冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~ 作:斉宮 柴野
・宝具は殴ることがあります。
・騎士は抗議します。
・演出家が最強です。
「ジル、ちょっと押しすぎじゃない?舞台のバランスってものを考えなさいよ。これじゃランサー役の彼、ただボコボコにされるだけで見せ場がないわ。視聴者は対等な戦いが見たいのよ。一方的な虐殺なんて、カタルシスがないじゃない。ドラマには『拮抗』と『逆転』、そして『均衡』が必要なの!」
「なんと……!おお、ジャンヌよ!貴女は敵である異教の騎士にすら慈悲をかけられるのですか……!その海よりも深く、空よりも広い御心!このジル、感涙のあまり脱水症状を起こしそうですぞ!」
「脱水症状になる前に、海魔の数を減らしなさいって言ってるの。画面が埋め尽くされて、せっかくのイケメンが見えないじゃない」
埠頭の風が生臭い。魚市場の廃棄物置き場のような強烈なアンモニア臭。
ジルが召喚した「海魔」とかいう名のタコとイカとナマコをミキサーにかけて邪神のエッセンスを一滴垂らしたようなクリーチャーたちが、コンテナヤードを埋め尽くしている。
ヌルヌル、ベチャベチャと這い回る音。SE担当、気合い入れすぎ。リアルすぎて食欲なくすわ。その中心で、ランサーことディルムッド・オディナが、必死の形相で二本の槍を振るっている。紅い槍と、黄色の槍。その軌跡は美しい。流麗な円舞のように、迫りくる触手を切り裂いていく。
でも、多勢に無勢だ。いくら彼が達人でも、無限湧きする雑魚敵を相手にするのは骨が折れるだろう。額に汗が滲んでいる。それすらもセクシーだけど、やっぱり構図として美しくない。主役級の役者が、こんな序盤で、しかもこんなグロテスクな怪物の群れに飲まれて退場なんて、脚本として三流以下だ。私は腕組みをして、ため息をつく。演出家の美学に反するわ。
「……それにしても」
私の「目」が、ランサーの動きを追う。違和感がある。彼の動き、どこか窮屈そうだ。本来使うべき「何か」を封印されているような、不自然な手癖。
それに、私の脳内にある彼の「キャラクター設定資料」と、今の彼の装備が一致しない。あれ?ディルムッドって、槍二本だけじゃなかったはず。確か、剣も持ってたわよね?魔剣モラルタとベガルタ。槍と剣、それぞれを使い分ける一刀一槍流こそが、彼の最強のスタイルだったはず。なんで使わないの?出し惜しみ?それとも、小道具の搬入忘れ?
「ジル!警戒しなさい!相手はあのディルムッド・オディナですよ!油断してると、足を掬われるわよ!」
「ははは!ご安心を!我が軍勢の前には、いかなる英雄も餌食となるのみ!」
「違うのよ。彼の真の強さは、赤き魔槍『ゲイ・ジャルグ』と、魔剣『モラルタ』の二刀流のときに発揮される……。私の記憶が正しければ、彼はもっと『やれる』男のはずよ!」
ランサーの動きが一瞬止まる。触手の一撃を紙一重でかわしながら、彼は驚愕の視線を私に向けてくる。図星ね。やっぱり、隠してるんだ。
「つまり、彼はまだ『手加減』をしているのよ!槍二本なんて彼の伝承にはない配役だわ!さあランサー、隠してないで剣を抜きなさい!本気の殺陣を見せて頂戴!」
「うぐっ……!!」
ほら、やっぱり。痛いところを突かれたって顔してる。でも、なんで剣を使わないのかしら?
剣を出せば、この海魔の包囲網なんて一瞬で切り開けるでしょうに。もしかして、剣はメンテナンス中?
それとも、この後のシーンのために温存してる?だとしても、今ここで死んじゃったら元も子もないじゃない。出し惜しみはNGよ。エンタメはいつだって全力投球が基本なんだから。
『何だと!?そうなのかランサーよ!なぜ貴様は手加減をしている!!』
闇の中から、ヒステリックな声が響く。あ、マスターさんだ。忘れてた。姿は見えないけど、声のボリュームだけは一丁前ね。マイクのゲイン上げすぎじゃない?耳がキーンってなるわ。
『私の勝利を、主君の栄誉を、遊びで損なうつもりか!!貴様、やはり私を愚弄しているのか!?』
「我が主よ、お待ちを!私は……手加減などしておりません!誓って、そのような不忠は……!」
『黙れ!あの女が言っていることが嘘だと言うのか!彼女は貴様の真名も、武器の秘密も知っているようだぞ!』
おや?仲間割れ?私の何気ない演技指導が、敵チームの内輪揉めに発展しちゃった。あのマスターさん、疑い深い性格ねえ。部下を信じてあげなさいよ。ランサーさん、可哀想に。中間管理職の悲哀を感じるわ。
「ただ、今回はクラスが『ランサー』ゆえに……!」
『言い訳をするな!』
「ぐっ……!」
クラス……?ああ、なるほど。この劇団、クラス内いじめとかあるのかしら。それとも「役割分担」の厳しい縛り?
