冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~   作:斉宮 柴野

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王ではない。だが彼は、支配者の器を持っていた。


ケイネス・エルメロイ・アーチボルト

「さてさて皆様!遠坂時臣さんが見事に論破されて、穴の開いた軍足を履いてゴザに沈み、アルトリアちゃんと最底辺の領土争いを始めたところで!」

 

「次は……先ほど見事な学術的推理で時臣さんを奈落に突き落とした、普通の魔術師のケイネス先生!先生の番ですよ!」

 

「やはり先生も、時臣さんと同じように、聖杯にかけて『根源』に行きたいんですか??時計塔のエリート講師ともなれば、その辺の野心も半端じゃないんでしょう?」

 

私が好奇心満々の目で問いかけると、ケイネス先生は腕を組み、フッと鼻で笑った。

 

「私は……そうだな……」

 

彼はおそらく、かつて自分がこの極東の田舎町で開催される「聖杯戦争」にエントリーした頃の、時計塔の神童としてもてはやされていた時期の「浅はかな動機」を思い返しているのだろう。

 

「遠坂のような、歴史の浅い田舎魔術師の悲願と一緒にしてほしくないな。私がこの儀式に参加したのは、いずれ時計塔において最高位である『冠位』に到達する者として、それに箔をつけるための、いわば個人的な武勲が欲しかったからなのだよ」

 

なるほどね。「箔をつけるため」つまり、就職活動の履歴書に書くための資格取得みたいなものね。命懸けの殺し合いに、そんな「自己啓発セミナー」みたいな軽いノリで参加するなんて、ある意味時臣さんよりも傲慢でタチが悪いかもしれないわ。

 

「だが……」

 

「だが??」

 

ジル、貴方、本当にそういうの好きよね。

 

「そうさな。今の私の願いは……『ランサーの受肉』としておこうか」

 

「……ッ!!主!!!」

 

信じられないものを見るようにケイネス先生を見つめる。彼の端正な顔立ちが、驚愕で完全にフリーズしているわ。

 

「ケイネス……??」

 

魔術師にとって、サーヴァントというのは、聖杯を手に入れるための便利な「使い魔」に過ぎない。

 

予想外すぎる「他者のための願い」に、皆の頭の上にハテナマークが浮かんでいるのが見えるわ。

 

 

◇◇

 

 

 

「な、なぜですか!?我が主よ!!私は、貴方のために聖杯を勝ち取るべく、この身を捧げた剣!私自身の願いなど、最初から存在いたしません!!」

 

「なに、ランサーのことを、我が婚約者であるソラウがひどく気に入っているからな」

 

えっ。ケイネス先生が、突然、自分から一番触れてはいけない地雷の話題をブッ込んできたわ!

 

「ソラウが、単なる魅了の呪いに流されるのではなく、己の意思で『推し活』として彼を愛で、婚約者としての己の立場をわきまえるようになった以上、私が無粋に目くじらを立てることもあるまい。趣味として許容してやるのが、器の大きい夫というものだろう。……そうだろう、聖女殿?」

 

「自分が持ち込んだ資産で構築した使い魔に、自分の婚約者が骨抜きになるほど惚れ込んでいる。それはつまり、その使い魔自身の魅力ではなく、そのような完璧な芸術品をこの世に顕現させ、使役している私自身の魔術師としての『魅力』の証明に他ならないのだからな。彼女がランサーを愛でれば愛でるほど、それは巡り巡って、この私の偉大さを讃えていることと同義なのだよ」

 

おおおーーーっ!!ス、スゴイわケイネス先生!!あの時の私が、適当に吹き込んだ詭弁のロジックを、完全に自分のものにして、こんなにカッコよく、そして傲慢な貴族のセリフとして昇華させるなんて!!

