冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~   作:斉宮 柴野

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愛は、国より重かった。


冬木アクターズ・ラプソディ 第三幕「まだ若き肖像と郷愁の狂気」
愛の残響


なんか頭の奥がジンジンする。

 

重苦しい夢を見ている。

 

解像度が高すぎる。最新のVRゴーグルを被ったまま寝落ちしたのかと思うレベルだわ。

 

匂いも、温度も、風の感触も伝わってくる。これがサーヴァントとの『パスが繋がる』ってやつ?回路が増えすぎたせいで、私の力の受信感度が良くなりすぎて、契約者であるジルの過去の記憶をダウンロードして夢に見てしまっているのね。

 

ファンタジーの定番イベント。ヒロインが主人公の悲しい過去を知って、絆が深まる胸熱展開。よし、ポップコーンはないけど、一流女優として共演者のバックボーンをしっかり鑑賞させてもらうわ。ダメ出しのノートを用意しなくちゃ。

 

◇◇

 

「オルレアン解放バンザーイ!!聖女ばんざーい!!」

 

「あれが聖処女ジャンヌ・ダルクさま……なんて美しい……」

 

「あの隣にいる人達はだれ??」

 

「あの人達かい?救国の英雄達さ。ジャン・ド・デュノワ、ラ・イール、ジャン・ド・メス。そして……若きフランス元帥、ジル・ド・レ様だ」

 

うわあ、すごい熱気。鼓膜が破れそうなほどの歓声。エキストラの数が半端じゃないわ。何千人いるのこれ?CGじゃない、本物のモブの群衆が放つ迫力ってものすごいわね。

 

息遣いと熱気が画面から溢れ出してくる。空に舞う花びら、歓喜の涙、そして青空にはためく白百合の旗。ここは十五世紀のフランス。オルレアン解放の凱旋パレードのシーンみたい。大作歴史映画の冒頭としては100点満点の掴みね。

 

ハリウッドの超大作でもここまで金はかけられないわ。セットの作り込みも異常よ。石畳の汚れ具合とか、中世特有のちょっとアレな下水の匂いまで完璧に再現されているの。4DXシアターも顔負けの臨場感で、ちょっと鼻をつまみたくなるわ。

 

そして、群衆の熱狂的な視線の先には、馬に乗った一人の少女がいる。本物の、本家本元のジャンヌ・ダルクさん。なるほど、金髪で、質実剛健な甲冑を着ていて……確かにちょっと私に似ているような、似ていないような?まあ、オーラとプロポーションは私のほうがあると思うけど。彼女はもっと素朴というか、田舎娘の純朴さが抜けきっていない感じね。

 

そして、その彼女の馬の隣を、誇らしげに歩く騎士たち。デュノワとかラ・イールとか、世界史の教科書でチラッと見たことがあるような名前が並んでいるわね。その中で、ひときわ目を引くイケメン……いや、ちょっと目が大きいけど、シュッとした顔立ちの青年騎士がいる。誰あれ?ブレイク寸前の若手俳優?

 

……って、ええええええええええ!?あれが『若きフランス元帥、ジル・ド・レ』

 

嘘でしょ!?あの、目玉ギョロギョロでヒゲもじゃの、触手大好きな不気味なおじさんの若い頃!?ビフォーアフターの振り幅がエグすぎるわ!悪徳美容外科の失敗例とか、激太りダイエット企画の逆バージョンみたいな変化じゃない!

