冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~   作:斉宮 柴野

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これは正統派聖杯戦争ではありません。
主演女優が勝手に演出を始めます。
騎士の皆様、ご注意ください。


騎士の誇りと、カーテンコールの先取り

「うわ、見て。ジル。すごいイケメンがいるわ。あれが今回の『共演者』ね。顔面偏差値が高すぎる。事務所どこだろう?スタダ?それともジュノンボーイ出身?冬木市の顔面採用基準、天井知らずだわ」

 

海風が吹き荒れるコンテナヤード。

 

アクション映画のクライマックスや、刑事ドラマの取引現場として使い古された舞台設定だけど、だからこそ王道。

 

そこに、一人の男が立っていた。二本の槍を優雅に携えた、絶世の美男子。

泣き黒子。流し目。そして、風になびく前髪。フェロモンが服を着て歩いているような男だ。

 

彼、立ってるだけで絵になる。ポージングの指導とか受けてるのかな?重心の置き方がモデル並みよ。

 

そして、その背後の深い闇。コンテナの影に、もう一つの気配がある。姿は見えない。けれど、ピリピリとした緊張感……というより、神経質なイライラオーラが漏れ出している。あれが「助演(マスター)」ね。舞台袖から指示を出すタイプか。オッケー、状況は把握した。まずは主役からの名乗りといきましょうか。

 

私は巨大な旗をダンッ!と地面に突き立てる。その振動が、コンクリートを通して足裏に伝わる。いい音だ。腹の底から声を出す。

 

「我が真名はジャンヌ・ダルク!主の御名の元に、この聖杯戦争を裁定するために現界したものである!さあ、拍手とスポットライトを!!」

 

朗々と響き渡る私の美声。海風すらも味方につけ、その声は夜の港に吸い込まれていく。完璧な第一声。これ、録音して着ボイスにしたいレベル。隣でジルが、ハンカチで目頭を押さえている。

 

「おお!なんと神々しい……!その凛としたお声、数百年の時を超えて、再びこの耳で拝聴できるとは……!私の鼓膜は今、聖水で洗われたような心地です!!」

 

「……ジル。泣くのはいいけど、鼻水は拭いて。衣装についたらクリーニング代請求するわよ」

 

「はっ!申し訳ございません!この涙もまた、貴女への信仰の証ゆえご容赦を!」

 

相変わらずの過剰反応。でも、これくらい熱量のある観客がいると、役者としてはやりがいがあるってもんよ。

 

さて、対する共演者の反応は?ランサーさんが少し眉をひそめた。困惑?驚愕?それとも「なんだこの痛い女は」という純粋なドン引き?どれでもいい。リアクションがあるだけで、この即興劇は成立する。

 

『……ジャンヌ・ダルクだと……!』

 

お?声がした。ランサーじゃない。影の中からだ。スピーカー?それとも腹話術?

エコーがかかっているように聞こえるのは、コンテナの反響のせいか、それともそういう音響効果か。

 

『ランサー、その女はサーヴァントに見えん!……だが、その目……魔眼か??』

 

魔眼……魔眼ね。中二病ワードランキング上位常連の単語。

 

私の目がどうしたって?ああ、コンタクトレンズのこと?それとも、私の「目力」が強すぎて、特殊効果のように見えているのかしら。

 

今の私は、演技への集中により、瞳孔が開いている自覚がある。きっと瞳の奥で、アドレナリンとドーパミンが幾何学模様を描いて回転しているように見えるんでしょうね。

 

「目は口ほどに物を言う」を地で行く女優、それが聖上真樹。

 

『只人ではないな。危険だ。すぐに排除せよ!』

 

……ふむ。分析開始。この「声の主」、なかなかいい演技プランを持ってるわね。「姿を見せない黒幕」を演じつつも、その声色だけで「実は小者なんじゃないか?」という疑惑を視聴者に植え付けるテクニック。

 

あの早口で捲し立てる感じ。「危険だ!排除せよ!」というステレオタイプな台詞回し。これは……そう、「三流悪役の怯え」だ。

 

物語の序盤で、主人公の強さを引き立てるために噛ませ犬になるタイプの中ボス。声のトーンだけでここまでキャラクター性を確立できるなんて、声優としてもやっていけるんじゃない?

