冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~   作:斉宮 柴野

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※この聖杯戦争は合理的に攻略されています。
・トラウマは解析対象です。
・称賛は娯楽です。
・令呪は投資です。


脚本破壊

冷たい夜の闇を切り裂き、新都の無人のアスファルトの上を、奇妙な物体が滑るように疾走している。

 

水銀の塊――『月髄霊液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』それは自在に形を変え、主人であるケイネス・エルメロイ・アーチボルトを乗せたまま、音もなく高速で移動を続けている。

 

そのすぐ隣を、二振りの魔槍を提げたディルムッドが、サーヴァントの脚力で、息一つ乱すことなくピタリと並走している。

 

「ふむ……」

 

ケイネスが、腕を組みながら、特異点と化し、暗雲に覆われた冬木の夜空を見上げる。

 

「あの方角は、セイバーのマスター……衛宮切嗣の向かった深山町の方角だな。どうやら、近い分早く決着がついたか」

 

ケイネスが見つめる先。空を貫いていた一本の巨大な光の柱が砕け散り、光の粒子となって夜空に溶けていくところだった。

 

「ええ、そのようです」

 

「あの魔術師殺し、かなりの手練れと見えます。あのビーストの仕掛けた罠を、いとも簡単に打ち破るとは」

 

「いとも簡単にかどうかは分からんがね」

 

「相手は、我々の心理の最も脆い盲点を正確に突いてくる、底意地の悪い演出家だ。ただの魔力のぶつかり合いや、力押しだけで解決できるような単純な相手ではない。衛宮切嗣がどのような手段を用いたかは知らんが、自分の心に巣食うトラウマや、敵の提示した甘い誘惑を自らの手で切り捨てたのだとしたら……あの男、相当に狂った精神をしているな」

 

「狂っている、ですか?」

 

「ああ。常人であれば、己の最も望むハッピーエンドを目の前に突きつけられれば、それにすがりつきたくなるものだ。それを自らの意志で拒絶できるのは、真に強靭な精神を持つか…いや。だが、まあ、我々にとっては彼が柱を折ってくれたのは都合が良い」

 

「しかし、我が主よ」

 

他の場所に立ち上り続けている光の柱を見渡す。

 

「切嗣殿の柱以外、ほかの柱は全く消える気配がありません。……これは、大丈夫なのでしょうか?もしかすると、他の陣営はあのビーストの用意した巧妙な幻影に囚われて、苦戦しているのでは……」

 

「まだ決まったわけではあるまい」

 

「それぞれの陣営が向かった場所の距離も違う。戦いの規模も、直面している試練の質も違うだろう。だが、もしも敗れた陣営がいたとしたら、残りの柱を消して回るという、ひどく面倒な役目が必要になるが……」

 

「私としては、他の者たちも必ず試練を乗り越えると信じたいところですが……」

 

「『皆を信じて待つ』……か」

 

「それは、実に美しく、そしていかにもあの相手(ビースト)の書きそうな、熱苦しい脚本に乗りそうな言葉だな。ランサーよ、お前は少し素直すぎる」

 

「と言いますと?」

 

「考えてもみたまえ。我々が他の陣営を無条件に信じて待ち、全員がギリギリのところで試練を乗り越え、中央の舞台に再集結する。そして全員で力を合わせてラスボスに立ち向かう……。いかにも王道で感動的な展開だ。だが、あの真樹という女は、そんな単純なカタルシスだけで満足するような三流の演出家ではない」

 

彼は、特等席から自分たちをゲームの駒のように見下ろしていた真樹の狂気と愉悦に満ちた目をはっきりと記憶している。

 

「もし我々が『仲間を信じる』という美しいスタンスを取れば、奴は必ずそこを突いてくる。例えば、信じていた仲間が洗脳されて敵に回って立ちはだかるだとか、誰かが犠牲にならなければ結界が進めないだとか。そういうドロドロとした悲劇のスパイスを、喜んで脚本に加えてくるはずだ。奴はそういう悪趣味な女だ」

 

「なるほど……。確かに、あの娘……いや、人類悪は、我々の感情を極限まで弄ぶことを至上の喜びとしている節がありますね」

 

