冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~ 作:斉宮 柴野
・敵は減りません。
・終点はありません。
・それでも王は笑います。
轟音と雷鳴が切り裂いていく。
アスファルトを砕き、空を焦がす青白い電光の軌跡。
二頭の屈強な神牛に引かれた巨大な戦車、神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)が、猛烈なスピードで冬木大橋へと向かって爆走していた。
その戦車の御者台に立つのは、征服王イスカンダル。
そして、彼に振り落とされないように、必死で戦車の縁にしがみついているのは、マスターであるウェイバー・ベルベットだ。
彼らが目指すのは、冬木大橋の中央にそびえ立つ、特異点を支える光の柱だった。
「アーラララララライ!!」
その声は、ただの威嚇ではない。戦いへと向かう自らの魂を鼓舞し、配下の軍勢に己の健在を知らしめる、覇王としての気高き咆哮だ。
「さあ坊主!貴様も声を出せ!!余に続け!」
「えーと……アーラララララライ!!??」
冷たい風に顔を歪めながら、必死に声を絞り出す。だが、その声はイスカンダルのそれに比べると、ひどく甲高く、頼りない響きだった。
「まだまだ!!腹の底から声を出さんか!!」
「これから王の軍勢を共に率いようというマスターが、そのような蚊の鳴くような、情けない声でどうする!敵に舐められるぞ!」
「なんで僕が、こんな時に発声練習なんかさせられてるんだよ!!」
「これから人類悪(ビースト)が作った、世界を書き換えるような最悪の罠(光の柱)に飛び込むんだぞ!?もっと作戦とか、魔力の配分とか、考えることがあるだろうが!」
「何を言うか!坊主自身が、『気合を入れていくぞ』と、誰よりも最初に威勢よくタンカを切ったのではないか!」
「戦の前に上げる雄叫びは、戦士の魂を奮い立たせ、恐怖を吹き飛ばす極上の酒よ!!理屈や作戦など、この熱気の前では些末な問題に過ぎん!さあ、恥を捨てて、もう一度!!」
「それはそうだけどさあ……っ!理不尽すぎるだろ!」
だが、イスカンダルの言う通り、腹の底から大声を出すことで、不思議と恐怖心やプレッシャーが少しずつ薄らいでいくのも事実だった。
「……もう、どうにでもなれ!ヤケクソだ!」
大きく息を吸い込み、戦車の縁から身を乗り出して、今度こそ腹の底から、喉がちぎれるほどの全開の声量で叫んだ。
「アァァーラララララライッ!!!」
「ガッハッハ!良い声だ!その意気や良し!!」
二人の乗る戦車は、冬木の街を東西に分断する冬木大橋の真ん中へと辿り着く。
彼らの眼前には、アスファルトを突き破るようにして、禍々しくも美しい、直径数メートルにも及ぶ巨大な光の柱がそびえ立っていた。
だが、戦車に乗る二人の顔に、怖気づく様子は微塵もなかった。
彼らはただ、目の前に立ち塞がる壁を、己の力と気合だけで真っ向から粉砕することしか考えていなかった。
「行くぞ坊主!舌を噛まんようにな!」
「おう!ぶっ飛ばしてやれ、ライダー!!」
イスカンダルは、神牛の手綱を強く握り直し、一切の減速をすることなく、豪快な笑い声と共に、光の渦の中へと真正面から突っ込んでいった。
『ふふっ……私も、少し甘かったわね』
『ケイネス先生みたいに、頭が良くて、自分の人生に絶望を抱えている賢い大人には、過去の後悔を塗り替える【偽りのハッピーエンド】は破られやすいみたい。自分の幸せを疑う術を知っているからね』
『なら……作戦変更よ。頭の悪い筋肉ダルマと、彼に感化された熱血少年を相手にするなら。チマチマした精神攻撃や、小賢しい葛藤の演出なんて無意味。もっとスケールが大きくて、もっと物理的で……誰もが燃え上がるような、最高に『熱い』シチュエーションじゃなくちゃ!!』
