冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~   作:斉宮 柴野

40 / 74
※この聖杯戦争は一部仕様が変更されています。
・救済は強制です。
・幸福は保証されます。
・選択肢はありません。


人類悪~あるいは共感の獣~
人類悪、開演


真樹は、その光景をステージの中央から見渡している。

 

(聖杯戦争なんて、凄惨な殺し合いの場のはずだったのに。なんて喜劇なのかしら。なんてハッピーエンドなの……)

 

彼女の唇から、小さく、満足げな吐息が漏れる。

 

(……それもまた良し。我が舞台は、いよいよ最高のカーテンコールを迎えようとしている。ああ、私の役者たち、私の劇団、私の世界の……なんて愛しいこと。人は皆、誰かの『役』を被って生きている。自分という役、恋人、子供、親子……。なら………。ここで幕を下ろそう。誰も悲しまない、最高に幸せなまま、永遠に、永遠に)

 

誰もがこの温かな結末に酔いしれ、大団円を迎えようとしていた。しかし。

 

「マキ……待て」

 

静かに、しかし絶対的な重圧を伴った声が、広間の空気をピンと張り詰めたものに変える。声の主は、最上段の玉座で一人、ワイングラスを傾けていた英雄王ギルガメッシュだ。

 

「ギルガメッシュ王?まだ何かあるんですか?この演目は、もうこれ以上ないくらいのハッピーエンドを迎えますよ??皆が救われて、皆が笑顔で終わる。完璧な最終回じゃないですか」

 

真樹は、いつものおどけた笑顔で振り返る。だが、ギルガメッシュは玉座からゆっくりと立ち上がり、赤い瞳で真っ直ぐに真樹を射抜く。その視線は、虚飾をすべて剥ぎ取るような鋭さを持っている。

 

「まだ、そなたの願いを聞いておらん」

 

ギルガメッシュの声が、低く響く。

 

「他の者たちの下らぬ願いや、魂の救済とやらには付き合ってやった。だが、そなたはどうだ?そなたは何を聖杯に願う?」

 

彼は、階段を一段だけ降り、真樹を見下ろす。

 

「この冬木の演目を、いかなる願いを持って、ここまで強引に導いたのだ??詐称者よ。そなたの本当の目的を、ここで晒すがいい」

 

思えば、彼女はずっと他人の内面を暴き、導いてきたが、彼女自身のことは何も語っていない。

 

「……………そうね」

 

「私は……それをまだ、誰にも語っていなかったわね。私はね……『魂がない』。ずっと、そう言われて生きてきたわ」

 

真樹の声は、マイクを通していないのに、大広間の隅々にまで透き通って届く。

 

「他人の演技は、なんだって完璧にトレースできる。どんな技術も、どんな立ち振る舞いも、一度見ればすぐに習得できる。笑顔も、涙も、怒りも、すべて思い通りに表現できるわ。だけど……周りの人たちはいつも私にこう言うの。『お前の演技には、その役の魂がないのだ』と。それがなんなのか、私には全く分からなかった。役の気持ちは、台本を読み込めば論理的に分かる。表現は完璧にできているはずなのに……心が空っぽだ、お前はただの精巧な人形だと言われ続けたの」

 

真樹の視線が、虚空を彷徨い、彼女は、少しだけ寂しそうに微笑む。

 

「でもね。ここに来て、貴方たちと出会って、ようやく分かったのよ。私は『役者』ではない。私は……『演出家』だったんだと」

 

真樹は、愛おしそうに広間のみんなを見渡す。

 

「私は、他人の気持ちが分かる。貴方たちが何を望み、何に絶望し、どんな痛みを抱えているのか、痛いほどに分かるわ。なら、私がその人の『人生という名の舞台』を、最高に盛り上げて、すべてをハッピーエンドに導いてあげたい。悲劇なんていらない。誰もが笑顔で終われる最高の結末を、私が台本を書き換えてでも作ってあげたい。……それが私の、私という空っぽの存在の、唯一の魂の形だったのよ」

 

彼女の言は、一見すると極限の慈愛に満ちている。だが、その背後にあるのは、他者の人生すらも自らの「作品」として支配しようとする、恐るべき傲慢さだ。

 

