冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~ 作:斉宮 柴野
ここは聖杯戦争が行われる危険地帯です。
なお、本作の主人公は
その事実を最後まで理解しません。
「ふむ……なるほど。主演は7人、助演も7人……計14人のメインキャストによる即興劇なのね。この未遠川を舞台装置として使うなんて、なかなか贅沢なロケーションじゃない。……。勝ち残るのは一組だけ。バトルロイヤル形式の演劇。観客は神のみ、あるいは隠しカメラ越しの世界中の視聴者か。7組のペアが織りなす群像劇……かなりアバンギャルドな構成だわ。脚本がない以上、役者のアドリブ力が全てを左右する。ジル。この舞台、なかなかに難易度が高そうね」
川面を渡る風が頬を叩く。冷たい。
未遠川の河川敷を歩いている。
私の後ろを、巨大な影がつき従う。ジル・ド・レェ。自称「青髭」の怪人俳優。彼は私の言葉一つ一つに、感動に打ち震えるような吐息を漏らしている。役作りが深すぎて、日常生活に支障をきたすレベルの憑依型俳優だ。
「いいえ!ジャンヌよ。ですが……この聖杯戦争、既に私が勝利いたしました!!」
おっと。いきなりの勝利宣言。すごい自信だ。まだ開幕のベルが鳴ったばかりだというのに、「既に勝った」と言い切るその度胸。普通なら「何を根拠に?」と突っ込みたくなるところだけど、彼の目は本気だ。
眼球が飛び出しそうなほどのカッピラキ芸。あそこまで目を見開くと、逆に乾きすぎて涙が出てくるはずなんだけど、彼は瞬き一つしない。もしかして、まぶたの筋肉を切除してる?いや、まさか。そこまで役作りに命を懸けるなんて、トム・クルーズも真っ青だわ。
「……へえ?」
「そうですとも!貴女がここにいると言う以上!聖杯が我が願いを叶えたと言うことの証!勝敗など、もはや些末なこと!既に奇跡は成されたのですから!」
なるほど、そういう解釈ね。『物語の結末は既に決まっている』という確信に満ちた演技。このおじさん、本当に上手い。
「勝利した」と言い切ることで、逆にこれからの悲劇を予感させる……高度な伏線張りだわ。いわゆる「死亡フラグ」を、あえて冒頭で建築していくスタイル。「俺、この戦争が終わったら結婚するんだ」と同じくらいの破壊力がある。
観客は思うはずだ。「ああ、こいつは絶対に酷い死に方をするな」と。その期待を裏切らないために、彼は今、全力でピエロを演じているのだ。泣ける。その役者魂には胸を打たれる。なら、私もそれに乗るのが主演の務め。彼が積み上げたフラグを、さらに高く、強固なものにしてあげましょう。
「貴方ほどの人なら勝ったも同然ね。その自信、嫌いじゃないわ。フライング気味のカーテンコールも、たまには悪くない」
「おお……!ありがたきお言葉!貴女の慈悲深き御心に、この薄汚れた魂が浄化されていくようです!」
「『聖杯』か……。優勝トロフィーみたいなものかしら?私も欲しく思います。それがどんな形状をしているのか、どんな輝きを放つのか……役者として、一度は手に取ってみたいわね」
「何としても私が勝ち取りましょう!貴女に捧げるために!泥に塗れ、血を啜り、屍の山を築いてでも!」
「頼りにしていますよ。我が元帥。貴方の演出プラン、楽しみにしています」
「おお!おおおおお!!!ジャンヌ!!私をそう呼んでくださるとは!!!」
ドサッ!
ジルがアスファルトの地面に、勢いよく額を叩きつけた音だ。土下座。いや、これは五体投地?
