冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~ 作:斉宮 柴野
遠坂時臣
第二のチェック『聴覚』で、私が一晩で作り上げたお手製バイオリンの幻術に皆が翻弄された後も、息をつく暇もなく様々なチェックが行われたの。
例えば、第五のチェックである『演技(演出)チェック』
これは、私と、時計塔の教養を鼻にかけるウェイバー監督が、全く同じカメラ割りと同じ役者を使って、短い寸劇の映像作品を制作し、どちらがより「一流の演出」であるかを皆に見極めてもらうという対決だったわ。
ウェイバー君がメガホンを取った作品は、魔術回路の効率的な運用方法について黒板を使って延々と解説する、まるで時計塔の退屈な講義ビデオのような五分間。真面目すぎて欠伸が出るわ。
対する私が監督した作品は、アインツベルン城の中庭をフル活用して、切嗣さんと綺礼さんが一杯の激辛麻婆豆腐を巡って、ワイヤーアクションとスローモーションを駆使しながら死闘を繰り広げる、ハリウッド顔負けのノンストップ・アクション・ロマンス大作よ。無駄に白い鳩まで飛ばしてやったわ。
結果は言うまでもないわね。ギルガメッシュ王はワインを吹き出して腹を抱えて笑い転げ、イスカンダルさんは「素晴らしい爆発だ!」と大絶賛。私の演出が圧倒的な支持を集めて、ウェイバー君の退屈な映像を選んだ陣営を次々とランクダウンの沼へと引きずり込んだの。
そして極めつけは、第十のチェック『手先の器用さチェック』ね。
制限時間内に、どれだけ高く美しくトランプタワー(カードの城)を組み上げられるか、という極めてシンプルで俗っぽいパーティーゲームよ。
ここで誰もが予想しなかった奇跡(笑いの神様)が降臨したの。
なんと、あの「魔術師殺し」として裏社会で恐れられている衛宮切嗣さんが、凄まじい才能を発揮したのよ!
彼はいつも銃器のメンテナンスや爆弾の導線をミリ単位で処理しているからか、手先の器用さが尋常じゃないの。死んだ魚のような虚無の瞳のまま、一切の瞬きもせず、呼吸すら止めて、まるで精密機械のような無駄のない動きで、スイスイとトランプを組み上げていくの。
その動きは完全にガンアクションや暗殺のルーティンと同じよ。「クリア」とか小声で呟きながら、トランプの角を敵の死角に見立てて警戒しつつ、あっという間に天井に届くかというほどの巨大なタワーを完成させたわ。
冷酷無比な暗殺者が、大真面目な顔でトランプタワー作りに命を懸けているその凄まじいギャップに、スタジオ中は大爆笑よ。
普段は彼を憎んでいるはずのケイネス先生でさえ、肩を震わせて笑いを堪えるのに必死だったし、客席のアイリスフィールさんと舞弥さんなんて「切嗣、かっこいいわー!」って黄色い声援を飛ばして、アイドルの応援上映みたいになっていたわね。彼自身は「なぜ僕がこんな道化の真似事を……」と深く絶望して魂が抜けかけているけれど、バラエティ的には大正解の撮れ高だったわ。
そんなこんなで、波乱に満ちた中盤戦を終え、現在の格付けの状況は凄まじいことになっているわ。
一番上の豪華なソファが並ぶ『一流』の席にしぶとく残っているのは、アーチャー陣営とライダー陣営の二組だけ。
一段下がった『普通』の席、ここはちょっと背もたれの硬い事務用の椅子が並んでいるわね。
ここにいるのは、バーサーカー陣営とランサー陣営。
桜ちゃんは、完全に悪の黒幕の役に入り込んでいて、隣で直立不動のランスロットさんをアゴで使いながら、わざと間違えたり正解したりしてゲームそのものを楽しんでいる余裕すらあるわ。
さらに一段下、『二流』の席。ここは完全にパイプ椅子よ。
