冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~ 作:斉宮 柴野
・演出家が最強です。
「気を取り直して……!!」
バラエティ番組のMCたるもの、私情(彼氏への愛)に流されっぱなしではダメよ。ちゃんと全員から撮れ高(悲鳴と絶望)を引き出さなくちゃ!
「じゃあ次は、さっき綺礼さんに特撮ヒーローの理論で完全論破されて、そっくりさん席(ゴザの上)でうずくまっている『衛宮切嗣らしき人』!!貴方の番よ!貴方が万能の願望機(聖杯)にかける願いは一体何かしら??」
かつて裏社会で「魔術師殺し」として恐れられていた冷酷なヒットマンの影は微塵もなく、哀愁が漂っているわ。
「……恒久的な世界平和だ。この世のすべての悲しみと、争いを生む原因……そのものを、この世界から永遠に消し去る。それが僕の……僕が人生のすべてを犠牲にしてきた、唯一の願いだ」
恒久的な世界平和。百点満点の優等生な回答(建前)ね!
でも、こんな血で血を洗う殺し合い(聖杯戦争)の主催者や参加者が、そんな綺麗事で納得するわけないじゃない。
「へー、世界平和ね。スケールが大きくて素晴らしいわ!……で?どうやって??」
「どうやって、って……。……聖杯は万能の願望機だ。それが真に万能であるならば、僕のその願いも叶えることができるはずだ。具体的な方法など、僕のちっぽけな頭で思いつかなくとも、奇跡そのものが、争いをなくすための完璧な答えを出してくれる」
はっ!何それ!完全に「丸投げ」じゃない!システム(聖杯)の仕様書も読まずに、「あとはよしなにやっておいて」って外注先のエンジニアに丸投げする、一番タチの悪いクライアントの態度よ!
「だから、どうやってって聞いてるのよ!丸投げじゃダメよ。貴方が願う『世界平和』の定義(仕様)を、もっと具体的に説明してちょうだい。こう言い換えましょうか。貴方の言う、消し去るべき『争い』とは一体何なの?」
「国家間の戦争や、血で血を洗う紛争、テロリズムだけを消せばいいの?それとも、企業間の経済的な競争(シェア争い)も『争い』だからダメ?ご近所さんとのゴミ出しのルールの揉め事は?兄弟でケーキのイチゴを取り合うような喧嘩みたいなのもダメ?夫婦喧嘩は?親子が反発し合う反抗期は?どこからどこまでが、貴方の消したい『争い』なのよ??」
「…………そのすべてが、巡り巡って争い(悲しみ)を生む火種になるというなら……。そのすべての感情や摩擦を消し去って、ただ愛だけで……愛と思いやりだけで、人は争わずに生きていける……はずだ」
でも、その言葉は、もはや信念でも祈りですらなく、ただの「思考放棄の逃避」だった。彼自身が、その理想がどれほど現実離れ(破綻)しているか、心の底では気づいているからだ。
「はっ!下らんにも程があるわ!!争いも摩擦もなく、ただ愛だけを享受して生きるだと?それはもはや人ではない。聖者ですらないわ!欲望も、怒りも、他者を出し抜こうとする野心も持たぬ生命など、ただの『意思なき肉塊』だ。我の庭(世界)に、そのような意思を持たぬゴミの山は不要だな。見ているだけで反吐が出るわ」
「全くだな。人間という名の、綺麗に防腐処理された『標本(コレクション)』だ。傷つくこともなく、闘争も競争もなく、ただそこに在るだけの生命。そのような停滞した世界から、どうして熱き覇道や、胸を焦がすような夢が生まれようか。お前の言う平和とは、ただの緩やかな『死』だぞ、魔術師殺し」
イスカンダルさんも、腕を組んで深く頷き、ギルガメッシュ王に同調する。
「ねえ、切嗣さん。あなたの言う『誰も争わない、感情の摩擦がない世界』になったとしたら……」
「誰も、誰かを愛せないわよ」
「……え?」
「人はね、『自分と違う』からこそ、相手を理解できなくて疎むの。そして同時に、『自分と違う』からこそ、相手に強烈に惹かれて、愛することができるのよ。自分にはないもの(強さ、優しさ、美しさ)を持っているから、相手のその部分が欲しい、自分のものにしたいと激しく願う。……それって、ある意味では、最も根源的な『争い(略奪)』の感情よ?」
「争い(摩擦)を生む感情をすべて無くすってことは、そういうことよ。誰も誰も憎まない代わりに、誰も誰も愛さない。ただの均質化されたロボットの部品になるってことよ。貴方は、そんな世界を望んでいるの?」
「ッ……!」
