冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~   作:斉宮 柴野

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※この聖杯戦争は再編集されています。
・救済は罠です。
・未来は試練です。
・王は羞恥に耐えます。


未来という名の試練

冬木の夜の闇を切り裂き、七本の光の柱のうちの一つを目指して、三つの影が街を駆け抜けていく。

 

衛宮切嗣、久宇舞弥、そして純白のドレス姿から本来の青と銀の甲冑へと換装したアルトリアの三人だ。彼らの足取りは、不思議なほどに軽かった。つい数時間前まで、殺伐とした絶望と、すれ違うだけの会話を繰り返していたこの陣営に、かつての重苦しい空気はもう残っていない。

 

「良いのですか?キリツグ?貴方は、あの城での問答で、自らの敗北を認め、聖杯戦争からリタイアしたのでしょう?私はもはや、貴方のサーヴァントでもないというのに」

 

アルトリアの言葉には、非難の色はなく、疑問だけが含まれていた。自分を見捨てて家族の元へ帰ると宣言した男が、なぜ今、再び銃を取り、この危険な戦場を自分と共に走っているのか。

 

「……そうも言ってられない事情ができたからな。僕に引退勧告をして、あんな見事な幕引きを用意してくれた演出家本人が、今あそこで一番盛大に暴走してるんだからな。このまま見過ごして家族の元に帰っても、寝覚めが悪い。僕の人生の痛みをエンタメとして消費した礼だ。きっちりあいつをぶん殴って、正気に戻して……慰謝料と退職金くらいは請求するさ。それに、僕の妻があのふざけた舞台の中に取り残されているからな」

 

切嗣は、走りながら愛銃のトンプソン・コンテンダーのチャンバーを開き、弾丸をリロードする。

 

その顔には、かつての「世界を救う」という巨大な重圧に押し潰されていた魔術師殺しの面影はない。

 

カチャリと、銃のシリンダーを閉じる音が響く。切嗣の言葉に、アルトリアは少しだけ驚いたように目を見開いた後、フッと小さく笑みをこぼした。

 

「ふふっ」

 

「……マイヤ。貴女、本当に変わりましたね。以前は、まるで氷のように冷たく、感情の一切存在しない女性だと思っていましたが……。今の貴女の微笑みは、とても温かい。血の通った人間の顔をしています」

 

「そうでしょうか。部品にも、時々はメンテナンスが必要だったということでしょう。切嗣という男の情けなさを受け入れたことで、私のプログラムにも、少しばかり人間らしいバグが生じたのかもしれませんね」

 

マスターとサーヴァント、そして暗殺の助手。その歪な契約関係はすでに崩壊しているが、彼らは今、全く別の「戦友」としての絆で結ばれていた。

 

「……着きました。あの光の柱の発生源は、あそこです」

 

彼らが辿り着いたのは、冬木市深山町の閑静な住宅街の一角にある、広大な和風の武家屋敷だった。

 

「ここは……僕たちが今回の聖杯戦争で、アジトの一つとして買い取って用意していた屋敷……」

 

そして、遥か未来において、彼が養子として迎え入れることになる少年、衛宮士郎が暮らすことになる『衛宮邸』であった。

 

屋敷の門をくぐると、庭の真ん中を貫くように、巨大な光の柱が天へと伸びていた。その柱の根元は、強烈な魔力の磁場を形成しており、周囲の空間がぐにゃぐにゃと蜃気楼のように歪んでいる。

 

その時。頭上の暗雲に覆われた空から、ビーストVとなった真樹の、狂気を孕んだアナンスが響き渡った。

 

『さあさ、始まりますは第一の演目、剣の試練!相手は【未来】!過去の呪縛を断ち切った騎士王アルトリア!貴女が立ち向かうのは、自分自身の選択の果てにある「結果」よ!私が用意した、この並行世界の最高のハッピーエンドを、貴女は超えることができるかしら!?』

 

真樹の声は異常なまでに明るい。

 

真樹の言葉が終わると同時。柱の根本、屋敷の縁側にあたる空間が大きく歪み、ひとつの「幻影」が投影された。それは、真樹が自らの権能によって並行世界から強引に引っ張り出してきた、一つの可能性の映像だった。

 

「なんだ、あれは……?」

 

投影された幻影の中にいたのは、一人の見知らぬ赤毛の少年と……。そして、その少年と隣り合い、縁側で仲良くお茶を飲みながら笑い合っている、アルトリアの姿だった。

 