「その通りだ。だからこそ、我々はあの女の用意した土俵に上がってはならない。感動的なドラマの登場人物(キャラクター)を素直に演じるのではなく、舞台の裏側を破壊する、進行不可能なイレギュラーにならねばならんのだ」

 

新都の中心にそびえ立つ、ひときわ高い高層ビル。

冬木ハイアットホテルだ。

 

「ここは……」

 

ランサーが、その建物の威容を見上げて呟く。

 

「そうだ。私がこの極東の地に降り立ち、最初に拠点として最上階を買い上げたホテルだ。そして……」

 

ケイネスの目に、苦々しい記憶が蘇る。

 

衛宮切嗣の仕掛けた爆弾によってビルごと爆破され、生き埋めにされるところだったあの夜の記憶。

真樹が現れて彼を救出し、バラエティ番組の特設スタジオへと誘った、すべての狂騒の始まりの場所だ。

 

ホテルのエントランス前の中庭にあたるスペースから、強烈な光を放つ巨大な柱が、暗雲を突き抜けて立ち上っている。

 

周囲の空間は、特異点の莫大な魔力によって完全に歪み、ホテルそのものが外界から切り離された一種の異界と化しているのがわかる。

 

「『因縁の地へ導かれるままに』……という、お約束のドラマチックな展開が存在するのなら、まさにここが我々の戦場として指定されたというわけだな」

 

「自分の過去と直面させ、魔術師としてのプライドをへし折るには、最高のロケーションというわけだ。実に悪意に満ちた舞台設定だ」

 

「ええ……。間違いありません」

 

「中から、尋常ではない魔力の圧を感じます。それに、何やら奇妙な……単なる魔術とは違う、世界を書き換える概念のようなものが渦巻いているような……」

 

「当然だ。物理的な敵がのこのこと待ち構えているわけではないだろう。我々の内面を直接抉る、悪辣な幻影の類だ。気を引き締めろ」

 

「ランサーよ。中に入る前に、これから言うことはよく覚えておけ。そして……絶対に忘れるな」

 

ケイネスは、声を潜める。

 

そして、周囲に誰もいないことを確認してから、臣下であるディルムッドにのみ聞こえるように、ある指示を出す。

 

ケイネスの冷徹な瞳が、ランサーの目を真っ直ぐに射抜く。

 

「決して、言葉には乗せるな」

 

その指示の意味するところを、ランサーは一瞬だけ理解できず、目を丸くする。

 

だが、すぐにランサーは、ケイネスのその不敵な笑みの裏にある「真意」に気づく。

 

「……はっ!承知いたしました、我が主!」

 

「行くぞ……」

 

ケイネスが、月髄霊液を己の周囲に纏わせ、ホテルのエントランスへと足を踏み入れる。

ランサーが、その後ろにピタリと付き従う。

 

二人の身体が、天を突く光の柱の領域内へと入り込む。

眩い光が彼らの視界を白く染め上げ、現実の世界から、真樹の用意した「あり得ざる未来」の舞台へと、彼らを完全に包み込んでいく。

 

 

 

◇◇

 

 

 

「ここは……」

 

ディルムッドが、眩しさに細めていた目をゆっくりと開けると。

 

見渡す限り、瑞々しい緑に覆われた深い森。木々の隙間から差し込む陽光が、苔むした大地を優しく照らしている。

 

ここは、彼の魂が最も深く記憶している場所。

はるか昔、生前のエリンの森だった。

 

「どうか、私を連れ去って!」

 

突然、木立の陰から、涙を浮かべた一人の美しい女性が飛び出してきた。

艶やかな髪を振り乱し、必死の形相でディルムッドの腕にすがりつく。

 

「グラニア……!」

 

彼女は、彼の主君であるフィン・マックールの妻となるはずだった女性、グラニア。

そして、ディルムッドの顔にある「愛の黒子」の呪いに魅了され、彼に強制的な誓約(ゲッシュ)をかけ、主君への裏切りと逃避行を強要した、彼の悲劇の人生の元凶とも言える存在だ。

 

「貴方のゲッシュが、私の自由と愛を縛るのなら……!」

 

グラニア(幻影)が、ディルムッドの胸に顔を埋め、震える声で訴えかける。

 