 

この頃の彼は、ただひたすらに前を向く、希望に満ちた大型犬みたいなキラキラした目をしている。本当に同一人物なの?詐欺よ、これは。

 

「ジル!また目を飛び出させて!えい!!」

 

「おお!ジャンヌ!!目潰しはやめなさいと何度も言っているでしょう!!」

 

「ガハハ!元帥様は本当に聖女にご執心だ!」

 

「や、やめてください。私は軍人です。シャルル陛下に仕える身です。不敬ですよ」

 

ちょっと待って。今、とんでもない暴力シーンがインサートされなかった?本家のジャンヌさん、ニコニコしながらジルの両目に指を突っ込んだわよ?綺麗なV字の指の形で、迷いなくズボッと。

 

えええ……聖女って、あんな野蛮なコミュニケーションを取るの?プロレスラーの反則技じゃないんだから。コンプライアンス的にどうなのよ。

 

BPOにクレームの電話がいれられちゃうわ。「子供が真似したらどうするんですか!」って。これが史実のヒロイン?腕力強すぎない?しかも、目潰しを食らった若きジルは、痛がるというよりも「もー、ジャンヌはしょうがないなー」みたいな照れ隠しのリアクションをしている。完全に惚れてるわね、これ。

 

周囲のおじさん騎士たちも、「ヒューヒュー!若いねえ!熱いねえ!」みたいに居酒屋ノリで茶化しているし。ジルってば、顔を耳まで真っ赤にして「不敬ですよ」なんて早口で言い訳している。可愛い。純情すぎる。チェリーボーイか。

 

あのサイコパスで猟奇的なキャスターのおじさんの中に、こんなピュアな青春時代があったなんて。なんだか、見てはいけない共演者の黒歴史アルバムを開いてしまったような、いたたまれない気持ちになるわ。

 

それにしても、あのジャンヌという少女は、無自覚な魔性の女ね。あんな風に無邪気に男の心をかき乱して、責任を取らずに歴史の表舞台から去っていくなんて。私とは違うベクトルの、天然系のタチの悪さを感じるわ。罪な女。

 

 

◇◇

 

 

 

「ジャンヌが捕らえられた!?すぐに救出部隊を!!いや、身代金の交渉を!!陛下に上奏を!!」

 

 

ちょっと!監督!カット割りが雑すぎない!?もっと間のエピソードがあったでしょうに!パリ包囲戦とか、コンピエーニュでの戦いとか、二人の心の距離が縮まるような感動的なシーンが!ダイジェスト編集にも程があるわ。尺の都合なのかしら。

 

でも、悲しいかな。私は知っているのよ。フランス王室は、ジャンヌを見捨てるってことを。政治的な駆け引きの中で、彼女は用済みのお荷物として、あっさりと切り捨てられるの。

 

 

◇◇

 

 

「ジャンヌ…………。なぜだ、なぜ……!!」

 

再び暗転。そして、今度は炎の爆ぜる音が、鼓膜を焦がすように響いてくる。

 

ルーアンの広場。火刑台。高く積まれた薪の中央で、縛り付けられた少女の足元から、無慈悲な赤い炎が立ち上っていく。煙が目に染みる。やめて。見たくない。でも、これは夢だから、目を閉じても視界から消えてくれない。熱い。

 

そして、それを群衆の最後尾から、マントで深く顔を隠して見つめているジル。

 

自分の無力さへの怒り。奇跡を起こさない神への疑問。彼女を見殺しにした世界への憎悪。

 

あんなに純粋だった青年の心が、今、音を立てて砕け散っていくのがわかる。美しいガラス細工が、コンクリートの床に叩きつけられて粉々になるように。

 

美しい悲劇。そう、役作りとしてのバックボーンは満点よ。これ以上ないくらい感情移入できる。でも、生々しすぎる。

 

 

◇◇

 

「私は、この国を、憎んだのだ……!全てを裏切ったこの国を滅ぼそうと誓ったのだ!ジャンヌ、貴女は彼らを赦すだろう。しかし、私は赦さない!神とて、王とて、国家とて……!!滅ぼしてみせる。殺してみせる」

 

「元帥閣下。これが魔術書でございます。……ええ、少年を捧げれば、あるいは悪魔の力でジャンヌ様が……」

 

「ならば……集めよ。幾人でも!!」

 

 

勝手な解釈だけど、愛の裏返しとしては凄まじいエネルギーだわ。ダークヒーローへの転落。

 

