冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~   作:斉宮 柴野

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※この聖杯戦争は再編集されています。
・王は脚本に逆らいます。
・魔術師は理屈で殴ります。
・ビーストは笑っています。


ヒーロー番組の終わらせ方

重低音が、アインツベルン城の基礎から鳴り響く。

 

堅牢な石造りの城壁が、パズルブロックが解体されるように空中でバラバラに砕け散っていく。しかしそれは崩壊ではない。砕けた破片は不可視の力に引き寄せられ、空中で新たな形へと再構築されていくのだ。

 

冬木の夜空を、分厚い暗雲が猛スピードで覆い尽くしていく。星の光も月の輝きも完全に遮断され、街全体が巨大な天蓋で外界から隔離されていくのがわかる。

 

特異点化。世界から切り離された、完全なる閉鎖空間の誕生だ。

 

「ここはこれより、私だけが支配する特異点となります。あらゆる並行世界を観測し、あまねく悲劇と喜劇をここで演出しましょう。……全ての人間を、誰もが涙を流さない、永遠のハッピーエンドへと導くために」

 

宙に浮かぶ真樹の声は、マイクを通していないにも関わらず、空間そのものを震わせて全員の鼓膜に直接響き渡る。

 

禍々しい角を生やした彼女の表情は、どこまでも穏やかで、慈愛に満ちている。

その絶望的な状況下で、魔術師たちは必死に思考を回転させている。

 

「何故だ!人類悪といえども、このような規模の魔力、世界そのものを書き換えるほどの巨大な儀式を組み立てるには、相応の準備と途方もない時間がいるはずだ!事前の儀式場も、巨大な魔力炉心もなしに、たった一人の個体が世界を特異点に作り変えるなど、いかなる理屈でも不可能だ!」

 

「そうだよ!そんな時間、どこにもなかったはずだぞ!!まだこの聖杯戦争が始まってから、たったの3日しか経っていないんだ!この城に集まってからは数時間だ!いつ、どこでこんな世界を巻き込むような大魔術の準備をしていたっていうんだよ!」

 

ケイネスのロードとしての膨大な知識が、目の前で起きている事象の異常性を告げている。焦燥し、混乱する魔術師たちの声が交錯する。

 

彼らの言う通り、魔術とは等価交換であり、手順を重んじる学問だ。特異点を形成するほどの奇跡には、必ずどこかに膨大な「エネルギーの源」と、それを組み上げるための「儀式の時間」が存在するはずなのだ。

 

だが、その謎の答えに、冷徹な思考を取り戻した代行者と、魔術師殺しの二人が、ほぼ同時に辿り着く。

 

「まさか………先ほどの『聖杯問答』か……」

 

「……そういうことか。実に悪趣味なからくりだ。聖杯問答という名の、バラエティ番組の悪ふざけ。我々はその空気に飲まれ、乗せられ、自分たちの内面を曝け出した。その過程で……我々七騎の主従の魂、隠していたトラウマや、切実な願いを丸裸にされたのだ。そして、我々が過去を乗り越え、それぞれの救済を受け入れた瞬間の、あの魂の爆発。その極限まで高まった感情を『全人類の縮図』に見立てて、この特異点を起動するための儀式を完成させたというわけか?」

 

彼の脳裏に、この城で行われてきた数時間の狂騒がフラッシュバックする。綺礼が、腕を組んだまま、感心したような、そして自嘲するような低い声で切嗣の言葉を引き継ぐ。綺礼の黒い瞳が、真樹の姿を鋭く捉える。綺礼の推測に、全員が息を呑む。

 

「……なんという事だ。我々が己の過去と向き合い、見苦しく足掻き、そして新たな道を見出して歓喜した、あの『感情の極まり』そのものが……この特異点を起動するための、莫大な魔力の供給源だったというのか!?」

 