「え……?」

 

「ウェイバー君。君はこの先の道行きで、どんな苦難があろうとも、必ずその果てにある栄誉を掴めるわ。私がそう保証する。君は時計塔のロードとして。立派な『ロード・エルメロイII世』として、大勢の生徒を導く未来が待っている。あの幻影で見せた通りにね。だから、何も恐れずに、その王様と一緒に前へ進みなさい」

 

彼女の言葉は、まるで絶対の未来を語る予言者のようだ。

 

「何を言って……?」

 

ウェイバーは、イスカンダルのマントを強く握りしめる。

 

「なんで僕が、ロードの名を……?先生の家名を僕が継ぐなんて、そんなことあるわけないだろ!予言だかシナリオだか知らないけど、適当なことを言うな!」

 

真樹は、彼の反発を微笑みで受け流し、次へと視線を移す。

 

「切嗣さん。貴方は『正義の味方』という重い呪縛を諦めたけれど、奥さんや娘さんたちの、たった一人の『ヒーロー』にはなれるわ。それが貴方の本当のハッピーエンドよ」

 

切嗣が、驚きに目を見開く。

 

「娘さんと奥さんのホムンクルスとしての身体は、優秀な人形師……そうね、蒼崎って名前の人形師を探せば何とかなるわ。娘さんは、ちょっと運命のいたずらで魔法少女になっちゃうかもしれないけど……でも、きっと皆で温かい食卓を囲んで、楽しく暮らせるでしょう。私がそう脚本を書いてあげるから」

 

「魔法……少女……??」

 

切嗣は、全く理解できないというように、呆然と呟く。

 

「予言か?なぜお前が、そんな未来を知っている?僕の娘の未来まで……それに人形師の心当たりまで、どうして……?」

 

「ケイネス先生。先生は、この舞台で本当に見事に成長しました。過去のプライドを捨てて、本物の器を手に入れた。貴方はきっと、この聖杯戦争を生き延びて、根源すらも踏み台にして、時計塔の歴史に名を残す至高の魔法使いになるのでしょうね。そして、ソラウさんとディルムッドさんと共に、最高のアーチボルト家を築き上げるわ」

 

「当然……だが」

 

その顔には明らかな戸惑いが浮かんでいる。

 

「君は、一体何を言っているのだ?まるで、我々の未来がすでに決定された台本の上にあり、君がそれを読み上げているように聞こえるが」

 

「ええ、その通りよ」

 

真樹は悪びれずに答える。

 

「桜ちゃん、そして臓硯さん。貴女は、このまま遠坂の家に帰ろうとすれば、時臣さんはまた別の魔術師の家へ貴女を養子に出して、同じ悲劇を繰り返すでしょう。だから、帰っちゃダメよ。ならば、そうしてマキリの実権をその手に完全に掌握したまま、立派な間桐の当主として往くがよろしいわ。貴女のその極限の優しさと、臓硯さんの知識があれば、きっと誰も傷つかない新しい魔術の道が開けるはずよ」

 

真樹は、魔王の玉座に座る少女へと向き直る。

 

「何を……未来を見通しているとでも言うのか……。それとも、貴様がこれから我々の運命を操ろうというのか」

 

桜の心臓の奥底から、臓硯のしゃがれた声が響く。

 

「お姉さん。私は……お姉さんの演技を、ただやらされていたの……?私が自分で決めたことじゃなくて、全部お姉さんがそうなるように、私を動かしていたの……?」

 

「そんなことないわ、桜ちゃん。貴女が自分で勝ち取った未来よ」

 

真樹は優しく微笑むが、その目はどこまでも冷たく、そして支配的だ。

 

「時臣さん。散々こき下ろしてごめんなさいね。でも、あれくらいやらないと貴方は変われなかったから。……これからは、根源なんていう自己満足の夢は捨てて、葵さんや凛ちゃんの未来の事をちゃんと考えて、遠坂の誇りを生きたまま先に繋いでいってください」

 

真樹は、彼に言い聞かせるように語る。

 

「貴方の娘の凛ちゃんは、将来とんでもなく立派な宝石魔術師になるわ。そして、ちょっとポンコツだけど最高にカッコいい男の子と出会って、世界を救うのよ。だから、安心して家庭に戻りなさいな」

