冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~ 作:斉宮 柴野
・聖杯問答はたまに哲学になります。
・小学生がラスボスみたいなことを言います。
・王様はだいたいキレます。
・演出家が最強です。
「気を取り直して……!!じゃあ次は……桜ちゃん!貴女の番よ!」
私は、レッドカーペットの敷かれた階段を軽快に駆け上がり、一段下の普通席に座る振袖姿の幼い少女に向かって、バシッとマイクを向ける。
「貴女は間桐の当主として……そして、数百年を生きる大魔術師マキリ・ゾォルケンとして、この聖杯にかける願いはあるの??」
◇
桜視点
お姉さんからマイクを向けられた瞬間、私の心臓の奥に丸まっているお祖父様(臓硯)が、小さく震えるのがわかった。
『この世全ての悪の廃絶……。それが、かつてワシが抱いたマキリの悲願じゃ。しかし……この数百年の間に、その理想はあまりにも遠のき、ワシ自身もその意味を見失ってしまった……。今更、あのような大英雄たちや、高名な魔術師たちの前で、何と語ればよいのか……』
さっきまで時臣さん(お父さん)を煽ってイキっていたのに、いざ自分の番になると弱気になっちゃうなんて、ちょっと可愛そうね。
(お祖父様……大丈夫よ。私に任せて。お姉さん(真樹さん)は、私に期待しているの。ここで平凡な答えを言ったら、テレビ的に面白くないって怒られちゃう。だから、お祖父様の記憶(データ)を使って、最高にもっともらしい、スケールの大きい嘘(演技)を考えてあげる)
私の中にある、お祖父様の五百年の執念と絶望の記憶。それと、まだ小学生の私自身の、世界に対する無垢な疑問。
その二つを、お姉さん直伝の「天才子役メソッド」で、奇跡的なバランスでブレンドするのよ。
「ええ、あるわ」
「私の……いえ、『マキリ』の悲願は、ただ一つ。『この世全ての悪の廃絶』よ。すべての命が等しく良き地平を歩み、この世の嘆きと悲しみに完全なる救済をもたらすこと。それが、我が一族の五百年の夢」
「おお!また世界平和系ね!で、切嗣さんみたいに破綻しないように、具体的にどうやってその『悪の廃絶』を成し遂げるつもりなの??」
「簡単よ」
首をコテンと傾げ、可愛らしい少女の笑顔を作る。
「私とあなた……『違う』からこそ、相手の気持ちがわからない。わからないから、怖い……。さっき真樹お姉さんが切嗣さんに言った通り、人間が『違う』生き物である以上、摩擦が生まれるのは仕方ないことなの」
「相手が自分の思い通りにならないから……人は攻撃したくなるの。自分の言うことを聞かないから……自分が上手くできないから……嫉妬して、憎んで、争うのよ。だったら、どうすればいいか」
皆が、私の次の言葉を固唾を呑んで待っている。
「なら……私たちが全員、『進化』すればいいのよ」
「??(我が主は、一体何を……)」
私の言っていること、自分でもスケールが大きすぎてよくわかっていないんだから。
「なら、すべてが叶う世界になればいいのよ。全能が欲しければ全能を、苦痛が欲しければ苦痛を、そして愛が欲しければ愛を……。自分以外の誰かを傷つけることなく、誰もが自分の内側の世界で、ほしいままにすべてを得られるようになれば、誰も他人と争わない。そうでしょう?」
「……………雑種。貴様、今何を言った」
彼の声には、先ほどの時臣さんや切嗣さんに向けたような「退屈」や「呆れ」の響きは一切ない。
「すべてが叶う世界だと?誰もが全能になるだと?それは神ですら不可能なことよ。貴様、人間の分際で、世界の理(ことわり)そのものを書き換えようというのか」
怖い。やっぱりこの王様、すごく怖い。でも、ここで目を逸らしたら、天才子役の経歴に傷がつくわ。
「神に不可能でも、私ならできるわ」
「あらゆるすべてを、弱者も強者も、善人も悪人も、分け隔てなく掬い上げると誓うわ。融和と対話を重んじる綺麗事も、差別と暴力を振るう人間の汚い本性も、すべてを容認しつつ、同時に共存させればいいのよ。その不可能を可能にするシステムを構築するために挑み続けた五百年。永きを費やし、蟲の海の中で紡ぎ上げたこれこそが、マキリの答えよ」
「おおお!素晴らしいスケール感ね!宇宙規模の風呂敷の広げ方よ!」
