冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~ 作:斉宮 柴野
だが今宵は、酒で。
「おお!これとこれと、これと……それとこれも貰おうか!この『せんべい』というのもなかなか美味いな!歯ごたえがあって余は気に入ったぞ!」
八百屋や肉屋の店頭で、大柄な男が豪快に買い物をしている。大柄っていうか、もう規格外のサイズよ。身長は2メートルを優に超えているし、肩幅なんて軽自動車くらいあるんじゃないかしら。
「毎度ありー!お兄さん、体格いいからたくさん食べなよ!おまけでメンチカツも一つ入れとくね!」
適応力が高すぎない?こんなコスプレ巨漢が買い食いしてても「体格のいいお兄さん」で済ませちゃうなんて。
それとも、アレクサンドロスさんの放つ謎のカリスマ性が、不審者オーラをかき消しているのかしら。陽気なオーラが強すぎて、誰も警戒していないわ。
「だから……勝手に外に出るなよ!隠匿も何も無くなるじゃないか!聖杯戦争中なんだぞ!!」
傍から見るとヒグマに付き従う子犬みたいだわ。
「何を堅苦しいことを。いいか坊主、コソコソ隠れるのは王の戦い方ではない。堂々と胸を張って歩かぬか。っていうか、アサシン以外の連中の正体は、昨夜あの聖女のおかげで大半が割れておるのだ。そう焦ることはあるまい」
って、私のことよね?ええ、そうよ。私が初日の夜にコンテナの上で盛大に自己紹介大会を主催したおかげで、この舞台のキャスト陣はだいたい顔見知りになっているのよ。
秘密主義でコソコソするなんて、エンターテインメントとして三流だもの。オープンな情報公開こそが、現代の視聴者参加型コンテンツの基本よ。
「それはそうかも知れないけどさ〜……。でも、魔術師の戦いは基本は闇討ちで……ああもう、聞いてないし!勝手にコロッケをもう一つ注文するな!」
ウェイバー君たちがどこにいるかも知らないから、とりあえず街を回ってロケハンしようと思っていたら……まさか普通に商店街で買い食いしているところに遭遇するなんてね。
情報収集の苦労が省けて助かったわ。と言うか、アレクサンドロスさん目立つなあ。あの筋肉、どう見てもCGや特殊メイクじゃないわよね?血管の浮き出方とか、筋肉の筋の入り方とか、ボディビルダーも真っ青の仕上がり具合だわ。
「大王!こんにちは!商店街のロケ、お疲れ様です!」
「おお!一昨日の聖女ではないか。息災であったか!港での大立ち回り、見事であったぞ!」
気さくだわ。王様というよりは、気のいい親分、あるいは近所の気のいいおっちゃんって感じね。威厳を保ちつつも、親しみやすさを忘れない。ファンサービスの大切さをよくわかっているベテラン俳優の立ち振る舞いよ。でも、彼の足元にいるウェイバー君の反応は全く違う。
「げ!!」
「ヤバい女」って、失礼ね。私はただ、自分の演技論に忠実なだけなのに。情熱的な演出家は、時として狂人に見えるものなのよ。天才と狂気は紙一重って言うじゃない。
「『げ!』とはご挨拶ね。レディに向かって、カエルの潰れたような声を出さないでちょうだい。泥棒子役のウェイバー君??」
「ど、泥棒!?」
泥棒と呼ばれたことに対して、すごく心外そうな、あるいは図星を突かれて動揺しているような、絶妙な表情ね。なんか心当たりがなさそうに見えるけど……とぼけているのかしら。それとも、自分のやらかしたことの重大さを理解していないだけ?若さゆえの過ちってやつね。
「ええ、泥棒よ。私、ケイネス先生から直接聞いたわよ。愚痴をこぼしていらしたわ。貴方、先生がこの舞台のためにわざわざ用意したアレクサンドロスさんの小道具を盗んで、勝手に参加したんですってね?ロード・エルメロイの楽屋から、貴重なアイテムをくすねるなんて、いい度胸してるわ」
アインツベルン城でのドタバタの前に、ケイネス先生とお茶をした時に、彼が眉間を揉みながらこぼしていたのよね。「私の教え子に、マケドニアの征服王の聖遺物を盗んだ不届き者がいる」って。
そのせいで、先生は急遽ディルムッドさんをキャスティングする羽目になったらしいわ。まあ、ディルムッドさんもイケメンだから結果オーライな気もするけど、プロデューサーとしては予定外のトラブルで頭が痛かったでしょうね。
