冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~   作:斉宮 柴野

25 / 74
少女は被害者であることをやめた。


灰の王権

暗い階段を下りきった先、広大な地下室の床には、白いサラサラの灰が一面に積もっている。その灰の海の中で、一人の男がゴホゴホと咳き込みながら這いつくばっている。ボロボロの服を着て、髪は白髪交じり。顔の左半分が異様に引き攣っていて、まるで特殊メイクの失敗作みたいな痛々しい姿よ。

 

「うう………痛みが……ない?何が起きた……?刻印虫が……消えた……?くそぅ!聖杯を……取らなきゃ……桜ちゃんを……」

 

彼がランスロットさん(バーサーカー)のマスターね。ボロボロになりながらも目的を忘れないその姿勢、メソッド演技としては悪くないわよ。悲壮感がよく出ているわ。

 

「あ!バーサーカーさんの助演(マスター)の雁夜さんですね!よろしく!!」

 

元気な挨拶は人間関係の基本よ!

 

「は???お前たち、誰だ!?」

 

密室だと思っていた地下室に、突然、見知らぬ女子大生と、黒衣の神父(綺礼さん)、そして白銀の甲冑の騎士(ジル)が立っているんだから不法侵入(カチコミ)もいいところだわ。

 

あ!あそこに女の子が倒れているわ!!なぜに裸??小さくて可愛いわ!!むむ!

 

灰の山の中に、小さな人影がうずくまっている。まだ小学生くらいに見える女の子。

彼女は、一糸まとわぬ姿で、意識を失ったように倒れている。

 

いくら深夜帯の放送(聖杯戦争)だからって、こんな小さな子を全裸でセットに放置するなんて、BPOが黙っていないわよ!コンプライアンス的に一発アウトの事案じゃない!

 

「よくよく見ると、心臓に虫がいるわね。……あ!!わかったわ!!」

 

私の脳内で、すべての点と点が繋がり、一本の完璧なシナリオが完成する。

名探偵・聖上真樹の生推理よ!BGMに、あの有名なサスペンスドラマのテーマ曲を流してちょうだい!

 

「…………身体が…痛くない……。虫も、いない……。お姉さん……誰?」

 

痛みから解放された彼女の顔は、天使のように無垢で可愛らしいわ。でも、私は騙されないわよ。この業界(芸能界)で生き残るには、見かけの可愛さに惑わされちゃダメなの。

 

「貴方だったんですね!臓硯さん!!」

 

「え………は??」

 

「皆、聞いて!この女の子が、あのナノマシン(お爺さん)を遠隔操縦していたのよ!!」

 

背後の綺礼さんやジル、ウェイバー君たちに向かって、声高らかに宣言する。

 

「どういう事だ、真樹??この娘は……間桐の魔術の被害者ではないのか?」

 

彼のような常識人には、私のこの斬新な視点(メタ推理)はすぐには理解できないでしょうね。

 

「いいえ!この人が、さっき玄関にいた虫の塊(お爺ちゃん)を操っていた、臓硯さんの本体(黒幕)です!!」

 

「えええええ????」

 

女の子が、自分の顔を指差して悲鳴を上げる。見事なリアクションね!

 

「推理の根拠は三つ!第一に、この娘の異常に高い魔力!普通の子供が、こんな蟲毒の地下室で生き残れるわけがない!これは、彼女自身が強大な魔術師である証拠よ!第二に、一番安全な地下(蟲蔵の最奥)に隠れていたこと!ボス(黒幕)はいつだって、一番安全な場所に本体を隠しておくものよ!アクション映画の鉄則ね!第三に、心臓の中に『本体の虫』を隠し持っていることが何よりの証拠よ!!玄関のあの不気味なお爺ちゃんは、彼女が操っていたただのアバター(遠隔操作用スーツ)に過ぎなかったのよ!」

 

「なるほど……!確かに、辻褄が合いますな!あのような醜悪な老人を隠れ蓑にするとは、なんとも狡猾な魔術師(マ女)よ!」

 

さすが私の忠実な騎士ね!すぐに私の脚本(アドリブ)に乗っかってくれるわ。

 