「このままフィンの妻になれば、私は一生、愛のない鳥籠の中で死んでいく。お願い、私をここから連れ出して!貴方と共に、遠くへ逃げたいの!」

 

「俺は……」

 

主君を裏切ることは、騎士としての誇りが許さない。だが、ゲッシュを破ることは、ケルトの戦士としての掟が許さない。

 

どちらを選んでも破滅しかない、かつての悲劇の始まりの場面。

 

だが。

その背後の森の奥から、静かに現れた人物の言葉に、ディルムッドは自分の耳を疑った。

 

「ディルムッドよ……。そのような重いゲッシュを立てる必要は、どこにもない」

 

現れたのは、年老いた威厳ある戦士。

フィオナ騎士団の長であり、ディルムッドの主君、フィン・マックールだった。

 

「フィン・マックール!」

 

グラニアが、青ざめてディルムッドの背後に隠れる。

 

「わ、我が主よ……!申し訳ありません!私は決して、貴方様を裏切るつもりは……!」

 

慌ててその場に片膝をつき、必死に弁解しようとする。

 

主君の妻となる女性に駆け落ちを迫られたのだ。フィンが激怒し、彼を処刑したとしても文句は言えない。

 

しかし、フィンは、怒るどころか、深く、深くため息をついた。

 

「グラニア。君がどうしても、私のようなくたびれた老人ではなく、ディルムッドのような若くて美しい男が良いというのなら、好きにせよ」

 

「私も、最近の若い娘の気まぐれには少し疲れていたところだ。正直なところ、私の女難はもうこりごりなのだよ。若く血の気の多い者同士、ここで結ばれて、勝手に幸せになるが良い」

 

「え?」

 

「なっ!?」

 

ディルムッドも、あまりの展開に、片膝をついたまま顔を上げて固まる。

 

「ディルムッド。お前は私にとって、最高の騎士であり、息子のような存在だ」

 

フィンが、ディルムッドの肩に優しく手を置く。

 

「お前が女の呪いに振り回されて、私と敵対し、無惨に死んでいくような未来は、私も見たくない。だから、グラニアのことはお前に譲ろう」

 

あまりにも寛容すぎる、そして、ディルムッドの悲劇的な人生を根底からひっくり返すような、都合の良すぎる主君の言葉。

 

(もし……もしも生前、あの時。我が主がこれほどまでに寛容であったなら……。訪れたかもしれない、誰も傷つかない、最高に都合の良い未来……)

 

彼が心の底で、一度は夢想したことのある「もしも」のハッピーエンド。

主君と敵対することなく、騎士としての誇りを保ったまま、愛する(?)女性と共に平穏な人生を送る。

 

そんな、甘く、毒を含んだ幻影が、彼を温かく包み込もうとしている。

 

(だが)

 

ディルムッドは、ギュッと目を閉じ、すぐにカッと目を見開く。

 

(私はもはや、フィオナ騎士団の騎士ではない。ケイネス・エルメロイ・アーチボルトという、新たな主君に忠誠を誓った、アーチボルトの最強の槍なのだ。こんな、過去の後悔を塗り替えるだけの甘い脚本に、私が乗るわけにはいかない……!)

 

『そうよ!!』

 

空のどこかから、真樹の狂喜に満ちた煽り声が響く。

 

『その過去への未練を断ち切り、偽りのハッピーエンドを自らの手でぶち壊すの!その脚本を超えてこそ、貴方の新しい主君への忠義は、本物のドラマとして輝くのよ!!さあさあ、遠慮せずにその過去の主君を槍で貫きなさい!!』

 

 

 

 

 

 

 

一方。

ケイネスの精神世界。

彼が放り込まれたのは、ロンドンの魔術協会・時計塔の、最も格式高い大講堂であった。

 

ケイネスの目の前には、時計塔のすべての派閥のロードたち、そして数え切れないほどの魔術師たちが、彼を尊敬と畏怖の眼差しで見上げている。

 

「素晴らしい!素晴らしい功績だ、エルメロイ卿!」

 

ロードの代表の一人が、興奮冷めやらぬ様子で立ち上がり、拍手を送る。

 