 

「君に……妻や娘の事を話してはいないはず……。いや、そもそも我が家の家庭の事情まで……ッ!なぜそこまで知っている!?君は一体、何者なのだ!!」

 

真樹の姿に、ある異変が起きていることに、誰もが気づき始める。彼女の、ジャンヌ・ダルクの象徴である輝くような黄金色の髪。それが、徐々に、インクが染み込むように黒く染まり始めているのだ。金髪から、深い闇のような漆黒へと。彼女の本来の姿へと、ゆっくりと戻っていく。

 

「私は何者かって?言ったでしょう、私は演出家よ。貴方たち全員のキャラクター設定も、バックボーンも、どんな未来を辿るべきかも、すべて私の頭の中に入っているわ。だから、私が一番美しいハッピーエンドの脚本を書いてあげる。何も心配いらないの。私が、貴方たちの人生を完璧にプロデュースしてあげるから」

 

黒髪に染まりゆく真樹が、クスクスと笑う。その笑顔は、もはや聖女のものではない。他者の運命を玩び、自らの手で書き換えようとする、規格外の怪物の片鱗が、そこには確かに現れていた。

 

「ふざけるな!!僕たちの人生は、僕たちのものだ!お前の書いた台本なんて関係ない!僕は自分の足で歩くって決めたんだ!!」

 

ウェイバーが叫ぶ。

 

「そうよ、ジャンヌ……いえ、真樹ちゃん。他人の人生を勝手に決めつけるなんて、そんなの愛じゃないわ。ただの支配よ!」

 

ソラウも、立ち上がって抗議する。

 

「支配?違うわよ、これは救済よ。私が書いた通りに動けば、誰も悲しまないのよ?誰も死なないのよ?なのに、どうして拒絶するの?貴方たちは、そんなに不幸になりたいの?」

 

真樹は、黒くなった髪を指で梳きながら、首を傾げる。彼女の言葉は、純粋すぎるが故に、どこまでも狂っている。悲劇を許容できず、すべての運命を自らの手で管理し、温室の中に閉じ込めようとする暴走した庇護欲。それこそが、ギルガメッシュの言っていた「人類悪の卵」の正体だ。

 

「……やはりな。他者の人生を虚構の台本に押し込め、己の思い通りの結末を強制する。それはもはや、人類の歩みを否定する最大の悪よ。マキ、貴様は己の空虚を埋めるために、この世界そのものを己の劇場に作り変えるつもりか」

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

「私がこの聖杯に……いえ、この聖杯戦争という名の舞台にかける本当の願い。それはね、この世界の登場人物すべてが『自分の人生という役』を完璧に極め尽くすことよ。その願いは絶対に変わらない。そして誰にも変えさせないわ。だからこそ、私はいつだって皆の行動を、心を、過去を、一番近くで完璧に観察するの。そうやって観察を続ければ、貴方たちの抱える痛みが理解できる。理解できれば、貴方たちが次にどう動くか予測できるし、簡単に操れるようになるわ。そうやって私が手を引いて操ってあげれば、誰も間違えることなく、私が望む『最高の幸福』へと、一直線に導いてあげられるじゃない」

 

彼女の口元には、これ以上ないほど慈愛に満ちた、しかしどこまでも恐ろしい微笑みが張り付いている。

 

真樹がそう語る彼女の背後で、アインツベルン城の豪奢なスタジオの空間が、ぐにゃりと不気味に歪み始める。ただの魔力ではない。それは圧倒的な重さを持った、息を呑むような超密度の「愛」だ。他者の運命をすべて背負い込み、管理し、悲劇を一切許容しないという、暴走しきった庇護欲が、物理的な呪いとなって大広間全体を飲み込んでいく。

 

「やめろ……!それは、人間をただの操り人形にするってことじゃないか!」

 