「そうかもしれない……。この女の子、凄い内在魔力だ。普通の子どもじゃないぞ……。遠坂やアインツベルンにも引けを取らない、異常なまでの魔術回路の密度だ……」

 

ウェイバー君が、魔術師としての冷静な目で彼女を分析し、私の推理を裏付ける。

 

「わ…わた…私は、遠……いえ、間桐桜です」

 

桜。なんて可愛らしい名前かしら。

 

「『臓硯』なんて渋い偽名より、凄く似合った名前(源氏名)ね!!ギャップ萌えを狙うなんて、セルフプロデュース能力が高すぎるわ!さすが、長生きしている魔女(ロリババア)ね!!」

 

「臓硯」というおぞましい名前から「桜」という可憐な名前へのチェンジ。完全に、Vチューバーの中の人とガワの関係じゃない!

 

「というわけで、桜(臓硯)さん!今夜の宴は、ぜひお越しください!間桐家の当主として、王様たちと堂々と渡り合ってくださいね!!」

 

「おい待て!!桜ちゃんが当主!??あの妖怪ジジイはどうした!?桜ちゃんをこんな目に遭わせた元凶は!!」

 

「雁夜さん……あまりの特撮(SFX)のクオリティに気づいていなかったのね。可哀想に。あの虫みたいなお爺さんの正体は、この女の子!桜ちゃん(ロリババア)だったのよ!!」

 

「なんだと!!!ありえない!!!桜は……葵さんの娘だぞ!!?遠坂から養子に来た、可哀想な普通の女の子だ!!」

 

「なるほど……。魔術師というものは若い姿を取りたがる(美魔女設定)ものよね。残念ながら、貴方が守りたかった本当の『桜ちゃん』という子は、養子に来た時点で、とっくに臓硯さんになり代わられていた(乗っ取られていた)のね。貴方は、この恐ろしい魔女の、巧妙な悲劇のヒロイン芝居に踊らされていたのよ!!自分の初恋の人の娘を守っているつもりが、実は何百年も生きている妖怪の片棒を担がされていたなんて!究極の悲劇のピエロね、雁夜さん!!」

 

ああ、なんてドラマチックなの!愛する人を守るために地獄に落ちた男が、実はその愛する人(のガワを被った妖怪)の手のひらで踊らされていただけだったなんて!シェイクスピアもびっくりなどんでん返し(プロット・ツイスト)よ!

 

「えええええええっ!?そ、そんな馬鹿な!!?桜ちゃん!!お前、本当にあのクソジジイなのか!??」

 

「違いますおじさま!!私は桜ですぅぅぅ!!」

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

「信じてください!おじさん!私です、桜です!」

 

桜ちゃんが、ポロポロと涙をこぼしながら、灰の海を這いずるようにして雁夜さんにすがりつこうとする。その声の震え、懇願するような上目遣い。普通なら「ああ、なんて可哀想な女の子なんだ」って同情を引く完璧な「被害者」の演技ね。

 

でも、私の演出家としての目は誤魔化せないわ。この「か弱さ」、ちょっとステレオタイプ(テンプレ)すぎない?

 

「さ……桜ちゃん……俺には、とても君が臓硯だなんて……!そんな残酷な事実、信じられるわけがない……!」

 

ダメダメ!そんな甘い展開じゃ、視聴者は三日で飽きるわ。もっとスパイシーで、もっと絶望的な展開(プロット・ツイスト)が必要なのよ!

 

「甘いわね!それが臓硯の手(メソッド演技)なのよ!待ちなさい、間桐臓硯!!」

 

「本当に普通の小学生の『桜ちゃん』と言うならば、そうして全裸で男の胸に抱きついたりしないはずよ!羞恥心がなさすぎるわ!雁夜さんは、その『葵さん』とやらに惚れていると見たわ!!そうよね?だからこの子に執着しているんでしょ?」

 

図星ね。他人の妻(葵さん)に横恋慕して、その娘(桜ちゃん)を助けることで「良い人ポイント」を稼ごうとしている、ちょっと痛いおじさん。それが彼の設定(キャラクター)の核よ。

 