「で、具体的にはどのような手段(願い)で、その全人類のアップデートを行うの??」
「簡単です」
「アインツベルンの大聖杯……そこに組み込まれている『第三魔法(魂の物質化)』のシステム。それを、個人の願いではなく、この星に生きる『全人類』に適応(インストール)すればいいのよ」
「「「「なっ……!?」」」」
「第三魔法の、全人類への適応だと……!?魂の物質化による、不老不死の精神生命体への強制進化!?バカな、そんな莫大な魔力……いや、それ以前に、人類の定義そのものが崩壊するぞ!!」
お祖父様の知識によれば、第三魔法というのは、魂を物質化して、永遠の命と無限の魔力を得る奇跡らしいわ。それを、地球上のすべての人間に強制的にやっちゃおうって提案よ。
「ええ、その通りですわ、お父様(時臣さん)」
「全人類が第三魔法によって魂を物質化し、不老不死になれば。その上で、無尽蔵の魔力が個々の魂に供給されれば、物理的な肉体の制限はなくなり、それぞれの世界の内側の願いはあらかた叶うわ。自分だけの夢の世界で、誰もが全能の神になれるのよ」
「これは、不出来な者の存在を、あるがままに許容するための最も効率的なシステムなの。人間は基本的に『出来ない』方が普通なのですから。努力しても報われない、才能がないから勝てない。そんな悲しい現実をなくすためには、なるべく多くを救う、導くという意向は、必然的に『傑物(天才)より凡人を優先させる』という結論に達する訳ですね」
「……さっきの切嗣さんの理想に近いかもしれないわね。どう手を尽くしても成長できない者たち、救われない者たちを、しかし変えられぬまま、誰にも傷つけられずに永遠に生かす……そういう絶対的な理(ことわり)が、私の望む平和よ」
「それは停滞だ」
「魂の物質化による自己完結の世界。他者との摩擦を恐れ、己の殻(精神世界)に閉じこもり、無限の魔力で虚構の夢を見続けるだけの存在。それは平和ではない。完全なる停滞、緩やかなる種の死だ」
「苦難を乗り越える歓びも、己の限界に挑み、進化を勝ち取る生命の価値も、すべて捨てるというのか。……それを『救済』と呼ぶか?雑種。貴様の五百年の執念が行き着いた先は、ただの壮大な現実逃避(ゴミ箱)か」
英雄王の言葉は、正論だ。痛いところを突かれているのがわかる。でも、ここで引き下がるわけにはいかないわ。
「反対に、『出来る者達へ期待を寄せる』という貴方たちの思想(選民思想)も、致命的ですよ?英雄王」
「才能や能力面を優先すればするほど、そしてそれが正しく機能すればするほど、『評価(能力)』がそのまま『生殺与奪(生きる権利)』に直結するという残酷な構図が、当然のように発生します」
「『強く、賢く、努力した者は報われるべきである』という美しい理論……。それは裏を返せば、『取り柄のない、努力できない存在だと不遇を囲って死んでいっても仕方ない』という、切り捨ての理論ですよ」
「……自覚の有無に関わらず、貴方たちの作ろうとしている競争社会(覇道)は、出来ない者は出来ないから、順当に滅びる世界を作ってしまいます。……いえ、今の人類史(魔術社会)は、もうそんな感じの、弱者が虫けらのように踏み潰される世界ですかね?」
自分が数日前まで、間桐の地下室で蟲に犯されながら地獄を味わっていた記憶を、言葉の裏側に潜ませる。
◇◇
真樹視点
桜ちゃん……いや、間桐臓硯、なんて完璧なヴィラン(悪役)のプレゼンテーションなの!!
切嗣さんの薄っぺらい世界平和論を遥かに凌駕する、第三魔法を使った「人類総神格化(エヴァンゲリオンの人類補完計画みたいなやつ)計画」!!
しかも、ただの狂人の妄言じゃなくて、「弱者を切り捨てる競争社会への究極のアンチテーゼ」として、恐ろしいほどの説得力と論理的整合性を持っているじゃない!
これよ!これが聞きたかったのよ!!深夜のバラエティ番組のテンションを完全に置き去りにして、深夜アニメの最終回直前のボスラッシュみたいな、最高に哲学的な絶望感が漂っているわ!!
さあ、英雄王!征服王!この「全人類を等しく救済する(停滞させる)」という、究極の同調圧力の提案に対して、貴方たち覇王は、一体どんな答えを突きつけるの!?
