冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~   作:斉宮 柴野

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それは魔術ではない。
ただの、人生だった。


裁定

「……チッ、弾切れか。代行者風情が、よくもここまで……!」

 

「無駄だと言っている。貴様の鉛玉など、主の加護の前では雨粒に等しい」

 

綺礼さんが、涼しい顔で黒鍵を構えている。彼の足元には、切り落とされた弾丸の残骸が散らばっている。人間業じゃない。ジェダイでも、もう少し苦労するわよ。

 

でも、これが「代行者」という役柄のスペックなのね。最高だわ。私の相手役として不足なし!

 

「……Time alter……Double accel!!」

 

彼の背中から、心臓の鼓動とは違う、機械的な駆動音が響いた気がした。血管が浮き上がり、力が爆発的に循環する。

 

消えた?いいえ、違う。速くなったのだ。人間の動体視力を超えた速度。ビデオのリモコンで「早送り」ボタンを押したみたい、彼だけが世界のフレームレートを無視して動いている。

 

お?早回し!?凄い!便利!!人間って、あんなにカクカク動けるものなのね!これがあれば、寝坊して遅刻しそうな時も、着替えの時間も短縮できるじゃない!朝のメイク時間が半分で済むなんて、全女子の夢よ!それに、あのアクション。ワイヤーもCGも使わずに、あそこまでのスピード感を演出するなんて……。負けてられないわ。役者たるもの、共演者の身体能力の演出くらい合わせなくては!アドリブにはアドリブで返すのが礼儀よ!

 

ふむふむ。心拍数を上げて、代謝を加速させて、体内時計を狂わせて……。要するに、「自分だけ時間を早く進める」術式ね。衛宮の秘術?家伝の刻印?著作権フリーかしら?まあいいわ、現場で盗める技術は盗むのが私の流儀。コピー完了。さらに、私の魔眼は「オリジナルを超える」ための最適化を加える。二倍?甘いわね。エンタメは、盛り上げてなんぼよ!

 

「Time alter……Triple accel!!」

 

世界が止まった。いや、私が速くなりすぎたのだ。風の音が低くなり、舞い散る塵が空中で静止しているように見える。全身の血管が拡張し、血液が沸騰するような熱さを感じる。身体が悲鳴を上げている?知ったことじゃないわ。舞台の上では、痛みすらもスパイスよ。

 

「なっ……!!!」

 

切嗣さんの顔が、スローモーションで驚愕に染まっていくのが見える。彼の視界では、倍速で動いているはずの自分の世界で、さらにその上を行く速度で私が消えたように見えているはずだ。私は彼の一歩先へ。彼の背後へ。幽霊のように。

 

「……捕まえた♥」

 

「くっ……!!」

 

驚愕しながらも、咄嗟にコンバットナイフを抜き、振り返りざまに私の首を薙ぎ払おうとする。

 

でも、私には止まって見える。私はすでにバックステップで回避し、数メートル離れた手すりの上に軽やかに着地していた。

 

「いやー!凄いわねこれ!目が回るけど、景色がビュンビュン流れて楽しいわ!今まで

『見えていても体が追いつかない』シーンがあったけど、これなら身体がついてくるわ!思考速度と身体反応が直結する感覚……アクションシーンの革命ね!」

 

心臓がバクバク言っている。全身の筋肉が軋んでいる。でも、この高揚感は何物にも代えがたい。

 

「バカな!!初見の魔術を……しかも家伝の刻印術式を真似るなど!?魔術回路の構造も、呪文の詠唱も知らないはずだ!なぜ発動できる!?」

 

倍速の反動で、彼の体もボロボロのはずだ。苦しそう。でも、その苦悶の表情すらセクシーね。

 

「魔術なんて大げさな……。ただの身体操作のコツですよ。呼吸法と、筋肉の使い方の応用。舞台演出は、一流の役者なら誰でもできますよ?……できなければ生き残れないだけですが」