「その葵さんの娘の身体を使って、無防備な姿で誘惑して手玉に取ろうとするなんて……なんて狡猾なの!中身が純真な子供なら、普通は恥ずかしくて悲鳴をあげるわよ!つまり、中身は酸いも甘いも噛み分けた、何百年も生きている妖怪ジジイ(臓硯)ってことの証明じゃない!」

 

「え?あ………いやああああ!!!!」

 

「ほら見なさい!これ見よがしに遅れて悲鳴をあげるなんて、大根役者ね間桐臓硯!!『あ、ここは子供らしく恥ずかしがるところだった』って、頭で計算して演技したのがモロバレよ!感情が伴っていないの!三流の小芝居ね!」

 

容赦なんてしないわ。プロの舞台に立つ以上、子供だろうが妖怪だろうが、手抜きは許されないのよ。

 

「ま……まさか本当に……?いや、でも……」

 

いい顔ね。その葛藤、もっとカメラに近づいて見せてちょうだい。

 

うーん。でも、イマイチ桜ちゃんのノリが悪いわね。彼女はまだ、自分がこの壮大なエンターテインメント(聖杯戦争)のキャストの一員だという自覚が足りないみたい。ただ怯えて泣いているだけじゃ、その他大勢(モブ)として埋もれてしまうわ。

 

子役は努力しないと、この業界じゃ競争が激しいのよ。桜ちゃんにはもっと強烈な「個性(フック)」が必要だわ。

 

(小声で)「桜ちゃん、桜ちゃん……」

 

「……え?」

 

この子、芯はすごく強いはずよ。ただ、その表現方法(演技)を知らないだけ。

 

(小声で)「これは舞台なの。演技なのよ?」

 

「え?……そうなの?」

 

「ええ。みんな演技して、いい舞台(聖杯戦争)にしようとしてるの。おじさん(雁夜さん)も、必死に『君を守るヒーロー』の役を演じているでしょ?だから、桜ちゃんも頑張ろう?即興劇(インプロビゼーション)は最初は難しいけど、きっと役に立つわよ?貴女がこれから、この過酷な世界を生き残るためにね」

 

「可哀想な被害者」のままでは、いずれ誰かに消費されて捨てられるだけ。

 

でも、「黒幕(ロリババア)」という強烈なキャラクターを演じ切ることができれば、彼女はこの舞台の主導権(コントロール)を握ることができる。これは、彼女に与える最高の武器(スキル)よ。

 

「……………わかった」

 

その瞬間。彼女の虚ろだった紫色の瞳に、奇妙な光が宿ったのを、私は見逃さなかったわ。

 

「コソコソと何を……?桜ちゃんに何を吹き込んでいるんだ!」

 

でも、もう遅いわ。私の「特別演技指導」は、完了したの。

 

スッ……。

 

彼女の顔に浮かんだのは、年齢に不釣り合いな、ねっとりとした老獪な笑み。口角の上がり方、目の細め方、そして、相手を見下すような首の角度。

 

完璧だわ。わずか数秒で、彼女は「間桐臓硯」というキャラクターの皮を、見事に被ってみせたのだ。

 

「カカッ!バレたのであれば致し方ないな。雁夜よ……貴様がこの桜の小娘に手を出すかと思って、薄暗い地下から楽しみに見物しておったのだがな……。とんだ邪魔(イレギュラー)が入ったわ!」

 

声帯は少女のものなのに、そのトーンと間の取り方が、完全に「五百歳越えの妖怪」のそれなのよ!

 

う……上手いわ!上手い!桜ちゃん!!私、心の中でスタンディングオベーションよ!!たった一瞬で、あの老人の口調と禍々しいオーラをインストールするなんて、なんて才能(センス)なの!

 

スポンジのように演出を吸収して、自分のものにする天才子役の誕生よ!ハリウッドのキャスティングディレクターが見たら、即座に専属契約を結ぶレベルだわ!

 

「臓硯!!貴様!!桜ちゃんの中から出ていけ!!バーサーカー!!ヤツを……ヤツを殺せ!!」

 

彼の左顔面の傷が、怒りでさらに引き攣っている。最高よ、雁夜さん!そのリアクション(顔芸)、視聴率稼げるわよ!

