もしも、ロキファミリアに闇深系少女が入ったら。   作:匿名。

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第17話

 南区画の掃討戦が終わりを迎えようとしている中、血の海と化した廃墟の中心で、フィン・ディムナは自身の愛槍についた血糊を静かに振り払っていた。

 

 (……終わったか)

 

 逃げ惑う闇派閥(イヴィルス)の悲鳴が遠ざかり、代わりにオラリオの各所から、生き残った冒険者たちの勝鬨が上がり始めている。

 

 フィンは、燃え盛る市街地を見渡し、今回自らが指揮した「戦い」について深く静かに振り返っていた。

 

 ギルドの地下牢に囚われていた闇派閥の囚人たちを、物理的な『餌』として砦に配置し、敵の戦力を誘引して爆殺する。そして、自軍の手で血の海を作り、モンスターのヘイトをコントロールして同士討ちを誘発させる。

 

 それは、英雄や勇者と呼ばれる者が決して選んではならない手段だったのかもしれない。

 

 この狂気に満ちた作戦の全貌を知っていたのは、ごくわずかな者たちだけだ。

 

 危険な殿任務だと、すべてを伝えた上で自ら志願してくれた各ファミリアの老兵たち。

 

 空から工作と合図を送ったヘルメス・ファミリアの団長、アスフィ。

 

 アスフィの指揮のもと、闇派閥を効率的に殺すために動いた、信頼をおける数人のヘルメスファミリアの団員達。

 

 囚人の移送を秘密裏に手配したギルドの職員、ロイマン。

 

 そして、黙認した数柱の神々のみ。

 

 (当然だ。……こんな作戦が公になれば、冒険者の『正義』は根底から揺らぐ)

 

 事実、この非道な罠は盤上で完璧に機能し、オラリオの数多の冒険者と、何万という一般市民の命を救うという最大の結果に貢献した。

 

 だが、どれほど大義があろうとも、命を単なる「囮」として使い潰すこの作戦に対し、強烈な忌避感を抱く者は必ずいる。誰よりも光り輝く勇者であろうとした、フィン自身が当初そうであったように。

 

 フィンは、自らの両手を見つめた。

 

 手袋は敵の返り血で赤黒く染まり、もはやかつての『穢れなきパルゥムの光』の面影はない。

 

 (だが、僕はもう、泥を被ると決めたのだ)

 

 フィンの碧眼に、かつてないほどの強く、重い決意の炎が宿る。

 

 ――『隻眼の黒竜』を討伐を目指す。

 

 あの時、ヘディンとフィーナが突きつけてきた現実。人類最大の絶望を打ち払うという至高の目的のためには、今回のような都市内での大抗争で、有望な冒険者たちを無駄に失うわけには絶対にいかなかったのだ。

 

 一人の犠牲も出さない綺麗な戦い方では、億の命は救えない。黒竜戦という真の絶望に立ち向かうための『数』を残せない。

 

 ヘディンは言った。歴史を作るのは勝者だと。

 

 もし、人類の悲願である黒竜討伐を成し遂げることができれば、その者は誰しもが認める『本物の英雄』となる。

 

 それも、しがない小人族(パルゥム)である自分が、その最終決戦で総指揮を務め、勝利へと導いたとなればどうなるか。

 

 自分は名実ともに、永遠に語り継がれる『パルゥムの光』となる。失われた聖女フィアナの誇りを取り戻し、同胞である一族の真の復興すら成し得るだろう。

 

 (綺麗事で飾られた、作られた勇者の偶像は、今日で終わりだ)

 

 血の匂いが立ち込める戦場の中央で。

 

 フィン・ディムナは、誰にも気付かれることなく、重い罪と泥を背負って歩む『本当の英雄』になることを、この日、この瞬間に固く決意したのだった。

 

 「――オォォォォォォォォォォッ!!!!」

 

 フィンの思考を現実に引き戻したのは、都市の中央、バベルの方角から沸き起こった地鳴りのような大歓声だった。

 