彼らは自分たちの意思でトラウマを乗り越え、ハッピーエンドを迎えた気でいた。だが、それすらもすべて、この人類悪の掌の上で踊らされていたに過ぎなかったのだ。

 

彼らの流した感動の涙も、主従の絆を確かめ合った熱い抱擁も、すべてがこの特異点を作り出すための「儀式の歯車」として消費されていた。

 

「ええ、その通りよ。あなた達は本当に素晴らしい、極上の役者でした。私の期待以上の演技を見せてくれたわ。愛、憎悪、嫉妬、絶望、そして成長……。人間が持ち得るすべての感情のパレットが、あなた達という七つの陣営に完璧に揃っていたわ。全人類の感情の動きをシミュレートするための、これ以上ない最高のサンプルよ。貴方たちが魂を震わせてくれたおかげで、この世界の理を書き換えるためのエネルギーは十分に満たされたの。……本当に、楽しい番組だったわ」

 

彼女にとって、彼らは愛すべき劇団員であり、同時に、すでに役割を終えた過去のキャストなのだ。

 

「さあ、最高のカーテンコールよ。役割の終わった役者は、大人しく舞台を降りなさい。そして、私が用意した『次の舞台』……誰とも争うことのない、永遠の幸福という名の温室へ行くのです。そこで永遠に、幸せな夢を見続けていなさいな」

 

彼女の言葉と共に、特異点の空間から無数の見えない糸が降り注ぎ、マスターとサーヴァントたちの身体を拘束しようと襲い掛かる。

 

ギルガメッシュが宝具の雨を放ち、イスカンダルが剣を振り回してその糸を断ち切ろうとするが、糸は無限に湧き出し、彼らの動きを徐々に封じていく。

 

このままでは、全員が真樹の書き換えるハッピーエンドの脚本の中に飲み込まれ、自我を失った幸福な操り人形になってしまう。絶体絶命の危機。誰もがそう思った瞬間だった。

 

「お姉さん!!貴女は最初から……最初から、私たちを救うために、こんな悪役を被って……!」

 

魔王の玉座に座っていた小さな少女、桜が、悲痛な声を上げて立ち上がる。彼女の紫色の瞳からは、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちている。

 

「桜……?お前……お前は、間桐臓硯に精神を乗っ取られていたのではなかったのか!?なぜ、そんな自分の意思で……!」

 

「お姉さんが一人で全部背負うなんて、絶対にダメ……!お父さん!!皆さん!!今は退きます!!」

 

桜が叫ぶと同時、彼女の足元から、インクをこぼしたような漆黒の闇が爆発的に広がる。それは、間桐の魔術でも、遠坂の宝石魔術でもない。彼女が生まれ持った、極めて稀有な架空元素。膨大な『虚数魔術』の影だ。物理法則を無視した底なしの影の沼が、大広間の床を一瞬にして飲み込んでいく。

 

「なっ……なんだこの影は!」

 

「抵抗するな!この影の中に飛び込むぞ!」

 

切嗣が即座に状況を判断し、アイリスフィールと舞弥の手を引いて自ら影の中へと沈んでいく。

 

桜の放った虚数の影は、ビーストである真樹が空間を完全に掌握しようとした、そのほんの一瞬の魔力の隙間を正確に突き、七騎のマスターとサーヴァント全員の足元をすくい、その暗闇の中へと飲み込んでいく。

 

「あら……。……貴方方が、私を打倒すると言うのね?桜ちゃん。貴女のその優しさと反逆、予想外でとっても素敵よ。……ならば、舞台を整えましょう。一方的な救済より、魔王の城に挑む勇者たちの冒険の方が、観客は盛り上がるものね。それもまた良しだわ。この世はすべて舞台なれば……存分に抗いなさい、私の愛しき人たち。貴方たちがどんなに足掻いても、最後は必ず私が用意した最高のハッピーエンドに行き着くのだから!」

 

真樹が、自分のもとから逃げ出していく役者たちを見て、少しだけ驚いたように目を丸くする。

 

――ズガァァァァン!!