「貴方の成し遂げたこの大偉業、封印指定すら烏滸がましい!歴史に永遠に名を刻む、まさに神の御業だ!エルメロイ卿、一体どうやって、第六の魔法を現出させるに至ったのか……!」

 

大講堂が、割れんばかりの拍手と歓声に包まれる。

それは、魔術師として頂点に立った者だけが味わうことのできる、究極の称賛の嵐だった。

 

「ふん。神秘は秘匿するものであろう。それが我々魔術師の絶対の掟だ」

 

「だが……我がアーチボルトの道行きにとって、魔法などというものは、ただの通過点に過ぎんのだよ」

 

「魔術、魔術、秘匿と、どいつもこいつもくだらん。過去の遺物にすがり、神秘の減少を嘆くだけの、後ろ向きな学問はやがて必ず廃れる。過去ははるか遠くにあり、我々が目指すべき栄光は、現在(いま)にこそ輝くのだ!」

 

ケイネスの言葉に、旧世代の魔術師たちがざわめくが、それを圧倒するカリスマが彼には備わっている。

 

「学問は学問だ。なれば、神秘が薄れても効果が失われない、新たなアプローチの新魔術を、我々自身の手で発明すればよいまでのこと。私は、その証明を一つ、ここに示して見せたに過ぎん。貴様らも、ただ私の背中を指を咥えて見ている暇があるなら、自分の足で少しは前に進む努力をしたらどうだ?」

 

「素晴らしいわ!!ケイネス!!」

 

演壇のすぐ下、最前列の特別席から、ソラウが立ち上がり、目をキラキラと輝かせて彼に拍手を送る。

 

「貴方こそ、時計塔の……いえ、世界で最高の天才よ!!私、貴方の婚約者で本当に鼻が高いわ!!」

 

「ソラウ。君のその言葉こそが、私にとって最大の報酬だよ」

 

さらに。

 

「先生……!」

 

群衆の中から、一人の青年が、感極まった様子で前に進み出てくる。

 

少しだけ成長し、大人びた顔つきになったウェイバー・ベルベット。いや、未来の時計塔において彼が名乗ることになる、ロード・エルメロイII世の姿だ。

 

「私の、あんな未熟な論文まで、先生のこの大偉業の参考資料として読んでくださったと……!私は、本当に、感服いたしました!やはり先生は、私が一生追いつけない、最高の魔術師です!」

 

ウェイバーが、深く、深く頭を下げる。

かつて自分を否定した教え子からの、心からの謝罪と、絶対的な尊敬の言葉。

 

「ふむ。ウェイバー、いや、ロード・エルメロイII世よ」

 

「お前も、我がエルメロイの教え子を名乗るに相応しい、少しは見込みのある男になったようだな。これからも、私の背中を見て精進したまえ」

 

「はい!!ありがとうございます、先生!!」

 

大講堂は、熱狂的な拍手と、ケイネスへの賛美の声で完全に満たされていた。

誰からも尊敬され、愛する女性に認められ、教え子との和解も果たす。

魔術師として、これ以上ないほどの完璧な成功。

 

ケイネスは、演壇の上で、その圧倒的な称賛の波を受け止めながら、内心で静かに思考を巡らせる。

 

(……約束された栄光、決まりきった称賛。魔術師の限界を突破した大偉業。そして、私を心から尊敬する者たちの目)

 

(……これを、私は心の底で欲していたのか?この、誰の邪魔も入らない、私の才能だけが純粋に評価される、このような世界を?)

 

『いえ!違うわ!!』

 

声がケイネスの思考に割り込んでくる。

 

『貴方は、そんな安い幻で満足するような男じゃないはずよ!貴方は誇り高きロード・エルメロイ!!こんな、私が用意しただけのまやかしの賞賛なんて、貴方自身のそのプライドで、粉々に打ち消してしまえばいいのよ!!』

 

『さあ、ケイネス先生!真の誇りを取り戻すのよ!!この偽りの大講堂を、貴方の魔術で跡形もなく吹き飛ばして、現実の過酷な戦いへと戻ってきなさい!!それが、視聴者が一番沸く展開なんだから!!』

 

真樹の、クライマックスを期待する熱狂的なディレクションが、ケイネスの脳内に響き渡る。

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

「………感謝します! 我が主! フィン・マックールよ!!」

 