座っているのは、キャスター陣営のジル・ド・レ、ただ一人。
彼は「私はすべてジャンヌのために、ジャンヌの選ぶものを当ててみせますぞ!」と鼻息荒く意気込んでいるんだけど、彼の考える「ジャンヌ像」が神聖化されすぎていて、私の俗っぽいトラップや悪ふざけの意図を全く読み切れていないのよね。
そして、『三流』の席。ここはもう椅子ですらなく、ビールケースを裏返しただけの簡素なものよ。
綺礼さんと、骸骨バニーのアサ子さんたちよ。
でもね、彼のこのランクダウンには、明確な理由があるの。
彼は音が外れていようが、演出がチープだろうが、とにかく『真樹が作ったもの』『真樹が関わっているもの』を、一切の迷いなく、意図的に選び続けているのよ。
「番組の正解などどうでもいい。真樹の作ったものこそが私にとっての至高だ」という、あの狂気じみた公開プロポーズのような宣言の通り、私の仕掛けた悪意のあるトラップ(ハズレの選択肢)に、自ら喜んでダイブしては、嬉々としてランクを落とし続けているの。
愛する女の作った毒なら、最後の一滴まで舐め尽くす。その清々しいほどのドMっぷりと、ゲームのルールを根本から破壊するプレイングに、私はもう胸のキュンキュンが止まらないのよ!
一番の問題は、この特設スタジオのさらに端っこ、照明すら満足に当たらない暗がりのスペースに押し込まれている、あの可哀想な陣営よ。
「だから私は間違えていない!! あの演出は、ブリテンの魂のような重厚さが欠けていたのだ! 王としての威厳も、騎士としての誇りも感じられない、ただドンパチと爆発を繰り返すだけの軽薄な映像作品! 故に私は、あえてもう一方の、教義に満ちた(退屈な)映像を正解として選んだのだ! 私の王道に一切の曇りはない!!」
純白のフリフリなウェディングドレスに身を包んだアルトリアちゃんが、顔を真っ赤にして、アホ毛をブンブンと振り回しながら猛烈な抗議の声を上げている。
彼女のいる場所は、もはや「席」と呼べるような代物ではない。
『そっくりさん』のランク。
これは三流よりもさらに下、もはや英霊としての存在価値すら疑われる、人間以下の扱いを受ける絶対的底辺のポジションよ。
彼女は、毎回のチェックで外すたびに、「これはアーサー王としての見解だ!」「ブリテンの風土とは違うから間違えたのだ!」と、自分のミスを絶対に認めず、延々と高尚な言い訳(うんちく)を並べ立ててきたの。
バラエティ番組において、笑いも取れずにただ見苦しい言い訳を続けるゲストほど、扱いに困るものはないわ。
「はいはい、うんちくがひどい人は無条件でランクダウンという、この番組の裏ルールを知らないのね。結果がすべてよ、結果が。見苦しい言い訳は、見ている視聴者のチャンネルを変える原因になるの。というわけで、『そっくりさん』に成り下がったモルガンらしき人は、おとなしくそこのゴザの上に座っててちょうだいね。口答えは許さないわよ」
「くっ……!! 私が……この誇り高き騎士王たる私が、ゴザ……!? このような、薄汚れた敷物の上に座れというのか!?」
彼女はワナワナと震えながら、涙目で周囲を見渡すけれど、誰一人として彼女を助けようとはしない。
ランスロットさんなんて、「ああ、王が、あのようなお姿に……私の不徳の致すところだ……」と、また勝手に責任を感じて隅っこでうずくまって念仏を唱えているだけだし
「さあ、モルガンらしき人! 早く座りなさい! 進行の邪魔よ!」
カメラマンのアサシンさん! 今の彼女の悔しそうな表情と、ゴザの上に広がるドレスのコントラスト、絶対に寄りで抜いておいてね! 最高のバラエティの画よ!