 

実際には、私の血管は今にも破裂しそうで、骨がきしむ音が聞こえている。負荷が半端じゃない。三倍速なんて、普通の人間がやったら即死レベルの荒技だ。でも、私は「聖女ジャンヌ・ダルク」を演じている。

 

聖女は痛みに屈しない。聖女は涼しい顔で奇跡を起こすもの。だから、私はこの激痛を「熱演の代償」として脳内麻薬で無視する。演技とは、やせ我慢の芸術なのだから。

 

「それに、貴方のその術、体に悪そうですよ?顔色が真っ青です。役作りでやつれているのかと思ってましたけど、素で削ってたんですね。命を」

 

ゆっくりと彼に歩み寄る。解除。加速した時間を元に戻す。世界のスピードが正常に戻り、風の音が再び耳に戻ってくる。

 

「……化け物め。魔術の理すらねじ曲げるか」

 

「褒め言葉として受け取っておきます。さて、ダンスの続きと行きましょうか。次は四倍速でワルツを踊ります?それとも五倍速でタンゴ?」

 

「ジャンヌ。あまり彼をいじめてやるな。壊れてしまうぞ」

 

「あら、綺礼さん。貴方がそれを言います?さっき一番ノリノリで弾丸を弾いてたのは誰でしたっけ?」

 

「……主の導きだ」

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

「化け物か……。本当に参ったな……。魔術の常識も、物理法則も通用しない。だが、魔術回路を開いて術を行使した。全身の脈管を魔力で満たし、加速させている今こそが……最初で最後の好機!」

 

彼は正面からの力比べなんて最初から放棄している。狙うのは、ほんの一瞬の隙。魔術師が最も無防備になる瞬間――つまり、最大出力で魔術を行使しているその瞬間を狙い撃つ、カウンター狙いのアサシンスタイル。

 

手榴弾?いいえ、もっと軽くて、もっと厄介なもの。カッ!!強烈な閃光と爆音が、屋上の闇を白く塗り潰す。スタングレネードと、スモークの同時使用。目と耳を同時に潰しに来たわね。古典的だけど、効果的な目くらまし。普通の人なら、これでパニックになって動きが止まるところでしょう。

 

「あは!目潰しなんて古い演出!昭和のアクション映画じゃないんだから!私の眼は、光量調整機能付きよ!間に合うわ!」

 

視界が真っ白になっても、探知と音響解析で敵の位置は丸わかりだもの。でも、待って。私一人なら平気だけど、隣には生身の人間がいる。彼は代行者として超人だけど、サーヴァント級の攻撃や、近代兵器の雨あられには生身で耐えられないかもしれない。私の大切な共演者。彼を傷つけるわけにはいかない!

 

「綺礼!!私の後ろに!!守ってあげるから下がってて!」

 

彼を背中に庇い、旗を大きく展開する。ヒロインを守るヒーローの構図。

 

「『我が神はここにありて』!!」

 

ズゥゥゥン!!

 

聖なる光の結界がドーム状に展開される。物理攻撃、魔術干渉、あらゆる悪意を遮断する絶対防御。これで手榴弾の破片も、爆風も届かない。完璧なシェルター。……と、思った瞬間だった。

 

「今だ!!」

 

煙の向こう側。彼は逃げも隠れもしていなかった。むしろ、私が防御に入り、力を最大出力で放出したその瞬間を待っていたのだ。

 

彼の手には、トンプソン・コンテンダーが握られている。その銃口が、真っ直ぐに私を捉えている。装填されているのは、通常のライフル弾ではない。彼の切り札。

 

切嗣自身の肋骨を粉末にし、芯に封じ込めた呪いの弾丸。起源弾。

 

着弾した瞬間、対象の魔術回路を暴走させ、ショートさせ、内側から破壊する「魔術師殺し」の必殺の一撃。防御魔術が強力であればあるほど、その反動を利用して破壊力を増す、悪意の塊。

 

「……っ!」

 

私の眼が捉える。回転しながら迫り来る弾丸。スローモーションの世界。普通なら、「避ける」か「弾く」かを選択する場面だ。でも、私の眼は良すぎた。良すぎたが故に、見てしまったのだ。その弾丸の「中身」を。この弾丸は……!ただの鉛じゃない。これは……物理的な質量を超えた、情報の奔流!?圧縮されたデータファイル!?いいえ、もっと感情的で、もっと生々しい……。これは、脚本の塊!?