エリンの森の幻影の中で、ディルムッドが大声で叫んだ。

その声は心の底からの歓喜に満ち溢れていた。

 

「おお!ディルムッドよ、グラニアの気持ちを受けてくれるか!」

 

「もちろんですとも!!」

 

ディルムッドは、片膝をついた姿勢から勢いよく立ち上がり、グラニアの肩をガシッと掴んだ。

 

「愛しているわ!私のディルムッド!」

 

グラニアが、目を潤ませてディルムッドの胸に飛び込んでくる。

 

「ああ……幸せだ。我が忠義はやはりここにこそあったのだ」

 

ディルムッドは、グラニアを力強く抱きしめ返し、エリンの森の木々に向かって、これ以上ないほどの満面の笑みで宣言した。

 

「やはり俺はフィオナ騎士団の一番槍だ!!主君にも許され、美しい妻も手に入れ、これ以上望むものなど何もない!!」

 

ディルムッドは、グラニアを抱き上げたままクルクルと回り始め、森の中に高らかな笑い声を響かせる。

 

『ええええええ!!!!???』

 

特異点の空の上、特等席からこの光景を監視していた真樹の、素っ頓狂な声が響き渡る。

 

彼女の書いた台本では、ディルムッドはここで「私はもう過去の亡霊ではない!」と叫んでグラニアを突き飛ばし、フィン・マックールに槍を突きつけて幻影を破壊するはずだった。

それが、どういうわけか、用意した「偽りの幸せ」に何の疑いもなく飛びつき、自ら嬉々としてその甘い泥の中に沈み込んでしまったのだ。

 

「ちょっと!なんでそこであっさり過去の栄光にすがりついちゃうのよ!!貴方のアーチボルト家への忠誠心はどうなったの!!」

 

だが、真樹の混乱はそれだけでは終わらなかった。

 

「うむ……まあ……そんなことも……あるかもしれんなあ!! アッハッハッハ!!」

 

もう一つの幻影、時計塔の大講堂の中で。

 

ケイネスが、幻影のソラウの腰を抱き寄せながら、下品なほど高らかに笑い声を上げていたのだ。

 

「おい!そこのロードども!私を讃える声が少し足りないのではないか?」

 

「もっと私を褒め称えよ!!私のこの完璧な才能と、アーチボルト家の偉大な歴史を、喉が張り裂けるまで賛美するのだ!!」

 

「ケイネス先生、バンザーイ!バンザーイ!」

 

幻影の魔術師たちが、ケイネスの煽りに応えて、一斉に万歳三唱を始める。

 

「素敵!愛してる!!推せる!!!」

 

ソラウが、目をハートマークにして、ケイネスの頬にチュッチュッと何度もキスをする。

 

「最高ですよ!先生!!よ!時計塔一の色男!!僕の永遠の憧れです!!」

 

ロード・エルメロイII世が、演壇の下から、親指を立てて熱烈なコールを送る。

 

「あーハッハッハ!!!心地よい!実に心地よいぞ!!」

 

彼は、魔術師としてのプライドなどどこ吹く風で、真樹の用意した「まやかしの称賛」を、一滴残らずしゃぶり尽くすように堪能し切っていた。

 

『ちょっと!!!ケイネス先生!!!』

 

『さっきまでの、あのカッコいい精神的な成長は一体どこに行ったの!!?喉元過ぎれば熱さを忘れるってやつ!?なんでそんな安い幻影の称賛で満足しちゃってるのよ!!』

 

『マジで!?信じらんない!!アナタそれでも誇り高き時計塔のロードなの!?偽物の生徒や婚約者にチヤホヤされて、恥ずかしくないわけ!!?』

 

あまりのポンコツぶり、いや、彼らの徹底した「自己肯定力の高さ」と「図太さ」の前に。

 

『………仕方ないわ』

 

『そっちがその気なら。もう少し強めの葛藤が必要と言うなら、シチュエーションをさらにハードに書き換えてあげるわ……。たとえば、グラニアが実は暗殺者でディルムッドの背中を刺すとか、ソラウさんが急にケイネス先生を裏切って他の男のところに行くとか……』

 