「素晴らしいわ、桜ちゃん!最高のヴィラン(理想)よ!」
「これこそが聖杯問答の醍醐味!さあ、王様たち!彼女の『全人類の救済(停滞)』を論破できるのかしら!?それとも、貴方たちの覇道は、この少女の絶望の前に敗れ去るの!?」
◇◇
「しかし、それこそ信賞必罰の道理ではないか!」
「できぬ者が足掻き、泥水をすすりながらも上を目指す!そして成し遂げた者が覇を唱え、新たな道を切り拓く!その流した汗と血と涙の熱こそが、人間の歩みというものであろうが!誰もが等しく全能になり、何の苦労もなく願いが叶う世界など、それは生きているとは言わん!ただの温室に飾られた造花よ!そのような停滞した世界で、どうして胸を焦がすような感動や、魂を震わせるような歓びが生まれようか!」
隣に座っているウェイバー君の背中をバンッと叩きながら熱弁を振るう。ウェイバー君は「痛いってば!」と文句を言いながらも、自分のサーヴァントの言葉に深く、強く頷いている。
彼自身が、自分の弱さと向き合い、安易な奇跡に頼らず自分の足で歩くことを決意したばかりだからこそ、大王のこの言葉は、誰よりも彼の胸に深く響いているのだ。
「うむ、王の言う通りだ」
「魔術の探求もまた、苦難を乗り越えるからこそ意味がある」
誰もが、桜ちゃんの提案する「痛みのない世界」を、生命の冒涜だと言って否定する。でも。
「だから……人はいつまで経っても進化できないのですよ、征服王」
「あるがまま、願うがまま、求めるがままに生きる。……それのいったい何が悪いの?」
「貴方たちは、苦労すること、痛みを伴うことこそが尊いと言う。でも、それは『強い人』の理屈です。世の中には、どれだけ足掻いても、泥水をすすっても、這い上がれない人たちがいる。才能がないから、環境が悪いから、ただそれだけの理由で、永遠に虐げられ、泣き叫ぶことしか許されない弱者がいるの」
「あなたがいれば、どんな困難も怖くない。共に生きよう、誰よりなにより大切だからと。人間はそうやって、愛を語るわ」
「そんな喜びの結果こそが、人の描く可能性の究極の形であるなら……人の未来は、敵を打ち負かすことではなく、ただ愛しい誰かに出会えること。ただそれだけでいいはずよ」
「その素晴らしさと喜びを、誰もが平等に、何の痛みも犠牲も伴わずに、世界に示してみたいから。私はこの聖杯を使います」
怖い。怖い怖い怖い!!
それは、競争や淘汰といった「人類の営み」そのものを根本から否定し、すべてを甘い泥の中に溶かして均質化してしまう、恐るべき「愛」の形だ。
愛しているからこそ、すべてを奪い、すべてを与える。完全にサイコパスの思考回路よ
「無理など一切しなくて構いません」
「辛いというなら、努力や克服など、今すぐやめてしまいましょう。泣きたい時は永遠に泣いていていいし、逆に前を向きたければ、自分の心の中だけで誇りを抱いて突き進んでください。誰も貴方を邪魔しない。どちらでもいいんです。すべてが肯定される、絶対的な愛の世界なんですから」
自分の頭で考えることを放棄させ、ただシステムが与える快楽と自己完結の夢の中で生きることを強要する、人類の飼育計画。
番組のMCとして、この場の空気をどうにかしなければいけない。このまま彼女のペースに飲まれたら、聖杯戦争のバラエティ番組が、カルト宗教の洗脳ビデオになっちゃうわ!
「………じゃあ、あなたの本当の願いは…??」
「第三魔法で人類を物質化して、誰もが自分の願いを叶えられる世界を作る。それはわかったわ。でも、それを実現させるための、貴女の根源的な、一番シンプルな言葉での『願い』は何なの?」
「神に祈る前に……みんなが神になれば良いんです」
――沈黙。
アインツベルン城の大広間が、絶対的な静寂に包まれる。
風の音すら止まっている。「みんなが神になればいい」。
魔術師たちが追い求める「根源への到達(神の座への到達)」を、たった一人で行うのではなく、地球上の数十億人全員で同時にやってしまおうという、狂気の沙汰としか思えないトンデモ理論。
◇
ギルガメッシュ視点
己の内に広がる千里眼(シャ・ナクパ・イルム)の感覚を研ぎ澄ます。目の前に座る、一見するとただの無害な小娘。そして、その背後に潜む老魔術師の怨念。
この小娘の魂の奥底から噴出しているのは根源的な、人類という種そのものを喰い破る『災厄』の匂いだ。
(……マキといい、この小娘といい……)
マキという女は、自らを詐称者(プリテンダー)と名乗り、虚構をもって世界を塗り替える恐るべき性質を持っている。
そして、この桜という小娘は、極限の愛と慈悲をもって、人類の進化の歩みを強制的に止め、すべてを無に帰そうとする『停滞』の性質を持っている。
(この極東の地には、一体どれだけ『人類悪』の卵が眠っておるのだ)
人類が発展する過程で必ず生み出される、人類を滅ぼすための七つの災害。
それは、外部からの侵略者ではない。人類への愛が深すぎるがゆえに、人類を間違った方向へ導き、結果として滅ぼしてしまう、愛しすぎるがゆえの魔性。
この小娘の語る「全員が神になればいい」という思想。それはまさに、人類の自立を奪い、愛という名の檻に閉じ込めて飼い殺す、紛れもない『人類悪』の理そのものではないか。ただの極東の田舎で行われる、聖杯という名のチンケな杯を取り合うだけの退屈な儀式だと思っていたが。まさか、こんな狭いスタジオの中に、星の裏側すらひっくり返しかねない、とんでもない爆弾がいくつも転がっているとはな。
(まったく……人の形をした、人類を愛しすぎる魔性どもめ……。退屈しのぎには最高の見世物だが、一歩間違えれば、我の庭(世界)が本当に泥で埋め尽くされてしまうわ)
◇
真樹視点
「……………………」
このままじゃ、聖杯格付けチェックが、人類補完計画の決起集会になってしまう!私は、バラエティ番組の有能なプロデューサーとして、この放送事故ギリギリの空気を、強引に、かつ最高にポップな形で笑いに変換しなければならない!