 それは、ザルドが討ち取られた時の勝鬨とはまた違う。

 

 地下迷宮(ダンジョン)での死闘を終え、生還してきた精鋭たちを迎え入れる、安堵と熱狂の渦だ。

 

 「……帰ってきたか」

 

 フィンは口元に微かな笑みを浮かべ、バベルの広場へと向かった。

 

 そこには、地下18階層へ送り込んだ五人の精鋭たちが、地上の光を浴びて凱旋を果たしている姿があった。

 

 だが、その五人の様子は、死地を潜り抜けてきた英雄のそれとは、少々(いや、かなり)異なっていた。

 

 「あぁ……私は、フィンに何と報告すればいいのだ……。いや、ギルドには? 神々にはどう言い訳をすれば……」

 

 広場の中心で、ハイエルフの王族であるはずのリヴェリアが、頭を抱えてこの世の終わりのような声で呻いている。その姿は、高貴さなど微塵もなく、ただ特大の胃痛に悩まされる中間管理職そのものだった。

 

 「……リヴェリア様、お気を確かに。事ここに至っては、あのパルゥムに全てを丸投げするしかありません」

 

 その隣には、普段の傲慢さはどこへやら、リヴェリアの苦悩にひどく同情し、甲斐甲斐しく付き添って慰めている白エルフ、ヘディンの姿があった。

 

 「ひぃぃ、俺はどうすればいいんだ! まわりの奴らは、俺たちのすぐ横に連れてきちゃいけない爆弾(ラスボス)がいることに気づいていない! 闇の波動が……隠しきれない破滅のオーラが暴走しそうだァ!」

 

 ヘグニに至っては、完全にパニックを起こして周囲をウロウロと徘徊している。

 

 彼らがそこまで追い詰められている原因は、広場のど真ん中で繰り広げられている、あまりにもシュールな光景にあった。

 

 「ねえねえ、早く稽古しよ?剣を教えて。あのすごい速いやつ」

 

 「……ええい、見えないのをいいことに服を引っ張るな小娘! まずは休ませろ!」

 

 アイズ・ヴァレンシュタインは、新しい、それも最高に面白いおもちゃを見つけた子供のように目をキラキラと輝かせ、**『何もない空間』**に向かって一生懸命に話しかけ、見えない衣服を引っ張っていたのだ。

 

 アスフィが製作しフィンが事前に渡していた魔道具『透明化の布』。

 

 それをすっぽりと被り、周囲の冒険者たちから完全に姿を隠している『静寂のアルフィア』に向かって。

 

 「ふふっ、アイズ、焦っちゃだめですよ。先にロキ様のところに戻らないと」

 

 その横では、銀髪の少女、フィーナが『何もない空間』に向かって微笑みかけていた。

 

 死闘の果てにボロボロになっていたはずの彼女だが、自身の規格外の魔法で完璧に回復したのか、その顔には疲労の色すらない。

 

 何より、彼女が纏っていた「復讐の呪縛」は完全に氷解し、虚空とじゃれ合うアイズの無邪気な姿をただ愛おしそうに見守る、心からの優しい表情を浮かべていた。

 

 「……まったく、何があったのやら」

 

 遠目からその光景を見たフィンは、苦笑しながら肩をすくめた。

 

 オラリオを焼き尽くさんとした史上最悪の『大抗争』。

 

 多くの犠牲を払い、自分自身も泥を被る覚悟を決めながらも、冒険者たちはこの日、確かに絶望を退けたのだ。

 

 青空に向かって、終わりの見えない歓声が響き渡る。

 

 ここに、冒険者陣営の『完全勝利』が、歴史に深く刻まれたのであった。

 

その日の夜。

 

 オラリオは、数日間にわたる恐怖と死の影を完全に払拭し、かつての熱気――いや、それ以上に爆発的で、希望に満ちた賑やかな熱気を取り戻していた。

 

 「乾杯だァァァッ!! オラリオの冒険者どもに!!」

 

 「生きてるって最高だぜェェッ!」

 