 

「素晴らしいです!ケイネス先生!!器の大きさが、冬木の海よりも、いや太平洋よりも深い!!」

 

「自分の女が他の男に熱狂しているのを、『俺がその推しを作ったんだから、実質俺に熱狂しているのと同じ』って解釈するなんて、オタクの究極の境地じゃない!最高のエンターテインメント精神よ!」

 

「ケイネス……」

 

彼女の瞳が、大きな涙の粒で潤んでいるのがわかるわ。

 

彼女にとってケイネス先生は魔術の才能しか取り柄のない、神経質で、プライドばかりが高くて、自分の気持ちなんて一つも理解してくれない、つまらない男だと思っていたはず。

 

でも。だが今、彼は、自分が「ランサーに火遊びをしている」という事実を完全に知った上で、それを許容し、あまつさえその対象を自分たちのために「受肉」させようという、途方もない男の甲斐性を、何十人もの英霊や魔術師の前で、堂々と見せつけられたのだ。

 

「お前の好きなアイドルを、俺の財力と権力で、お前の専属マネージャーにしてやる」って言っているようなものよ。こんなの、どんな乙女ゲームの俺様ルートでも見たことがない、規格外のプロポーズじゃない!!

 

「ありがとう、ケイネス……!私、貴方のその心の広さに、本当に感動したわ……!ランサーを推しながら、私、貴方のことも心から愛すると誓うわ!!貴方こそが、私の本当のマスターよ!!」

 

「ふふふふ……やはり……流石は私だ。私の計算に狂いはなかったようだな」

 

顔がニヤニヤしすぎて、せっかくの貴族の威厳が台無しよ、先生。でも、その人間臭いところ、嫌いじゃないわ。

 

「聞いたか、ディルムッド・オディナよ。我が騎士として、この現世にて、私とソラウに終生仕えることを許す。前世で主君に恵まれず、不遇の死を遂げた貴様にとって、この私のような寛大で完璧な主君を得られること、そして新たな生を与えられること、これ以上の誉れはなかろう。身を粉にして励めよ」

 

「はっ……!!」

 

ポタッ、ポタッ。

 

大理石の床に、大粒の涙がいくつも零れ落ちる音が、マイクを通してスタジオに響く。

 

生前、彼がどれほど忠義を尽くしても、決して得られなかったもの。それは、「主君からの絶対の信頼」と、自らの犯した罪に対する「赦し」。

 

彼は常に「また主君を裏切ってしまうのではないか」「また嫉妬されて見捨てられるのではないか」という呪縛に囚われ続けていた。しかし。今、目の前に立つ気高き魔術師は、彼の存在も、彼が婚約者を惹きつけてしまう魔性も、すべてをひっくるめて「自分の魅力の証明だ」と笑い飛ばし、完全に許容してくれたのだ。

 

「必ずや!この命、この二本の槍に代えましても!我が主、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトに!聖杯という名の至高の勝利を捧げてみせましょう!!!このディルムッドの忠義、永遠に貴方様のものにございます!!!」

 

今の彼は、間違いなく、この聖杯戦争において最も危険で、最も強力な存在へとクラスチェンジを果たしたわ。

 

「おおおーっ!!ブラボー!!なんて美しい主従の絆なの!!涙が止まらないわ!!痴話喧嘩からの、大逆転の純愛&忠義のドラマ!!これよ、私がこの舞台に求めていたのは!!カメラさん!今のディルムッドさんの男泣きと、ケイネス先生のドヤ顔、そして客席のソラウさんのうっとり顔、完璧に抜けた!?視聴率30パーセントは固いわよ!!」

 

「フン。つまらんメロドラマだ。我の財宝の前では、忠義などという目に見えぬものは何の価値も持たんわ」

 

相変わらず冷ややかなコメントを吐いているけれど、その実、ちょっとだけ興味深そうにディルムッドさんを見下ろしている。

 

「ガッハッハ!良いではないか!主君のために命を懸ける騎士の姿、これぞまさに王道!ケイネスとやら、貴様、なかなか良い軍団を作り上げたな!余の軍勢とぶつかり合う日が楽しみだわ!」

 

「くっ……!あのランサー、あれほど主君に恵まれなかった男が、私よりも先に、真の忠義を尽くせる主君を見つけるとは……!なぜだ!なぜ私には、あれほど私を信じてくれるマスターがいないのだ!私はアーサー王だぞ!!」

 

可哀想に。彼女のマスターは、彼女を「便利な道具」としか思っていないし、彼女の言うことなんて一つも聞く耳を持たないものね。

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

(先生が……変わったのか……?いや、違う。先生は最初からこういう人だったんだ。僕の見る目が……僕自身の器が、あまりにも小さすぎて、先生の本当の姿に気づけていなかっただけなんだ……)