真樹が、世界を書き換える術式に向かって、慌てて「脚本の修正」を入力しようと意識を集中させる。

 

その、彼女の意識が、二人の幻影(舞台)から逸れ、システム(裏方)へと向かった、ほんの一瞬の隙。

 

「……意識を逸らしたな。ビーストよ」

 

氷のように冷たく、研ぎ澄まされた声が響いた。

 

『!!』

 

真樹が、ハッとして視線を戻す。

 

だが、もう遅かった。

 

真樹が「脚本の修正」に気を取られていた、その数秒間。

 

光の柱の魔力構成の奥深くに、いつの間にか、無数の銀色の極細の触手が入り込んでいたのだ。

 

それは、ケイネスの操る魔術礼装『月髄霊液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』だった。

 

ケイネスは、幻影の世界でバカ騒ぎをして真樹の注意を引きつけながら、現実の肉体の周囲に展開していた月髄霊液を、髪の毛ほどの細さに分裂させ、光の柱の術式の中へと密かに侵入させていたのだ。

 

「これは……ただの物理的な防御兵装ではない。我がエルメロイ派が誇る、最高の『演算機』なのだよ」

 

彼の声と同時に、月髄霊液の触手が、光の柱を構成する複雑な魔力回路を次々と解析し、その中枢基盤(コア)の座標を、完全に割り出していく。

 

「この光の柱の術式は、すべて見破らせてもらった」

 

「つまり、お前は我々の魂が最もむき出しになる瞬間……トラウマと向き合い、それを乗り越えようとする強い感情の揺れを『演出』として捉え、そこから発生する莫大なエネルギーを魔力炉として、この特異点の柱を維持している。……実に単純で、そして悪趣味な罠だ」

 

『でも!!!』

 

『わかってもどうにもできないわ!!ケイネス先生の魔術回路の出力じゃ、私の作ったその基盤(コア)の強固な防御は、絶対に突破できない!演算できたところで、壊せなきゃ意味がないのよ!』

 

「ああ、残念ながらな。私の魔術では、お前のその出鱈目な魔力障壁を貫くことはできん」

 

だが、その顔には絶望など微塵もない。

 

「だが……私には、最高の騎士がついている」

 

ケイネスが、右手の甲を高く掲げる。

そこに刻まれた、真っ赤な令呪が、強烈な魔力の光を放ち始める。

 

「令呪を持って我が騎士に命じる!!」

 

ケイネスの、魔術回路を限界まで駆動させる、絶対の命令が響き渡る。

 

「全魔力をもって、破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)を、私が今から月髄霊液で指定するこの座標に、一撃で叩き込め!!」

 

ケイネスの右手の令呪が一画消費され、膨大な魔力が、幻影の森にいるディルムッドへと一瞬にして注ぎ込まれる。

 

『令呪!!!』

 

『まさか、ここで!切るなんて!』

 

令呪は、聖杯戦争においてサーヴァントを絶対的に従わせるための、たった三回の奇跡だ。

 

 

 

「心得た!!!!!」

 

 

 

エリンの森で、グラニアの幻影と抱き合っていたディルムッドの瞳に、鋭い戦士の光が戻る。

彼は、グラニアを突き飛ばすこともなく、ただ静かに、そして素早くその場から離れると。

右手に握った真紅の長槍、あらゆる魔力防御を無効化する『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』を、ケイネスの指定した空間の「一点」に向けて、全力で構えた。

 

「はぁぁぁぁぁっ!!!」

 

ディルムッドの放った、令呪による魔力ブーストを受けた全力の投擲。

真紅の槍が、幻影の森の景色を突き破り、光の柱の魔力回路の最も脆弱な結節点へと、正確無比に突き刺さる。

 

凄まじい爆発音と共に、魔力による防御を無効化するゲイ・ジャルグが、光の柱の基盤を見事に貫き、粉々に破壊する。

特異点の柱を維持していた魔力炉が暴走し、柱全体に亀裂が走る。

 

「これで、一つ!」

 

だが、彼の行動はそれだけでは終わらなかった。

柱の基盤が破壊され、空間に生じた「特異点の中枢(真樹のいる特等席)」へと繋がる、ほんの一瞬の空間の裂け目。

ディルムッドは、流れるような動作で、左手に握っていたもう一本の短槍を引き抜いていた。

 

