冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~   作:斉宮 柴野

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※この聖杯戦争は再編集されています。
・罪は克服できます。
・愛は報われます。
・そしてその瞬間、固定されます。


感動の消費

温かい日差しが差し込む縁側で、アイリスフィールは自分の手の中にある湯呑みをじっと見つめている。

 

隣の空間では、別の幻影の中にいるジル・ド・レが、吹き荒れる戦場の風の中で聖女の旗を握りしめている。

 

二人の心の中に、先ほどまで脳内に響いていた冷酷な演出家の囁きが、鋭いトゲのように突き刺さって抜けない。

 

「偽りの幸せを壊す……。現実の切嗣のもとに帰る……」

 

アイリスフィールは、ぽつりと呟く。

 

彼女の視線の先には、無邪気に笑うイリヤスフィールと、お茶のお代わりを注ごうとする衛宮士郎の姿がある。

 

ここは、誰も傷つかない完璧な日常。アインツベルンの呪縛からも、聖杯の器としての残酷な宿命からも解放された、夢にまで見た温かい家庭だ。

 

けれど、その幸せは、過酷な現実で戦い続けている切嗣を置き去りにした上に成り立つ、ただのまやかしに過ぎない。

 

「そうね。そうしないと。このままこの甘い夢に溺れていたら、私は彼を裏切って、自分だけ安全な場所に逃げただけの、ただの『逃げた女』になってしまうわ」

 

現実の冬木の街では、切嗣がたった一人で、あの恐ろしい人類悪と戦っているかもしれない。愛する夫が血を流しているのに、自分だけがここで温かいお茶を飲んで微笑んでいるなんて、絶対に許されることではないのだ。

 

 

 

 

虚栄の空中庭園が浮かぶ戦場の幻影の中で、ジル・ド・レもまた、自らの魂に問いかけている。

 

「そうです……。こんな都合の良い幻の中で、愛する聖女様から許しの言葉をもらい、私だけが救われるなどということがあってはならない。そんなことが許されては、私が自らの快楽のために惨殺してきた、あの無垢な子供たちの魂が浮かばれない!」

 

ジャンヌ・ダルクと共に戦う騎士としての誇りを取り戻せたことは、何にも代えがたい喜びだ。しかし、過去に犯した罪の重さが、その喜びを激しく否定する。

 

「私は永遠に許されてはならない罪人のはずだ!この幸せな結末を受け入れてしまえば、私はあの子供たちの死を完全に無意味なものとして踏みにじることになる!私は、現実の地獄に戻らねばならないのだ!」

 

彼の心に、「己の罪と責任」という、人間として真っ当で、正しき痛みが蘇る。

 

甘い誘惑を断ち切り、自らの足で過酷な現実へと立ち向かおうとする、気高い精神の輝き。

 

 

 

 

 

 

『そう!!そうよ!!!』

 

『まさにそれ!その葛藤よ! ビーストに見せられた甘くて優しい幻の誘惑を超えて、あなたたち自身の手で、その痛みを伴う『本当の未来』を掴み取るの!!』

 

『ただ与えられただけのハッピーエンドなんて、物語としては三流よ! 登場人物が傷つくことを恐れず、過去の罪を背負い、自分の最も愛する悲劇を乗り越えて立ち上がる……それが………ははっ!あははははは!!』

 

『それが!!まさに観客の皆が手に汗握り、画面の前でボロボロと涙を流して喝采する、最高の展開(クライマックス)でしょう!!さあ、いけええええええっ!!!その手で、自分の一番大切な夢をぶち壊して見せなさい!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな狂気の演出家の悪意など知る由もなく。

アイリスフィールは、縁側でゆっくりと立ち上がる。

 

「そうよ!!切嗣が、冷たい現実の戦場で私を待っているわ!!」

 

彼女の瞳には、迷いを振り切った強い光が宿っている。

 

「母さん?どうしたんだよ、急にお茶も飲まないで立ち上がって。顔色も少し悪いみたいだけど」

 

士郎が、心配そうにアイリスフィールの顔を覗き込む。

彼の瞳は、純粋に母親の体調を気遣う、優しい少年のそれだ。

 

「ママ?どこか行くの?今日はパパが早く帰ってくるから、一緒に晩ご飯食べるんでしょ?」

 

イリヤスフィールが、アイリスフィールのドレスの裾を小さな手でギュッと掴み、不安そうに見上げる。

 