「貴方は、今貴方の後ろで貴方のことを心配して泣いているアイリスフィールさんや、舞弥さん、そしてアインツベルン城に置いてきた大切な娘さん(イリヤちゃん)の命と……」
「そこの道端に転がっている名もなき石ころや、貴方が今まで任務で無表情に撃ち殺してきたテロリストの命を、『完全に、全く同じ価値だ』って言い切っている自覚、ある?」
「……………っ。価値に差があれば……そこに、どちらを救うかという優先順位(争い)が生まれる……。だから……僕は……」
彼はずっと、世界中のすべての人間(命)を平等に天秤にかけるために、自分自身の個人的な「愛」や「感情」すらも、自分自身の心から無理やり切り捨てて(殺して)きたのだ。愛する者を特別扱いすれば、天秤のバランスが崩れ、正義が保てなくなるから。
◇◇
「……………………………」
ああ。なんて可哀想な人。自分の心を殺し、愛する人を殺し、そうして手に入れた「正義」すらも、特撮ヒーロー(綺礼)とバラエティ番組のMC(私)によって、論理的に完全に論破され、粉々に破壊されてしまった。
「可哀想な、ケリィ」
「……!!」
「シャーレイ!?」
彼が顔を上げたその先。そこには、金髪の女子大生(ジャンヌ・ダルクの詐称者)であるはずの真樹の姿はなかった。代わりに立っていたのは、かつて彼が少年時代を過ごしたアリマゴ島で、彼が初恋を捧げ、そして彼自身の弱さのせいで「死徒(吸血鬼)」となってしまった、あの日差しの匂いと浅黒い肌を持つ少女の姿だった。
「えっ……!?」
彼には今、私が初恋の少女、シャーレイにしか見えていない。
「ケリィ。そんな泣きそうな顔をしたまま……ずっと、自分自身を騙して生きてきたのね」
「僕は……!僕は……!!僕は、犠牲を無駄にしたくなくて……!!君を救えなかったこと……父さんを殺したこと……僕を育ててくれたナタリアを、この手で撃ち落としたこと……!!彼らの死を、ただの犬死ににしたくなくて……!!誰も死なない世界を作らなきゃ、彼らが……君たちが、浮かばれないじゃないか!!」
彼の目から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出している。自分の背負ってきた地獄の正体(罪悪感)を吐き出す。彼の言う「正義」や「世界平和」の根源。それは、彼が自分の手で殺してきた、あるいは救えなかった人々に対する、あまりにも強すぎる「贖罪(言い訳)」だったのだ。
「……ほら、そこですぐ感情が揺らぐのに」
シャーレイの声色と幻影を解き、元の私の声と姿に戻る。
「あ……」
「メメント・モリ……死を想う。貴方は、どこまでも『死者』に魂を惹かれているわ、切嗣さん」
「貴方はね、今を生きている生者の未来(アイリスフィールさんたち)よりも、過去に死んでいった者たちの未練(自分への言い訳)のために戦っているのよ。過去の死を肯定するために、現在(いま)の命を天秤にかけて殺し続けている。だから、貴方の語る正義は……誰も本当の意味で救われないのよ」
「なら……僕は……どうしたら……?」
彼にはもう、自分がどこへ向かえばいいのか、何を信じればいいのか、全くわからなくなっているのだ。
「私は、貴方の人生の答えなんて知らないわよ。でもね、迷子になったなら、過去の死者(幻影)じゃなくて……あなたのすぐ後ろで、貴方の背中をずっと見つめてくれている女の人たち(生者)に、直接聞いてみなさいな」
◇◇
「切嗣……」
「私はね……あなたの抱く、誰も泣かない世界を作るというその悲壮な理想を、あなたがその重圧で壊れてしまわないように……今までずっと、何も言わずにただ静かに従ってきたわ。あなたが血塗られた道を歩むなら、私もその血の海を共に渡ろうと決めていたの」
ホムンクルスという、本来ならば魔術の道具として使い捨てられるはずだった彼女に、「妻」という居場所と、「人間」としての心を与えてくれた。だからこそ彼女は、彼がどれほど無茶な、そして残酷な正義を掲げようとも、絶対に彼を否定しなかった。
彼の絶対的な肯定者(イエスマン)であり続けることこそが、彼女なりの最大の愛情表現だったのだ。
「でもね……。もし、あなたがもう限界なら……。その大きすぎる天秤を支える腕が、もう千切れそうに痛んでいるのなら……」
「切嗣」
「えっ……」
あの時の伏線(演技指導)が、ここに来て完璧に回収されたじゃない!