映像は次々と切り替わっていく。道場で、赤毛の少年とアルトリアが竹刀を交えて汗を流し、互いの健闘を讃え合う姿。

 

食卓を囲み、少年が作った山盛りのご飯を、アルトリアが幸せそうに、本当に美味しそうに頬張る姿。

 

休日に街へ出かけ、ライオンのぬいぐるみを抱えながら、普通の女の子のように微笑む姿。

 

そこにあるのはただ、お互いを心から想い合っていることが画面越しにも痛いほどに伝わってくる、どこにでもあるような、けれどかけがえのない、温かな日常の風景だった。

 

「誰だ……?あの赤毛の少年は」

 

「わかりません……が、あれは……本当に、私、ですか??」

 

幻影の中の少年に、なぜか強い既視感と、胸が締め付けられるような懐かしさを覚えながら呟く。

 

映像の中の自分は、王としての重圧や、国を救わねばならないという強迫観念など、微塵も感じさせない顔をしていた。そこにあるのは、ただの「アルトリア」という一人の少女としての、年相応の、柔らかで、幸福に満ちた表情だったからだ。

 

(これが……私の、未来?私が、こんな風に、誰かと笑い合う日が来るというのか……?)

 

真樹の言う通り、これは確かに、これ以上ないほどの「ハッピーエンド」の形だった。

 

しかし。幻影の場面は、そこで終わりではなかった。日常の風景から、映像はさらに進み、夜の暗い部屋……おそらくはこの屋敷の一室へと切り替わる。

 

「ん……?今度は夜の映像か?」

 

映し出されたのは、布団の上。そして、そこにいたのは、先ほどの赤毛の少年と、アルトリア。

 

……二人は、布団の上で、互いの肌を重ね合わせ、熱い吐息を漏らしながら、激しく体を絡み合わせていた。

 

「シロウ……っ」

 

「セイバー……」

 

幻影の中から、そんな艶めかしい声までが、ご丁寧に特設の立体音響で庭中に響き渡る。

 

(※魔力供給の儀式という名目の、完全なるアレである)

 

「なッ――――!!?」

 

「ななな、何をやっているのですか未来の私ぃぃぃぃっ!!?は、破廉恥な!!王たる者が、年端もいかない少年と、あ、あのような……!!白昼夢を見るにも程があります!!このような淫らな未来など、私は絶対に認めません!!」

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

パリンッ!

 

アルトリアの不可視の剣が空間の歪みを真っ二つに切り裂いた瞬間、ガラスが割れるような甲高い音と共に、ただの幻影だと思っていたその奥から、「実体」を持った二つの影が飛び出してきた。

 

「っ!誰だ!!家の結界が破られた!?」

 

「シロウ!下がって!!敵です!!」

 

飛び出してきたのは、先ほどまで映像の中でイチャイチャしていた、あの赤毛の少年と、アルトリアと全く同じ姿をしたもう一人のセイバーだった。

 

ビーストの規格外の魔力によって、並行世界から一時的に現界させられた「本物」の二人。

 

だが。縁側に飛び出してきた闖入者の顔を見た瞬間、未来から呼ばれた二人は、完全に絶句して動きを止めた。

 

「どういう事だ!なんでうちにセイバーが2人もいるんだ!?……それに、嘘だろ……じいさん!!?」

 

「…………じいさん?僕が……?いったい、誰のじいさんだ?」

 

切嗣は現在二十代後半。暗殺者として世界中を飛び回り、過酷な任務をこなしてきたため、確かに実年齢よりは少し老けて見えるかもしれない。だが、十代の少年に面と向かって「じいさん」と呼ばれるほど老け込んではいないはずだ。

 

「確かに、ここ数日でキリツグはひどくくたびれて、ゴザの上で裸足になってリタイア宣言までしていましたが……。お爺さんと呼ばれるほどの年齢ではないはずです。貴様こそ誰だ!なぜ私と全く同じ姿をしている!!影武者のつもりか!」

 

「なんでさ!第五次聖杯戦争はもう終わって、俺たちだけの平和な日常が戻ってきたはずなのに!」

 

「それに……キリツグ!!なぜ貴方がここにいる!貴方はとっくに、シロウを残して死んだはずだ!!」

 

「「死んだ!?」」

 

切嗣とアルトリアの声が、見事にハモる。

 

「ちょっと待ってください!キリツグ!貴方、いつの間に死んだのですか!?」

 