 

彼を見返してやりたくて、聖遺物を盗んでこの極東の聖杯戦争にエントリーしたのだ。でも、今目の前で見せつけられたのは、そんな矮小なルサンチマンを軽く吹き飛ばすほどの、巨大な背中。

 

(自分の権力と財力を使い、婚約者の心移りすらも自分の魅力だと笑い飛ばし、不遇の英霊に新たな命と忠義の居場所を与える。自分の野望なんてどうでもいいとばかりに……。これが、時計塔のロード……上に立つ者としての、本物の『貴族』の振る舞い……!)

 

カメラさん、ウェイバー君の潤んだ瞳からケイネス先生の背中へのパン、バッチリ抜いておいてよ!青春映画のワンシーンとして完璧なんだから!

 

「バカな!!バカなバカなバカな!!そのようなこと、断じてあり得ない!!根源はどうするというのだ、エルメロイ卿!!根源への到達こそが魔術師の悲願であろうが!!それを、ただの使い魔の受肉ごときに、そんな下らない個人的な感傷のために万能の願望機を使うなど、正気の沙汰ではない!!貴様は魔術師としての誇りを捨てたのか!!」

 

「……キャンキャンと騒がしいな、そっくりさん。君のような落第者に卿と呼ばれる筋合いはないが、まあ、哀れな無知蒙昧の輩に、最後の授業をしてやろう。言ったように、私は『過程』をこそ重視する。他人の作ったシステムに乗っかって、ただゴールテープを切るだけの君のやり方は、魔術師として美しくないのだよ」

 

「ぐっ……!それでも、根源に至れば全てが……!」

 

「それにだ。君は先ほど、『根源に到達すればそこで終わり、それ以上の目的はない』と言ったな。私は仮に、自らの足で研究を重ねて根源へ至ったとて、必ず『戻ってくる』つもりだ」

 

「戻ってくる」その言葉の意味するものの大きさに、ウェイバー君が息を呑む音が聞こえる。

 

「ぜ、全能の力を得て、世界の真理と一体化できるというのに……戻ってくるだと!?なぜだ!!そんなことをすれば、せっかくの根源への到達が……!」

 

「全能の力を得て、ただそこで満足して自己消滅するなど、凡愚の極み。まさに自己満足の自殺だ。そんなことに我が命と才能を費やすほど、私は安くはない。私はその至高の叡智と奇跡を現世に持ち帰り、この冬木の地から時計塔へと凱旋するのだ。そして、我が愛するソラウと共に、我がアーチボルトの家名を永遠のものとして歴史に刻み込む。時計塔の頂点として君臨し続け、いずれは私こそが、この世界で最高の『魔法使い』になってみせる。それが、真の天才たる私の描く、完璧なる人生のロードマップなのだよ」

 

ただ消えるためじゃない。生きて、愛する女と共に、現世で最高の栄華を極めるため。そのために、究極の力すらも「利用する」と言ってのけたのだ。

 

「……ただ目標地点で消えることしか頭にない、後ろ向きで視野の狭い貴様とは、最初から見ている景色が違うのだよ、遠坂時臣。貴様はそこで、己の凡庸さを嘆きながら、ゴザの上で朽ち果てるがいい」

 

「ああああああああっ!!!」

 

口から泡を吹き、親指に穴の開いた軍足をピクピクと痙攣させている。気絶よ。魔術師としての誇りも、名門の当主としての威厳も、すべてをケイネス先生の圧倒的な知性と器の前に粉砕され、彼の精神は完全にシャットダウンしてしまったのだわ。

 

「はい!というわけで!!皆様、見事な論破劇と、あまりにも美しい主従の絆を見せてくれたケイネス先生に、盛大な拍手を!!ケイネス先生は、その海より深い度量と、圧倒的な魔術師としてのビジョンを評価し、文句なしの『超一流マスター』に特別ランクアップでーーす!!おめでとうございまーす!!」




根源は遠い。
だが、志の高さは今ここで測られる。

【超重要・展開が変わります】真樹は聖杯にかける願いを…。

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