 

でも、私に向かって「排除せよ」とは聞き捨てならないわね。主役を排除したら番組が終わっちゃうでしょうが。負けていられない。こっちも「格」の違いを見せつけてあげる。

 

「随分と細心でいらっしゃるのですね。姿を見せぬ臆病も、主は全てを許します。我が前で祈りなさい。さあ、懺悔の時間ですよ?今なら特別に、免罪符を3割引きで発行してあげてもよくってよ」

 

「おお!ジャンヌ!!その慈悲深さ!敵対者ですら商売相手……いえ、救済対象とするその懐の深さ!まさに聖女!!」

 

「……いや、商売っ気出したのはジョークだけど。ジル、そこは笑うところよ」

 

ジルが感涙に咽ぶ横で、私は影に向かって優雅に手招きをする。

 

出てきなさいよ、名もなき助演さん。安全圏から指示出しだけなんて、エンターテイナーとして失格よ。

舞台に上がるなら、泥をかぶる覚悟を持ってきなさい。

 

私の挑発に対し、ランサーが動く。彼は二本の槍を構える。右手に長い槍、左手に短い槍。その構え、美しい。隙がないのに、色気がある。流れるような所作。

 

日舞か何かの心得があるのかしら?それとも、殺陣師の指導がスパルタだった?彼の表情には、苦渋が滲んでいる。眉間に刻まれたシワ。憂いを帯びた瞳。「戦いたくないけど、命令だから仕方なく戦う」という葛藤が見て取れる。

 

いい役者だ。セリフがなくても感情が伝わってくる。無言劇でも客を呼べるタイプね。

 

「……主命によりお相手致す。名乗りはできぬが、全力で参るぞ」

 

低い声。イケボだ。鼓膜に心地よく響くバリトンボイス。「名乗りはできぬ」?なんで?事務所NG?それとも、まだキャラクター名の商標登録が済んでないとか?あるいは、「正体を隠す覆面騎士」という設定?だとしたら、顔出しすぎだけど。

 

 

 

◇◇

 

 

 

「ふむふむ」

 

 

アクションシーンの前の、このヒリヒリとした「間」。嫌いじゃないけど、ちょっと長すぎない?観客がダレてきちゃうわよ。私は横に控えるジルに向き直る。

 

「ねえジル。なんで名乗れないの?台本まだ決まってないの?それとも著作権的な問題?」

 

「ジャンヌよ。この聖杯戦争では、サーヴァントの真名は秘すものとされておりますので。弱点を晒さぬための定石かと」

 

「なるほど、騎士の名乗りを邪魔するということ……」

 

「左様。名を明かせば、そこから伝説や弱点を推察され、不利になるやもしれません」

 

……はあ?何それ。ちょっと設定ミスかもしれないわね、この脚本。

 

騎士道華やかなりし時代の英雄が、コソコソと名前を隠すなんてナンセンスよ。「私は誰でしょう?」クイズをしてるわけじゃないんだから。観客だって「誰が戦っているのか」知りたいはずだわ。

 

「謎の騎士A」vs「謎の騎士B」じゃ、感情移入のしようがないじゃない。パンフレットに名前が載ってない舞台なんて、詐欺同然よ。よし。ここはこの座長である私が、「見本」を見せて、この場の空気を変えてあげる。エンターテインメントの基本を教えてあげるわ。

 

「ではランサー、私とジル……キャスターの名乗りを聞きなさい!これが『魅せる』ということよ!」

 

「むむう……?」

 

ランサーが怪訝な顔をする。その表情も美しい。眉間のシワ一本一本まで計算されたような造形美。

 

でも、今の主役は私。私は大きく息を吸い込む。横隔膜を下げ、肺いっぱいに冬木の冷たい空気を取り込む。

 

その瞬間、周囲の空気が変わる。私の「目」が、大気中の力を視覚化し、それを私の喉元に集束させていくのが見える。スポットライトはない。けれど、私の放つ「主演女優の覇気」が、戦場の空気を支配する。月光さえも、私を照らすための演出照明に変わる。

 

「改めて聞け!!我が真名はジャンヌ・ダルク!!」

 

バッ!!私は右手の巨大な白旗を振るう。

どうだ。このポージング。ドラクロワの絵画から抜け出してきたような完璧な構図。

 