 大通りには仮建の無数の屋台が立ち並び、市民と冒険者の垣根を越えた、文字通り都市を挙げての『大祝勝会(お祭り)』が開催されていた。

 

 つい先日まで冒険者に石を投げていた市民たちも、彼らが命を賭して自分たちを守り抜いてくれた事実を前に、涙を流して感謝し、酒を振る舞っている。

 

 無論、宴の裏側で戦い続けている者たちもいた。

 

 「怪我人をこちらへ! まだまだポーションが足りないわよ!」

 

 「 次の患者を通せ!」

 

 ディアン・ケヒトやミアハ・ファミリアを中心とした治療院は、野戦病院と化していた。

 

 怪我人の数は膨大であり、ヒーラーたちは休む暇もない。だが、各ファミリアから「手が空いている者は包帯巻きでもいいから手伝え」と応援が多数駆けつけたことで、医療崩壊という最悪の事態だけは免れていた。

 

 誰もが、自分のできることで、この都市の勝利と再生を支えようとしていたのだ。

 

 一方、ロキ・ファミリアの本拠地『黄昏の館』。

 

 「……みんな、よくやってくれた!」

 

 エントランスホールに集まった大勢の団員たちを見渡し、フィンが声を張り上げた。

 

 「多くの犠牲が出た。悲しい別れもあった。……だが、君たちの奮闘がなければ、このオラリオは確実に地図から消えていた。誇ってくれ。これは紛れもなく、僕たちロキ・ファミリアの……いや、オラリオの冒険者全員の勝利だ!」

 

 「「「ウオォォォォォォォォォッ!!!!」」」

 

 館を揺るがすような大歓声が上がる。

 

 「今日は無礼講だ。怪我をしていない者は、街の祭りで思う存分、勝利の美酒に酔いしれてくれ!」

 

 フィンの粋な計らいに、血と汗に塗れた団員たちは歓喜の声を上げ、夜の街へと繰り出していった。

 

 その喧騒を見送りながら、リヴェリアは重い足取りでフィンに近づいた。

 

 「……フィン。話がある」

 

 「だろうね」

 

 フィンは、ひどく思い詰めた顔のハイエルフを見て、苦笑した。

 

 「あまり、他の団員には聞かせられない話かな?」

 

 「ああ。……正直に言おう。私一人では、到底抱えきれん」

 

 かくして、祭りの喧騒から隔離されたロキの私室へと、一部の『首脳陣』が集められることとなった。

 

 ロキの私室。

 

 集まったのは、フィン、リヴェリア、ガレスの首脳陣三人。そして主神のロキ。

 

 中央には、銀髪の少女フィーナと、黄金の剣士アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

 そして――アイズの隣に立つ、透明化の布を被った『見えない誰か』。

 

 「……で? 何やねん、そのもったいぶった空気は」

 

 ロキが、ソファーにふんぞり返りながら、不審そうに眉をひそめる。

 

 「リヴェリアのオカンが、胃薬十本くらい一気飲みしたみたいな顔しとるけど。地下で何拾ってきたんや?」

 

 ガレスもまた、立派な髭をさすりながら腕を組んでいる。

 

 「わしは北の防衛におったからな。地下で何があったかは知らんが……ただ事ではなさそうじゃのう」

 

 フィンが、優しく、しかし確かな警戒を含んだ声で尋ねた。

 

 「どうしたんだい、リヴェリア。……いや、フィーナとアイズ、君たちから説明してくれるかな?」

 

 「はいっ!」

 

 フィンに促され、フィーナは元気よく一歩前に出た。

 

 そして、アイズの隣にある「見えない布」の端を両手で掴み、満面の笑みで宣言した。

 

 「じゃじゃーん! なんと、ここにいるのは……私たちの『生きた経験値』こと、アルフィアさんです!!」

 

 バサッ!!