その背後で、マジカルルビーが空中にフワフワと浮きながら『おや?お母様、もしかしてご乱心ですかー?』と能天気な声を上げている。

 

義理の息子と、愛してやまない自分の娘。

その光景は、アイリスフィールにとって、魂を切り裂かれるほどに愛おしく、手放しがたいものだ。

 

このままここに座っていれば、永遠にこの温かい時間が続く。誰も血を流さず、誰も泣かない、完璧な日常。

 

だが、アイリスフィールは、ギュッと唇を噛み締め、心を鬼にして二人に背を向けた。

 

「ごめんなさい……二人とも」

 

それでも、彼女は振り返らない。

 

「私は、ここにいてはいけないの。冷たくて痛い、現実に戻らないと……」

 

彼女は、空の向こうにいるはずの、この狂った舞台を支配する演出家に向けて、顔を上げる。

 

「そう……貴女が親切で与えてくれた、こんな作り物のハッピーエンドなんていらないわ!私の人生は、私と切嗣の二人で歩むものよ!」

 

「真樹さん!私は……貴女のその独りよがりな呪縛を打ち破って、現実に帰るわ!そして、一人で狂気に沈んでいる貴女自身も絶対に救い出してみせる!誰かに与えられたものじゃない、私たち自身の手で、本当の幸せを掴み取るの!!」

 

アイリスフィールが、力強く、そして気高く叫んだその瞬間。

 

彼女の視界を覆っていた温かい日本の家屋の光景が、テレビの電源を切ったかのように、突然真っ白に染まり、ノイズと共に弾け飛ぶ。

 

視界が強烈なフラッシュに包まれ、アイリスフィールは思わず目を閉じる。

 

――そして。

ゆっくりと目を開けると。

 

彼女の足の裏には、フローリングの木の感触ではなく、硬く冷たい石畳の感触がある。

 

吹き抜ける風は、冬木特有の冷え込んだ夜風だ。

 

気がつけば、アイリスフィールは、先ほどまで自分がいたはずの、アインツベルン城の跡地に立っている。

 

そして、彼女のすぐ目の前には。

 

「アイリ」

 

懐かしい、そして何よりも愛しい男の声がする。

 

「切嗣!!」

 

そこには、黒いスーツを着崩し、トレードマークのトレンチコートを羽織った衛宮切嗣が、無傷の状態で、優しい微笑みを浮かべて立っている。

彼の隣には、同じく無傷の久宇舞弥が、静かに控えている。

 

「無事だったのね、切嗣!!」

 

アイリスフィールは、ドレスの裾を翻して駆け寄り、切嗣の胸の中に勢いよく飛び込む。

切嗣は、そんな彼女を力強く、そして温かく抱きとめる。

 

「ああ……。アイリも、無事に帰ってきたんだな。君も、自分の心の中に作り出された幻の柱(まやかし)を、自らの強い意志で壊して、あいつの試練に打ち勝ったんだな」

 

切嗣は、アイリスフィールの銀色の髪を愛おしそうに撫でながら、心底安堵したような声で語りかける。

 

「ええ。あの演出家の計算を超えるって、精神的にすごく大変だったけど……。でも、私は貴方の元に帰るって決めたから」

 

アイリスフィールは、切嗣の胸に顔を埋めながら、涙声で答える。

そして、彼女は顔を上げ、隣に立つ舞弥に向かっても、最高の笑顔を向ける。

 

「舞弥さんも、無事で本当によかった!私がいない間、切嗣を守ってくれてありがとう。ここからは、私も一緒に、私が切嗣を全力でサポートするわ!二人で切嗣を支えましょう!」

 

そのアイリスフィールの言葉に対して、舞弥は、いつもの氷のように冷たい無表情のまま、少しだけ首を傾げて、とんでもないことを口走る。

 

「……いえ、マダム。もうその必要はありません。切嗣はすでに、私のものになりましたから」

 

「えっ!?」

 

「ちょ、ちょっと!!それはどういうことよ切嗣!?私が必死に戦っている間に、舞弥さんとそういう関係になっちゃったっていうの!?」

 

「いや、アイリ、これは誤解だ。舞弥はただの冗談を言っているだけで……」

 

切嗣が、冷や汗を流しながら、慌てて弁解しようと両手を振る。

 

「冗談ではありません。私は本気です、奥様。これからは、私が彼の隣を歩きます」

 

舞弥が、全く表情を崩さずに、しれっと嘘か本当かわからない追撃を仕掛ける。

 