女の顔になっているわよと痛烈なダメ出し(指摘)をした、あの夜。
あの時は、私を殺そうとした舞弥さんが。今、何十人もの英霊や魔術師(観客)が見ているこの特設スタジオのど真ん中で、堂々と、自分から切嗣さんの頬に触れている!
これは、彼女が「ただの仕事上の部品」という殻を破り捨て、一人の女としての自我を完全に表に出した瞬間ね。
「私は、貴方のための部品ですから……。貴方が引き金を引けと言うなら引き、貴方が死ねと言うなら死ぬ。そういう風に作られ、そういう風に生きてきた、空っぽの機械です」
「でも……。私は、女という部品です」
「男(あなた)がいないと、この女という部品は、どうやって機能すればいいのかわからなくて……とても、困ります」
その二人の女の重くて、そして温かい言葉を両耳で同時に浴びた切嗣さんは。
「アイリ……舞弥……。僕は……僕はもう、進めないかもしれない……。世界中の全員を救うなんて、そんなこと、最初からできるわけがなかったんだ。僕はただ、自分の手が血で汚れていく言い訳を探していただけなんだ……。君たちをこんな危険な戦場に巻き込んで、自分の命すら天秤にかけて……。僕は、もう限界だ……」
「もし……僕が、一緒に逃げてくれと言ったら……。この聖杯戦争も、魔術師としての使命も、全部放り出して、世界の果てまで一緒に逃げてくれと言ったら……君たちは、僕と一緒に逃げてくれるか?」
ああ、なんて情けない。なんて惨めな男の姿なのかしら。でも、その情けなさが、どうしようもなく人間臭くて、放っておけない愛おしさを醸し出しているのよね。ダメンズウォーカーの血が騒ぐわ。
「あなたは逃げられないわ……、切嗣。たとえ私たちが一緒に地の果てまで逃げたとしても。あなたはきっと、今までの自分の行い(罪の重さ)に押し潰されて、自分自身の心を裁いてしまう。殺してきた人たちの幻影に苛まれながら、一日一日を死んだように生きていくことになるわ。あなたはそういう、不器用で真っ直ぐな人だから……。だから、逃げるのはダメよ」
じゃあ、どうすればいいの?逃げることもできず、戦うこともできないこのダメ男を、どうやって救うっていうのよ?
「いえ、奥様……アイリスフィール。切嗣は、貴女が思っているほど、そして彼自身が思い込んでいるほど、そこまで弱くも……そして、そこまで強くもいられない、ただの人間です」
「今は自分の罪の重さに耐えきれず、一生自分を責め続けると思っているかもしれない。でも……人間は、忘れる生き物です。そして、誰かに寄り添われれば、いつか必ず、その罪に対する許しを自分自身の中で得ることができる。そういう風にできているんです」
「それに。死して逝った皆も、ナタリアも、貴方のお父様も……そしてシャーレイも。彼らは絶対に、貴方に『自分たちの死の分まで、一生不幸になって苦しみ続けて欲しい』なんて、そんな呪いのようなことは思っていないはずです。彼らはただ、貴方に生きてほしかっただけです」
舞弥さんの言葉が、切嗣さんの心に深く突き刺さっていた「過去の死者たちからの呪縛」を、一本一本、丁寧に解きほぐしていく。
「……まあ、そうは言っても、貴方が任務で冷酷に殺してきた名もなき敵の人たちの恨みや怨念くらいは、一生貴方にまとわりつくでしょうけどね。それくらいの業(バツ)は、受け入れて生きるしかありません。……でも、安心してください。その怨念の重さくらいなら……奥様と私の二人で半分こして、一緒に背負って歩きましょうよ。三人で背負えば、一人あたりの重さは三分の一に減りますからね」
「舞弥………」
切嗣さんが最も驚愕している理由。それは、彼女の言葉の強さだけではない。
「舞弥……君は……笑って……いるのか?」
「……はい。笑っています。貴方が、あまりにも情けなくて、不器用で、そして愛おしいから」
尊い!!尊すぎるわ!!氷の暗殺者が、愛するダメ男の情けなさを受け入れて、聖母のような微笑みを開花させる!!これぞキャラクター・アーク(人物の成長曲線)の極致!私、自分が監督しているバラエティ番組のセットの中で、こんな神がかった名シーン(映画のクライマックス)が生まれるなんて、思ってもみなかったわ!