「君は槍担当だから、剣を持っちゃダメ」とかいう校則みたいなルールがあるの?なんて古臭い演出ね。マルチタスクが当たり前の現代において、武器の持ち替え禁止なんてナンセンスだわ。彼、ショックで役に入り込めてないじゃない。眉間のシワが深くなってる。役者として致命的だわ。メンタルケアが必要ね。
「……盛り上がりに欠けるわね」
期待していたような、剣と槍が火花を散らすド派手なアクションは見られそうにない。ランサーは主人の叱責に萎縮し、ジルは調子に乗って海魔を増やし続けている。
戦場が膠着してる。観客がチャンネルを変えちゃうタイミングよ、これ。役者がダメなら、演出家が出るしかない。テコ入れが必要だわ。
このダラダラした展開を、一撃で打破するようなインパクトのある画が欲しい。私は白銀のガントレットを握りしめる。手の中にある巨大な旗。これ、ただの飾りじゃないわよね?さっきから微かに脈動してるし、力も通ってる。武器として使えるはず。ジルをジャンヌ・ダルクっぽく荘厳に鼓舞して、このシーンを強引に締めくくるわ!クライマックスは自分たちで作るものよ!
「ジル!彼が全力を見せないのなら好都合。相手の不手際は、こちらのチャンスです!」
「はっ!おっしゃる通り!蹂躙しましょう!彼の綺麗な顔を、絶望で歪ませてやりましょう!」
「ええ、そうね。……でも、ただ勝つだけじゃつまらないわ。もっとこう、パァーッと派手にいきましょう!」
「パァーッと!?」
「私も貴方を……『応援』します!旗を使います!」
旗を高々と掲げる。月光を反射して、白い布地が輝く。その瞬間、ジルの目が限界突破で見開かれた。
「おおお!!!!ジャンヌが私のために『我が神はここにありて』を使ってくださるとは!あの伝説の聖旗を!私ごときのために!!」
「……え?」
何それ。『リュミノジテ・エテルネッル』?フランス語?噛みそうな名前ね。それがこの旗の技名?具体的にどうやるのか知らないわよ。説明書読んでないし。
即興アレンジ、いきます!
「おおお!なんたる光栄!なんたる歓喜!我が冒涜はここに極まれりぃぃぃぃ!!神よ!見ているか!貴様の愛した聖女は今、私のために奇跡を振るうのだ!!」
「うるさいわねジル、集中してるんだから静かにして。……いくわよ!」
これ、聖女の構えじゃないかも。まあいいか。カッコよければすべてよし。体内の回路を全開にする。眼が青白く発光し、旗の穂先が、バチバチと音を立ててスパークする。
◇◇
「我が旗に輝く強さを、我が戦友に煌めく心を。全ては主の為、我らは此処に立つ!!照明さん、ここ一番の見せ場よ!ピンスポット、私に集中させて!」
私は高らかに叫び、手にした巨大な白旗を天高く掲げる。
海風が私の旗を煽り、バタバタと勇ましい音を立てる。最高の構図だ。私の瞳の奥で、幾何学模様がギュルギュルと高速回転を始める。
これは私の「魔眼」――と呼んでいる極度の集中状態が生み出す、脳内ARエフェクト。私には見える。この旗を中心に、金色の粒子が渦を巻き、神々しいオーラが立ち昇る様が。VFX班、いい仕事してるじゃない。リアルタイムレンダリングでここまで綺麗な光の粒を描写できるなんて、冬木市の技術力はハリウッドを超えたわね。さあ、いくわよ。必殺の、あの技を!
『いっけぇーーー!!私のあふれるパッション、物理法則を超えて届け!!』
「『我が神はここにありて』!!」
舌を噛みそうなフランス語も、今の私ならネイティブ並みの発音でクリアできる。
この「聖女の鎧」の出力、やっぱりおかしい。背中にジェットエンジンでも積んでるの?体が軽い。羽根のように、いや、砲弾のように軽い。
私は一直線に、目の前のイケメン騎士――ランサーへと突っ込む。彼が「!?」という顔で目を見開くのがスローモーションに見える。ごめんね、ランサーさん。魔法攻撃だと思った?残念、聖女様は武闘派なのよ!
「は!?のわわーーーーっ!!」
手の中にある旗の石突き――要するに、一番硬い金属の先端部分――が、ランサーの綺麗な顎を正確に捉える。
ガゴォォォォンッ!!!
重厚な金属音が埠頭に響き渡る。手応えあり。バットの芯で捉えたような快感。ランサーの体が、物理法則を無視した速度で後方へ吹き飛ぶ。彼は空中でキリモミ回転しながら、背後のコンテナの山へと突っ込んでいく。ズドォォォォン!!ガシャーン!!コンテナがへしゃげる音。舞い上がる爆煙。そして、静寂。
「……ふう。決まった」
私は旗を振り抜き、残心を決める。どう?今のカメラワーク、完璧だったでしょ?