両手を広げ、地面にキスをするかのような平伏。リアクションが大きい。大劇場向きね。
帝劇の2階席、いや3階席の客にまで感情を届けるためのオーバースペックな演技。でも、ここ河川敷だよ?観客ゼロだよ?私の目線の高さから見ると、彼の背中がプルプルと震えているのがわかる。嗚咽混じりの歓喜の声。「元帥」と呼ばれただけでここまで喜べるなんて、承認欲求モンスターか。
ただ、一つ問題がある。致命的な問題が。画にならない。私は自分の服装を見下ろす。ユニクロのグレーのパーカー。GUのスキニージーンズ。足元は歩きやすいスニーカー。対する彼は、中世フランスの貴族を模した重厚なローブに、禍々しい装飾品。時代考証が迷子になってる。世界観が崩壊してるのよ。彼が完璧な役作りをしている分、私の「現代の女子大生」という衣装が、ノイズになってしまっている。
これではいけない。主演女優として、衣装にもこだわるべきだ。彼がここまで「中世の亡霊」を演じているなら、私もそれに合わせるのがマナーというもの。トーン&マナーを合わせないと、観客が混乱する。
「……ねえ、ジル。ちょっと相談なんだけど」
「はっ!なんなりと!生贄ですか?それとも新鮮な臓物ですか?」
「違うわよ。なんで思考がすぐにスプラッターに向かうの?貴方、ホラー映画の見過ぎじゃない?」
「はあ……では、何を?」
「衣装よ、衣装。貴方のその素敵なローブに対して、私のこのカジュアルな格好……バランス悪いと思わない?」
額から血が出ている。アスファルトに強く打ち付けすぎたせいで、擦りむいたらしい。血糊?いや、リアルブラッドだ。痛くないの?彼は気にした様子もなく、私の全身を舐めるように見回す。その巨大な瞳が、私のパーカーの繊維一本一本まで鑑定しているようだ。
「……確かに。貴女の高貴なる魂を包むには、あまりにも粗末な布切れ……。現代の衣服とは、かくも魂の抜けたようなデザインなのか……」
「でしょ?ファストファッションの功罪ね。機能性は高いんだけど、ドラマ性に欠けるのよ。だから、私も着替えたいの」
「おお!承知いたしました!直ちに用意させましょう!かつてのオルレアンでの雄姿……銀の甲冑を!聖なる旗を!」
甲冑。……うん、それはちょっと重そう。動きにくそうだし、トイレ行く時大変そう。
それに、金属アレルギーとか出たら嫌だし。私は舞台女優であって、本物の騎士じゃないの。そこら辺のリアリティラインは、現代風にアレンジしたいところね。2.5次元ミュージカル風の、動きやすくて見栄えのいい衣装がいいな。
「甲冑もいいけど、もう少しこう……動きやすくて、かつ『聖女感』が出るようなやつがいいわね。貴方の魔法でなんとかならない?」
「魔法……!おお、貴女は私の禁断の魔術すら肯定してくださるのですか!」
「肯定も何も、使えるものは使うのがプロでしょ?小道具係さんにお願いできる?」
◇◇
ジルが懐から、見るからに禍々しい装丁の本を取り出す。人の皮で装丁されたとしか思えない質感。表紙にはのたうち回るような文字。
小道具担当の趣味が悪すぎる。彼がその本――『螺湮城教本』というらしい――を掲げ、空を切るように振るう。世界が歪む。いや、私の視界が書き換わる。足元から紫色の霧が噴き出し、瞬時に私の全身を包み込む。スモーク?いや、これ映像投影?それにしては質量がある。
「えっ、早っ!?」
霧が晴れる。時間にして0.5秒。私は自分の体を見下ろす。グレーのパーカーとジーンズは消滅していた。代わりに私の体を覆っているのは、月光を弾く白銀の輝き。金属の冷たい感触。胸部を守るブレストプレート、腕を覆うガントレット、腰から広がる蒼き布地。そして右手には、身長よりも長い巨大な白旗。腰には重厚なロングソード。鏡がなくてもわかる。今の私は、完全に『ジャンヌ・ダルク』そのものだ。
「あら……いい感じね」
ガントレットを嵌めた手を握りしめ、開いてみる。カシャン、と小気味よい金属音が鳴り、重い。本物の鉄だ。でも、不思議と重さを感じない。
むしろ、この鎧が私の筋肉を補強し、動きをサポートしてくれているような感覚。パワードスーツ?冬木市の演劇技術、そこまで進化してるの?すごい。早着替えのギネス記録更新じゃない?どうなってるの?形状記憶合金?それとも、この霧自体がナノマシンの集合体で、私の体の表面で瞬時に物質化したとか?……いや、待って。「ご用意できております」って、彼は最初からこの「女性用衣装」を持ち歩いていたの?しかも、私のスリーサイズも測ってないのに、このフィット感。オーダーメイド並みよ。どういうこと?
「……ジル。貴方、普段からレディースの衣装を持ち歩いてるの?もしかして、そういうご趣味?」
「めっ、滅相もございません!!これは我が魔術による具現化!貴女の清らかな魂を形にしたのです!私の薄汚れた欲望など、そこには一切介在しておりません!!」
「まあいいわ。サイズもぴったりだし、デザインも悪くない。これなら舞台映えもバッチリね」
巨大な旗を振ってみる。
ブンッ!!空気を切り裂く音。
これ、旗竿の部分だけで10キロはあるんじゃない?