フランソワ・プレラーティ?見るからに悪徳プロデューサーとか、怪しい新興宗教の勧誘員みたいな顔してる!胡散臭さのデパートみたいなやつね。手には人皮で装丁されたような、禍々しい本を持っている。

 

ああ、こうして彼は「英雄」から「殺人鬼」へとクラスチェンジを果たしたのね。堕ちていく様は演劇としてはドラマチックだけど、巻き込まれる子供たちからしたら大迷惑もいいところよ。

 

彼がこんなにも狂ってしまったのは、ジャンヌへの異常なほどの愛と執着があったから。その愛の重さが、痛いほどに今の私にはよくわかる。だって、彼はずっと私のことを「ジャンヌ」と呼んで、あの時と同じ熱量で慕ってくれているんだから。

 

「なぜだ!!私を殺すなら、魔女の同調者ではなく『反逆者』として殺せ!!私は確かに子供たちを殺めた!!だが!!!フランスよ!シャルルよ!!ジャンヌを……ジャンヌを裏切ったこの国に呪いあれ!!神は死んだ!!そうだ………そうでなくば………彼女は何のために……炎に焼かれたのだ!!く……くうおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」

 

なんて……なんて重い愛と憎悪なの。彼は最後まで、ジャンヌのことだけを思って死んでいった。自分の行いが地獄行きだとわかっていても、彼女を見捨てた世界を許せなかった。世界を敵に回してでも、一人の少女の無念を晴らそうとした。

 

狂っている。でも、その狂気すらも美しく思えてしまうほどの、途方もないスケールの純愛。彼の中のジャンヌ・ダルクという偶像は、もう彼自身の命よりも重くなってしまったのね。

 

この途方もない悲劇の結末を、私はどうやって演出してあげればいいの?重い。役者として受け止めるには、彼のバックボーンはあまりにも重すぎる。

 

「……………ジル……」

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

「真樹??真樹……」

 

真っ先に視界に飛び込んできたのは、眩しいほどの朝の光。高級ホテルの分厚い遮光カーテンの隙間から、冬木の朝日が一直線に差し込んでいる。

 

そして、肌を包み込むこの滑らかな感触。間違いなく、最高級エジプト綿のシーツね。スレッドカウントが高いシーツ特有の、吸い付くような肌触りがたまらない。ああ、ここがスイートルームのベッドの上だって、すぐに理解できるわ。

 

あ、綺礼さん……。おはようございます。朝からイケメンの顔を見られるなんて、女優冥利に尽きるわね。昨日はデートしてから……えっと……。うーん。

 

スースーする。なんというか、布の摩擦係数が限りなくゼロに近い。パジャマの感覚がない。ネグリジェの感覚もない。下着の……感覚も、ない。

 

そっと自分の身体を確認する。右手を動かし、胸のあたりを触る。……直接肌に触れる。お腹のあたりを触る。……直接肌に触れる。足の先を動かしてみる。……何も身につけていない開放感が足先まで広がっている。

 

全裸。すっぽんぽん。生まれたままの姿。シーツの下の自分は……完全なる裸だわ!!

 

彼は……服を着ている。黒い法衣をきっちりと着込んでいる。乱れ一つない。ボタンも上まできっちり留まっているし、首元の十字架も定位置にある。

 

ベッドは……同じこのキングサイズのベッドを使っているはず。隣の枕には、確かに誰かが頭を乗せていたような凹みがある。

 

ちょっと待って。状況を整理しましょう。

 

あれ?昨日の記憶がないわ。

 

地下駐車場で爆弾を回収して、屋上で切嗣さんに突きつけて……。なんか痛い弾丸で胸を撃たれて……。その後、どうしたんだっけ???

 

それからの記憶がスッポリないわ。気づいたらホテルのベッドで全裸。隣には神父。

 

……これ、完全に「事後」のシチュエーションじゃないの!!え!?嘘でしょ!?私、記憶飛んでる間にヤッちゃったの!?