 

『その起源は切断と結合』

 

『多くのものを切り捨て、より多くのものを繋ごうと足掻いてきた』

 

『ひび割れた窓に映る残像よ。どうか、あの美しい日々のままに』

 

 

弾丸が結界に触れた瞬間、そこに込められた衛宮切嗣という男の人生が、電気信号となって私の脳内に直接流れ込んでくる。

 

南の島。

 

笑顔の少女、シャーレイ。

 

「ケリィ、大人になったら何になりたいの?」彼女が死徒と化し、村が焼かれる地獄絵図。

 

父親を撃ち殺した、小さな手の震え。戦場。

 

 

タバコの煙。育ての親であり、師匠であり、相棒だった女性、ナタリア・カミンスキー。飛行機の中で交わした最後の会話。「本当の家族みたいだ」と笑った彼女を、地対空ミサイルで撃ち落とした瞬間の、魂が千切れるような絶叫。

 

そして、雪の城。アイリスフィールとの出会い。イリヤスフィールという新しい命。「正義の味方」という呪いを背負い、愛する者を犠牲にしてでも世界を救おうとする、血を吐くような決意。

 

 

なんて……。なんて悲痛な……。

 

 

 

 

これは……美しい悲劇!!!完璧だわ。こんなに完成された「悲劇のヒーロー」のバックボーン、シェイクスピアだって書けないわよ!

 

自己犠牲と、矛盾と、後悔と、それでも進むしかない意志。最高にエモーショナル!最高にドラマチック!感動した!

 

私、この脚本を全身で受け止めたい!!!!

 

起源弾が、私の結界を紙のように貫通する。魔力で構成された防御壁が、弾丸の持つ「切断と結合」の概念によって変質し、暴走し、崩壊していく。そして、弾丸は勢いを緩めることなく、真っ直ぐに私の胸部へと吸い込まれていく。

 

熱い。胸が焼けるように熱い。私の体内の魔術回路が、異常信号を発してショートしていく。バチバチバチッ!ああ、これが……主演男優の「愛」なのね……!

 

 

◇◇

 

 

 

「がはっ……!!」

 

 

ドサリ。

 

 

口から鮮血が噴き出し、冷たいコンクリートの床に赤い花を咲かせる。痛い。想像を絶する痛みだ。魔力で編まれた鎧やドレスが、内側からの魔力暴走によってズタズタに裂けていく。全身に青い幾何学模様が走り、激痛が脳を焼く。

 

悲鳴を上げている。ショートしている。

 

「聖女よ!!」

 

心配しないで、綺礼さん。この程度の痛み、舞台の上で流す汗と涙に比べれば、なんてことないわ。むしろ、心地いいくらいよ。だって、この痛みこそが、切嗣さんの人生の重みそのもののだから。

 

(やったか……!魔術回路を全開にした状態で起源弾に撃たれた魔術師は……例外なく回路を焼き切られ、魔術師としての生命を絶たれる……!どんな怪物であれ、この一撃で終わりだ!)