「違うわよ、ウェイバー君。これは桜ちゃんがさっき言っていたような、ただ痛みをなくすだけの『停滞』でも、思想を統制する『ディストピア』でもないわ。皆が自分の意思で足掻き、悩み、そして最終的に理想の自分にたどり着く。その『過程』すらもすべて私が計算して、完璧な『脚本』としてこの世界に書き込んであげるの。貴方たちは自分の意思で動いているつもりでも、必ず私が用意した最高の結末に辿り着く。こんなに安全で、こんなに幸せな世界はないでしょう?」

 

彼女の瞳は、狂気と愛が完全に融合した、異常な輝きを放っている。

 

「だが……それは究極の傲慢だ。貴様のやろうとしていることは、他者への慈愛や手助けなどではない。ただ上から操り糸を垂らし、人間という存在そのものを、己の思い通りに動く玩具として操っているに過ぎん。……貴様は、人間の足掻く生き様を、己を満たすための『見世物』としか思っておらんのだな、詐称者よ」

 

ギルガメッシュの言葉は、真樹の行動の本質を鋭くえぐり出す。だが、真樹は全く怯むことなく、むしろ嬉しそうに目を細めて王を見上げる。

 

「ギルガメッシュ王。貴方はかつて、唯一無二の親友であるエルキドゥさんを失って、とても悲しかったでしょう?」

 

英雄王の逆鱗とも言えるその名前に、他の者たちは恐怖に顔を青ざめさせるが、真樹の笑顔は崩れない。

 

「ああ。確かに、あの喪失は我の心に深く刻まれた痛みだ。だが……あの結末をやり直そうなどとは、この我は決して思わん。あの別れがあったからこそ、我は真の王としてこの大地に君臨する覚悟を決めたのだ。悲劇すらも我が人生の一部よ」

 

ギルガメッシュは、怒りを露わにするでもなく、ただ静かに肯定する。

 

「ええ、それはとても美しい悲劇。でも、同時に残酷な結末だわ。もし私がその時代に介入するなら、この先の貴方の物語は、もっともっと感動できる、極上の劇場にしてみせるわ。エルキドゥさんを失うことなく、共に不死の霊薬を探し当て、二人で笑い合いながら永遠に国を治める。そんな最高のシナリオを私が書き上げてあげる」

 

真樹が、両手を胸の前で組み、うっとりとした表情を浮かべる。

 

「ふざけるな。それは我の歩んだ道を根底から否定する行為だぞ」

 

「否定じゃないわ、アップデートよ。私が起こした結果を一度でも味わえば、過去をやり直すなんて野暮なこと、誰も思わなくなるわ。だって、今この瞬間が、一番幸せなんだもの。悲しみも後悔も、全部私の書いたシナリオのスパイスとして消費してあげる」

 

その瞬間、彼女の頭部の両側から、鈍い音を立てて、何か異質なものが突き出してくる。それは、黒い髪を突き破るようにして現れた、禍々しくも美しい、二本の『角』だ。彼女の身体を覆う空気の層が、完全に人間のものではなくなり、高次元の怪物のそれへと変貌を遂げていく。

 

「人類は皆、ただ私の劇の演者になればいいのよ。私の書いた台本通りに生きて、私の用意した舞台の上で笑い合えばいい。そうすれば、もう誰も間違えない。誰も悲しまない。誰も絶望しないわ。さあ!第四次聖杯戦争という血生臭い演目は、もうこれで終わりよ!貴方達は今すぐ人生のハッピーエンドへ向かいなさい!!そして……私と共に、次の演目に進みましょう!!」

 

「それは……人間の自由意志の、完全な抹殺じゃないか……!争いを無くすために、人間から選択の自由を奪う。僕がかつて思い描き、そしてさっき捨て去ったはずの最低の理想を、この女は本気で、この世界全体に実行しようとしているのか……!」

 

切嗣が青ざめた顔で呻く。

 

「人類を愛し、それゆえに人類の歩みを止め、滅ぼそうとする絶対のシステム……。馬鹿な……そんな存在が、この現代に顕現するなどあり得ない。それは、我々のようなちっぽけな魔術師が争う聖杯戦争の枠組みを超えた、本来ならば抑止力の英霊召喚システムそのものが立ち向かうべき、人類共通の敵……人類悪ではないか……ッ!!」

 

時計塔のロードとしての膨大な知識が、目の前にいる角の生えた少女の正体を、最悪の形で結論づける。

 