 

「綺礼さん!!私!!昨夜……!!」

 

ヒステリックな女みたいになっちゃってるけど、背に腹は代えられないわ!説明して!昨日の夜、私と貴方の間に何があったの!?

 

「良いのです。聖女よ。人には、我を忘れて話したくなることもあるのです。夜通しお付き合いしたのは、私の意思です。気になさることはありません」

 

うう!!!「お付き合いした」って何!?どのレベルの「お付き合い」なの!?「言葉」によるディープな会話なの??それとも「腰」を使ったフィジカルな会話なの!!???

 

どっちよ!!日本語って本当に厄介ね!主語と述語が曖昧すぎるわ!私が今、全裸でベッドにいるってことは、ヤッたのよね??ヤッたと言うことでいいのよね?!?

 

どうしよう、どうしよう!濡れ場の稽古なんて、まだあんまりしてないのよ!!

 

清純派で売っていく予定だったのに!それに、私の記念すべき生ベッドシーンの記憶が飛んでるとか、役者失格じゃない!!ビデオ録画くらいしておきなさいよ、私のポンコツ脳内ハードディスク!

 

「それにしても真樹。寝る時に裸になるのは『癖』とのことだが……そのままではシーツや布団が傷むぞ。風邪も引く。人間としての基本的な生活習慣は見直すべきではないかな」

 

……は?オカンかお前は!!「シーツが傷む」とか「風邪引く」とか、完全に田舎の母親の小言じゃない!!

 

ていうか、更にヤッたのかどうかわからんくなったわ!!「寝る時は裸派」って自分で言ったの!?私、そんな大胆なカミングアウトを初対面の男にして、服を脱ぎ捨てたの!?泥酔したオヤジか私は!

 

ちょっと、私の身体はどうだったの!?よかったか!?ちゃんと魅力的だった!?肌荒れとかしてなかったかしら!そこが一番重要なのよ、女優としては!

 

「綺礼さん、私と貴方は……その……昨夜、ベッドの上で……」

 

「わかっている。私が『正義の味方』を張り続けられるか……。貴女には、ずっと見ていて欲しい……。私のこの苦悩の歩みを、最も近くで」

 

だから!!どっちとも取れる言葉をくれないで!!「最も近くで」って、物理的な距離のこと!?それとも精神的な距離のこと!?

 

嬉しいけど!!こんなイケメン神父にそんな熱いセリフを言われるのは、女優として至上の喜びだけど!!子持ちの男性でも全然気にしないし、むしろ包容力があって素敵って思っちゃうけど!!!

 

もしヤッてたら、私が子持ちになるかもしれないじゃない!!聖女の処女受胎!?いや、物理的にヤッてたら処女受胎じゃないわよ!ただの未婚の母よ!ゴシップ誌の格好の餌食じゃない!「清純派女優・聖上真樹、謎の神父と極秘お泊まり!妊娠発覚か!?」なんて見出しが躍っちゃうわ!

 

落ち着け、私。ここは演技力で乗り切るのよ。相手から情報を引き出す「カマかけ」のテクニックを使うの。

 

「昨日……私、どうしたのかしら?少し記憶が曖昧で……」

 

どう!?これで彼が少しでも動揺したり、恥ずかしがったりすれば「確定」よ。大人の関係を持った証拠を引きずり出してみせるわ。

 

「そうだな……。そう改まって言われると、恥ずかしい限りだ」

 

やっぱり!!ヤッてる!!これは完全にヤッてるリアクション!!事後の気まずさと、思い出し照れが混ざった男の顔よ!!間違いないわ、私とこの人は一線を越えたのよ!!

 

「君を『美しい』と呟いてしまったのは、私の堕落かもしれん。神の道に仕える者として……いや、一人の人間として、己の欲望を声に出してしまった。戒めるよ」

 

戒めてるー!自分の欲望を反省してるー!ちょっと待って!戒めてる人が、事後に同じシーツの中で一緒に寝るかなー?!普通の感覚なら、ヤッちゃった後で「すまない、私は神を裏切ってしまった」とか言って、服を着て逃げるように帰るのが聖職者のテンプレじゃないの!?それなのに、朝まで私の寝顔を横の椅子で見守ってたの!?