 

真樹の魔力が爆発し、アインツベルン城の残骸が完全に異界の巨大劇場へと変貌を遂げたその瞬間。マスターとサーヴァントたちは、桜の虚数の影を抜け、冬木市街のどこかへと転移させられていた。

 

「カハッ!ハア……ハア……ッ」

 

ビルの屋上に放り出された桜が、激しく咳き込みながら、その場にガクンと膝をつく。

 

彼女の小さな口から、赤い血がドクンと吐き出され、晴れ着の袖を汚した。規格外の魔力量を持つサーヴァントたちを含めた数十人もの大質量を、特異点化しつつある閉鎖空間から虚数空間を通して強制転移させるという行為は、幼い彼女の魔術回路にとって、自壊スレスレの無茶すぎる魔術行使だったのだ。

 

「桜!!桜!しっかりしなさい!そんな無茶な魔術を一度に使えば、魔術回路が焼き切れてしまう!!大丈夫か!!」

 

「こうでもしないと……あの空間から……みんなで逃げられなかったから……。ごめんなさい、お父さん……」

 

「桜よ……私は……」

 

自分は、遠坂の魔術師としての悲願のために、この幼い娘を間桐という地獄へ容赦なく売り渡した。

 

だというのに、この娘は、間桐のおぞましい魔術に染められ、あのような地獄の苦しみを味わわされてなお。最後の最後に、自分を捨てた父を助けるために、命を削って魔術を行使してくれたのだ。

 

「……勘違いするな、遠坂の小倅よ。私は間桐の当主、間桐臓硯です。勘違いしてもらっては困るな。あの小娘に、我がマキリの五百年の悲願である全人類の救済という大事業を横取りされるのは、到底我慢ならんゆえ。今回は特別に、貴様らと一時休戦して脱出の手助けをしてやったまで。ただそれだけのこと。これで遠坂に借りを作ったなどとは思わんことだ。カカカッ」

 

桜が、口の端についた血を手の甲で拭いながら、不敵で、憎たらしい笑みを時臣に向ける。わざとらしく、悪役としてのセリフを並べ立て、時臣を突き放す桜。

 

「……………なぜ?なぜ、わざわざそのような憎まれ役を演じるのだ、桜。お前はもう、自由にしていいのだぞ」

 

桜は、一瞬だけ臓硯の演技を解き、静かに視線を下へ落とす。

 

「私を……あの暗くて痛い蟲蔵の地獄から救ってくれたのは、遠坂のお父さんじゃない。私を助けてくれたのは、雁夜おじさんと、真樹お姉さんだから……。お姉さんは、私に『間桐の当主』という立派な悪役の台本をくれた。ただ蟲に犯されて泣いているだけの可哀想な女の子じゃなくて、自分の足で立って、大人たちを圧倒するような、カッコいい悪役の居場所をくれたの。……だから、お姉さんが私にくれたこの『ヒール』の役は、最後のカーテンコールが終わるまで、絶対に降りられない。私は、間桐の当主として、あの演出家の舞台に最後まで立ち向かう。……それが、私なりの、お姉さんへの恩返しだから」

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

「遠坂の親子の情愛の確認は、一旦後回しにするがいい。今はそれどころではない。あれを見たまえ。どうやら我々は、とんでもない箱庭に閉じ込められたようだな。どうする、街の様子がおかしいぞ」

 

ケイネスが、神経質に眉間を寄せ、魔術礼装である水銀の塊を自身の周囲に展開しながら、街を指差す。

 

隔離された冬木市の各地……新都のビル群の中心、深山町の閑静な住宅街、冷たい風が吹く港、そして深い山中から、天の暗雲を貫くように「七本の巨大な光の柱」が立ち上っている。

 

その光は禍々しくも美しく、街のネオンを完全に飲み込むほどの異常な輝きを放っている。遠くからでも、市民たちが謎の現象にパニックに陥り、逃げ惑う悲鳴が微かに届いてくる。