「はい!カットぉぉぉぉぉ!!!」
「いやーーー!!素晴らしい!!素晴らしいわ桜ちゃん!!」
「これよ!これぞまさにラスボスの貫禄!!『神に祈る前に、みんなが神になればいい』なんて、その辺の三流の脚本家が徹夜でひねり出しても絶対に書けない、歴史に残る究極の名台詞よ!!映画館で聞いていたら、全員スタンディングオベーション間違いなしだわ!!」
現実の脅威を、虚構のエンターテインメントの枠組みの中に強引に押し込めて、笑い飛ばす。これこそが詐称者(私)の最大の武器よ!
「臓硯お爺ちゃんの五百年のドロドロの悲願と、桜ちゃんのピュアすぎる優しさが、見事な化学反応を起こして生み出した、人類の営みに対する究極のアンチテーゼ!ロジックの飛躍も、スケールの大きさも、すべてが完璧!バラエティ番組のひな壇トークとしては、完全にオーバースペックの神解答よ!!」
両手をバンバンと叩いて煽ると、硬直していたひな壇の面々も、「あ、これ演技(ネタ)として処理していいんだ」とようやく理解したらしく、ホッと息を吐いて、パラパラと拍手をし始める。
「文句なし!いや、文句のつけようがないわ!桜ちゃん(と、心の中にいる臓硯さん)は、今回の聖杯問答において、最もスタジオを震え上がらせたその圧倒的な存在感を評価して!『超一流マスター(裏ボス枠)』に特別認定よーーー!!おめでとうございまーす!!」
アサシンさんたちが、大慌てで桜ちゃんの座っている普通席のパイプ椅子を撤去し、代わりに、どこから持ってきたのか、黒いレザー張りの、トゲトゲの装飾がついた魔王の玉座みたいな超豪華な椅子をセッティングする。裏ボス専用の特別席の完成よ!
「えへへ……。ありがとうございます、真樹お姉さん」
世界を滅ぼしかねない、全人類を停滞の泥に沈めるような恐ろしい宣言をした直後だというのに。そのギャップが、また最高にシュールで、最高にバラエティしているわ!
「よくやったわ桜ちゃん!これで、将来のハリウッドデビューも夢じゃないわね!悪役のオファーが殺到するわよ!」
私が彼女の頭を撫でてあげると、彼女は「わーい!」と両手を上げて喜んでいる。
「さあさあ皆様!マスター編の聖杯問答は、これにてすべて終了よ!」
「時臣さんの完全論破からのゴザ落ち、ウェイバー君の自立宣言、ケイネス先生の度量、綺礼さんのプロポーズ、切嗣さんのリタイア。そして桜ちゃんの全人類神格化計画!マスターたちの隠された本音と狂気が、余すところなく暴かれた素晴らしい前半戦だったわね!」
「でも、宴はまだまだ終わらないわよ!CMの後は、いよいよ後半戦!歴史に名を残す大英雄たち、サーヴァント編の聖杯問答のスタートよ!マスターたち以上に自己主張の激しい王様たちは、一体どんな規格外の願いを語ってくれるのかしら!?そして、まだ誰も気づいていない『真の黒幕』の存在とは!?狂乱のアインツベルン城、まだまだ夜は更けないわよーー!!」
ああ、本当に人間は素晴らしいわね。ハッピーエンドへ導いてあげないと。
※ご視聴ありがとうございました。
・普通席が撤去されました。
・裏ボス席が増設されました。
・人類の未来がだいぶ怪しくなりました。
・演出家が最強です。
【超重要・展開が変わります】真樹は聖杯にかける願いを…。
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言わない