しかし。
「ちょっと待て!! やっぱりおかしいだろ!! ずっと我慢してたけど、いくらなんでも限度があるぞ!!」
「不正だ!!! 完全なる不正行為だ!! なんでアイツラ(綺礼とアサシン)、三流にランクダウンしてるのに、まだあんな豪華な席にふんぞり返ってるんだよ!!」
『三流』のビールケースに座らされているはずの綺礼さんが、依然として、あのふかふかの最高級ベルベット張りの特注ソファ(足掛けのオットマン付き)に、深く、ゆったりと腰を下ろしている姿がある。
他の二流メンバーであるジルが硬いパイプ椅子で腰をさすり、そっくりさんのアルトリアちゃんが冷たいゴザの上で正座して涙を流しているというのに。
「んん?? 私には、番組の規定通り、完全に正常な席順にしか見えませんが? 何か問題でも?」
「何度も言わせるな!! 完全に特別扱い、いや、職権濫用じゃないか!! 三流に落ちた人間は、ビールケースに座るのがこの番組の絶対のルールのはずだ!! なんで一流の僕たちの席よりも豪華なソファに座って、マッサージまで受けて、高いワインを飲んでるんだよ!! ルールが崩壊してるぞ!!」
「だって……」
「私の愛しの綺礼さんに、あんな冷たくて硬いビールケースやパイプ椅子を渡すなんて、とんでもないことじゃない!! 長時間あんなものに座らせたら、彼の引き締まった立派なお尻が痛くなっちゃうじゃないの!! そんな可哀想なこと、彼女である私にできるわけないでしょ!! 愛する人の身体を労り、最高の環境を提供する。それは、番組のルールよりも重い、愛の絶対法則(ルール)なのよ!!」
◇◇
「さあさあ皆様! 長かった味覚と聴覚のチェックで、それぞれの『格』もすっかり明らかになったところで! ここからが本番よ! いよいよ、聖杯問答のスタートです!!」
照明スタッフの髑髏バニーちゃん(アサシンさん)が、レッドカーペットの上にピンスポットを照らし出す。
テレビのバラエティ番組でお馴染みの、あの「真剣なトークコーナー」の始まりよ!
「貴方が聖杯にかける願いは何!?? それぞれの野望、欲望、あるいは愛! 語り合いながら、この座長(MC)たる私がファシリテーター(司会進行)を務めるわ!! 本音でぶつかり合ってちょうだいね!」
「まずは助演さん(マスター)からお話を聞いていきましょう!! エントリーナンバー1! 遠坂時臣さん!」
カメラが回れば「遠坂の当主」としての顔を即座に作れる。
そのプロ意識、さすが名門の当主ね! 伊達にあの金ピカの王様のマスターを務めていないわ。
「ふっ……。私に問うまでもない。知れたことだ」
「我ら魔術師の悲願、それはただ一つ。根源への到達だ。それ以外に、聖杯に託す願いなど存在しない」
……うん、カッコいい響きね!
いかにもファンタジー世界の魔法使いが目指す、究極のゴールって感じがして、厨二心がくすぐられるわ。
でも。
「根源ってなんですか?」
バラエティ番組のMCとしては、視聴者(魔術を知らない層)を置いてけぼりにする専門用語は、その場で噛み砕いて説明させるのが鉄則だからね!
「…………えっ」
「お前、魔術の世界に足を踏み入れているくせに、そんな基本的なことも知らないのか!」
「根源の渦っていうのはだな! 世界の外側にあり、万物の始まりにして終焉、この世の全てを記録し、この世の全てを作れるという、いわば『神の座』のことだよ! そこに至れば、あらゆる魔術の極致に達し、不可能を可能にする奇跡を手に入れられると言われているんだ!」
「へー!!」
「すごくわかりやすい! つまり、世界のシステム(設計図)の管理者権限(アドミン)にアクセスするハッキングみたいなものね! ウェイバー君、たとえ話のチョイスが絶妙だわ! 説明上手ね!」
「ふむ……。確かに。無駄な専門用語を省き、門外漢にもその本質をわかりやすく端的に説明できているではないか」
「ベルベット君。やはり君は、自らが実践する研究者よりも、知識を他者に伝える先生(講師)に向いているよ。時計塔での君の論文の構成力も、そういう意味では評価に値するものだったからな」
「えっ……。あ、ありがとうございます……先生……(照)」
ウェイバー君が、かつての恩師からの思わぬお褒めの言葉に、顔を真っ赤にして照れている。ああ、良い師弟関係(ジュブナイル)ね!