「むむむっ!負けないわよ〜!!切嗣の正妻はこの私なんだから!!」

 

アイリスフィールが、ぷくっと頬を膨らませて、切嗣の腕にギュッと抱きつき、舞弥に対して牽制の視線を送る。

 

「あはははは!アイリさん、最高!完全にバラエティ番組のコントじゃない!」

 

その、三人のドタバタとしたやり取りのすぐ横で。

明るく、ケラケラと笑う少女の声が響く。

 

アイリスフィールが驚いて視線を向けると、そこには、先ほどまで頭に禍々しい角を生やし、人類悪として世界を滅ぼそうとしていたはずの、真樹の姿がある。

 

だが、今の彼女の頭に角はない。

纏っていたおぞましい魔力も、世界を書き換えるようなプレッシャーも完全に消え去り、ただの金髪の、普通の可愛らしい女子大生の姿(元のジャンヌの詐称者の姿)に戻って、無邪気に笑っているのだ。

 

「真樹さん……!?貴女、元の姿に……?」

 

「ええ、そうなの!完全に浄化されちゃったわ!」

 

真樹は、ピースサインを作りながら、とびきり明るい笑顔で答える。

 

「それもこれも、全部この綺礼さんのおかげよ!綺礼さんが、愛の力で私をビーストの呪縛から引き剥がして、正気に戻してくれたの!」

 

真樹はすぐ隣に立っている長身の神父の腕を、嬉しそうにギュッと抱きしめて自慢する。

 

その真樹に腕を抱きつかれている言峰綺礼は。

 

「……ああ。私の、真樹への愛の結果だ。私が彼女を救い出したのだ」

 

ひどくつまらなそうな、一切の感情の起伏がない、完全なる無表情のまま、台本のセリフを棒読みするように、平坦な声でそう言い放つ。

 

その姿は、まるで意志のない精巧な操り人形のようだが、アイリスフィールはその不自然さに全く気づかない。

 

「ちょっと綺礼さん……相変わらず棒読みだけど、まあ良いわ!!照れ隠しなのよね!」

 

真樹は、綺礼の不気味なほどの棒読みを全く気にする様子もなく、むしろそれを微笑ましい個性として受け入れ、明るく笑い飛ばす。

 

「みんなが自分の殻を破って試練を乗り越えてくれたおかげで、私の暴走も止まって、これで世界は完全に平和になったわ!聖杯戦争もこれで本当におしまい!」

 

「ねえ、せっかく平和になったんだし、これから私と一緒に、新しい劇団を作って世界中を回りましょうよ!切嗣さんも、舞弥さんも、みんな私の劇団の専属役者として雇ってあげるわ!」

 

「まあ、素敵!」

 

「私も、その劇団に入って一緒にお芝居をしていいの!?」

 

「ええ、もちろんよ!!アイリさんは超絶美人だし、すごく華があるから、宝塚みたいな『男役』をやらせたら、絶対にトップスターになれるわ!切嗣さんとのロマンス劇なんてやったら、客席は満員御礼間違いなしね!」

 

「ふふふ……!男役のトップスターだなんて、なんだか照れちゃうわね。でも、すごく楽しそう!ありがとう、真樹さん!そして、切嗣!」

 

アイリスフィールは、切嗣の腕にさらに強く抱きつきながら、これ以上ないほどの幸福な笑顔を浮かべる。

愛する夫が無事で、頼れる仲間がいて、世界は平和になり、自分たちには新しい夢と未来が待っている。

 

これこそが、彼女が自らの手で甘い幻影を打ち破り、過酷な試練を乗り越えた末に、ようやく掴み取った『真実のハッピーエンド』なのだと。

 

彼女は、微塵も疑うことなく、心の底からそう信じ切っている。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

美しい金色の三つ編みを風になびかせる、本物のジャンヌ・ダルク。

彼女は今、自らの命を代償にして放たれる究極の特攻宝具『紅蓮の聖女』を引き抜こうとしている。

 

全人類の魂を物質化し、強制的な救済を成し遂げようとする天草四郎時貞の野望を打ち砕くために。

 

ジルは、彼女から託された絶対防御の聖旗を両手で握りしめ、彼女が祈りを終えるまでの間、背後から迫り来る敵の群れを命懸けで防ぎ切る……はずだった。

 

「私が永遠に許されない罪人であるからこそ!!」

 

ジルは、顔を上げ、目を血走らせて絶叫した。

 