 

だが、街の境界は分厚い見えない壁によって完全に隔離され、街からは出ることも、外から中に入ることもできない特異点と化しているのは誰の目にも明白だ。

 

「なんだ、あれは。悪趣味な舞台のセットのつもりか。完全に街全体が別次元の空間に切り取られている。あんな大魔術、時計塔のロードが何十人集まっても不可能だぞ……」

 

「ふん……。目障りな光だ。我が本気を出してエアを振るえば、あのような悪趣味な劇場ごと、この空間の理を吹き飛ばしてやるのは容易いがな」

 

「ならばさっさとやれよ、金ピカ!勿体ぶっている場合じゃないだろ!」

 

「落ち着け、坊主。それができんことは、お主自身が一番よくわかっておろうが、英雄王よ」

 

「……ああ。あれはただの魔力で編まれた『物理的な城』ではないからな。あれは我々自身の魂、そして先ほどまであそこで繰り広げたドラマという感情の爆発を礎にして構築された『虚構の概念』だ。我々の存在そのものが、あの舞台の土台として組み込まれてしまっているのだよ。舞台のルールを無視して、我のような力技で無理やりあの劇場を壊そうとすれば、舞台の土台となっている我々の存在そのものが、法則の反逆とみなされて『否定』される。つまり、何もできずに存在が消滅するということだ。厄介な獣よ」

 

「存在そのものが否定される……!では、私たちはあの魔女の作った舞台のルールに従って戦うしかないというのか」

 

「恐らくは、先ほどの『聖杯問答』で我々七組の問答を行ったことと、あの柱は深く関係しているんだろう。冬木の各地に立つ、あの七つの光の柱。あれは、この特異点という巨大な舞台を支えるための楔だ。我々七組の感情の昂りをエネルギー源としているのなら、数は符合する。あの七つの楔を、正規のルールに則って全てへし折らない限り、恐らく中央の大劇場にいるビースト本体には、傷一つ付けられない仕組みになっているはずだ。力業でのショートカットは許されない。彼女の言う『演出』を、一つずつクリアしていくしかない」

 

切嗣が、ポケットからタバコを取り出し、火をつけずに口にくわえる。

 

「……ならば話は簡単だな。我々はちょうど、ここに七組揃っている。あの柱も七本だ。七組それぞれが散開し、各々の柱の守護者、あるいは試練を真っ向から打倒する。そしてすべての楔を破壊したのち、しかる後に我々全員で、真樹の待つあの大劇場へとたどり着けばよい。……どうだ?実にわかりやすい、子供向けのヒーロー番組らしい、王道のテンプレ展開ではないか」

 

「こんな時に何をはしゃいでいるんだ、アンタは!ヒーロー番組じゃないんだぞ!相手は人類悪だ!命がいくつあっても足りない!」

 

綺礼が、楽しそうな笑みを浮かべながら、黒い法衣の袖から数本の黒鍵をスッと指の間に挟み込む。

 

「しかし、理にかなっているのは事実です。我々が分担して楔を破壊するのが、最も迅速かつ確実な方法でしょう。……しかし、一つ大きな問題があります。ジル殿には、魔力を供給するマスターが……いません。先ほどまでマスターであった真樹殿が、我々の敵、人類悪として世界を敵に回した今。キャスターであるジル殿は、魔力供給を断たれ、この現界を維持することすら不可能なはずです。戦うどころか、すぐに消滅してしまうのでは……?」

 

ランスロットが兜を小脇に抱えたまま、真面目な顔で一歩前に出る。

 

サーヴァントはマスターからの魔力パスがなければ、この世界に留まることはできない。真樹が敵に回った以上、ジルの存在は最大のネックになるはずだった。だが。

 