「……神の座だと?」
「フン。我の財宝(コレクション)にも劣る、つまらん願いよ。神の座など、この我の足元にひれ伏す石ころと何ら変わらん。そのような下らないもののために、我を呼び出し、我の時間を奪ったというのか、時臣よ」
◇
桜視点
『桜よ……。聞いているか。あの遠坂の当主、相変わらず虫のいい綺麗事を並べておるわ』
『奴は「根源への到達」と言ったな。だが、そのための具体的な手順(システム)を、あ奴は語ろうとしない。いいか桜よ。根源に至る穴を開けるためには、この冬木に用意された『大聖杯』を完全起動させねばならんのだ。そして、その大聖杯の起動キーとなるのは、膨大な魔力の塊……すなわち、七騎すべてのサーヴァントの魂(生贄)なのだよ』
えっ……?
『そうじゃ。遠坂時臣の悲願を叶えるためには、奴は最終的に、自分のサーヴァントであるあの黄金の王(ギルガメッシュ)をも、令呪で自害させて生贄に捧げる腹積もりなのだ。王を呼び出しておきながら、最初から裏切る気でいるのだよ』
そうなんだ……。お父さん、そんな怖いことを考えていたんだ……
私を、魔術の才能があるからという理由だけで、あの恐ろしいお祖父様の蟲の部屋(地獄)に突き落とした人。
「遠坂の魔術師として生きるためだ」と、綺麗事を言って、私を捨てた人。
彼もまた、自分の願いのために、平気で誰かを犠牲にする大人なんだ。
……じゃあ、お父さんを少し困らせてあげよう。
お姉さん(真樹さん)が教えてくれた、「悪役(ヒール)の演技」
それを試すには、最高のお客様(ターゲット)じゃない。
「カカッ! 遠坂の小倅よ」
「………ッ!?」
「(その声、そのおぞましい口調……! やはり……!)アサシンからの報告は真実であったか……。桜を乗っ取ったと言う話は、本当なのですね。間桐の翁」
ふふっ、バカね。
乗っ取っているのは私(桜)の方なのに。
「何か問題があるかのう?」
「貴様の望み通り、桜の血統は、この儂が間桐の魔術刻印にたっぷりと染め上げて、次の世代へと繋いでやるぞ? 蟲の海の中で泣き叫びながら、見事な間桐の魔術師に育ちつつあるわ。遠坂の優秀な血脈が、我が間桐に入って素晴らしい成果を上げている。……本望であろう?? ククク」
彼が私を間桐に養子に出した「理由」を、最高にグロテスクな表現で肯定してあげる。
ほら、喜んでよ、お父さん。貴方の狙い通りになったんだから。
「…………ッ」
(桜……すまない。お前をあのような外道に引き渡してしまったこと、父親として後悔がないと言えば嘘になる。だが……! これも遠坂の悲願(根源への到達)のため……! 遠坂の魔術師として生まれたからには、この非情な運命を受け入れるしかないのだ!)
「ええ、その通りです。それが魔術師の道というもの。私の決定に、後悔はありません」
時臣さんが、必死に自分に言い聞かせるように、冷酷な魔術師の顔を作って答える。
やっぱり、この人はそういう人だ。
自分が正しいと思い込んでいる、ずるい大人。
「カカカ、立派な心がけじゃ。だが……それにしても、だ」
「お前さん、さっき『根源に到達する』と堂々と言い放ったな。そのために、この冬木の大聖杯を起動させねばならん。そして、大聖杯を起動させるためには……『七騎すべて』のサーヴァントの魂を、生贄として聖杯に捧げねばならぬ」
「……よもやギルガメッシュ王は、最後には『自分が生贄にされること』、ご承知の上で、お前さんに従っておるのかのう?」
特設スタジオの空気が、冗談抜きで、一瞬にして絶対零度に凍りついた。
「………ほう?」
◇
真樹視点
桜ちゃん、恐ろしい子!!