「我はフランスに王を導きし者!神に選ばれし王を証す乙女!その残影である!!」

 

堂々たる宣言。嘘偽りのない、魂からの叫び。喉が震え、声帯が最高の周波数で共鳴する。気持ちいい。やっぱり、名乗り口上はこうでなくちゃ。

 

強度は本物を凌駕している。なぜなら、私は本気で「自分がジャンヌ・ダルク」と信じ込んでいるからだ。迷いのない嘘は、真実をも凌駕する。

 

私の瞳の奥で、幾何学模様が激しく回転する。「ジャンヌ・ダルク」という概念を、私の眼が解析し、出力し、現実に定着させていく。

 

「汝に騎士の誇りがあるならば名乗れ!そして尋常に我が騎士!ジル・ド・レェと立ち合うがよろしい!!」

 

私は視線を横へ流す。そこにいるのは、私の忠実な騎士。その言葉に、ジルが震える。ビクゥッ!と肩を跳ねさせ、彼は私を見つめる。

 

かつての栄光。かつての潔白な騎士としての魂。私の演技が、彼の中の「眠れる英雄」を呼び覚ましたのだ。いいわよ、ジル。その表情。「過去の罪に苛まれながらも、再び光を見出した男」の顔。アカデミー助演男優賞、ノミネート確実ね!

 

「我が名はジル・ド・レェ!!聖処女に付き従う騎士の残骸である!!」

 

その声は、さっきまでの粘着質な怪人のものではない。腹の底から響く、武人の咆哮だ。彼は腰に下げていた剣(これも私が力で作った小道具だ)を抜く。狂気を帯びつつも、騎士としての構え。背筋が伸び、切っ先がランサーに向けられる。いい!すごくいい!やっぱり衣装とセリフが決まると、役者の輝きが違うわ!

 

「…………!!」

 

ランサーの目が見開く。二本の槍を持つ手が、微かに震える。

主命による沈黙と、騎士としての本能がせめぎ合っているのだ。「名乗りたい」「この気高い挑戦に応えたい」そんな心の声が聞こえてくるようだ。

そして、彼は気づく。私の顔をまじまじと見て、ある事実に愕然としている。

 

「……私の、顔を見ても……平気なのか?」

 

「ん?平気も何も、イケメンだとは思うけど?タイプの顔よ。昭和のハンサムって感じで」

 

「そうではない……!我が呪いの黒子が、通じぬというのか……!?」

 

黒子?ああ、右目の下の泣き黒子のこと?あれ、呪いだったの?てっきり「セクシーポイント」としてメイクさんが描き足したものだと思ってた。

 

そういえば、さっきから彼を見るたびに「あ、好きかも」みたいな甘い感情が湧き上がってくる気配はあった。でも、そんなの女優なら日常茶飯事だ。

 

共演者を好きになる。それは演技の基本テクニックの一つ。だから、私の脳は、その「強制的な恋心」を「演技プランの一環」として自動的に処理してしまったのだ。「はいはい、今は『敵対する騎士に惹かれる聖女』っていうサブプロットね。了解」と、感情を棚上げにしただけ。私のプロ意識を舐めないでほしい。舞台の上で、台本にない恋に落ちるなんて三流のすることよ。

 

「これほどの名乗りを受けて返さぬは騎士の名折れ!それに……我が顔を見て魅了されぬとは見事だ。貴女のその瞳、ただの硝子玉ではないな」

 

『おいランサー!何を勝手なことを!許さんぞ、勝手な行動は!』

 

闇の中から、ヒステリックな声が飛ぶ。助演さん、焦ってる。台本変更に弱いタイプね。演出家なら、役者の暴走も愛しなさいよ。

 

「我が主よ、許されよ。この気高き魂に対し、無礼で返すは私の槍が鈍ります!騎士として、男として、この聖女の問いかけを無視することはできませぬ!」

 

ランサーが槍を掲げる。月光を浴びて、二本の槍が煌めく。彼は一歩踏み出し、高らかに叫ぶ。その姿は、まさに神話の英雄そのもの。

 

「我が名は……ディルムッド・オディナ!!フィオナ騎士団の一番槍である!いざ尋常に!!」

 

キタキタキターーーッ!!