「ふはははは!ガハハハハハ!!ご心配には及びませんぞ、黒騎士殿!皆様方!マキ殿からのパスは、先ほどから一ミリも途切れることなく、未だに全開のフルパワーで私の魂に繋がり続けておりますぞ!むしろ、先ほどよりも潤沢な魔力が流れ込んできているくらいです!」

 

当のジル・ド・レは、パイプ椅子を床に置き、夜空に向かって高らかに、そして極めて上機嫌な大爆笑を響かせたのだ。

 

「なっ……なんだと!?敵対しているサーヴァントに、魔力を供給し続けているだと!?あのビーストは、一体何を考えているのだ!」

 

「決まっております!これもまた、彼女の書いた『演出』の一部なのでしょう!彼女は、私を敵として切り捨てるのではなく、この舞台の重要なキャストとして残してくれたのです!つまり、『魔王に挑む勇者のパーティーには、裏の事情を知る元・敵役の魔術師が味方になる展開が必要不可欠』……ということかと!なんという王道!なんという素晴らしい配役!マキ殿のその粋な計らいに、私は涙が出そうですぞ!!」

 

「敵に塩を送ってどうするんだよ、あの演出家は……。本当にバラエティのノリが抜けてないじゃないか」

 

「だが、魔力が供給されているとはいえ、パスを繋いだまま敵の本体に近づくのは危険すぎる。いつ魔力を逆流されて、自害させられるかわからない。それに、戦闘時の細かい魔力調整やサポートを行う代理のマスターが、ジルには必要だ。でなければ、一柱の守護者を倒すのは難しい」

 

切嗣が、冷静にリスクを指摘する。誰が、裏切るかもしれないリスクを抱えたサーヴァントの面倒を見るのか。

 

「なら、私が代理のマスターとして同行するわ」

 

一歩前に出たのは、アイリスフィールだった。

 

「アイリ!?駄目だ!君がそんな危険な役目を負う必要はない!君は安全な場所で隠れているべきだ!相手は人類悪だぞ、君が危ない目に遭うなんて、僕は絶対に……!」

 

先ほど「世界平和よりも家族を守る」と誓ったばかりの彼にとって、アイリスフィールを最前線に立たせるなど、絶対に容認できないことだった。

 

「これでも私は、誇り高きアインツベルンの魔術師よ、切嗣。魔力パスは繋げられるし、隣で結界を張ったり、治癒の魔術でサポートすることくらいはできるもの。ジルさん一人で戦わせるわけにはいかないわ」

 

「でも、君は聖杯の器として……!」

 

「切嗣。舞弥さん。切嗣のことは、あなたにお願いするわ。この人、放っておくとまたすぐに一人で全部背負い込んで、勝手に天秤にかけて、泣きそうになっちゃう不器用な人だから。私がいない間、あなたがしっかり彼を支えてあげてね?」

 

すがるような切嗣の口元に、スッと白く細い人差し指を当てて、その言葉を塞いだ。

 

「……はい、マダム。奥様の分まで、私が彼を守り抜きます。彼の背中は、私に任せてください」

 

「……………」

 

彼がこれ以上何を言っても、彼女たちの決意を変えることはできないと悟ったのだ。その光景を見て、ウェイバーが、大きく息を吸い込んで、全員の中心へと一歩前に出た。

 

「良し!それじゃあ、それぞれの役割も決まりだ!僕たちはこれから七手に分かれて、あのふざけた光の柱を全部ぶっ壊す!そして、あの生意気で自分勝手なビーストの舞台のど真ん中に乗り込んで、アイツの企みを完全に打ち砕いてやるんだ!……でも、一つだけ条件がある!真樹の奴は、絶対に殺さない!あいつは人間を操ろうとする最悪の演出家だけど……でも、僕たちの背中を押してくれた恩人でもあるんだ!だから、僕たちはアイツを殺すんじゃなくて、思い切りぶん殴って、あの狂った夢から目を覚まさせるだけだ!それで良いか!?」

 