時臣さんの最大の秘密(裏切り計画)を、本人の、しかもギルガメッシュ王の目の前で、全世界(特設スタジオ)にバラしちゃったわ!!
これ、完全に放送事故(生放送中の暴露テロ)じゃない!!
「時臣よ」
「貴様……この我を呼び出しておきながら、最初から、我を己の野望のための贄(道具)にする腹積もりであったと? この、天上天下のすべての王である我を、使い捨ての魔力タンクとして扱う気であったと申すのか?」
「お、王よ! 誤解です!! 誤解でございます!!」
彼の顔面から、文字通り滝のような冷や汗が噴き出している。
スリーピースのスーツが、完全に色が変わるくらい汗だくよ。
「そのような恐れ多いこと、断じて考えておりません!! 私はただ、王の威光を以てこの戦いを制し、王に聖杯を捧げることのみを……!」
でも、彼のその焦りようが、逆に「図星を突かれた人間の反応」にしか見えないのよ。
殺される。
このままじゃ、時臣さんは本当に、自分のサーヴァントに串刺しにされて死ぬ!
番組のMCとしては、死人が出ると(警察の事情聴取とかで)後処理が面倒くさいのよ!
「そ、そうです!! サーヴァントはここに『八騎』おりますゆえ!!」
「本来の聖杯戦争の枠組み(七騎)に加えて、あのイレギュラーなルーラー……ジャンヌ・ダルクが存在しています! 彼女を大聖杯の生贄として捧げれば、王を犠牲にすることなく、七騎分の魂が揃います!! 私は最初から、彼女を身代わり(贄)にする計画で……!!」
……は?
時臣さん、今なんて言った?
私を、身代わりの生贄にする?
自分の命を惜しんで、番組のMC(私)を売ったの!?
最低ね! 貴方、英国紳士の風上にも置けないクズ男よ!
客席のアイリスフィールさんや舞弥さんからも、「最低……」「人間の屑ね」というドン引きの視線が集中しているわ。
「…………ッ」
「…………マキを殺すと申すか??」
「ヒッ……!!」
(どうして!? なぜ英雄王が、あの得体の知れないルーラーの女(マキ)の名前を、あんな親しげに呼んでいるのだ!? 私には『時臣』と呼び捨てにするくせに!! しかも、私に向けられる殺意が、さっきの『自分を生贄にする』って言われた時より、数倍……いや、数十倍に跳ね上がっているではないか!! 意味がわからん!!)