 

「おっと待った。早まるな、馬鹿息子が」

 

小さな手をスッと上げて、雁夜さんの制止する。その仕草の、なんと尊大で憎たらしいことか!

 

「桜は死んではおらん。カカカ、儂はな、この娘の心臓と脳に、儂の本体である蟲を寄生させ、内側から操っておるのよ」

 

ああ、素晴らしい!さっき私が言った「心臓に本体の虫がいる」という私の推理を、瞬時に自分のセリフとして取り込んでいる!アドリブの適応力が異常に高いわ!

 

「つまり、儂を殺せば、この桜という娘の心臓も止まる……。同時に死ぬ運命にあるのだ。貴様にはそれは出来まい……?愛する葵の娘を、お前の手で殺せるか?ククク……」

 

極悪非道な黒幕のセリフとして、これ以上ない百点満点の脅迫(プレッシャー)ね。

 

雁夜さんは、歯を食いしばり、拳から血が滲むほど握りしめて、震えている。攻撃できない。愛する少女を殺せない。その葛藤が、彼の精神をギリギリと締め上げている。

 

「ねえ、雁夜おじさん。助けて!!虫さんが……痛いよぉ……」

 

突然。本当に突然。桜ちゃんの顔から老獪な笑みが消え、元の「怯える少女・桜ちゃん」の顔に戻ったのだ。大粒の涙を浮かべ、か細い声で雁夜さんに助けを求める。

 

「カカカッ!!無駄じゃ!この体はすでに儂のモノよ!!泣き叫べ、小娘!!」

 

そして次の瞬間、再び「臓硯」の邪悪な顔に切り替わり、狂ったように高笑いする。

 

「ぐううう、桜ちゃん……!!臓硯、許さん!!絶対に許さんぞ!!」

 

これは脱帽ね。私、もう言葉もないわ。少女の痛ましい懇願(天使)と、老人の残酷な嘲笑(悪魔)を、瞬時にスイッチ(切り替え)させるなんて……。

 

ジキルとハイドも真っ青の、高度な多重人格演技(一人芝居)

 

桜ちゃん、貴女、才能がありすぎるわ。私の演出を、完璧に理解し、さらに自分のアレンジを加えて出力してくるなんて。ただの被害者(モブ)だった少女が、自らの意志で「最悪の黒幕(ロリババア)」という強烈なキャラクターを掴み取った。名女優の誕生よ!

 

 

 

◇◇

 

 

 

ん?どうしたのかしら。セリフを忘れちゃった?それとも立ち位置(香盤)の確認?

 

(……お姉さん、私、虫を操るとか、やり方がわからないの)

 

「??さっき(玄関で)やっていたじゃない?」

 

だって、さっきお屋敷の入り口で、あんなに見事な虫の集合体(フルCGのアバター)を遠隔操作して、私や綺礼さん相手に大立ち回りを演じていたじゃない。あれだけの特撮(SFX)をコントロールしておいて、今更「やり方がわからない」なんて、どの口が言っているのよ。役者のスランプにしては急すぎるわ。

 

(だから私はお祖父様じゃないのに……)「忘れてしまったかのう?」

 

偉いわ!どんなアクシデントが起きても、観客(雁夜さん)の前では絶対にキャラクターを崩さない。そのプロ意識、新人にしては出来すぎているわ。

 

でも、物理的な特殊効果(魔術)の出し方を忘れてしまったのは困りものね。このままだと、見せ場のアクションシーンで棒立ちになってしまうわ。

 

「仕方ないわね。こうやるのよ。特別に、裏方(スタッフ)の技術をレクチャーしてあげるから、しっかり見てなさい!」

 

さっき玄関で、間桐臓硯お爺ちゃんが虫を操っていた時の、あの複雑怪奇な術式の魔力フロー。

 

それを、私の眼が完全に録画(コピー)してあるのだ。私はその録画データを、桜ちゃんの脳内に向かって、プロジェクターで映像を映し出すように直接「実演(投影)」して見せる。名付けて、「VR魔術講座・間桐家秘伝の虫マニュアル(初心者向け)」よ!