冬木大橋の冷たい鉄骨とアスファルトの景色は、一瞬にして吹き飛んだ。
「ほう。こいつあ……」
二人の視界を覆い尽くしたのは、先ほどまでの日本の近代都市の風景とは全く違う。
空には、肌を刺すような灼熱の太陽がギラギラと照りつけている。
そして、地平線の果てまで見渡す限りの、赤茶けた熱砂の海。
どこまでも続く、巨大で過酷な砂漠地帯のド真ん中だった。
「なんだここは……?また別の幻影の世界か?」
「さっきの真樹の言葉……精神的な揺さぶりじゃなくて、物理的に俺たちを潰しに来るってことか?」
「お!ライダー、あれを見てみろよ!!」
ウェイバーが、戦車の前方、遥か彼方の砂丘の向こうを指差して叫ぶ。
彼の指差す先。
太陽の熱で揺らめく陽炎の向こう側に、おびただしい数の「人だかり」のようなものが見える。
最初は豆粒のように小さかったその影は、土煙を上げながら、不気味なほどの静けさを保って、一直線にこちらへと向かって行進してくる。
「うむ……あれが、この舞台(柱)の守護者(敵)か??」
ズズン、ズズン……。
一定の規則正しい地響きと共に近づいてくるソレは、ただの群衆などではなかった。
「ヒィッ……!な、なんだあいつら……!」
ウェイバーが、双眼鏡の代わりに魔術で視力を強化し、その光景をはっきりと捉えて悲鳴を上げる。
そこにいたのは、生きた人間ではない。
ボロボロに錆びついた古代の青銅の鎧を纏い、曲刀や槍を携えた、無数の骸骨。
そして、砂漠の乾燥によってミイラのように干からびたまま歩き続ける、朽ち果てた動く死体(ゾンビ)の兵団だった。
「これは、多いな……。数え切れない……」
「ざっと一万……いや、五万か……??」
「いや……違うな、坊主。あれは――さらに増えてないか!?」
イスカンダルの言葉通り、敵の軍勢は、彼らが会話している間にも、尋常ではない速度でその数を膨張させていた。
砂丘の向こうから歩いてくるだけではない。
彼らの周囲の砂漠の地面そのものがボコボコと波打ち、そこから次々と、新たな骸骨や死霊の兵士たちが這い出してくるのだ。
その数は、あっという間に視界を完全に埋め尽くし、十万、二十万と膨れ上がり、ついには地平線の彼方まで、黒い死者の海となって広がっていった。
圧倒的な数の暴力。それは、一人のサーヴァントがどうにかできるレベルを遥かに超えた、絶望的な大軍勢だった。
「嘘だろ……。これ、どうやって倒すんだよ……」
そして、その巨大な絶望の軍勢の先頭。
そこだけ、周囲の骸骨兵たちよりも頭何十個分も飛び抜けて高い、文字通り「山」のような巨体を誇る、真っ黒な怪物が立っていた。
身長は優に三メートルを超え、筋肉の塊のような肉体には、不気味な金色の装飾と、炎のような刺青が刻まれている。
顔には感情の色はなく、ただ圧倒的な威圧感と、破壊の衝動だけを周囲に撒き散らしている。
『イスカンダルーーーーー!!!!!』
その黒い巨人が、両手に握った巨大な戦斧を振り上げ、地鳴りのような、人間の言葉とは到底思えない咆哮を響かせた。
「ぎょえええええ!!!!!な、なんだよアイツ!!真っ黒い巨人!!!?」
「アイツ、デカすぎるだろ!!魔獣か何かか!?あんなの、人間が勝てる相手じゃないぞ!!」
「おお!!」
だが、その絶望的な光景を前にしても、イスカンダルは一切怯むどころか、顔を輝かせて、嬉しそうに巨体を乗り出した。
「あれはダレイオス三世ではないか!!!我が友よ、こんなところで再び相見えるとはな!!」
「ダレイオス……三世?」
ウェイバーが、震える声でその名を聞き返す。
「そうだ!かつて余がペルシア遠征において、何度も激しい覇を競い合った、アケメネス朝ペルシアの最後の大王にして、余の最高の好敵手(ライバル)よ!!」
「なるほど、あのビーストの小娘め。余に過去のトラウマを突きつけるのではなく、余が最も熱く燃え上がった『最高の戦(シチュエーション)』を用意して、余の魂をこの特異点に縛り付けようという算段か!実に見事な演出ではないか!!」
