
「戦闘に応じてデザインも変化したら、このキングス・ハンドはもっと魅力的になる…」
「ッ!」
もう一度、私はキャンバスにペンを走らせる。
乱雑だった線の中から、必要なものだけを拾い上げていく。
全部を削る必要はない。けれど、全部を最初から見せる必要もないんだ。
戦う段階ごとに、プレイヤーへ見せる情報を分ければいい。そして、デザイン自体を変えていけばいいんだ。
(……ッ)
最初はもっと閉鎖的なイメージにしよう。
王命を告げ、これ以上先へ進むことを許さない、巨大な壁。
脚回りも最初は長い垂れ装甲で可動域が見えないようにして、得体の知れない感じを出したい。
翼の装甲は閉じて、マントのように見せ、最初であっても騎士としての儀礼感は出そう。
次の変化で騎士としての荘厳だけじゃなくて、ラスボスであるオーレリアンの側近らしく、より執行者らしく見えるデザインに。
この形態から王国の紋章が見えてくるといいかな。
王の側近であり、誇り高い騎士である事をプレイヤーにもわかってもらいたいから、前の形態で見えかけていた紋章を完全に露出させよう。
脚周りの装甲や翼が完全に展開して、デザイン自体のシルエットを大きく変えたい……。
最終形態は、キングス・ハンドの全てを解き放った姿。
けれど、王命から解放されたわけじゃない。
プレイヤーを止めるという目的は、最後まで変えることができない。
それでも、どう戦うかだけは、アルヴェリオ自身が選べる。
だから最後は、王の道具として襲いかかるのではなく、一人の騎士としてプレイヤーを認め、自ら決闘を挑む姿にしたい。
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それから三日後。
三度の戦闘を通じて姿を変える、キングス・ハンドの核となるデザインがようやく形になった。
けれど、これだけではまだ"私の中の絵"に過ぎない。
何度も画面を睨みながら、カトリーヌさんに聞いた言葉を一つずつ確かめるように、線を引き直していく。
正面、側面、背面。
装甲がどこを支点に開き、どの形態で何が露出するのか。
誰が受け取っても同じキングス・ハンドを想像できるように、一つずつ整理していく。
手帳に書き留めたメモを何度も見返しながら、抜け落ちた部分がないかを確かめていく。
描いては直し、直しては見返す。 その積み重ねが、少しずつボードの形になっていった。
気づけば、窓の外の景色は昼から夕方へ、そしてまた朝へと、何度も色を変えていた。
時折、頭の中でカトリーヌさんの声が蘇る。悲劇を背負ったまま、それでも王に従い続ける騎士。倒したくないと思わせたい、その一心で線を選び直した。
――そうして一週間後。
私はようやく、キングス・ハンドのデザインボードを完成させた。
描き上げたボードを画面に並べて、改めて全体を見渡す。荘厳な佇まいの王の分身が、三つの姿へと変わっていく。
そのどれもが、今の私が一番納得できる。"キングス・ハンド" だった。