 

どっち??どっちなの???この人、演技が上手すぎて本音が全く読めないわ!!ナチュラルボーンのサイコパスだから、常識の定規が通用しないのよ!「美しいと言ってしまった」ことが恥ずかしいの?それとも「美しいと言いながら抱いてしまった」ことが恥ずかしいの?行間が深すぎて解読不能よ!

 

「……服を着るわ」

 

これ以上追及しても、はぐぐらかされるだけだと悟った私は、降参の白旗を上げる。ボロが出る前に、一度リセットが必要よ。この全裸という圧倒的ディスアドバンテージな状態では、まともな論戦は不可能だわ。

 

「そうだな……。私は一度帰る。アサシンからの昨夜の報告も聞かねばならない。監督役としての職務もあるゆえ。……また会おう、真樹。夜が来れば、また」

 

バタン。

 

「うわあああああああん!!!」

 

わかんない!結局どっちだったのか全然わかんない!!私は抱かれたの!?それとも放置されたの!?

 

言峰綺礼!恐ろしい男!こんなに私を翻弄する相手、今までいなかったわ!

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

「ジャンヌ!! おはようございます!!」

 

「ビクッ!? ジル! 貴方どこ行ってたの?? 大事な主演女優を一人にして! というかノックくらいしなさいよ!」

 

危ない。本当に危ない。今の私は、文字通りのすっぽんぽん、生まれたままの姿(イヴ状態)なのだ。

 

綺礼さんとの「記憶にない夜」のせいで全裸でベッドに取り残されていた私の純潔(ビジュアル的な意味で)が、あわやフランスの元帥様に大公開されるところだった。

 

「ジャンヌ!! なんとご無体な! 私は貴女の命により、ケイネス氏とソラウ殿の護衛として、結界の張られた別室で一晩中監視(という名の立ちんぼ)をしていたのですぞ! 貴女が『あのツンデレ講師を守れ』と仰ったからではありませんか!」

 

そうだ。昨日の夜、私は確かに彼に「ケイネス先生の専属ボディガード」を命じたのだ。

切嗣さんの爆弾テロから先生たちを守るため、そして恩を売っておくための完璧なキャスティング。

 

「あ……ご、ごめんなさーい。完全に忘れてたわ。えっと、先生たちは無事だった?」

 

記憶喪失と全裸のパニックで、自分の出した指示(ディレクション)をすっかり頭から飛ばしていたなんて、演出家としてあるまじき失態だわ。

 

「良いですが……。貴女が無事であればそれで。ケイネス氏の部屋は強固な魔術結界が張られておりましたが、私はその外側で一睡もせずに立ち尽くしておりました。時折、銀色のスライムのようなものが扉の隙間から私を威嚇してきましたが、聖女の騎士として一歩も引き下がりませんでしたぞ!」

 

あの水銀の礼装(月霊髄液)と一晩中睨み合っていたのね。ケイネス先生からしたら、扉の外に不気味な甲冑の男がずっと立っているなんて、ホラー映画以外の何物でもない恐怖体験だったに違いないわ。

 

「ジル………」

 

「はい、ジャンヌ」

 

彼がまだ、狂気に堕ちる前の、希望に満ちた実直な眼差し。

オルレアンの街をパレードで練り歩いた時の、あの誇らしげな横顔。

そして、私(ジャンヌ)を失ったことで、国を呪い、神を呪い、自らの魂を悪魔に売り渡してまで絶望の底に沈んでいった彼の姿。

 

あの狂気と悲鳴の記憶が、私の魔術回路を通して、今も胸の奥でチリチリと痛みを放っている。

 

「フランスを……まだ憎んでいますか?」

 

「ッ……!」

 

