黄金寓話   作:いなほみのる

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第27話 有為転変

「や、マハト」

 

 呪術高専のとある一室で拘束されるマハト。

 室内に踏み入り彼の姿を認めた虎杖は、右手を上げ顔を綻ばせていた。

 

「待っていましたよ、悠仁様」

 

 マハトが虎杖へと微笑を浮かべる。

 厳重な拘束が科されていながらも、彼の肉体は目立った外傷などは見当たらない。虎杖が喰らわせた『黒閃』や『穿血』による傷は完治している。

 

「あれから何日経ったのですか」

「そんなには経ってねぇよ。1月もいってないんじゃねぇかな」

「そうですか。恐れながら、悠仁様はいつ亡くなってもおかしくないような重体であったはずですが」

「そこはまあほら、気合よ気合」

 

 結局、マハトは終ぞ虎杖の手を取ることはなかった。

 虎杖とマハトらがかつて過ごした家の前で、共に死に体のまま倒れ伏していた。どれぐらいそうしていたのか、虎杖も意識が朧げであったためよく覚えていない。

 やがてその場に現着した乙骨により事態の収拾は為された。

 虎杖と東堂は乙骨により応急処置を受け、マハトは拘束を科されることとなった。マハトを祓おうとしていた乙骨を虎杖が止めたのだ。

 

 マハトは無抵抗に拘束を受け入れていた。己の命が尽きるまで、乙骨を始めとした高専の術師と戦い続けることはなかった。

 

「それで、私はどのように祓除(ころ)されるのですか」

「…んな焦んなって」

「悠仁様はそれを話すために、ここに来たのでしょう」

 

 まるで自分が死ぬことは前提であるかのようにマハトは振る舞う。最早他人事にすら思えるような口ぶりだ。虎杖の表情が固くなる。伏黒にはかつての虎杖が、こんな風に見えていたのだろうか。

 

「……上とは何度も話したけどさ、やっぱり祓除延期は取り下げるしかないみたいだ」

「でしょうね」

 

 虎杖が呪術を解除したため未遂にはなったが、マハトは明確に非術師を殺そうとした。そしてマハト自身も彼を生かしておけば同じことを繰り返すとほのめかしている。その上総監部と結んでいる縛りをマハトは事実上無視して行動しているのだ。

 元々特例での祓除延期だ。それが取り下げられることは、虎杖としても当然の結論としか言えなかった。

 

「だから、俺は提言することにした」

 

 虎杖の言葉に、マハトはぴくりと瞼を動かす。

 

「オマエを祓うんじゃなくて、呪物にする」

 

 確信をもって虎杖は言葉を吐く。マハトは何も言わずそれを聞いていた。虎杖とマハトの視線が交錯する。

 

「オマエを俺が取り込めば、俺達はオマエと生きていける」

 

 マハトは苦笑を漏らしていた。

 

「……全く、本当に諦めが悪い」

 

 呆れたような笑み。そこに懐古や好意を感じてしまうのは、虎杖のただの錯覚であるのだろうか。

 

「総監部の方々は、悠仁様の提言を了承したのですか」

「無力化できるならなんでもいいってさ」

 

 虎杖は15本宿儺の指を取り込んでいながら問題なく自我を保てていた。器としての強度は十分に保証されているものと総監部は判断したのだろう。呪物として取り込まれた時点でマハトの命は虎杖と一蓮托生。虎杖という『檻』は、確かにマハトを管理する安全装置としての役割を果たしてくれるだろう。

 

「しかし、呪物の成り方を悠仁様は知っているのですか」

「そこは伏黒達と相談した」

 

 虎杖はマハトへと指を立てる。

 

「俺の『解』の術式対象を絞れば、マハトを呪物にできると思う」

 

 術式対象を絞った『解』。虎杖はかつて伏黒に受肉した宿儺に対してそれを放つことで、宿儺を伏黒の肉体から引き剥がした。術式対象を宿儺と伏黒の魂の境界に絞っていたのだ。

 

「マハトの魂を『解』で切り分け、魂の重要となる部位以外を削ぎ落す。それが結果的に呪物と成る…はずだ」

 

 宿儺の器として1つの肉体に2つの魂を同居させていたために、虎杖は以前から魂の輪郭を知覚していた。その上で、マハトとの殺し合いでの黒閃により虎杖の"目"の潜在能力(ポテンシャル)は引き出された。

 今の虎杖は、マハトの魂をはっきりと観測している。

 

 真人がそうであったように、魂そのものに攻撃を喰らおうと即座にそれが致命傷になるわけではない。肉体にとって臓器のように、魂にも必要不可欠な部位とそうでない部位があるのだろう。

 

「伏黒曰く、呪物には確実に何らかの縛りが絡んでる。他者に危害を加えないことと引き換えに存在を保障するだとか、そんなとこだろうって話だ」

「成る程、それを強引に再現しようとしているわけですね」

 

 マハトの魂を切り分け、他者を害せないほどにその力を削ぐ。これを縛りとしてマハトの存在を保障するのだ。力を手放すことそれそのものも縛りと機能すると見込まれる以上、確かにそれらしい案ではあった。

 

「けど、これはあくまで仮説だ。そもそもこのやり方が間違ってるかもしれないし、合ってたとしても俺がトチる可能性もある」

 

 呪物の成り方は決まっている。伏黒の肉体から剥がされた宿儺はその存在を保つことが出来なかった。

 確実性の高い案だとは伏黒は言っていた。虎杖は魂を知覚しており、その上自らを呪物とした宿儺の記憶も残っている。だとしても、前例のないことであるが故にどうしてもリスクはつきまとう。