「必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)!!!!」

 

ディルムッドの手から放たれる。

それは、空間の裂け目の向こう側――空に浮かぶ特異点の中枢で、柱の崩壊に慌てふためいていた真樹の「実体」に向かって、一直線に飛翔していく。

 

「なっ!!!」

 

真樹が、迫り来る呪いの槍の穂先に気づき、咄嗟に顔を逸らす。

 

黄薔薇の刃は、真樹の急所を捉えることはできなかった。

 

しかし。

真樹の頭部に生えていた、人類悪としての象徴である二本の禍々しい角のうち。

 

「右側の片角」の根本を、黄薔薇の刃が見事に掠め、その硬い角をへし折ったのだ。

 

「戻れ、黄薔薇よ!!」

ディルムッドが、空に向かって右手を伸ばし、投げ放った二本の槍を自らの手元へと呼び戻す。

 

「ビーストよ!覚えておくがいい!我が黄薔薇でつけられたその傷は、いかなる治癒魔術や権能をもってしても、決して治らぬ……!!」

 

「……………覚えてなさい……」

 

特等席の真樹が、折られた右角の根本を抑え、痛みに顔を歪めながら、低く怨嗟の声を漏らす。

彼女の完璧な顔に、初めて、明確な怒りと屈辱の色が浮かんでいた。

直後、彼女の姿がノイズと共に完全に空から消え失せる。

 

それと同時に。

ホテルを包んでいた光の柱も、音を立てて完全に砕け散り、冬木の夜空に溶けて消え去った。

 

幻影の世界が崩壊し、ケイネスとディルムッドは、元のホテルのエントランス前、冷たいアスファルトの上へと無事に帰還した。

 

「ふう……」

 

ケイネスが、月髄霊液のバリアを解き、静かに息を吐く。

 

「ディルムッドよ、見事であった」

 

ケイネスが、隣で槍を収めるディルムッドに向かって、満足げに頷く。

 

「なかなかの『演技』であったぞ。過去の栄光と女の幻影に溺れる、愚かな騎士の芝居としては百点満点だ。あの小娘も、すっかり騙されて安心しきっていたからな」

 

「はっ!ありがとうございます、我が主」

 

「主の演技も、素晴らしいものでした。まさか、あそこまで時計塔の称賛という喜劇に振り切られるとは。私には到底真似できない、見事なアドリブでした」

 

「演技?」

 

「何を言っている。私は、あの幻影の世界で、本気で楽しんでいただけだぞ?」

 

「え?」

 

「ああも称賛してくれるソラウや、私の才能の前に時計塔のロードどもがひれ伏す姿は、実に見ものであったからな。あれはあれで、最高の気分だった。だから、素直に楽しませてもらったまでのこと。演技など、一切していないが?」

 

ケイネスは、パチンと片目を瞑り、これ以上ないほどの、ドヤ顔で笑ってみせた。

 

「はっ!!」

 

ディルムッドが、呆気を取られながらも、直立不動で返事をする。

 

(……我が主は、本当に底知れないお方だ)

 

(ビーストの、人間の心を抉る悪辣な脚本すらも。己の欲望に忠実であるが故に、ただの『一時の娯楽』として完全に消費してのけるとは。まさに、役者の格が違うと言ったところか……)

 

夜空を見上げれば、特異点の空を支えていた七本の柱のうち、これで二本が完全に消滅した。

残るは、五本。

 

「行くぞ、ディルムッド」

 

「他の連中が手間取っているようなら、我々が手を貸してやらねばならんかもしれんからな」

 

「御意」

 

――第三の試練は。

トラウマを乗り越えるという感動の脚本を、圧倒的な「自己肯定力」と「アドリブ力」で完全に粉砕し、あまつさえ敵の角までへし折った、ケイネスとランサーの、文句なしの完全勝利である。

 

 

彼らの誇り高き歩みは、まだ止まらない。




角、一本折れました。

ケイネス先生、推せますか?
それともやっぱり嫌な奴ですか?

ご感想、お待ちしています。

【超重要・展開が変わります】真樹は聖杯にかける願いを…。

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