「私が幸せになることなど、絶対に許されない!しかし!だからといって、最も気高く美しい我が聖女様が、自己犠牲という悲劇的な結末を迎えることなど、断じて、断じて許容できぬぅぅぅ!!」

 

彼は「忠臣として殉じる」という自分自身の幸せな夢を、確かに打ち砕いた。

だが、その代わりに向かった先は、悲劇の受け入れなどではない。

 

「我……満ちたり……!だが!!」

 

ジャンヌが、柄に手をかけ、特攻宝具である炎の剣を今まさに引き抜こうとした、その瞬間。

 

「ジャンヌ!貴女にはその剣(紅蓮の聖女)は使わせぬ!!!」

 

ジルは、自分に託された絶対防御の聖旗を、なんと無造作に床に投げ捨て、全速力でジャンヌの元へと駆け寄ったのだ。

 

「え??」

 

ジャンヌは、あまりの予想外の出来事に、剣を抜く手を止めて目を丸くする。

 

「ジル? なぜ旗を捨ててこちらへ……!?敵が迫っていますよ!?」

 

「貴女は!!その男(ジーク)と、生きて添い遂げるのです!!」

 

「自己犠牲などという悲劇のヒロインは、私が絶対に許さぬ!!貴女は普通の女の子として、愛する殿方と幸せな家庭を築く義務があるのです!!」

 

「え??あ??ええええ!!?」

 

「な、何を言っているのですかジル!!私は裁定者として、そのような個人的な感情は……!!」

 

「問答無用!!」

 

ジャンヌが慌てふためくのをよそに、ジルは両手を天高く掲げた。

 

「我が命に代えても!いや、我が命などとうの昔に朽ち果てておるわ!このありったけの魔力と執念をもって、大聖杯の起動を力技でねじ伏せてみせようぞぉぉぉ!!」

 

ジルは、キャスターとしての全魔力、海魔の触手の残骸、そして限界オタクとしての狂気的なまでの熱量を完全に解放する。

 

それは、本来ならば絶対にあり得ない、世界観と魔術の理を完全に無視した、デタラメ極まりない暴挙だった。

 

一人のサーヴァントの力で、人類救済の巨大なシステムである大聖杯を止めるなど、物理的にも魔術的にも不可能なはずなのだ。

 

「うおおおおおおおおおおっ!!!」

 

ジルの放った漆黒の魔力の奔流が、大聖杯の中枢へと突き刺さり、システムをショートさせる。

 

空中庭園の空を覆っていた赤黒い魔力回路が粉々に砕け散り、圧倒的な純白の光が世界全体を包み込んだ。

 

そして。

 

吹き抜けるのは、血と硝煙の匂いではなく、柔らかな春の風。

見渡す限りの青空の下、色とりどりの花が咲き乱れる美しい平原。

 

そこには、戦いの鎧を脱ぎ捨て、清楚な白いワンピースに身を包んだジャンヌと、ホムンクルスとしての短命の呪縛から解放された青年、ジークの姿があった。

 

「ジル……。貴方が無茶をして大聖杯を止めてくれたおかげです」

 

「それに……結局、貴方もこの平和な世界に受肉してしまったのですね」

 

「いやはや!第三魔法の魔力とは凄まじいものですな!」

 

「ですが、ジーク殿の竜化の呪いも完全に解け、お体もすっかり治って、本当に良かった!これで何の憂いもありませんぞ!」

 

「感謝する。元帥」

 

真摯な瞳でジルに向かって頭を下げる。

 

「貴方が止めてくれなければ、俺は永遠に世界の裏側で竜として生きるしかなかった。これで俺も……ただの人間として、ルーラー(ジャンヌ)と共に生きていける」

 

「ジーク君……っ」

 

ジャンヌは、ジークのその真っ直ぐな言葉に、頬を林檎のように真っ赤に染めた。

そして、彼女は少しだけ俯きながら、もじもじと、小さな両手でジークの大きな手をそっと握りしめたのだ。

 

「私……サーヴァントとか、聖杯大戦の裁定者とか、そういう難しいことはもう関係なく……」

 

「ただの一人の女の子として……あなたに恋をしています。ずっと、一緒にいてください」

 

その、あまりにも尊すぎる光景を、特等席(数メートル離れた場所)でモロに目撃してしまったジルは。

 

「――――――――ッッッ!!!!」

 

「尊いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」

 