時臣さんは知らないのよ。
最初の「真名看破事件」や、先ほどの「安酒カクテル大絶賛事件」を通して、私とギルガメッシュ王の間に、謎の「悪友(あるいは異常な執着)」みたいな関係性が築かれていることを。
ギルガメッシュ王にとって、私は「最高に面白い玩具(お気に入り)」なのよ。
そのお気に入りの玩具を、「俺の身代わりに殺します」なんて言われたら、そりゃあ王様、ブチギレるわよね。
「時臣。貴様は、我の許しもなく、我の所有物(マキ)に手を出そうというのか。その思い上がり、万死に値するぞ」
「まあまあ! ギルガメッシュ王、落ち着いて!」
「内輪揉め(マスターとサーヴァントの殺し合い)の粛清は、番組の収録が終わったあとで、楽屋か遠坂の地下室でゆっくりやってくださいね! 今はカメラが回ってる(聖杯問答の最中)なんですから! 放送コードギリギリの残酷描写はNGよ!」
「フン。貴様がそう言うなら、貴様の顔に免じて、こやつの処刑は後回しにしてやろう。感謝しろよ、時臣」
まあ、命拾いしてよかったわね、時臣さん。私のおかげよ。
「で、時臣さん!」
私は、気を取り直して、這いつくばっている時臣さんにマイクを向ける。
「根源に到達して、そのあと具体的にどうするんですか? 世界を征服するの? それとも不老不死になるの? その先のビジョン(事業計画)を教えてくださいな!」
◇◇
「なに……?」
「だから、時臣さん。さっき貴方がドヤ顔で語っていた『根源への到達』っていう悲願についてよ。その『神の座』とやらに無事に到達して、世界の外側にある万物の真理にアクセスできたとして、その後、貴方は具体的にどうするつもりなの? って聞いているのよ」
「何を馬鹿なことを……!」
「根源とは全能なるもの、万物の始まりにして終焉だ。そこに到達すれば、そこで全ては終わり(ゴール)なのだ。至高の真理と一体化し、己の存在がどうなろうとも構わない。それ以上の目的など、最初から存在しない!」
なるほどね。
いかにも古き良きファンタジーの魔法使いが考えそうな、ロマンチックで破滅的な思想だわ。
「え? じゃあ、そこで死ぬ(消滅する)ってこと?」
「そこが重要なのではない! 到達すること、その遥かなる過程を完遂すること、我が遠坂の血脈がそこにたどり着いたという事実。それこそが全てであり、何よりも大事なのだ!」
「ええー……。じゃあ、その全能の知識やら奇跡の技術やらを苦労して手に入れても、それを現世に持ち帰って、社会の発展に貢献したり、自分の生活を豊かにしたり、美味しいものを食べたりするためには使えないってわけね。完全に意味がないじゃない。しかも、貴方が本当に根源にたどり着いたかどうかも、誰にも証明できないのよ? 消えちゃうんだから。膨大な時間とお金(魔力)をつぎ込んで、娘を虫の館に売り飛ばして、味方を騙して、最強のサーヴァントを呼び出して、その結果手に入るのが『自分だけが満足して消滅する権利』って……。それ、ただの極めてタチの悪い『自己満足の自殺』じゃないの?」
「自己満足だと……! この小娘が……我ら遠坂の何百年の悲願を、魔術師の崇高なる使命を、愚弄するか!!」
その顔は、誇りを傷つけられた怒りで夜叉のように歪んでいるわ。
「まあ、百歩譲って、根源の到達そのものを魔術師の絶対の是とするとしてもだ。君のやり方は、あまりにも美しくないな、遠坂時臣くん」
ケイネス先生が、足を組み直し、時計塔の教壇に立つ時のような傲慢で知的な態度で語り始める。
「君たち遠坂の魔術特性は『変換』そして代々受け継いできたのは『宝石魔術』だ。さらに言えば、君たちの祖先が、かの大魔法使いキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグから課された大いなる宿題(命題)は、『平行世界の観測』と、それに至る自力での道の開拓だったはずだがね」
「エルメロイ卿……貴方まで、何を……」
「いいかね、遠坂の当主よ。我々魔術師は、神秘を追い求める学問の徒である。学問であるからには、ただ結果を手に入れることよりも、そこに至る研究の『過程(プロセス)』と、己の足で理論を構築していくことこそを重んじるべきだ。それが時計塔の絶対のルールであり、魔術師としての誇りというものだ」