私の演出指導が完璧すぎたのね!天才プロデューサーとしての才能が恐ろしいわ!
「ふふっ。やられたわ。舞弥さんに完全に先を越されちゃったわね。私こそが、正妻として一番に切嗣を慰めて、満面の笑みを向けてあげるつもりだったのに。舞弥さんの微笑みを見せられたら、私の出番がなくなっちゃうじゃないの」
正妻と愛人の間でバチバチの修羅場(キャットファイト)が起きるのかと思いきや、まさかの戦友(同志)のようなこの爽やかな連帯感!この二人の女性、本当に懐が深すぎるわ!切嗣さんにはもったいないくらいの奇跡のダブルヒロインよ!
「さあ、切嗣。いつまでもこんな薄暗くて冷たいスタジオの床で泣いていないで。立ち上がりましょう。私たち三人で……アインツベルンの城に置いてきた、可愛いイリヤを迎えに帰りましょう?そして、どこか誰も知らない暖かい南の島にでも移住して、家族四人で、ただの人間として静かに暮らしましょうよ」
それは、聖杯戦争という呪われた儀式からのリタイア宣言だ。
「アイリ……舞弥……。ううっ……ああああ……っ」
世界を救うために心を殺し続けた「正義の味方」は、今日、このスタジオで死んだ。
あとに残されたのは、世界平和という巨大な妄想を捨て去り、ただ自分の手の届く範囲の家族だけを愛することに決めた、不器用で、情けない、ただの一人の男(父親)なのだ。完璧だわ。これ以上ない、最高の着地(エンディング)よ。
「はい!カットぉぉぉぉぉ!!!」
「素晴らしい!!素晴らしいお芝居(本音のぶつかり合い)でした!!最高の落とし所(トゥルーエンド)ね!!これにて、衛宮陣営の聖杯戦争(格付けチェック)の出番はすべて終了よ!!世界平和の理想を捨て、戦う意志を完全に放棄した衛宮切嗣さんは、ルールに従って『そっくりさん』から、もはやマスターですらない『ただの一般人(裸足)』へと究極の降格処分を下しまーす!!」
切嗣さんは、冷たい石の床の上に、完全に裸足の状態で立たされることになった。スーツ姿に裸足。これまた究極にみすぼらしい(シュールな)ビジュアルよ!
「でもね!!魔術師としての格は最底辺(裸足)に落ちたけれど、二人の素晴らしい女性に支えられて家族の元へ帰る貴方の『一人の男としての幸福度』は、間違いなく今、このスタジオの中で最高潮(トップランク)よ!!おめでとう、ただの不器用なお父さん!!これからは、世界じゃなくて家族の笑顔だけを守って生きていきなさいな!!」
「フン。つまらん結末だ。だが、己の器の小ささを自覚し、身の丈に合った泥水(日常)をすする道を選んだその潔さだけは、評価してやらんこともない」
「ガッハッハ!戦場から逃げ出すのは無様だが、守るべき女たちのために己の野望をへし折るのもまた、一つの男の生き様よ!達者で暮らせ、魔術師殺し!!」
「……フッ。世界を救う正義の味方の座は、この私が有難く引き継いでやろう。お前はせいぜい、その小さな家族の箱庭の中で、平和という名の退屈を噛み締めて生きるがいい」
彼らしい、究極の悪役(ヒーロー)としての餞の言葉ね。
特設スタジオ(アインツベルン城大広間)は、再び万雷の拍手と、アサシンたちが鳴らすお祝いのクラッカーの音、そして大量の紙吹雪に包まれる。
裸足に降格した一人の男の、聖杯戦争からの完全なる脱落。それは、悲惨な死や敗北ではなく、愛する者たちに囲まれた、これ以上ないほど温かい「日常への帰還」という名のハッピーエンドだった。
※ご視聴ありがとうございました。
・丸投げは詰めました。
・死者は呼びました(演出です)。
・裸足は発生しました。
・演出家がやっぱり最強でした。
【超重要・展開が変わります】真樹は聖杯にかける願いを…。
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言わない