冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~   作:斉宮 柴野

12 / 74
聖杯戦争はまだ始まっていない。
だが、前提条件が壊れ始めていた。


日常という侵略

「さて、お悩みが晴れたようで何より!いやあ、人生相談ってのはカロリー使いますねえ。甘いものが食べたくなります」

 

私の目の前には、空になったコーヒーカップと、伝票を手に持ったまま立ち上がろうとしている綺礼がいる。来店時の彼は、まるで世界の終わりを見たような、あるいは三日三晩煮込んだ昆布のようなドス黒いオーラを背負っていたけれど、

 

今は違う。憑き物が落ちたというか、あるいは新しい憑き物を自分で呼び込んだというか。

 

ふぅ……。本当に重いわ〜。「重厚な演技」とか「シリアスな役作り」とかじゃなくて、物理的に胃に来る重さだわ、この野郎。鉛を飲み込んだような読後感。ドストエフスキーを原語で読破した直後みたいな疲労感がある。でもまあ、彼の中で何かが吹っ切れたみたいだから、カウンセラー役としては合格点でしょう。

 

「感謝します。貴女は真の聖女だ。私の歪みすら肯定し、その上で『道』を示してくれた」

 

やめて、そんなキラキラした目で見ないで。私が適当なことを言ったのがバレたらどうするの。私は慌てて手を振る。

 

「私はただの乙女。主の声を聞いた、ただの乙女ですよ。聖女なんて呼ばれるのは、死んでからで十分です」

 

「……何もしない主の、ですか?」

 

綺礼が口角を上げる。フッ、と息を吐くような、短い笑い。でも、それはさっきまでの自虐的な冷笑とは違う。少年のような、悪戯っぽさを秘めた笑みだった。

 

あら。いい顔で笑えるじゃない。不覚にもドキッとしちゃったわ。色気があるわね、この神父さん。危険な香りがプンプンするけど、そこがまた女性ファンの心をくすぐるのよ。「私がこの人を更生させてあげる!」って思わせるタイプの魔性の男だわ。絶対に更生しないタイプだけど。

 

「ええ……。おかげで火に身を委ねることになりましたよ。神様ってば、本当に無茶振り(キラーパス)がお好きなんですから。ですが……私は『私』という役を最後までやり抜いた。文句を言いながらも、脚本(シナリオ)通りに踊ってみせた。役目の終わった役者は、舞台から疾く降りるもの……ですからね。未練がましくアンコールをねだったりはしません」

 

「……ええ。貴女の在り方、しかと心に刻みました」

 

19歳の少女に軍隊の指揮を執らせて、最後は敵に捕まって火あぶり。どんなブラック企業よ。労災認定待ったなしだわ。彼は決めたのだ。自分の人生という舞台で、最後まで「言峰綺礼」という難役を演じきることを。たとえそれが、血と苦悩にまみれた修羅の道だとしても。

 

「奢りますよ、ここは。……貴女の言葉への対価としては安すぎますが」

 

「あら、ありがとうございます。綺礼に感謝を!ついでに主にも感謝を!何もしてくれなくても、愚痴や感謝は文句なく聞いてくれますよ。口答えしない聞き上手ですからね、あの御方は。最高のカウンセラーであり、最悪の放置主義者(ネグレクト)です」

 

ラッキー。ホテルの朝食ビュッフェはお値段が張るから、ランチ代が浮くのは助かるわ。学生には、神父様のポケットマネーが神の恵みに見える。

 

「ふ……なるほど。そう考えれば、主は偉大だ。私の迷い言も、沈黙をもって肯定されていたのかもしれん。『好きにしろ』と」

 

ポジティブだなぁ。この人、一度思い込むと一直線なタイプね。「神が止めてくれないなら、それはGOサインだ」って解釈し始めたわ。ブレーキが壊れたダンプカーみたい。綺礼は黒いコートを翻す。バサァッ!という音が聞こえてきそうなほど、ドラマチックなターン。マトリックスかよ。

 

「では……またお会いしましょう。ジャンヌ・ダルク。……いや、聖上真樹と呼ぶべきか」

 

「どっちでもいいですよ。綺礼が呼びやすい方で」

 

「では、ジャンヌと。貴女のその聖性、私の記憶に留めておきます」

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

「ふううう……。メンタル削られる相手だわ〜。言峰…………綺礼、か。名前の響きからして厄介そうなオーラが出てたけど、中身はもっと厄介だったわ」

 

あんな濃いキャラと長時間サシで会話劇を繰り広げたんだもの、カロリー消費が半端じゃない。脳の糖分が枯渇してる気がする。さっきケーキ食べたばっかりだけど、追加でクレープでも食べたい気分だ。

 

「ジャンヌ!!素晴らしい説教でした!!まさに神の雷のごとき啓示!!このジル!貴女の言葉に脳が洗われて、ボトボトと地面に落ちましたぞ!!これぞ魂の洗濯!!汚れきった灰色の脳漿が、貴女の聖水によって洗い流され、ドロドロと耳から溢れ出るような快感!!」