彼の声には、かつてのオドオドした少年の面影はない。自分の足で歩くことを決めた、一人の立派な魔術師としての力強さが宿っている。

 

「……ふん。時計塔のしがない学生ごときが、このロードである私を差し置いて、いっぱしのリーダー気取りで仕切るとはな。生意気にも程があるぞ、ベルベット君。だが……君の提案に異論はない。あのような、無理やり全員を笑顔にするだけの悪趣味なハッピーエンドなど、私の貴族としての美学に反するからな。あの小娘には、お仕置きが必要だろう」

 

ケイネスが、鼻で笑って肩をすくめる。

 

「僕も同意見だ。あいつの作った舞台をぶち壊して、引きずり下ろした後に……一言二言、強烈な嫌味くらいは直接言わせてもらう。僕の人生の痛みを、勝手にエンターテインメントとして消費した代償は、高くつくぞ」

 

「……まあ、仕方ないですね。無事に生還できた暁には……妻の葵や、娘の凛への、とびきり良い土産話にはなるでしょう。遠坂の当主として、このような虚構の世界に屈するわけにはいきませんからな」

 

「私への演技指導も、まだ途中で終わっていないからね!お姉さんには、もっと完璧な悪役のメソッドを教えてもらわないと。それに、途中で舞台を降りるなんて、一流の役者のすることじゃないわ」

 

マスターたちが次々と、真樹を救うための反逆の意思を固めていく。彼らの心は、バラバラだった聖杯戦争の開始時とは違い、見事に一つにまとまっていた。

 

「でも……言峰さんは、いいの?言峰さんは、さっきあの真樹お姉さんに、永遠の愛を誓ったばかりじゃない。好きな人を攻撃することになっちゃうけど……平気なの?」

 

桜の疑問に、全員の視線が言峰綺礼へと集中する。綺礼は、両手の指の間に挟んだ黒鍵を、カチャリと冷たい音を立てて鳴らした。そして、全く悪びれることなく、どこまでも真剣な顔で答える。

 

「心配は無用だ、桜。私は先ほど、真樹に私の想いを明確に伝えた。……であれば、私は死ぬわけにはいかないし、彼女を死なせるわけにもいかない。必ず生きて、彼女の口から直接、その『返事』を貰わねばなるまい。プロポーズを保留されたまま終わるなど、男の沽券に関わるからな。それに、何より……私は正義の味方になると誓ったのだ。正義の味方というものは、たとえ世界全体が敵に回ろうとも、最後の一人……あそこで孤独に狂っているあの一人の少女を救い出すまでは、絶対に諦めないものだ。そうだろう?彼女がすべてを救うと言うのなら、私はその彼女自身を救い出そう。それが、私の選んだヒーローの道だ」

 

「良し!!ならば行くぞ、皆の者!!我ら七騎の反逆の狼煙、あの生意気な演出家にしかと見せつけてやろうぞ!!それぞれの戦場へ散れ!!そして、必ずあの舞台の中央で再会しようぞ!!」

 

「おう!!」

 

「承知した!!」

 

「行くわよ、ディルムッド!!」

 

イスカンダルが、キュプリオトの剣を天高く掲げ、雷鳴のような号令を轟かせる。

 

第四次聖杯戦争、真の最終幕。互いに殺し合うためではなく、「人類悪」に堕ちた孤独な一人の演出家を救うため。そして、自分たち自身の不完全な人生を取り戻すため。

 

七組の英霊と魔術師たちは、決意を胸に、冬木の夜空を切り裂くようにして、七つの光の柱が立つそれぞれの戦場へと、一斉に駆け出していった。

 

 

彼らの紡ぐ本当の物語が、今、限界の速度で走り出す。




次回、七柱攻略戦。

Zeroが王道に挑みます。

演出家は悪ですか。
それとも優しすぎただけですか。

一言でも感想をいただけると、
脚本家が調子に乗って柱をもう一本増やします。

【超重要・展開が変わります】真樹は聖杯にかける願いを…。

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