 

 布が取り払われ、そこから姿を現したのは。

 

 つい数時間前まで、オラリオ全土を恐怖の底に叩き落としていた、最大最悪のテロリストの首魁。

 

 『静寂』のアルフィア、その人であった。

 

 「……ん。私たちの経験値」

 

 アイズが、アルフィアのローブの裾を握りながら、真顔でこくこくと頷く。

 

 「…………は?」

 

 ロキの朱色の瞳が、限界まで見開かれた。

 

 「お、おい……嘘じゃろ?」

 

 ガレスの顎が外れんばかりに下がり、手から酒瓶が滑り落ちた。

 

 常に冷静なフィンでさえ、目を丸くして完全に固まっていた。

 

 沈黙。

 

 完全なる、そして致命的な沈黙がロキの私室を支配した。

 

 (……やっぱり、そうなるよな…)

 

 リヴェリアは、頭を抱えてしゃがみ込みたい衝動を必死に堪えていた。

 

 つい先ほどまで殺し合っていた、それも自分たちのファミリアを半壊させた敵の親玉が、事もあろうに「うちの眷属が連れ帰ってきました」と紹介されているのだ。正気の沙汰ではない。

 

 「えっと……すまない、これはどういうことかな? もう一度、説明してくれるかい? 二人とも」

 

 数秒後、ようやく再起動したフィンが、引きつった笑顔のまま、震える声でフィーナたちに問いかけた。

 

 「……いや、僕の目がおかしくなったのかもしれない。そこにいるのは、あの『静寂』のアルフィアに見えるんだが……?」

 

 「はい! アルフィアさんです!」

 

 フィーナが無邪気に頷く。

 

 「私とアイズで、最後の一撃を入れました。でも、死んで経験値(すうじ)になるだけじゃもったいないので、生きたまま経験値を教えてもらうことになったんです!」

 

 「……経験値を、生きたまま……?」

 

 ガレスがうわ言のように繰り返す。

 

 「おいおいおいおい待て待て待てェェェッ!!」

 

 ついにロキが爆発し、ソファーから飛び上がった。

 

 「なんやそれ!? どういう理屈やねん! ペット拾ってきたみたいなノリで言うなや! こいつ、オラリオを火の海にした張本人やぞ!?」

 

 「……騒々しい神だ」

 

 ロキの絶叫を遮るように、アルフィアが静かに口を開いた。

 

 彼女は、血濡れたローブから真新しいものに着替えてはいたが、その存在が放つ「強者の気配」は全く衰えていない。

 

 「そういうことだ。……私が病で死ぬまで、その二人の娘たちの稽古をつけてやることになった」

 

 アルフィアは、フィンとロキを見据え、ひどく淡々とした声で告げた。

 

 「それだけだ。当分、世話になる」

 

 「……世話になる、だと!?」

 

 ガレスが大斧に手をかけようとするが、アルフィアは全く動じない。

 

 「ふざけんなァ! どの面下げて言うとんねん!」

 

 ロキがアルフィアに掴みかかろうとするが、それをフィンが片手で制止した。

 

 「……待ってくれ、ロキ。ガレスも武器を下ろして」

 

 フィンは、親指の腹を噛みながら、高速で思考を回転させていた。

 

 目の前のアルフィアからは、殺気も、敵意も感じられない。あるのは、すべてを諦めたような、あるいは奇妙なほど憑き物が落ちたような、凪いだ気配だけ。

 

 「……リヴェリア」

 

 フィンは、胃を押さえているハイエルフを振り返った。

 

 「君がついていながら……いや、だからこそ、君がこの状況を『許容』したのには、何か深い理由があるんだね?」

 

 「……すまない、フィン。許容したわけではない。私にも、止めることができなかったのだ」

 

 リヴェリアは深くため息をつき、地下18階層で何があったのかを語り始めた。

 

 命を削って彼女たちを鍛えようとしたアルフィアの真意と……それを「生きた経験値」として拾い上げた、二人の少女の無茶苦茶な決断を。

 

 「……ということだ」

 

 リヴェリアは、まるで長年患っていた持病を告白するかのような、ひどく重く、疲労しきった声で、地下18階層での顛末を語り終えた。

 

 フィーナの愛の深さで強度を増す、理不尽なまでの防御魔法。

 