 

「……それはまた、逆に汚れているのでは……?脳みそ溶けちゃってるじゃない。ふふ」

 

脳が洗われて落ちるって、スプラッター映画のワンシーンじゃないんだから。

 

――キーン。耳鳴り?いや、違う。世界の色が変わる。アスファルトの地面が、石畳に変わる。車の排気ガスの匂いが、土と草、そして鉄と血の匂いに上書きされていく。視界が揺らぐ。いつもの「演技」のためのスイッチじゃない。もっと深い、魂の根底にある何かが、水面へと浮上してくる感覚。

 

「……ジャンヌ??」

 

懐かしい。数百年の時を超えてもなお、変わらぬ忠誠を捧げてくれる、私の騎士。

 

「舞台は役割がある者の場所……ですか」

 

「生前……伝え忘れていたことがありました。ジル……貴方と……」

 

ああ、伝えなきゃ。あの時、炎の中で言い残した言葉を。貴方を一人残して逝ってしまったことへの謝罪と、そして感謝を。

 

「ジャンヌ??」

 

ジルが膝をつこうとする。その瞳から、大粒の涙が溢れ出そうとしている。感動と、畏怖と、そして再会の喜びに打ち震えて。その時。

 

「――はっ!!!」

 

「……ふぅ、ふぅ……」

 

心臓がバクバク言っている。危ない危ない!今、なんか持っていかれそうになった!意識飛びかけたわよ!没入しすぎよ私!メソッド演技法もここまでくると危険領域ね。

 

「役が降りてくる」にも程があるわ!トランス状態?イタコ芸?役者としては極致かもしれないけど、日常生活でいきなりスイッチが入るのは困るわ。周りの人が引いちゃうじゃない。それに、なんか湿っぽい雰囲気になりそうだったし。

 

「生前……」とか言い出した時、自分でも寒気がしたわ。お涙頂戴の感動シーンは、クライマックスまで取っておくものよ。今はまだ「冬木」という舞台の途中。コメディリリーフの役割を放棄してどうするの!

 

「ジル!!!」

 

「は、はいっ!?い、いかがなされましたジャンヌ!?」

 

よし、いつもの調子に戻った。私はビシッと彼を指差す。湿っぽい空気を吹き飛ばすために、あえて声を張り上げる。ダメ出しの時間よ!

 

「鎧と旗は良いですが……貴方のその衣装!!いつまでその趣味の悪いローブを着ているのですか!!」

 

「ええっ!?」

 

黒く、ドロドロとした質感の、禍々しいローブ。見るからに「悪役です」「黒魔術やってます」という記号の塊。

 

「そ、これは……私の魔導書との相性を考えた、最新の魔術礼装でして……」

 

「ダメです!却下!貴方も白い鎧を着なさい!私とお揃いの!フランス元帥のジル・ド・レが見たい!!あの気高き青髭の騎士が見たいのです!私の隣に立つのに、そんな薄汚れたボロ布では画になりませんよ!インスタ映えしないでしょうが!」

 

コーディネートはこーでねーと。

 

「貴方のそのガタイの良さ!広い肩幅!それを活かさないでどうするんですか!ローブで隠すなんて宝の持ち腐れよ!もっとこう、タイトなシルエットで筋肉を見せつけるような、セクシーな甲冑にしなさい!」

 

「セ、セクシー……!?私が……!?」

 

まんざらでもない顔をしている。やっぱり、褒められると伸びるタイプね。

 

「さあ、行きますよ!ユニクロ……じゃなくて、貴方の魔術でちゃちゃっと着替えなさい!イメージは『白馬の王子様』よ!」

 

なんとか誤魔化せたかしら。さっきの「あの感覚」。……まあ、気のせいよね。徹夜明けのテンションがおかしくなってただけ。私の才能が怖いくらい鋭敏になってる証拠だわ。

 

 

 

◇◇

 

 

 

「し、しかし……私のクラスはキャスターゆえ、鎧など……。それに、このローブは私の魔術行使に最適化されておりまして……」

 

往生際が悪いわね。私は腰に手を当て、ビシッと言う。

 

「『衣装』でしょう!?魔術で作れるはずです!さっき私の鎧をパパッと作ったみたいに、自分のもパパッと変えなさい!貴方は大魔術師なんでしょう?それとも、自分の着替えも一人じゃできない甘えん坊さん?」

 

「そ、そのようなことは断じて……!」

 

「ならやりなさい!貴方は『青髭』である前に、私の自慢の『騎士』なんでしょう!?フランス元帥としての誇りはどこにやったの!?」

 

「おお……!!おお、ジャンヌ……!!貴女は……貴女はまだ、この薄汚れた男を『騎士』と呼んでくださるのですか……!」

 

「当たり前でしょ。私の目は節穴じゃないわ。貴方の本質は、いつだって気高い騎士よ」

 

「承知いたしました!!貴女が望むならば、この身、在りし日の姿にてお供しましょう!!我が魔術の全てを以て、過去の栄光を現世に焼き付けてみせますぞ!!」

 

ブォン!!