「翻って、今の君の姿はどうだ? この冬木の聖杯戦争というシステムは、そもそもアインツベルン家が用意した『第三魔法(魂の物質化)』の産物であり、間桐家が令呪というサーヴァントを縛るシステムを構築したものだ。君たち遠坂家は、ただこの冬木という土地の霊脈を提供しただけの、いわば地主に過ぎない。違うかね?」
「つまり君は、自分たち遠坂家が本来解くべき『平行世界の観測』という宿題を完全に放棄し、他人の家(アインツベルンと間桐)が作り上げたシステムの雛形(近道)にタダ乗りして、ただ自分が根源へのゴールテープを切りたいと願っているだけなのだ。そこに、君自身の魔術師としてのオリジナリティや、血を吐くような探求のプロセスは一切存在しない」
「なッ……!! 卿は、我が遠坂の悲願を、ただのタダ乗りだと……!」
「その通りだ。自分の宿題を放棄して、他人の論文のコピペで近道を選ぶとは……。時計塔の降霊科の講師として、厳しく採点させてもらうがね」
「遠坂時臣。君は魔術師としては、完全に『落第(三流)』だな。いや、魔術師を名乗る資格すらない、ただの歴史あるシステムに乗っかっただけのオカルトマニアと言っても過言ではない」
「ぐあああああああっ!!!」
ギルガメッシュ王の殺意にも、桜ちゃんの裏切りにも、なんとか耐えてきた彼の強靭な精神(優雅たれというプライド)が、同業者であるケイネス先生からの、論理的かつ致命的な「学術的ダメ出し」によって、音を立てて完全に粉砕された瞬間よ。
完全なる論破(KO)
ケイネス先生、ディベートの腕前は超一流ね! 嫌味なインテリの真骨頂を存分に発揮してくれたわ!
「はい! というわけで! 時計塔の現役ロードから『落第の三流以下』というありがたいお墨付きを頂戴いたしましたので、遠坂時臣さんは、一流マスターから、最底辺の『そっくりさんマスター(遠坂時臣のコスプレをしているだけの一般人)』に問答無用で降格でーす!!」
アシスタントのアサシンさんが、手際よく時臣さんの高級な革靴と靴下を剥ぎ取り、代わりに用意していた「罰ゲームアイテム」を彼の足に乱暴に履かせる。
それは、工事現場のおじさんが履いているような、親指と他の指が分かれたぶ厚い白い『軍足』
しかも、ただの軍足じゃないわ。親指の部分にポッカリと巨大な穴が開いていて、時臣さんの手入れの行き届いた足の爪が、情けなくひょっこりと飛び出しているという、究極にみすぼらしい仕様の特注品よ!
何十万円もするイタリア製のオーダーメイドスーツに、親指に穴の開いた白い軍足。
これ以上ないほどの視覚的な破壊力(ダサさ)! 優雅さの欠片もないわ!
「さあさあ、そっくりさん! 穴が開いた軍足を履いて、そこの薄暗い隅っこに敷いてあるゴザ(茣蓙)の上に行ってくださいねー! そこが貴方の新しい領地よ!」
そこには、すでに『そっくりさん』の地位に転落していたアルトリアちゃん(純白のウェディングドレス姿)が、ボロボロのゴザの上に正座して不貞腐れているわ。
「……来るな、魔術師」
「ここは私の領地(キャメロット)だ。貴様のような、自らの宿題から逃げ出した落第魔術師に分け与える土地など、このゴザの上には一寸たりとも存在しない。貴様はそこで、己の不甲斐なさを恥じて立ち尽くしているがいい」
いやいや、アルトリアちゃん。
それ、ただの1畳サイズの安物のゴザだから! キャメロット(理想郷)じゃないから!
「なんか、遠坂陣営だけ悲惨すぎないか……?」
ひな壇のサーヴァントたちも「確かに」「少し哀れになってきたな」と同情の視線を時臣さんに向けている。
でも、これがバラエティ番組(聖杯格付けチェック)の恐ろしさなのよ。
プライドが高ければ高いほど、転落した時の落差が激しく、そして面白くなる。
王の逆鱗に触れ、娘に裏切られ、同業者に心を完全にへし折られた時臣さん。
彼の払った多大な犠牲(プライドの崩壊)の上に、この番組の視聴率は見事に成り立っているのだわ。
格とは何か。
それは願いの強さではなく、覚悟の純度である。
【超重要・展開が変わります】真樹は聖杯にかける願いを…。
-
言う
-
言わない