「いや……その……あの……。あれは……盗んだんじゃない!正当な評価をしてくれない彼への……時計塔の古い体制への……抗議というか……!僕の実力を証明するための、正当な実力行使だ!」
声が裏返っているわよ。若手特有の、承認欲求と反骨精神がこじれたパターンのやつね。「大御所が認めてくれないから、勝手にオーディションに乱入してやったぜ」みたいな。熱いロックな精神は評価するけど、やり方がマズいわ。
「抗議のために備品をパクるなんて、劇団のコンプライアンス違反ですよ!コンプラ意識が低すぎるわ!今の時代、そんなスキャンダルが週刊誌にすっぱ抜かれたら、一発で炎上して降板よ!役者生命が絶たれるわよ!人の小道具をパクって舞台に上がるなんて、役者の風上にも置けない行為よ!小道具さんがどれだけ苦労してオークションで落札してきたと思っているの!その努力を無下にするなんて、倫理委員会として絶対に見過ごせません!厳重注意、最悪の場合はイエローカードよ!」
芸能界のルールを舐めないでよね。私がまくしたてると、ウェイバー君は完全にフリーズしてしまった。「コンプライアンス」とか「倫理委員会」とか、彼には聞き慣れない横文字の羅列に、脳の処理が追いついていないみたいね。
魔術師の世界って、殺し合いや騙し合いは日常茶飯事なのに、泥棒くらいで怒られるなんて思ってなかったのかしら。モラルが中世で止まっているのよ。アップデートしなさい。
「ガッハッハ!!王の遺物を盗むとは、なかなかの大物よ!いい度胸をしておるではないか!この坊主は、己の力を証明するために、師から宝を奪い取って戦場に出てきたのだ!まさに覇道の素質があるな!奪い、己の力とする!余はこういう血気盛んな若者は嫌いではないぞ!むしろ気に入っておる!」
え?普通に肯定している。というか、絶賛している。泥棒行為を「覇道の素質」って言い換えるなんて、どんだけポジティブな解釈なのよ。征服=略奪ってこと??他人のものを奪うことが、彼らの世界ではステータスになるの?野蛮な時代の人ねえ。倫理観を現代に持ち込まないでほしいわ。
「大王、略奪は戦の常……と言う時代におられたかもしれませんが、それは民を苦しめる行為です。それに、現代のコンプライアンスにおいては、パワハラや窃盗は一発アウトの事案です。SNSで拡散されたら、謝罪会見を開いても収まらない炎上案件ですよ。自重されますよう、強くお勧めします」
彼らが英雄であろうと、この現代日本というロケ地で活動する以上、最低限のルールは守ってもらわないと困るのよ。コンプライアンス遵守は、健全なエンターテインメントの基本中の基本なんだから。
「おお!!ジャンヌよ。然り!!然り!!聖女の慈悲は、万民の平穏を願うもの!!窃盗などという下劣な行為は、騎士道に反する恥ずべき振る舞い!このジル・ド・レ、貴女の正しき導きに、心の底から感銘を受けておりますぞ!!」
「然り!然り!」って、古い言葉遣いが逆に新鮮ね。でも、ジル。貴方、生前は子供たちを誘拐して……みたいな、コンプライアンスどころか人類の敵レベルの犯罪を犯しているサイコパス殺人鬼よね?どの口が「下劣な行為は騎士道に反する」なんて言っているのよ。貴方のその見事なまでのブーメラン発言、コントとしては最高だけど、ツッコミ待ちかしら。
「ジル、貴方は一旦黙ってて。今は私が指導しているところだから」
「はっ!!申し訳ございません!私は貴女の影として、静かに控えております!」
本当に忠犬ね。躾が行き届いているわ。
「さて、ウェイバー君。そして大王。コンプライアンス研修の一環として、今日は私がみっちりと現代社会のルールと、役者としての心構えを教えてあげます。逃げようとしても無駄よ」
◇◇
「まあ、そこはこの聖杯戦争に勝ってから考えるとして……だ。聖女よ。ちょうどよい。頼まれてくれんか?」
あのねえ。人の話を最後まで聞きなさいよ、大王様。現代社会で「勝ってから考える」なんて行き当たりばったりのベンチャー企業みたいなマインドじゃ、すぐに資金繰りがショートして倒産よ。事業計画書はちゃんと練り込まないと。
「はい?何でしょう?私のウェイバー君への用件が終われば問題ないですよ」
この泥棒子役への指導は、倫理委員会委員長の重要な職務なんだから。「ごめんなさい」の反省文を提出させるまでは、絶対に許さないんだからね!