でも、軽い。羽のように扱える。私の腕力が上がったわけじゃない。この「小道具」の構造を、私の「目」が理解したからだ。
――私の目は、昔から少し「変」だった。何かを見る。例えば、パントマイムの達人の動きを見る。すると、その筋肉の動き、重心の移動、呼吸のタイミング……全てが「情報」として脳に流れ込んでくる。
あとはそれをなぞるだけ。コピー&ペースト。一度見た動きは、完璧に再現できる。ピアノの演奏も、ダンスのステップも、複雑な手品の手順も。「見る」だけで、私の体はそれを実行できる。今、ジルがやった「魔法」も同じだ。彼が本を開き、エネルギーを特定の波長で練り上げ、それを物理的な質量に変換して私の体に纏わせた。そのプロセスが、私の網膜に青焼きの設計図のように焼き付いている。
なるほど。こうやってスイッチを入れて、ここの回路を繋げばいいのね。理解した。構造がわかれば、使い方は簡単だ。
鎧の留め具の「概念」を少しずらす。シュンッ。一瞬で、右腕のガントレットだけを消滅させる。そしてもう一度、脳内の設計図通りに力を流す。ガシャンッ。再び、右腕に白銀の甲冑が現れる。簡単だ。なんだ、ハイテク機器かと思ったら、意外とアナログな「コツ」で動いてるのね。
「うん、小道具にしてはずっしりくる。これなら殺陣も思いっきりやれそう。その出し入れも一度見たから、もう覚えたし」
何度か鎧を出したり消したりして遊ぶ。点滅するLEDライトみたいで楽しい。ジルが、信じられないものを見るような目で見開いた眼球をさらに剥いている。
「な……な……なんと……!?」
「ん?どうしたの?設定ミスってた?袖の長さ調整した方がいい?」
「何もなしに……私の魔術を……いや、神の奇跡を再現したというのですか!?おお、なんという……なんという聖性!!」
あ、感動してる。やっぱり?私のこの「コピー能力」、演出家にはよく褒められるのよ。
「お前は器用だなあ」って。でも、その後に必ずこう続くんだ。
『でも、お前の演技には心がない』
『形だけだ。綺麗すぎるんだよ』
『そこに魂はあるのかい?』
うるさいな。魂なんて目に見えないもので評価しないでよ。完璧なトレースこそが至高の演技でしょう?
私の目は、世界の全てを「演技の参考資料」として分解してしまう。この鎧も、旗も、ジルの涙も。全ては私の引き出しの中のデータ。でも、だからこそ私は最強の女優になれる。どんな役でも、どんな現象でも、一度見れば私のものになるんだから。その時。私の「目」が、別の「波長」を捉えた。ジルも同時に反応する。彼の背筋が強張り、殺気が膨れ上がる。
「むむ……どうやら他の有象無象が居るようです。邪悪な気配……ご用心を、ジャンヌ。この穢らわしい臭気、間違いありません」
「お?」
川の向こう岸。埠頭のほう。確かに「いる」。
エキストラ?いや、この存在感の強さはメインキャスト級だ。私の視覚情報に、赤黒いノイズが走る。敵意。闘争心。そして、隠しきれない自己顕示欲。おっと、シーン転換。「敵」の登場ね。待ちの姿勢は素人。ここで相手が出てくるのを待って、「誰だ!」なんて問答をするのは三流の脚本だ。主役なら、自分からスポットライトを浴びに行かなくちゃ!舞台のテンポを上げるのは、座長の役目!
「行くわよ!ジル!続きなさい!」
アスファルトが砕ける音がした。
え?今の音、私の足音?体が軽い。まるで背中にロケットエンジンを積んでいるみたいに、景色が後方へすっ飛んでいく。
この鎧、やっぱり身体能力強化機能付きだ!私の「目」が、鎧から筋肉へ流れる力の奔流を視覚化している。すごい出力。100メートルを3秒で走れるくらいのパワーが出てる。
これなら、どんなアクションシーンもスタントなしでいける!
「役者同士は絡んでこそよ!挨拶に行きましょう!!舞台荒らしのお出ましよー!!」
「ああっ!!」
「おお!あの猪突猛進、後先考えずに敵陣へ突っ込むその無謀さ!策も何もあったものではない、ただ信仰のみを頼りに突き進むあの姿!!まさにジャンヌ!!!貴女だ、間違いなく貴女だーーーっ!!!」
褒められてるのか貶されてるのか微妙なラインだけど、まあいいわ。
「ほらジル!遅れてるわよ!フレームアウトしちゃうわよ!カメラは私を追ってるんだから!」
「待たれよー!今、お供仕りますぞーー!!貴女の通った道こそが、我が聖地となるのですーー!!」
今夜の演目は、血湧き肉躍る「聖杯戦争」!さあ、どこのどいつ?
私のこのレンタル衣装の「聖女セット」の錆にしてくれるわ!
ターゲット確認。距離、300メートル。そこに立っているのは――優雅に佇む二本の槍を持った男と、しかめっ面の男。ビンゴ。イケメン枠発見!
「こんばんわーー!!死ぬ準備はできてますかーー!?」
全力の笑顔で、その二人へとダイビング・ニー・ドロップを敢行した。
彼女は世界を演じているのか。
それとも世界が彼女を演じさせているのか。
聖杯戦争は、まだ始まったばかり。
次の助演指導の相手は誰が良い??
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衛宮切嗣
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言峰綺礼
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ケイネス・エルメロイ・アーチボルト
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ウェイバー・ベルベット
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遠坂時臣
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間桐雁夜