 

いつもなら、そこからおぞましい肉塊とか、ヌルヌルの触手とかが出てくるんだけど、今回は違う。溢れ出すのは、輝ける白銀の光。

 

変身バンクだ。プリキュアもびっくりの尺を使って、光が彼を包み込む。黒いローブが弾け飛び、その下から鋼鉄の輝きが現れる。霧が晴れると、そこには――白銀の甲冑に身を包み、腰に剣を佩いた、凛々しき騎士の姿があった。肩幅の広さを強調するショルダーアーマー。胸部を守るブレストプレートには、かつてのフランス王家の紋章が刻まれている。マントは深紅ではなく、高貴な紫。

 

……うん。かっこいい!やっぱり騎士は甲冑よ!男の戦闘服よ!顔色は相変わらず土気色で、目の下のクマも酷いけど、シルバーの鎧と合わせると「歴戦の疲れ」っぽくて渋いわ!ダークヒーロー感が増し増しね。

 

「いかにも。……いかがでしょうか、ジャンヌ。……数百年ぶりに袖を通しましたが、少し重うございますな」

 

ジルが剣の柄に手を置き、ポーズを決める。まんざらでもない顔だ。

 

「うん!それよ!!最高です、元帥。見違えたわ!雑誌の表紙飾れるレベルよ!」

 

「おお……!恐悦至極!!」

 

「さあ、行きましょう。午後も忙しくなりますよ!まずは……あそこのクレープ屋で糖分補給よ!」

 

「はっ!!クレープ……?フランスの郷土料理ですな!懐かしい!」

 

私たちは「冬木アクターズ・ラプソディ」の看板役者なんだから。通行人たちが道を空ける。モーセの海割りのように。さあ、クレープ、クレープ!私はイチゴチョコバナナ全部入りを頼むつもりよ!

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

一方その頃。冬木市郊外の森の奥深くに佇む古城、アインツベルン城。

 

モニターを見つめる男、衛宮切嗣。そして、その傍らに控える女性、久宇舞弥。魔術師殺しと呼ばれる冷徹な殺し屋である彼らが、今、かつてないほどの困惑に直面していた。

 

「……舞弥。確認したか」

 

切嗣が、吸いかけのタバコを灰皿に押し付けながら問う。その声には、珍しく動揺の色が混じっている。

 

「はい。使い魔からの映像、解析終了しました。キャスターが……『セイバー』のクラスに変化した可能性があります」

 

彼女はプロだ。どんな異常事態でも、感情を殺して事実のみを伝える。

 

「な……?」

 

切嗣が絶句する。クラスチェンジ。そんなルールは聖杯戦争に存在しない。サーヴァントは召喚された時点でクラスが固定されるはずだ。だが、映像に映っているのは、紛れもなく剣を携え、甲冑を纏ったジル・ド・レの姿。あの禍々しいローブ姿の魔術師はどこへ行ったのか。

 

「白銀の甲冑。帯剣しています。魔力反応も、以前のキャスター時とは質が異なります。より攻撃的で、ソリッドな波動……。そしてその横には……甲冑姿のジャンヌ・ダルク。二人は今、駅前のクレープ屋に並んでいます」

 

沈黙。重苦しい沈黙が部屋を支配する。クレープ屋。戦場でも、魔術工房でもなく。ファンシーな看板の前で、甲冑姿の男女が行列を作っている映像。シュールという言葉では片付けられない。

 

「……ジャンヌ・ダルクは、『イチゴスペシャル』を注文しました。キャスター……いえ、セイバーは、『ツナマヨサラダ』を所望しているようです」

 

「……報告はいい」

 

理解が追いつかない。彼らが積み上げてきた戦略、戦術、そして聖杯戦争の常識。それら全てが、あの二人の前では無意味なものに思えてくる。

 

「……わけがわからない。あの陣営だけ、聖杯戦争のルールが適用されていないのか……?それとも、これは高度な情報撹乱か?」

 

「判断しかねます。しかし、彼らが街中で堂々と姿を晒しているのは事実です。一般人を巻き込むことを厭わない姿勢……危険です」

 

「いや……むしろ、一般人に馴染みすぎているようにも見える。クレープ屋の店員と笑顔で会話しているぞ」

 

そこには、クレープを受け取って満面の笑みを浮かべる聖女と、それを優しく見守る騎士の姿があった。

 

「……警戒レベルを上げろ。奴らは、我々の想定の斜め上を行く。特にあの女……ジャンヌ・ダルク。あれは、ただのサーヴァントではないかもしれん」

 

「了解。引き続き監視を続けます」

 




聖女は戦っていない。
ただ歩いて、喋って、甘い物を食べただけだ。
それだけで、戦争の前提は崩れ始めた。

この物語の行きつく先、ZEROのあとは

  • stay nightは見たいよね。
  • hollow ataraxiaが良いな
  • Apocrypha世界へ出張
  • Grand Order発令‼
  • Samurai Remnantは演技
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。