「いや、知らないよ。僕が聞きたいくらいだ。見た感じ、あの少年は十代半ば……これは十数年後の未来か……。だとすると、僕が死んだのは三十代か四十代そこそこということになるな。魔術師の寿命にしては短すぎる。僕自身は、そんなに早死にする予定はないんだけどな」

 

「……切嗣。恐らく、過去の恨みを買って、どこかで暗殺に遭ったのでは?心当たりはありますか?」

 

「………50はくだらないな」

 

「多すぎます!!自業自得ではないですか!!……ですが、状況はなんとなく理解しました。あれは私(たち)の、未来の可能性。あの人類悪が、私の望む『ハッピーエンド』を実体化させて、目の前に立ち塞がらせたというわけですね。それを自らの手で乗り越えろと」

 

再び剣を構え直し、未来の二人を睨みつける。

 

『そのとーり!!自分の思い描く最高のハッピーエンドを、自分の手で壊す!その残酷な覚悟を見せなさい、アルトリアちゃん!できないなら、大人しくその幸せな幻に飲まれて、永遠に眠りなさいな!』

 

「じいさんの偽物め!どんな魔術か知らないけど、俺たちの日常を壊させはしない!せっかく過酷な聖杯戦争を生き残って、やっとセイバーと一緒に平和な日常を手に入れたのに……ここでやられてたまるか!やるぞ、セイバー!!」

 

「応!!キリツグと共にいた頃の、自らの王道に囚われ、迷いと後悔ばかりを抱えていた私には、絶対に負けん!!シロウという一人の人間への確かな愛を知り、彼を守ると心に誓った、今の私には!!」

 

「ぐふぅっ……!!」

 

未来の自分の、一切の躊躇も照れもない、ド直球すぎる強烈な「惚気」。その言葉の破壊力に、現在のアルトリアが、物理的なダメージを受けたように胸を押さえてたたらを踏む。

 

「セ、セイバー!?敵の前で何言ってんだよ、恥ずかしいだろ!!」

 

「何を恥じらう必要がありますかシロウ!私はただ、偽らざる事実を述べたまでではありませんか!!私は貴方を愛している、ただそれだけのことです!」

 

「やめろ……やめてくれ……!私が……アーサー王たる私が、あのような年端もいかない少年に向かって、公衆の面前で、あんな……あんな破廉恥な愛の言葉を叫ぶなど……!!そんな未来、絶対に認めん!!……キリツグ、マイヤ。手伝ってください。アレは王の、いや、私という個人の最大の黒歴史です。決して世に出してはならないバグです。ここで迅速かつ徹底的に、処理しなければなりません!!」

 

アルトリアは、顔から火が出るほど羞恥心に悶えながら、再び聖剣を構え直す。彼女の瞳が、本気の殺意でギラギラと輝いている。

 

「……やれやれ。未来の養子と、その嫁になった自分のサーヴァントと殺し合いか。因果な商売だ。だが、立ち塞がるなら仕方ないな」

 

切嗣がコンテンダーの狙いを定め、舞弥がアサルトライフルを構えて、完璧な援護の態勢に入る。それを見た士郎は、両手に魔力を集中させ、己の生き様である魔術回路を限界まで起動させた。

 

「―――投影、開始!!」

 

少年の両手に、青白い魔力の光が収束し、そこから白と黒の、見事な陰陽の夫婦剣が握り出される。ただの素人ではない、確かな修羅場を潜り抜けてきた魔術師の顔つきだ。

 

「行くぞ!―――体は、剣でできている(I am the bone of my sword.)!!」

 

士郎が、双剣を構えて突進の姿勢をとる。過去の、世界平和の呪縛に囚われていた魔術師殺しと。未来の、大切な一人を守るために戦う正義の味方。

 

そして。己の運命に迷い、王道と少女の狭間で揺れる過去の王と。一人の少年への愛を知り、人間としての幸せを手に入れた未来の王。真樹の用意した「未来という名のハッピーエンド」を打ち砕くための、そして、アルトリアの黒歴史を抹消するための、激しい剣戟の幕が、今ここに上がった。




未来の幸せを壊せと言われたら、
あなたは壊せますか。

それとも、飲み込まれますか。

アルトリアの黒歴史は守られるのか。
それとも公開処刑か。

ご感想、お待ちしています。

【超重要・展開が変わります】真樹は聖杯にかける願いを…。

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