 

視界の端っこに、虫の動かし方から供給のルートまで、ゲームみたいにポップな矢印と解説テキスト付きで流し込んであげる。これなら、初めて特撮(魔術)を扱う子役でも、感覚的に理解できるはずよ。

 

「……………。できるわけないよ。こんな複雑なこと」

 

「やれると思わないとできないわよ!!役になりきるの!!貴女は間桐臓硯なの!世界一狡猾で、悪逆非道な虫使いのプロフェッショナルなのよ!『私にはできる』って自己暗示(オート・サジェスチョン)をかけなさい!!」

 

演劇において一番大事なのは、小手先の技術じゃない。「自分はその人物である」という、狂気にも似た思い込みよ。

 

「……………」

 

ここが踏ん張りどころよ。ここを乗り越えれば、貴女は本物の「主演女優(モンスター)」に化けることができるんだから。

 

 

 

◇◇

 

 

 

桜視点

 

 

胸の奥で、何かがモゾモゾと動く感覚がする。ずっと私を苛んできた、あの痛くて恐ろしい虫の感触。でも、今は痛くない。ただ、誰かの声が、頭の中に直接響いてくる。

 

『………私は……一体……』

 

(お祖父様……!ごめんなさい!今、私……!)

 

こんな悪いことをしているとバレたら、またあの恐ろしい虫の部屋に放り込まれて、何日も何日も痛い思いをさせられる。

 

『…………怖がることはない、永人の子孫よ。済まなかった。私は……自分を見失っていたのだ』

 

え?済まなかった?お祖父様が、私に謝っているの?信じられない。あんなに絶対的で、恐ろしかった人が。

 

(え………?)

 

『先ほどの聖女の光……。あの清らかな祈りが、私の魂にこびりついていた数百年の泥を、全て洗い流してくれた。私の理想は……この世すべての悪を滅すことであったはずなのに……。いつしか生き延びる手段が目的となり、子孫を食い物にしてただ生きながらえてきたとはな……。何たる醜態。何たる罪か』

 

私には、彼が昔、どんな立派な目標を持っていたのかなんてわからない。でも、今彼が、自分のやってきたひどいこと(私や雁夜おじさんを苦しめてきたこと)を心から反省して、泣いているのだけは伝わってくる。

 

(………お祖父様)

 

『私はもう何の力もない。ただの抜け殻だ。さあ、私を殺すがいい。桜よ。私の罪を、ここで終わらせてくれ……』

 

私がこの虫をプチッと潰せば、私は自由になれる。元の遠坂の家に帰れるかもしれない。優しいお母様や、大好きなお姉ちゃん(凛)に会えるかもしれない。

 

でも。でもね。私の頭の半分を、さっきお姉さん(真樹さん)が無理やり流し込んできた「虫の動かし方」の映像と、そしてあの強烈な言葉が支配している。『やれると思わないとできないわよ!!役になりきるの!!貴女は間桐臓硯なの!』

 

戻ったら私はまた、誰かに運命を決められて、ただ泣いているだけの存在になってしまう。雁夜おじさんは、私じゃなくてお母様(葵)の幻影を私に見ているだけ。

 

誰も、本当の「私」なんて見ていない。だったら。私がこの舞台(聖杯戦争)で生き残って、誰にも虐げられない力を手に入れるためには、ただの「桜」ではダメなんだ。

 

(‥‥‥‥私は……間桐臓硯です)

 

『????なにを言っておる、桜よ。私はここにおるぞ。お前を解放してやると言っているのだ』

 

お姉さんが教えてくれた、「自分自身への暗示」をかけよう。私は可哀想な少女じゃない。私は、何百年も生きる大魔術師。この間桐の家を支配する、絶対的な黒幕。

 

(私は間桐臓硯。貴方は私の使い魔(ただの虫)に過ぎない。違いますか?)