彼女はもう、バラエティ番組の司会者でも、ジャンヌ・ダルクの詐称者でもない。世界を一つの巨大な劇場に作り替え、人類全員をその箱庭の中で飼い殺そうとする、愛という名の災厄だ。

 

「私は貴方達を愛しているわ。だから、すべてを最高の物語にしてあげる。さあ、次の題名は!!!」

 

その言葉を合図に、空間の崩壊がさらに加速する。

 

「来るぞ!!皆!!構えよ!!」

 

彼の背後に、先ほどまでの比ではない、数百、数千という黄金の波紋が展開され、ありとあらゆる宝具が真樹という絶対悪に向かって射出の照準を合わせる。

 

「何だこりゃあ!空間が、世界そのものが書き換わっていくぞ!!坊主、余から離れるな!」

 

「この筋肉ダルマ!こんな状況でもお前は楽しそうだな!絶対に僕を守り切れよ!」

 

イスカンダルが、キュプリオトの剣を抜き放ち、ウェイバーを己の巨大な背中の後ろへと庇う。

 

「敵だ!!皆、武器を取れ!!私の国を、私の歴史を、あのような作り物の台本で塗り替えられてたまるか!」

 

アルトリアが、見えざる剣を構え、騎士王としての闘気を爆発させて立ち上がる。迷いを振り切った彼女の顔には、もう過去にすがる亡霊の面影はない。

 

「おお……真樹殿!!貴女は、一体何という禍々しいお姿に!!」

 

ランスロットが、再び漆黒の兜を被り、狂騎士としての魔力を練り上げながら、悲痛な声で叫ぶ。

 

「これもまた……運命の悪戯か……!ああ、なんという美しさ、なんという恐ろしさ!!彼女がどのような姿になろうとも、私が彼女の舞台に立つことに変わりはない!!」

 

ジル・ド・レが、魔導書を両手で掲げ、狂気と歓喜の入り混じった顔で真樹を見上げる。

 

「総員!我らがマスターをお守りしろ!!」

 

アサ子の号令と共に、暗がりから数十人のアサシンたちが一斉に実体化し、綺礼の座るソファの周囲に鉄壁の防陣を敷く。

 

「ソラウ様!アイリスフィール様!私の後ろへ下がってください!!あの女の魔力は、尋常ではありません!!」

 

「ディルムッド、気をつけてね!絶対に死なないでよ!」

 

ディルムッドが、黄薔薇と赤薔薇の二本の槍を交差させて構え、二人の女性を背後へと護り隠す。

 

ソラウが、パイプ椅子を盾にしながら、彼に声援を送る。

 

マスターとサーヴァントたちが。今、真樹という規格外の人類悪の放つ圧倒的なプレッシャーを前にして、陣営の垣根を完全に越え、一斉に武器を構えて共闘の陣形を組む。

 

それは皮肉にも、真樹が演出したどのドラマよりも熱い、本物の英雄たちの結集の瞬間だった。

 

だが、彼らが立ち向かおうとしているのは、ただの強力な魔力を持った敵ではない。真樹の背後に広がる、歪んだノイズだらけの空間。

 

そこに、この世界の理を強引に上書きしようとする「次なる演目」の題名が、無数の可能性の断片として浮かび上がっては消えていく。

 

空間の亀裂の向こう側に、平穏な冬木市でサーヴァントたちがドタバタと日常を過ごす幻影が浮かぶ。『Fate/hollow ataraxia』という文字が、空中に刻まれる。

 

別の亀裂からは、成長したウェイバーが葉巻を咥えながら、時計塔で難事件に挑む姿が映し出される。『ロード・エルメロイII世の事件簿』という題名が、ノイズと共に明滅する。

 

さらに別の亀裂には、赤と黒の陣営に分かれた十四騎のサーヴァントが、ルーマニアの地で激突する光景が広がる。『Fate/Apocrypha』の文字が、赤黒く輝く。

 

アメリカの雪原で、偽りの聖杯戦争が巻き起こる混沌とした未来。『Fate/strange Fake』

 

イリヤスフィールが魔法のステッキを手にし、笑顔で空を飛ぶ、奇跡のような平和な世界。『Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ』