「うむ!良かろう!!」
「僕の話だぞ!!!終わらせるなよ!!」
コントの掛け合いとしては完璧な間合いね。彼ら、実は名コンビなんじゃないかしら。
「余は今夜、あの黄金のアーチャーと『王の格』を問う問答を開こうと考えておる。貴女、ふさわしい場所と酒を知らんか?」
王の格を問う問答。つまり、飲み会ね。しかも、あの金ピカの王様とサシ飲み?それはまた、濃いメンツね。視聴率が取れそうな豪華な対談企画だわ。
※アルトリアは『モルガン』認定されてるから、王様カウントに入ってない……不憫。
「私はアーサー王だ!」って一生懸命主張してたのに、すっかりヒール役として定着しちゃってる。可哀想に。でも、これも「悪役」としてブレイクするための試練よ。頑張れ、アルトリアちゃん!
「なるほど。お酒の席でマウントを取り合うと。業界人によくあるやつね。自分の出演作の興行収入とか、監督とのパイプの太さとかを自慢し合うみたいな。アルハラはそこそこになさって下さいね」
「あるはら?」
「アルコール・ハラスメントの略ですよ。お酒を強要したり、酔って暴れたりすることです。王様たるもの、飲み方もスマートでなければなりません」
「ガッハッハ!余の酒宴にそのような無粋な真似はない!ただ、器の大きさを酒で測るのみよ!」
うーん、その「器の大きさを酒で測る」っていう発想自体が、すでに昭和の体育会系ノリなんだけど。まあいいわ。ファンタジー世界の王様たちに、現代の飲み会のマナーを説いても仕方ないし。
「良いですよ。私はバーテンダーの役をこなすために、お酒に関してはうるさいです。場所のコーディネートもお任せください。場所は……そうね。アルトリアちゃんとこのお城にしましょう。昨日戦って半壊したから、今は空き家同然でしょうし」
実際のところ、私は未成年だからお酒なんて飲んだことないんだけどね。でも、バーテンダーの役作りのために、カクテルのレシピ本とかワインの銘柄辞典とか、一通り暗記しているのよ。知識さえあれば、プロっぽく振る舞えるのが役者の強みよ。
「なるほど!勝利した戦場での酒宴とは!覇に相応しい、素晴らしい提案だ!!」
廃墟での飲み会。ちょっとアンダーグラウンド感があって、インスタ映えしそうじゃない?それに、あの城ならいくら騒いでも、近所迷惑にならないし。
切嗣さんたちが仕掛けた爆弾とかがないかだけ、ちょっと心配だけど。まあ、王様たちなら爆発しても死なないでしょう。
「あとはギルガメッシュ王ですね。彼をどうやっておびき出すか……」
あの金ピカさん、プライドが高すぎて、普通に「飲み会やろうぜ!」って誘っても「雑種が我に気安く声をかけるな」とか言って断られそう。でも、たぶん……その辺にいる気配が……。
視線を上げる。商店街のアーケードの屋根の上。
「いた。おーい。王様!!」
相変わらず、私服でも金ピカなのね。休日の六本木にいそう。
「奇遇だな。聖女よ。我がたまたま散策しているところに遭遇するとは……その望外の幸福に身を震わせるがいい」
たまたま?嘘つけ。絶対、上からずっと私たちの様子を観察してたでしょ。暇なの?王様って、もっと激務なんじゃないの?それとも、有給休暇中?
「はいはい、このジャンヌ・ダルク、喜びに身を打ち震わせております。偶然お会いできて光栄の極みですわ〜。なので美味しいお酒を下さい!」
大げさな身振りで喜びを表現してみせる。そして、すかさず本題に入る。オフ会の幹事としては、まずはスポンサーから資金を引き出すのが鉄則よ。
「うむ………だが、我がなにゆえ臣下でもない者に宝を下賜せねばならん。道理が立つまい?」
やっぱりめんどくさい人ね。『自分から出すのは癪だけど、理由をつけてくれれば出す』って顔に書いてあるわ。完全にツンデレの対応マニュアル通りじゃない。ここはこれで、彼のプライドをくすぐりつつ、論破してあげましょう。
「ギルガメッシュ王、貴方は『宝である以上は自分のものである』とおっしゃいましたね?」
「それがどうした」
「で、あれば『人』もまた宝とは言えませんか?」
「ふん。我が民は王に傅くもの。所有物ではあるが、等しく宝と呼ぶには値せん」
人民は彼にとっての道具に過ぎないってことね。暴君っぷりが板についてるわ。
「全員が?例外なく?」
「いや……極一部の功臣や忠臣であれば、言えなくもないが……」
彼の中にも、特別扱いする「親友」や「優れた部下」の存在があるみたいね。そこにつけ込むわよ。
「であれば、我々もまた忠臣、功臣です!」
「論理が飛躍しすぎておるわ!!貴様らがいつ我に忠義を尽くした!!むしろ、我の言うことを聞かずに勝手に動き回っておるではないか!!」
彼の言う通りよ。私たちは彼の部下でもなんでもない。ただの競合他社だもの。