 

「何か1つでも掛け違えちまってたらマハトは呪物に成れず死ぬ。それでもマハトは、俺達の案に乗ってくれるか」

 

 本来マハトに拒否権はない。だが虎杖は、マハトに聞かずにはいられなかった。

 マハトの意志を、マハトの理想を、虎杖は確かめたかったのだ。

 

「悠仁様。地獄の底まで付き合ってくれるのですよね」

 

 マハトは、ただ笑っていた。

 焦燥もなく、動揺もなく、ただ笑っている。

 

「ああ、そうだな」

 

 それが当然であるという風に、マハトは虎杖たちの案を受け容れていた。それが死と隣り合わせの賭けであるにも関わらず。

 

「呪物と成り悠仁様に取り込まれれば、私は悠仁様の…人類の魂を知覚できるかもしれない。知らない感情のため、共存のためならば、私は死をも恐れません」

「ありがとう……マハト」

 

 虎杖にもう、迷いはない。

 ただ、マハトの理想に殉じるのみ。

 

「じゃあ、始めるか」

 

 虎杖は、マハトの首に指を添えた。

 

 

 

「『解』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よおマハト。探してた感情は見つけたか?」

 

 闇の中で、真人は現れたその呪霊に問いかけた。

 呪霊───マハトは胡坐をかく真人を冷ややかな目で見下ろしている。

 

「…………、ここは何だ? 何故お前が生きている?」

「ここは循環する魂の通り道さ。今の俺は術式の残滓みたいなものだ」

 

 俺の術式って魂に干渉するだろ、と真人はマハトに笑いかける。マハトは相も変わらず仏頂面のままだ。

 

 真人の問いにマハトは答えなかった。

 しかし、答えなかったことが何よりの答えだ。マハトは終ぞ、人類の感情を理解できなかったのだ。彼の夢物語は叶わなかった。だからこうしてここに行き着いた。

 

「俺は、死んだのか」

「さぁな。死にかけってだけでもここに顔出す奴はいる」

 

 マハトはどうやら、己がどういう状態であるのかすら自覚がないようだ。てっきり高専の術師たちと殺し合って死んだものと思っていたが、そういう訳ではないらしい。

 いずれにせよ、マハトの夢物語の結末などに真人の興味はない。

 

「話をしたかったんだ、マハト。形は違えど、共に人間に成ろうとした者として」

 

 人間の位地に置き換わろうとした真人たち、人間の感情を理解しようとしたマハト。

 内実は違えど、どちらも人間と成ろうとしたと換言できることだ。だからこそ真人はこの機会を待ち望んでいた。

 

「知らない感情のためだとか、共存のためだとか、全部嘘だったんだろ」

 

 マハトが歩んだ夢物語、その全てを否定する機会を。

 

「……何が言いたい」

「ハハッ。もしかして無意識だったのか?」

 

 破顔する真人に、マハトが不愉快そうに眉を顰める。だが真人は態度を改めるつもりはなかった。例えマハト自身が理解していないとしても、真人の目には彼の剥き出しの魂が視えている。

 

「オマエはただ、"呪い"としての己を肯定したかっただけだ」

 

 そう真人は断言した。

 マハトが述べた人類との共存という理想は、上塗りされた嘘でしかないと言い切った。

 

「大方、殺そうとした人間に憐れまれでもしたんだろ。"悪意"だの"罪悪感"だのとまくし立てられてさ」

「………」

「オマエはそれが許せなかった。だからそれを否定しようとしたんだ」

 

 マハトはただ黙りこくっている。ぺらぺらとまくし立てられる真人の話を遮ろうとしない。きっと、マハト自身にも思い当たりがあったのだろう。

 

「人類との共存なんてのは後付けの理想さ。オマエの本心じゃない」

 

 真人は断じて、マハトを無闇矢鱈に扱き下ろしたい訳ではない。彼の目的は今も昔も啓蒙だ。志を同じくしたかもしれない呪霊への共感と同情が真人にはあった。

 見当違いの夢物語に邁進するマハトに、真人はただ道しるべを与えたいのだ。

 

「テメェの理想すら分からない奴が、どうしてそれを叶えられるよ」

 

 真人の言葉に。

 マハトは初めて、笑みを浮かべた。

 

「……確かに、そうだったのかもな」

 

 己の歩んだ夢物語が否定されたというのに、マハトは穏やかな表情でそれを受け容れている。そこに憤怒も落胆もない。真人の理解できない表情だった。一体どうして、マハトは平然としていられるのか。

 

「おい、何だその面」

「ありがとう、真人。お陰で初心に還れた」

「何勝手に納得してんだ。まだ話は終わってねぇぞ」

 

 マハトが真人に背を向ける。

 迷いなく、闇の満ちる道を歩み始める。まさか、真人の啓蒙を受けてマハトは。

 

「お前の言葉が正しいのならば、俺の理想は既に叶っている」

 

 マハトの言葉は、到底受け容れられるものではなかった。"呪い"として、受け容れられるはずがなかった。

 だから真人は叫ぶ。子供のように駄々を捏ねる。

 

「なんだよ!! どいつもこいつも大人ぶりやがって!!」

 

 小さくなっていくマハトの背に、真人は罵詈雑言を投げかける。しかしマハトが歩みを止めることはない。闇の先へと向かっていく。

 

「チクショー!!」

 

 闇の中には。 

 真人だけが取り残された。

 

 

 

 

「次だ。次に生かそう」




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