 

そして、全く違う歴史を辿った、もう一つの聖杯戦争の残滓。『Fate/Prototype』

 

それは、真樹という演出家が、自らの権能によって並行世界から強引に引っ張り出し、この世界に取り込もうとしている、無数のスピンオフのタイトル群だ。

 

彼女は、これらのすべての幸せな結末、すべての悲劇の回避ルートを、一つの巨大な台本にまとめ上げ、強引にこの現実世界にインストールしようとしているのだ。

 

「見えるでしょう、みんな!これだけの未来、これだけの可能性が、貴方たちを待っているの!どのスピンオフを選んでも、必ず誰かが救われる。必ず誰かが主役になれる!私の舞台に参加すれば、こんなに素晴らしい世界が無限に続くのよ!!」

 

真樹が、無数のタイトルが浮かぶ空間を背にして、恍惚とした声で叫ぶ。その光景を見た魔術師たちは、頭が割れるような情報量の波に襲われ、膝をつきそうになる。自分の知らない自分の未来。あり得たかもしれない別の人生。それが映像として脳内に直接流れ込んでくる恐怖。

 

「くっ……!他の可能性だと?そんなもの、ただの幻だ!!僕たちの現実は、今ここにしかない!!」

 

ウェイバーが、頭を振りながら必死に自我を保つ。

 

「世界そのものを並行世界の概念で押し潰そうというのか。なんというデタラメな真似を……!」

 

ケイネスが、魔術礼装を起動させながら、冷や汗を流す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人類悪……開演。

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もはや言葉での対話は成立しない。彼女は完全にビーストとしての本性を顕にし、この冬木の地を、自分の支配する永遠の劇場へと作り変えようとしている。サーヴァントたちの宝具の輝きと、真樹の放つ書き換えの魔力が、今まさに激突しようとした、その瞬間。

 

その狂気の渦中において、たった一人だけ。武器を構えることもなく、魔力を練り上げることもなく、平然と、ただ静かに立ち尽くしている男があった。言峰綺礼だ。

 

彼は、アサシンたちの鉄壁の護りを手で制して退けさせ、ゆっくりと立ち上がった。そして、周囲の阿鼻叫喚など全く目に入っていないかのように、コツリ、コツリと靴音を鳴らしながら、レッドカーペットを歩いていく。

 

「綺礼さん……?」

 

真樹が、自分に真っ直ぐに向かってくる彼を見て、少しだけ首を傾げる。綺礼は、愛用の武器である黒鍵を抜くこともなく、ただ無防備な姿のまま、禍々しい角を生やした真樹の正面で立ち止まった。

 

彼の漆黒の瞳は、世界を滅ぼそうとしている人類悪の姿を、一切の恐怖もなく、むしろ愛おしそうに見つめている。

 

「……君が、この世界を塗り替える絶対の悪だというのなら。そして、すべての人間に、君の考えるハッピーエンドという名の停滞を無理やり押し付けるというのなら」

 

彼は、真樹の角の生えた頭に、そっと大きな手を伸ばす。そして、恐れることなく、その禍々しい角の根本を、優しく撫でた。

 

「私は……先ほど君に誓った通り、この世界でただ一人、すべてを守る『正義の味方』として。君という愛すべき絶対悪を、私の命が尽きるその瞬間まで、最前列の特等席で、最後まで愛し抜こう」

 

彼なりのロマンチックなプロポーズの続き。

 

「……綺礼さん。貴方は本当に、どうしようもない人ね」

 

冬木アクターズ・ラプソディ。彼らの人生を懸けた、最高に狂っていて、最高にハッピーな最後の舞台が、色鮮やかな光と共に炸裂する。誰も結末を知らない、永遠に続く喜劇の夜が、ついに始まったのだ。




※ご観劇ありがとうございました。
・王は立ち上がりました。
・英雄は構えました。
・人類悪が開演しました。

でも、あなたはどう思いましたか?

「誰も悲しまない世界」と
「自分で選んで泣く世界」。

あなたはどちらを選びますか?



【挿絵表示】

【超重要・展開が変わります】真樹は聖杯にかける願いを…。

  • 言う
  • 言わない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。