 アイズが顕現させた、黒い風による『復讐姫(アヴェンジャー)』の圧倒的な破壊力。

 

 死を覚悟したアルフィアが放った魔法『聖鐘楼(ジェノス・アンジェラス)』と、それを正面から受け止め、大人三人の命を強引に現世へ引き戻したフィーナの全癒魔法。

 

 そして――最後に少女たちが、アルフィアに引導を渡すのではなく、「生きて経験値になれ」と命じた、狂気とも取れる交渉の全てを。

 

 「……」

 

 「……」

 

 話を聞き終えたロキとガレスは、完全に言葉を失っていた。

 

 フィンもまた、腕を組んだまま、静かに目を閉じて思考の海に沈んでいる。

 

 「……あんたら、ほんまに無茶苦茶やりよるな」

 

 やがて、ロキが重い沈黙を破り、深い深い溜息をついた。

 

 「リヴェリアのオカンが胃に穴開けそうになっとる理由が、よぉーく分かったわ。……そら、こんな特大の爆弾(ラスボス)、普通は連れて帰ってこられへん」

 

 「止めたのだぞ、私は!」

 

 リヴェリアがたまらず声を荒げた。

 

 「だが、この二人が……! 特にアイズが、絶対に引かなかったのだ! それに、アルフィア自身もこの子たちの熱意に絆(ほだ)されて、すっかりその気になってしまって……! 私と、フレイヤの所のヘディンが束になっても、この三人の謎の結束を止めることなど不可能だった!」

 

 「わしでも止めるのは無理じゃろうな、それは……」

 

 ガレスが、リヴェリアの背中をポンポンと叩きながら、ひどく同情したような声を漏らす。

 

 「せやけどな、フィーナたん」

 

 ふと。

 

 ロキが、いつもは閉じている朱色の瞳をカッと見開き、真っ直ぐにフィーナを射抜いた。

 

 神の威圧。一切の嘘を見透かす、神意の眼差し。

 

 「ウチは、あんたのことがよう分からん」

 

 ロキの声音から、いつものおちゃらけた響きが消え失せていた。

 

 「あんた、闇派閥(イヴィルス)に両親を殺されて、あれだけ奴らを憎んどったやないか。復讐のために強くなるって、そう誓ってファルナを受けたはずや。……なのに、なんでこいつ(アルフィア)はええんや? こいつは、その憎き闇派閥のトップやぞ?」

 

 その鋭い問いかけに、部屋の空気が凍りついた。

 

 ガレスもリヴェリアも、息を呑んでフィーナの答えを待つ。

 

 神の眼差しを一身に浴びながらも、フィーナは一切の怯みを見せず、静かに口を開いた。

 

 「……闇派閥のことは、今でも憎いです。決して許すことはできません」

 

 フィーナの声は、氷のように冷たく、そして澄み切っていた。

 

 「でも……彼女(アルフィア)がしようとしていた『本当の目的』を知ってしまったから。黒竜という絶対の絶望に対抗するため、英雄を人為的に生み出そうとしていたという、その悲壮な覚悟を知ってしまったから……私は、彼女の全てを『ただの悪』だと断じ切ることができなかったんです」

 

 フィーナは、隣に立つアイズの手を、ぎゅっと握りしめた。

 

 アイズもまた、フィーナの手に力を込めて握り返す。

 

 「そして何より……私にとって一番大切なのは、私の復讐心を満たすことじゃありません」

 

 フィーナの瞳に、揺るぎない熱が宿る。

 

 「私の最愛の少女(アイズ)が持つ、絶対に叶えたい『願い』。……黒竜を討ち果たすこと。それを叶えるためには、アルフィアさんの力が必要だと判断したからです」

 

 「……復讐よりも、アイズたんの願いの方が大事やっちゅうんか?」

 

 ロキが問う。

 

 「はい。復讐なんて、二の次です」

 

 フィーナは即答した。迷いは一ミリもなかった。

 