「なぜなら、貴方は『人類の裁定者』を自認しておられる」
「………相違ない」
「我々は王であり、聖女であり、魔女であります。人としての臨界を超えた者……人類という種の可能性の極致。歴史に名を残した、いわば『人類の代表作』です。であれば、人類を裁定する貴方にとって、我々は見定めるに値する『特上のコレクション』でしょう?」
「ならば、その宝を磨くための褒賞を得る資格があると思いますが?コレクションの手入れに投資するのは、コレクターの義務でしょう?貴方があまねく人類を見定めるのなら……その程度の経費、ケチるべきではありません」
「……………」
◇◇
王様の赤い瞳が、私を射抜くように見つめている。ただ見ているだけじゃないわ。彼のその双眸の奥に、すべてを見通す『千里眼』という名の超高性能スキャナーが稼働しているのがわかる。
普通の人間なら、その圧倒的な眼光の前に平伏し、自分の存在を隅々まで暴かれる恐怖に震え上がるのでしょうね。
(……狂っておる。己が狂っていることにすら気づかぬほどに、純粋に)
(この女、世界を自らの『劇』として飲み込むつもりか。他者の人生を『配役』として消費し、自身の『演技』のために世界の理すらも改竄しようとする、果てしない自己肯定と傲慢)
(それは、人類への愛をこじらせ、自らが人類の管理者になろうとする存在――まさに人類の癌。忌まわしき悪性の萌芽……)
……ん??なんだか物騒な単語が出てきたわね。人類の管理者?人類への愛をこじらせた存在?……それって、要するに「超熱狂的なファンクラブ会長」とか、「全人類のプロデュース権を握るメガ・プロデューサー」ってことよね!?
エンタメ界のドンってことじゃない!私が、全人類のアイドルであり、同時に全人類をディレクションする統括プロデューサーになる。
芸能界のドンってだいたいそういう黒い噂を背負っているものよ。悪性の萌芽?大いに結構!癌細胞のように無限に増殖して、この退屈な世界を私の色のエンターテインメントで完全に侵食してあげるわ!
「マキよ……。そなたは………もはや……」
「ん?何か??」
(だが、面白い)
(この泥にまみれた時代に、これほど無垢で、これほど巨大な『道化』が現れるとは。刈り取るのはいつでもできる。ならば今は、この狂劇を特等席で観賞してやろうではないか)
「いや、何でもない。……ふははっ!屁理屈もそこまで堂々と言い放てば見事なものだ、雑種!!良かろう!!我が蔵より、至高の酒を下賜してやろうではないか!」
やったー!!お酒のスポンサー、獲得よ!!しかも、人類最古の王様がコレクションしている「至高の酒」!これ、普通のソムリエが聞いたら発狂するレベルのヴィンテージワインなんじゃない?
紀元前のメソポタミアで醸造された奇跡の果実酒とか、そういうファンタジーなやつよね。食品衛生法とか賞味期限とか、細かいことはこの際無視よ!だってこれは、王の格を問うための最高の小道具なんだから!
「おお!話が早くて助かるぞ、金ピカ!」
「金ピカ」って、ストレートすぎるあだ名ね。でも、ギルガメッシュさんは怒るどころか、余裕の笑みを浮かべている。この二人、実はすごく気が合うんじゃないかしら。大物俳優同士の、独特の波長ってやつね。
「よし坊主、我らも宴の肴を買い出しに行くぞ!!この商店街にある美味いものを、端から端まで買い占めるのだ!肉に魚に、あの『せんべい』も山ほど持っていくぞ!!」
買い占めるって、予算は大丈夫なの?この商店街の経済効果に貢献するのはいいことだけど、ウェイバー君のクレジットカードの限度額が心配になるわ。
「だから僕の意見はーーっ!!!」
「ふふっ。それじゃあ、今夜はアインツベルン城で。遅れないでくださいね!」
ギルガメッシュ王は「我を待たせるなよ」と傲慢に言い残し、再び黄金の粒子となって虚空へと消えていく。
廃墟となった城の中庭。月明かりだけじゃ照明が足りないから、アサシンの皆さんに連絡して、キャンプファイヤー用の薪と、いくつかの光源を用意してもらおう。
カメラの配置も重要ね。綺礼さんには、警備とタイムキーパーをお願いしよう。セイバーちゃんには、ホスト役として最高のおもてなしを期待するわ。
私の手にかかれば、どんなシリアスな歴史ドラマも、予測不能なカオス・バラエティ番組へと変貌を遂げる。
台本のない即興劇。
本音と建前が交錯する、究極の「キャスト飲み会」カメラは回っている。さあ、人類の歴史に刻まれる、最高のオフ会の幕開けよ!
王たちの宴は、世界を傾ける。
そして聖女は、それを演出する。
【超重要・展開が変わります】真樹は聖杯にかける願いを…。
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