 

『ディルムッド・オディナ』!ケルト神話の英雄!「輝く貌」のディルムッド!やっぱり!あの二本の槍は「ゲイ・ジャルグ」と「ゲイ・ボウ」ね!資料で見たことあるわ!すごい。本物だ。本物の英雄が、私の目の前で名乗りを上げてくれた。やっぱり名乗りあってこそのチャンバラよ!時代劇も特撮も、ここが一番盛り上がるのよ!

 

私は興奮で鳥肌が立つ。さあジル、行ってらっしゃい!貴方の出番よ!

 

「勝負!!!!」

 

ジルが叫ぶ。咆哮と共に、彼は地面を蹴る。え、速い。キャスターなのに、物理で突っ込むの?まあ、元帥だしね。でも相手は槍の達人よ?間合いが違うわ。ランサーの槍が、蛇のようにしなる。速い。私の目で何とか追えるほどのスピード。

 

ガギィッ!!

 

火花が散る。ジルの剣が、ランサーの槍を受け止める……無理!重さが違う!ジルが弾き飛ばされそうになる。本来ならば瞬殺されるはずの戦力差。

 

剣と槍では、白兵戦のスペックが違いすぎる。

 

でも、大丈夫。今の彼には、私がついている。私の「目」が、ジルの劣勢を瞬時に計算する。筋力不足?なら、補強をかければいい。

 

私の瞳が青白く輝く。体内の回路がフル回転し、発電所並みのエネルギーを生み出す。それを視線を通してジルに送る。名付けて「愛の投げ銭」!

 

「ジル!舞台効果追加よ!派手にやりなさい!!」

 

「おおおおお!!力が……力が溢れてくるぅぅぅ!!」

 

ジルが懐からあの不気味な本を取り出す。詠唱はいらない。私の力が、彼の術式を無理やり起動させる。

 

ボコォォッ!!

 

足元のコンクリートが割れる。そこから溢れ出すのは、ヘドロのような、触手のような、名状しがたい何か。

 

クトゥルフ神話に出てきそうな、ヌルヌルした怪物が大量に召喚される。1体、2体じゃない。10体、20体……いや、50体!?コンテナヤードが、一瞬で「怪獣映画のセット」に変わる。

 

「……なんという数だ!」

 

そりゃ驚くわよね。私も驚いてるもの。「え、予算大丈夫?」って。このモンスターの着ぐるみ、一体いくらするの?それとも最新鋭のCGホログラム?質感がリアルすぎる。磯の香りと腐敗臭まで再現してるなんて、4DX対応かよ。

 

「我が軍勢よ!喰らい尽くせ!!」

 

海魔たちが一斉にランサーに襲いかかる。

 

うわ、グロい。スプラッター映画だこれ。でも、倒しても倒しても、次から次へと湧いてくる。ポップ速度が異常なのだ。

 

私の右目が熱い。眼が、興奮に合わせて脈動しているみたい。

 

「ははは!すごいすごい!まるで地獄絵図ね!」

 

ランサーは二本の槍を風車のように回転させ、迫りくる肉の壁を切り裂き続ける。その動き、美しい。舞踏だわ。血と臓物にまみれながらも、その美貌は衰えない。むしろ、返り血を浴びてセクシーさが増している。

 

「ジル!攻めなさい!でもランサーの顔は傷つけちゃダメよ!あれは国宝なんだから!」

 

「御意!!貴女の慈悲深き命令、我が眷属の隅々まで行き渡らせましょう!!」

 

……通じてるかな、今の指示。海魔たちが「顔だけは避けて」攻撃してるとしたら、それはそれでシュールな光景だけど。

 

「あ、そうだ。BGMがないと寂しいわね。ジル、何か歌える?オペラ座の怪人とか」

 

「グァアアア!!」

 

「……うん、デスメタルだね。それもまた良し!」




ディルムッドは騎士として正しく、
ジルは狂信者として正しく、
そして主人公だけが間違っている。

たぶんそれが一番危険です。

次の助演指導の相手は誰が良い??

  • 衛宮切嗣
  • 言峰綺礼
  • ケイネス・エルメロイ・アーチボルト
  • ウェイバー・ベルベット
  • 遠坂時臣
  • 間桐雁夜
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