 「アイズの願いを叶えること。アイズがもう二度と、一人で泣かなくて済む世界を作ること。……それが、私のやりたい事の全てです。その最短の道筋が、かつて黒竜と戦い、前衛職でもないのに第一級冒険者を凌駕する技術を持つ彼女(アルフィア)から、生きた情報を引き出し、稽古をつけてもらうことでした」

 

 さらに、フィーナは言葉を重ねる。

 

 「それに……黒竜を倒さなければ、いずれ下界は滅びます。私の個人的な復讐心を満たすために、彼女をここで殺して……その結果、何億もの命を犠牲にすることなんて、私にはできません」

 

 「…………」

 

 ロキは、息を止めてフィーナを見つめていた。

 

 神の眼は、彼女の言葉に『一切の嘘がない』ことを完璧に見抜いていた。

 

 自己正当化でも、建前でもない。

 

 ただ一人の少女を愛し、その少女の願いを叶えるためなら、自身の復讐心すらもあっさりと投げ捨てる、あまりにも深く、純粋で、狂気的なまでの『献身』。

 

 「……あんた、ほんまに下界の子か?」

 

 ロキが、畏怖すら混じった声で呟いた。 

 

 「憎しみを超えて、愛のために最適解を選ぶ。……神(ウチら)でも、なかなかできへん業(ごう)やで、それ」

 

 その言葉に、リヴェリアもガレスも驚愕の表情を浮かべた。

 

 「……」

 

 「……ふん」

 

 そこで、ずっと沈黙を保っていたアルフィアが、薄く笑みを浮かべた。

 

 「神が驚くのも無理はない。私も、この娘の精神と献身には底知れぬものを感じた。」

 

 アルフィアは、フィーナとアイズを見下ろし、どこか誇らしげに目を細めた。

 

 「だからこそ、私もこの道を選んだことが『間違いではなかった』と思える。……この娘たちならば、本当に黒竜を討ち果たせるとな」

 

 部屋の空気が、少しだけ柔らかくなった。

 

 だが、フィーナの言葉はまだ終わっていなかった。彼女は、静かに視線を移し、今まで黙って話を聞いていた小人族(パルゥム)の団長を真っ直ぐに見据えた。

 

 「私は……アイズと一緒に、黒竜を倒します」

 

 フィーナの宣誓。それは、オラリオの冒険者であれば誰もが恐れる三大クエストの最終地点への挑戦状。

 

 「そのためには、どうしてもアルフィアさんの力が、経験が必須なんです。……フィン団長、あなたは反対ですか?」

 

 その真っ直ぐな問いかけに、フィンはふっと息を吐き、壁に背を預けていた体を起こした。

 

 「……まいったな」

 

 フィンは、自嘲するように笑った。

 

 「まさか、君たちのような若い世代に、先を越されるとは思わなかったよ」

 

 「フィン?」

 

 リヴェリアが、フィンの纏う気配の変化に気づき、いぶかしげに眉を寄せる。

 

 「僕もね……黒竜を倒す。そう、決意したんだ」

 

 「「「!?」」」

 

 フィン・ディムナのその一言は、フィーナの爆弾発言にも劣らないほどの衝撃を持って、ロキ、リヴェリア、ガレスの三人を打ちのめした。

 

 「ふぃ、フィン……お前、今なんと……?」 

 

 ガレスが信じられないという顔で身を乗り出す。

 

 「驚くのも無理はないね」

 

 フィンは、自らの両手を見つめ、ゆっくりと語り始めた。

 

 「僕は今まで、『パルゥムの光』という偶像を演じてきたに過ぎない。一族を導くために、名声を集め、常に正しく、穢れのない『作られた勇者』であろうとしてきた」

 

 フィンは顔を上げ、かつてないほど熱を帯びた碧眼で、古き友たちを見渡した。

 

 「だが、今日の戦いで……僕は泥を被った。綺麗事だけでは世界は救えないと思い知った」

 

 闇派閥の囚人を餌にしたこと。その非情な決断。

 