監督、オッケー出してくれるかな。私は満足げに息を吐き、ドヤ顔で振り返る。そこには、口をポカーンと開けたジルがいた。涙も止まっている。完全に思考停止している顔だ。あれ?反応が薄い。もっとこう、「ブラボー!ジャンヌ!敵を粉砕しましたぞ!」って喝采を送ってくれると思ってたのに。
「……は??ジャンヌ……?『我が神はここにありて』は……鉄壁を誇る聖なる防御宝具では……??」
ジルが震える声で呟く。え?防御?……あ。やってしまった。
……結界。遮断。つまり、バリア。殴る技じゃなかった。マズイ。ジルの顔が「え、今の攻撃なの?なんで旗で殴ったの?しかも『我が神はここにありて』って叫びながら?」って言ってる。
世界観の崩壊。設定ミスの露呈。役者として、台本を読み込んでいないことがバレる瞬間。冷や汗が背中を伝う。でも、待って。ここで「あ、間違えちゃった☆」なんて言ったら、聖女の威厳が台無しよ。即興劇で一番大事なのは「言い訳」よ!失敗を失敗と認めず、あたかも「最初からそういう演出意図でした」という顔で押し通す。
それが大女優の器量というもの。……落ち着け私。私は深呼吸をし、何事もなかったかのように旗を振り下ろす。表情はあくまでクールに。少しだけ哀れみを込めた視線をジルに向ける。
「ジル!戦場での勘が鈍ったのですか!貴方はそれでもフランス元帥ですか?」
「は、はひっ!?」
「最大の防御は、隙あらば撃つこと!敵が攻撃してくる前に、その攻撃の意思ごと粉砕する……。騎士の誇りを崩すことこそが、相手に対する最大の慈悲であり、最強の防御なのです!わかりませんか?」
どうだ。この「攻撃こそ最大の防御」理論。詭弁もいいところだけど、勢いで押し切る。私の瞳が「文句ある?」と語りかける。数秒後。彼の顔が、見る見るうちに紅潮していく。感動の色に染まっていく。ちょろい。
「なんと……!!おお、なんと……!!ジャンヌ……貴女は私と共に駆けたあの凄惨な戦場を、そこまで誇りに……!そうだ、そうでした!我らは祈るだけの弱き羊ではなかった!狼の喉笛を食いちぎる獅子であった!!」
ジルが膝をつき、アスファルトに拳を突き立てる。
「祈りとは、ただ待つことではなく、敵を粉砕することだと……ああ、これぞ我が聖女!!暴力という名の愛!破壊という名の救済!素晴らしい!その解釈、まさにアバンギャルド!!」
「……うん、まあ、そういうことにしておいてあげる。理解が早くて助かるわ」
危なかった。さすがジル。私の無茶振りに対する適応力が高すぎる。彼、脚本家としても優秀なんじゃない?「聖女=物理」という新しいジャンルを開拓しちゃったかもしれない。
ガラガラ……。
お、被害者のご帰還だ。砂煙の中から、ふらりと人影が立ち上がる。すごい。あれだけ派手に吹っ飛んだのに、まだ立ってる。
「……宝具ではないではないか!驚かせおって!貴様、魔力放出もしないで、ただの腕力と旗の柄で殴るとは何事だ!」
「あら、痛かった?ごめんなさいね。手加減したつもりだったんだけど」
「痛いとかそういう問題ではない!誇り高き宝具の真名解放かと思って身構えたら、ただの物理攻撃……!詐欺だ!騎士道精神に反するぞ!」
ランサーさんが抗議してくる。ごもっともです。でもね、ランサーさん。ここは戦場なの。客を驚かせたもん勝ちなのよ。私は悪びれもせず、ウインクを送る。
「最高のリアクションだったわよ、ランサーさん。今の吹っ飛び方、スタントマン顔負けだった。あとで請求書送ってくれたら、治療費くらいは持つわよ?」
「……ぐぬぬ。ふざけた女だ……」
ランサーが槍を構え直す。やる気だ。まだやる気だ。いいわよ、第二ラウンドと行きましょうか。次は剣を使おうかな。それとも、旗でゴルフスイング?
カツン、カツン。その時。冷たい海風に乗って、新たな足音が響いた。軽やかで、しかし確かな意志を感じさせる足音。
ランサーの動きが止まる。ジルも視線を向ける。私も、その方向を見る。夜霧の向こうから、二つの人影が現れた。一人は、黒のスーツを纏った、小柄な少女。金色の髪を頭の後ろでまとめ、碧の瞳には揺るぎない風格を宿している。もう一人は、雪のように白い肌と、銀糸の髪を持つ女性。白いコートに身を包み、儚げでありながら、どこか人間離れした美しさを放っている。
「あら……またお客さん。しかも美人ね」
防御宝具で殴るのはどうかと思いましたが、
彼女ならやると思いました。
次の助演指導の相手は誰が良い??
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衛宮切嗣
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言峰綺礼
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ケイネス・エルメロイ・アーチボルト
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ウェイバー・ベルベット
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遠坂時臣
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間桐雁夜