 

『………………………わかった』

 

 

 

◇◇

 

 

 

真樹視点

 

おおっ!!目の前で蹲っていた桜ちゃんの背中から、突然、ものすごいプレッシャーが立ち上る。さっきまでの、自信なさげでオドオドしていたオーラが完全に消し飛び、代わりに、ドス黒くて、ねっとりとした、まさに「悪の黒幕」にふさわしい重厚な力が渦を巻き始めたわね。

 

私の流し込んだ「VR魔術講座」を、たった数十秒で完全にマスターしただけでなく、彼女自身の内面から「間桐臓硯」という強烈なキャラクターを完全に構築(ビルド)しきっている!すごいわ!すごすぎるわ桜ちゃん!役が役者を食う(憑依する)っていう現象は何度も見てきたけれど、ここまで完璧な乗っ取り(ジャック)は初めて見るわ!

 

泣き虫の少女は消え去った。ここにいるのは、自分の意志で悪役を演じ切ることを決めた、狂乱の天才子役(モンスター)よ!さあ、舞台の準備は完全に整ったわ。雁夜さん(観客)を、思いっきり絶望させてあげなさい!!

 

その立ち姿だけでも、すでに大物女優の風格が漂っているわ。全裸の幼女なのに、まるで漆黒の豪奢なマントを羽織った魔王のように見えるから不思議よね。

 

これが「存在感(オーラ)」というやつよ。背筋の伸ばし方、顎の引き方、そして視線の落とし方。すべてが計算し尽くされたかのように完璧な「ヴィラン(悪役)」のメソッド。スタンディングオベーションを我慢するのが大変なくらいよ。

 

「おい……どうしたんだよ、桜ちゃん……。何をブツブツと……」

 

「カカカ……待たせたな、雁夜よ」

 

「さ、桜ちゃん……じゃない……臓硯!!貴様、本当に……!」

 

自分の初恋の人(葵さん)の娘を救うために、聖杯戦争に身を投じたというのに。

 

その守るべきお姫様が、実は自分をあざ笑う最悪の魔王(黒幕)だった。自分の努力も、苦痛も、すべてが滑稽なピエロのダンスに過ぎなかったという絶望。彼の心が音を立てて粉砕されていくのが、目に見えるようにわかるわ。あー、美味しい。この極上の悲劇(トラジディ)、白米が三杯は食べられるわね。

 

「この小娘の体は、なかなかどうして使い勝手が良くてな。お前のような間抜けな男をからかうには、最高の隠れ蓑じゃったわ!カッカッカ!」

 

セリフのチョイスも完璧ね!悪役(ヒール)として百点満点のトラッシュ・トークよ!私、感動でちょっと涙が出てきちゃった。自分が発掘して指導した新人が、初舞台でここまで見事に観客を沸かせる(絶望させる)なんて、演出家冥利に尽きるというものだわ。

 

「ああああああああっ!!許さん!!殺してやる!!臓硯!!桜ちゃんの中から出ていけえええええ!!」

 

見事な発狂シーンね。カメラマンのアサシンさんたち、ちゃんと色んなアングルから撮ってる?後で編集で使うから、引きの絵と寄りの絵、両方押さえておいてね!

 

「狂え、狂え、雁夜よ!その怒りと絶望こそが、儂の極上の酒の肴よ!カッカッカ!」

 

役者にとって、悪役を演じることほどストレス発散になることはないものね。倫理観も道徳も全部投げ捨てて、ただひたすらに自分のエゴを押し通す快感。桜ちゃんは今、その「演技の魔力」に完全に魅入られているわ。

 

「うおおおおおっ!!バーサーカー!!どこだ!!ヤツを、あのクソジジイを殺してくれえええ!!」

 

「ア……アァァァァァァッ!!!」

 

「お、おい!待てバーサーカー!桜ちゃんには手を出すな!!クソジジイを殺せ!!」

 

「桜ちゃんには手を出すな」でも「クソジジイ(桜ちゃんの中身)を殺せ」。AI(狂戦士)にとって、これほど処理が難しい矛盾(パラドックス)のコマンドはないわよ。

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

桜視点

 

『そなたの魔術回路に干渉しつつ、私の魔術(蟲の操作)を行使する。それで感覚を覚えていけばいい。焦ることはない。私はそなたの裏方(サポーター)だ』

 