 

彼は銃を下ろし、私が崩れ落ちるのを冷ややかに見下ろしている。

 

そうね。普通なら、これで終わり。廃人になり、二度と術を使えなくなり、あるいはショック死して幕引きとなるはずだ。それが、彼の「魔術師殺し」としての勝利の方程式。でも。残念ながら、私は魔術師じゃない。

 

私は、演劇に魂を売った女子大生・聖上真樹。そして、この痛みすらも「最高の演出」として飲み込む、貪欲な女優。

 

「…………ふ、ふふふ」

 

私の瞳は、起源弾の影響か、それとも興奮ゆえか、極限まで青く、妖しく輝いている。アドレナリンが脳内で爆発している。痛覚が麻痺し、代わりに強烈な高揚感が全身を駆け巡る。

 

「これは……なんて素晴らしい役作り!!!最高よ!貴方、天才だわ!」

 

「……は?な、何を言っている……?」

 

彼の目には、私がゾンビか何かのように映っているのだろう。殺したはずの相手が、血まみれで笑いながら立ち上がってくるのだから。ホラー映画なら、ここからが本番よ。

 

「見えましたよ……貴方の過去が!貴方の痛みが!貴方の起源が!私の中に流れ込んできたわ!まるで4K画質のドキュメンタリー映画を見ているように鮮明に!正義のために初恋を……恩人を……そしていずれは妻をも殺すつもりなのですね!!世界を天秤にかけて、重いほうを取るために、軽いほうを切り捨てる……。なんて残酷で、なんて美しい生き様!」

 

大丈夫。一人で立てるわ。この感動を、私の全身で表現したいの。

 

「き、貴様……何を……。僕の記憶を……読んだのか……?」

 

誰にも触れられたくない、血塗られた過去。それを、この女はあろうことか「役作り」と呼び、称賛しているのだ。

 

「ふふふふ……。あーハッハッハ!!!!最高!!!最高ですよ!衛宮切嗣さん!!!貴方、アカデミー賞主演男優賞間違いなしよ!そこまでの悲劇を背負い、そこまでの血を流し……それでもなお、世界を救おうとする。その矛盾!その葛藤!シェイクスピアも裸足で逃げ出すわ!」

 

「ですが、残念なお知らせです。プロデューサーとして、貴方に宣告しなければなりません。それほどの『業』を持ってしまった貴方は……もう、正義の味方にはなれない!!」

 

「…………ッ!!!」

 

一番言われたくない言葉。彼が必死に守り続けてきた、「自分は正義のために戦っている」というアイデンティティ。それを、私は否定する。

 

「貴方は、悲劇の舞台装置にしかなれないのですよ!!ヒーローはね、もっと明るくて、希望に満ちていないといけないの。貴方のように、背負いすぎて歪んでしまった人間は、物語の最後で主人公に倒される『哀しき悪役』がお似合いなのよ!」

 

今まで積み上げてきた屍の山。その上に立つ自分を、この異物は完全に否定し、かつ「物語として」肯定した。

 

「貴方の人生は間違いだった」と言われるよりも、「貴方の人生は素晴らしい悲劇だ」と言われる方が、彼にとっては救いようのない絶望だったのかもしれない。

 

(……貴女はどこまでも…ああ、聖女よ。人の心の深淵を覗き込み、それを光に変えてしまう。なんと恐ろしく、なんと美しい……)

 

綺礼さんが、呆然と私を見つめている。彼の中で、私への信仰心がまた一つレベルアップした気がする。

 

「さあ、まだ幕は下りない!血を吐くようなその生き様、もっと私に見せてみなさい!!貴方がヴィランとして完成するまで、私がとことん付き合ってあげるから!!」

 

切嗣さん。貴方はもう逃げられない。私の舞台の上で、最後まで踊り続けてもらうわよ。悲劇のカーテンコールが降りる、その瞬間までね!

 

 

 

【挿絵表示】

 

 




悲劇は肯定された。
それが何より残酷だった。




この物語の行きつく先、ZEROのあとは

  • stay nightは見たいよね。
  • hollow ataraxiaが良いな
  • Apocrypha世界へ出張
  • Grand Order発令‼
  • Samurai Remnantは演技
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