 「本当の勇者とは……真の英雄とは、そんな偶像ではない。人類最大の絶望である『黒竜』を打ち倒し、世界を救った者だけが至る境地だ。……もし、パルゥムの僕が総指揮を執り、それを成し遂げたとなれば、どうなる?」

 

 フィンの言葉に、リヴェリアがハッと息を呑む。

 

 「お前は……黒竜討伐という絶対の『結果』をもって、一族の復興を成し遂げるつもりか……!」

 

 「そういうことだ」

 

 フィンは力強く頷いた。

 

 「だから、フィーナ。君たちの提案を『認める』。黒竜を倒すという至高の目的のためなら、かつての敵であろうと、信用できるなら、その知識と技術は喉から手が出るほど欲しい。……僕も、本物の英雄になるためにね」

 

 「……フィン。本気で言うとるんやな?」

 

 ロキが、フィンの瞳の奥にある狂気にも似た決意を見て、静かに問うた。

 

 「ああ。僕の全てを懸けて、本気だよ」

 

 それを聞いたロキは、一度だけ天を仰ぎ、乱暴に頭を掻きむしった。

 

 「あーーーもう! 分かった! 認めたるわ!!」

 

 ロキはバンッ! と机を叩き、アルフィアを指差した。

 

 「ウチかて、お前のやったこと全部許せるわけやない。今でも腹の中煮えくり返りそうや。……せやけど、ウチのファミリアで一番闇派閥を憎んどったフィーナたんが選んで、ウチの団長が腹括って決めたことや。神(ウチ)がこれ以上、横槍入れる野暮はせえへん」

 

 ロキはニヤリと、好戦的な笑みを浮かべた。

 

 「その代わり……しっかりやれよ、アルフィア。ウチの可愛い子供を、世界一の英雄に育て上げへんかったら、承知せえへんで」

 

 「……当然だ」

 

 アルフィアは、ロキの挑発を正面から受け止め、傲然と微笑み返した。

 

 「言っただろう。私の残された命、知識、技術……その全てを、この娘たちの糧にしてやると。私を越え、私の愛した者たちを越え、あの絶望を叩き潰すための絶対の剣と盾に鍛え上げてみせる」

 

 アルフィアは、アイズとフィーナの頭に、そっと手を置いた。

 

 「この娘たちなら……本当に黒竜を倒せる。この脆弱な世界を照らす光となり、絶望に抗えると、私が保証しよう」

 

 「……ん! 頑張る。アルフィア、よろしく」

 

 アイズが、アルフィアのローブを握りしめながら、力強く頷く。

 

 「ふふっ……なんだか、とんでもないことになってしまったな」

 

 リヴェリアが、ようやく胃痛から解放されたのか、呆れたような、しかしどこか晴れやかな溜息をついた。

 

 「だが……悪くない。ゼウスとヘラの遺産が、ロキ・ファミリアに受け継がれるというのなら、これほど心強いことはない」

 

 「ガッハッハ! 違いない! こりゃあ、これからの黄昏の館は、ますます騒がしくなりそうじゃのう!」

 

 ガレスが、先ほど落とした酒瓶を拾い上げ、豪快に笑い声を上げた。

 

 復讐の終焉。新たな誓い。

 

 かつて世界を滅ぼそうとした『静寂』は、二人の少女の献身によって、世界を救うための『教師』へとその在り方を変えた。

 

 オラリオの空に響く祭りの喧騒と共に、ロキ・ファミリアの新たな、そして最も過酷な日々が、幕を開けようとしていた。

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掲示板方式は初なので初投稿。▼※注意事項▼・クロスオーバーは技やセリフに含まれます。▼・アンチ・ヘイトは念のためです。▼・ヘスティアFの大幅強化に伴い原作キャラも強化します。 ▼・もし問題等ありましたら即座に今作は削除します。▼以下、参照の上で楽しで頂ければ幸いです。▼現状開示できる情報。▼異世界掲示板はある転生者によって救済措置として生み出されました。


総合評価:1095/評価:8.45/連載:1話/更新日時:2026年02月19日(木) 03:56 小説情報


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