怖いけど……なんだか、すごく安心する。私、一人じゃないんだ。この真っ黒な力も、気持ち悪い蟲たちも、全部私が生きていくための「武器(小道具)」なんだって、今は思える。

 

はい、お祖父様……いえ、マキリ。私、頑張って「悪いお爺ちゃん」の役をやってみるね。

 

私は、可哀想な女の子じゃない。私は、この間桐家を支配する、何百年も生きている恐ろしい魔術師なんだから。

 

「ククク、あの聖女の祈りで屋敷の中の蟲は浄化されたが……外まで全て焼き尽くすことはできんかったようじゃな!これで元通りよ!そして、この娘(桜)の持つ特異な虚数魔術も、完全に我が手中に収めたわ!これぞまさに、千載一遇の好機!」

 

私はもう、誰かに助けられるのを待っているだけの「お姫様」じゃいられないの。そう役割をもらったから。

 

「雁夜よ!貴様の身体にはもはや、儂の与えた刻印蟲はない!痛みが消えて喜んでおるようじゃが、それはつまり、バーサーカーを維持するための魔力(ブースター)すら失ったということじゃ!貴様自身の貧弱な魔術回路では、あの狂犬を三分と維持できまい!ククク……。干からびるか?ここで?貴様はもう、この舞台(聖杯戦争)の演者(プレイヤー)ではないわ!」

 

「ぐうウウウ………!!桜ちゃん……葵さん………!俺は……俺はただ、君たちを……!」

 

「そんな無様な姿を見せられては、愛しの葵もさぞかしガッカリすることじゃろうて。その令呪、無用の長物じゃ。儂が………いや、私がもらうね?おじさん♥」

 

お姉さんが言っていた「ギャップ萌え」ってやつを、試してみたくなった。

 

「ヒィィッ……!!!」

 

やっぱり、純真な子供の顔で残酷なことを言うのが、一番相手にダメージを与えられるのね。お姉さんの演出指導(メソッド)、……………本当に役に立つわ。

 

 

 

◇◇

 

 

 

真樹視点

 

おおおっ!桜ちゃんの「おじさん♥」、破壊力抜群ね!!雁夜さんが、文字通り白目を剥いて泡を吹きそうになっているわ!悪役ロリババアの真骨頂!

 

ロリの無邪気さと、ババアの残酷さが、見事な化学反応を起こしている!深夜アニメのサイコパスキャラとして、絶対に人気投票で上位に食い込むタイプよ!

 

『令呪の移植……それは聖杯戦争のシステムを構築した我がマキリの領域……。システムの管理者権限(バックドア)は、最初から作ってあるのだ』

 

「あ、あああ……俺の……俺の令呪が……!」

 

彼の右手の甲に刻まれていた、三画の赤い令呪。マスターの絶対的な権利の象徴。それがスルリと彼の皮膚から抜け落ち、空宙を浮遊して、桜ちゃんの真っ白な手の甲へと移動していく。

 

聖杯戦争のシステム(アプリ)を作った開発者(プログラマー)だから、隠しコマンド(チート)を知っているってことね!オンラインゲームの運営が、自分の別アカウントに最強アイテムを不正付与するようなものじゃない!なんて汚い大人(ロリババア)なの!最高よ!

 

「令呪を移動させた……?だと……!そのような、監督役でもないと言うのに!」

 

「そんな事が出来るなんて……!聖杯の絶対的なルールを無視してる!チーターじゃないか!」

 

ウェイバー君も魔術師の端くれだから、この行為がいかに常識外れ(チート)かがわかるのね。

 

「我が名はマキリ・ゾォルケン!始まりの御三家のうちの一人よ!令呪のシステム(アプリ)の根幹を構築したのは、この私なのだぞ!開発者が管理者権限(アドミン)を使って令呪を移動させるくらい、当然できるわ!クレームがあるなら運営に言いなさい!カッカッカ!」

 

ドヤ顔で言い放つロリババア。完璧な悪役のセリフ(決め台詞)!!