「ああ……あああ……!我が聖女様が、普通の女の子として幸せを掴む瞬間……!これぞ我が人生の至福!これ以上の喜びがどこにあろうか!!神よ、私は今、完全に満たされておりますぞぉぉぉ!!」

 

推しの幸せな結末を、誰にも邪魔されることなく最前列で見届けたジル・ド・レは、ガッツポーズをしたまま、一切の迷いも後悔もない、完璧な幸福という名の温かい泥の中に、頭のてっぺんまで沈み込んでいった。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

「ふふふ……あはははは!!」

 

明るく、そしてどこまでも狂気に満ちた少女の笑い声が、冬木の夜空に響き渡る。

 

外界から完全に隔離され、巨大な大劇場のセットへと変貌したその空間の、最も高い上空に設けられた特等席。

 

そこに、漆黒の髪をなびかせ、頭に二本の禍々しい角を生やした真樹――ビーストⅤが、脚を組んで優雅に宙に浮いていた。

 

彼女は、頬杖をつきながら、愛おしそうに眼下の景色を見下ろしている。

 

アイリスフィールが切嗣や舞弥たちと和気藹々と劇団を立ち上げ、新しい人生に胸を躍らせている光景も。

 

ジル・ド・レがジャンヌとジークの初々しい恋路を見守り、血涙を流してガッツポーズを決めている光景も。

 

すべては、彼女の特等席の前に浮かび上がる、空中のスクリーンに鮮明に映し出されていた。

彼らが現実だと思い込んでいるその世界は、光の柱の中で彼らの脳内に直接投影されている、『ただの幻』に過ぎないのだ。

 

「みんな、本当に幸せそうね」

 

「ビーストに見せられた甘い幻の誘惑を断ち切り、自らの過去の罪と向き合い、舞台のシナリオを超えて立ち上がった。そして、自分たちの手で、本当の真実と幸せを手に入れた……」

 

「でも、それでいいのよ。本人が認識すれば、それはもう、彼らにとっては紛れもない本物なんだから。別に悪い話ではないでしょう?」

 

現実の世界では、アイリスフィールとジルの魂を閉じ込めている光の柱は、折れるどころか、彼らの「幸福感」を莫大な魔力エネルギーに変換し、先ほどよりもさらに煌々と、力強く立ち上り続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

其は共感。

 

 

 

 

 

其は贖罪。

 

 

 

 

 

 

其は愛情。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「切嗣さんのように、せっかく用意してあげた自分の最高の幸せの結末を、わざわざ自分を撃ち抜いてまで拒絶するような『狂った人間』なんて、そうそういるものじゃないのよ」

 

 

「アイリさん。ジル。貴方たちは、私が用意した『試練を乗り越えるという名の台本』を、本当に完璧に演じきってくれたわ」

 

真樹は、拍手をするように両手を軽く叩く。

 

「過去の罪を乗り越え、自己を犠牲にしてでも前へ進む。その美しい精神の輝き……最高の演技だったわ。私、感動して少し泣いちゃったもの」

 

彼女の瞳には、一切の涙など浮かんでいない。あるのは、すべてを支配したという圧倒的な優越感だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人の魂は、甘い大団円の牢獄の中に、永遠に囚われた。

 

 

 

 

この話の続きが語られることは、もう二度とない。

 

 

 

 

語る価値もない。

 

 

 

なぜなら、彼らの人生の結末は、彼ら自身が最高だと信じて疑わない「ただ一つの幸福」の形に完全に固定され、これから先、二度と変化することも、成長することもないのだから。

 

 

彼らの喜びも、悲しみも、すべてはただ、この特異点を維持し、世界を書き換えるための布石として、永久に消費され続けるだけの存在に成り果てたのだ。

 

 

 

 

絶望を、極上の希望と感動でコーティングした、最悪のハッピーエンド。

 

 

 

 

 

ここに、反逆の七騎による人類悪の打倒の目論見は、早くも深刻な形で頓挫した。

特異点を支える七本の楔。

 

 

たとえ残りのすべての柱を折ることに成功したとしても。

 

 

アイリスフィールとジルが囚われている、この強固な「幸福の柱」が一つでも残る限り、中央に君臨する人類悪(真樹)に「死」は絶対に訪れないのだ。

 

 

 

 

「さあ、残りの役者たちは、どんな喜劇を見せてくれるのかしら?」




あなたは、
「自分で勝ち取った幸福」が
本当に本物だと信じられますか?

【超重要・展開が変わります】真樹は聖杯にかける願いを…。

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