その問いは、彼にとっての根源的な罪への問いかけであり、決して触れられてはならない魂の古傷を抉る刃だ。

 

「……憎んでいないといえば、嘘になりましょう。彼らが貴女を見捨てたこと、私は永遠に赦すことはできない。あの日、炎に焼かれる貴女を救えなかった私自身も含めて、全ての無力を、全ての裏切りを、私は憎み続けている」

 

その声には、数百年の時を経てもなお消えることのない、呪いのような情念がこびりついている。

だが。

 

静かに、私のベッドの傍に歩み寄り、冷たい床に膝をつく。

騎士が主君に忠誠を誓うように。

あるいは、罪人が神に懺悔するように。

 

「ですが……。時を超えて、こうしてまた貴女と巡り会えた。貴女のそのお声を、再びこの耳で聞くことができた。あの血塗られた狂気すらも、地獄の業火すらも、全てが貴女のもとへ至るための道程だったのだとすれば……それを……今は貴重に思いたいのです」

 

彼は自分の罪を肯定するわけではない。ただ、その罪の果てに私という存在(奇跡)に再び出会えたこの事実だけを、彼は何よりも尊いものとして受け入れようとしているのだ。

 

「ジル……」

 

「貴方には感謝を。主にではなく……貴方に……。最後まで私を信じてくれて、私のために怒ってくれて、本当にありがとう。そして……残して逝って……一人にしてしまって……ごめんなさい」

 

「おお……ジャンヌ……。我が聖女……。ああ、ああ……神よ……!」

 

 

でも、私は悲劇のヒロインで終わるつもりは毛頭ない。

涙のお涙頂戴シーンは、あくまで物語のスパイス。メインディッシュはこれからだ。

 

「さあ! 湿っぽいのは終わり! 涙を拭いて、今日も元気にロケハンに出発よ!」

 

「はっ! どこへなりとも!! 貴女の行く道が私の進む道! して、本日はどなたを血祭りに……いえ、どなたの演技指導へと向かわれるので!?」

 

彼は涙を甲冑の袖でゴシゴシと乱暴に拭い、すぐに忠犬の顔に戻って立ち上がる。

 

「ケイネス先生から聞いたんだけど、ライダーの助演のウェイバー君。彼ね、ケイネス先生の小道具(聖遺物)を泥棒して、勝手にライダーを召喚したらしいのよ!」

 

そう、昨夜ケイネス先生と少し言葉を交わした時に仕入れた、とんでもないゴシップ情報だ。

 

「なんと! それは真(まこと)ですか!」

 

「ええ! 本当よ! 劇団員(キャスト)のコンプラ違反は絶対に許せないわ! 人の小道具をパクって舞台に上がるなんて、役者の風上にも置けない行為よ! 小道具さんの苦労を何だと思ってるの!?」

 

演劇界において、他人の道具を盗む行為は重罪だ。

大御所俳優の楽屋泥棒。

そんなスキャンダル、業界から干されて当然のレッドカードである。

 

「他人のマント(聖遺物)でデビューするなんて、図々しいにも程があるわ! 倫理委員会(私)として、コンプライアンスの徹底を厳しく指導してあげないと! プロ意識が足りなすぎるわ!」

 

「はっ! その通りでございます! ただ今、出発の準備を!!」

 

(ジャンヌの怒りはもっともだ! 窃盗など騎士道に反する恥ずべき行為! このジル・ド・レが、鉄槌を下してくれよう!)

 

「私は着替えるから、ジルは廊下で待ってて! ルームサービスは後で食べるから置いといてちょうだい!」

 

「御意!!」

 

恋愛のモヤモヤなんて、舞台のトラブルシューティングに比べれば後回しよ。




過去を知ることは、救済ではない。
ただ、理解するだけだ。

この物語の行きつく先、ZEROのあとは

  • stay nightは見たいよね。
  • hollow ataraxiaが良いな
  • Apocrypha世界へ出張
  • Grand Order発令‼
  • Samurai Remnantは演技
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