 

「おおーっ!ブラボー!!あの設定(始まりの御三家)をここで出してくるなんて、伏線回収が鮮やかすぎる!!ただのチートじゃなくて、『私がルールを作ったんだからルール違反じゃない』っていう、説得力(ロジック)のあるチート!視聴者も納得の展開よ!この子、アドリブの天才ね!!将来有望すぎるわ!」

 

桜ちゃんが照れくさそうに「えへへ」と笑いそうになるのを、グッと堪えて「カカカ」と悪役笑いに変換しているのが可愛すぎる。本当に、良い女優(ヒール)に育ったわ。

 

『バーサーカーのサーヴァントは燃費が異常に悪い。桜よ、令呪を使え。狂化スキルのランクをダウンさせるのだ。さもなくば、そなたの小さな体の魔力(バッテリー)も一瞬で吸い尽くされてしまうぞ』

 

「令呪をもって命じる。バーサーカー。狂化スキルのランクを『E』に固定化せよ」

 

なるほど。制御するために、令呪という絶対命令権を使って、エンジンの出力を下げる(狂化ランクを下げる)ってことね。

 

シュゥゥゥ……。

 

彼を包んでいた黒い瘴気が、まるで嘘のようにスゥッと霧散していく。

 

「あ………私は……。今まで、何を……。深い、泥の底を這いずり回るような、悪夢を見ていたような……。……おお、新たな主(マスター)よ。狂奔の闇から、私を救い出してくださったか……。このランスロット、貴女の慈悲に深く…………感謝いたします」

 

ランスロットさんの口から、獣の咆哮ではない、人間の言葉がこぼれる。

 

狂戦士のガワの下から、こんな正統派のイケメン騎士が現れるなんて!しかも、記憶喪失から回復した記憶喪失キャラ特有の、あの「儚げでちょっと影のある」色気!

 

かつて円卓最高の騎士と謳われた、湖の騎士ランスロットが、ここに完全なる正気を取り戻したのである!

 

「素晴らしい!!素晴らしいわ桜ちゃん!!見事な主役(マスター)交代劇よ!そして、見事なキャラクターの再構築(リビルド)!ランスロットさんも、ただ喚くだけの狂戦士から、正気のお芝居(セリフのある役)ができるようになったのね!?これで、円卓の騎士としての過去の因縁とか、ドロドロの愛憎劇(不倫問題)とか、色々引き出しが増えたわね!役者としての幅が広がったわよ!」

 

「お、お芝居……?ドロドロの愛憎劇……?いえ、私は……私はただの騎士であり、そのような破廉恥な……」

 

あ、過去の不倫(ギネヴィア王妃との一件)は彼にとって触れられたくない黒歴史(トラウマ)なのね。ごめんごめん。

 

でも、芸能界で生き残るには、スキャンダルも立派な武器(ステータス)になるのよ。後でじっくり、その辺のゴシップ話も聞かせてもらうからね。

 

「さあ、これで全キャスト(主演・助演)の準備が完全に整ったわ!行きましょう、アインツベルン城へ!!歴史に名を残す王様たちとの、王の宴(大飲み会)の開演よ!!」

 

灰の海にへたり込んで放心状態の雁夜さんは、もう完全に「物語から退場したモブ」ね。

 

可哀想だけど、彼にはもうこの舞台で与える役(セリフ)はないわ。

 

「承知いたしました、ジャンヌ殿。このランスロット、新たな主の護衛として、何処へなりとも随伴いたします」

 

「カカカッ!王の宴か。この儂(桜)も、御三家の当主として、一丁揉まれてやろうかのう!」

 

「……ああ。君の導くままに、真樹」

 

「おお!ジャンヌ!私の聖女!どこまでもついていきますぞ!」

 

「……僕、もう帰りたいんだけど……」

 

放心する雁夜さんを地下室に置き去りにし、天才子役(桜ちゃん)と正気に戻った狂騎士(ランスロットさん)、そして愉快な仲間たち(綺礼、ジル、ウェイバー君)という、どう考えても聖杯戦争の枠組みから完全に逸脱したカオスなパーティーは、いざ決戦の地たる大劇場(アインツベルン城)へと向かうのであった。




主役になった少女は、もう元には戻れない。

【超重要・展開が変わります】真樹は聖杯にかける願いを…。

  • 言う
  • 言わない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。