かつてイスカンダルという覇王の前に立ちはだかり、彼を最も苦しめた強大な大王。
その怨念と執念の権化が、文字通りの『死なずの軍団(アタナトイ)』という無尽蔵の軍勢を率いて、彼らを特異点の砂漠に閉じ込めるために眼前に迫っているのだ。
「喜んでる場合かよ!!」
「相手の数は十万以上、しかも死なないゾンビだぞ!!いくらお前の戦車(ゴルディアス・ホイール)がすごいからって、俺たち二人だけで轢き殺せるような数じゃない!!魔力が尽きる前に、絶対にこっちがペシャンコに押し潰されるぞ!!」
「ガッハッハ!案ずるな坊主!!相手が十万の軍勢で来るというのなら!」
イスカンダルが、腰のキュプリオトの剣を勢いよく抜き放つ。
「こちらも最強の宝具を使うまでのこと!!!あの最高の宿敵を前に、手加減など無粋の極み!!全力で迎え撃つのが、覇王としての最低限の礼儀というものよ!!」
「え???」
イスカンダルは、戦車の御者台に仁王立ちになり、眼前に迫る数十万の死霊の軍勢に向かって、剣を天高く掲げた。
彼の周囲の空間が、砂漠の熱気とは全く違う、圧倒的な魔力の奔流によって激しく歪み始める。
それは、彼が自らの魂の形を世界に上書きする、王の証明。
◇◇
「集えよ!!!我が軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)!!!!!」
熱砂の風が、不自然な渦を巻き起こす。
時空を超えて、あるいは世界そのものの理を一時的に上書きして、彼がかつて駆け抜けた乾いた大地の心象風景が、この特異点の砂漠の上にさらに重なるように展開されていく。
そして。
砂の海の中から、陽炎の向こうから、彼の呼び声に呼応するようにして、無数の戦士たちが次々とその姿を現した。
「おお……!!」
ウェイバーが、戦車の荷台から身を乗り出し、その圧倒的な光景に目を奪われる。
現れたのは、かつてイスカンダルと共に世界を駆け巡り、彼に絶対の忠義を誓った、マケドニアの無双の軍勢だった。
槍兵、騎兵、弓兵、そして名だたる将軍たち。
死してなお、ただ一人のかつての王のために、英霊となって集った数万の兵士たち。
彼らの瞳には、目の前に迫る数十万の死霊の軍団に対する恐怖など微塵もなく、ただ再び主君と共に戦場に立てるという、抑えきれない歓喜の炎が燃え盛っている。
「敵はまたしてもダレイオス!!かつての好敵手が、死してなお余の前に立ちはだかるか!」
イスカンダルが、剣を前方に振り下ろし、不敵な笑みを浮かべる。
「だが、今回の標的はそれだけではない!!あのダレイオスの軍勢の奥に潜む、この世界を支配しようとする人類悪(演出家)こそが、我らが真に打倒すべきものよ!!」
「勇者たちよ!再びこの王の背を追え!!!我らの覇道は、死してなお、いや、死してこそ永遠に続くのだ!!」
『うおおおおおおおおおお!!!!!!!!』
イスカンダルの檄に応え、数万の英霊たちが一斉に武器を天に突き上げ、地を揺るがすほどの凄まじい雄叫びを上げた。
その怒号だけで、周囲の砂が波打ち、死霊軍団の進撃が一瞬だけ鈍る。
そして。
アケメネス朝ペルシアの黒き巨人、ダレイオス三世が率いる数十万の死霊軍団と。
イスカンダルが率いる数万のマケドニア英霊軍団が。
灼熱の砂漠の中央で、正面から激突した。
『そうね。貴方はそうでしょう!!』
激突の轟音の中、空の彼方から、真樹の甘く、そして隠しきれない歓喜が混じった声が響き渡る。
『強敵を前に決して諦めず、愛する臣下たちと共に前へ、前へと向かっていく!その果てしない指導と、泥臭い戦いの先にある栄光こそが、貴方の魂(アイデンティティ)!! 貴方が最も輝く瞬間よ!!』
真樹の言う通りだ。
イスカンダルという王の魅力は、その圧倒的なカリスマで臣下を率い、不可能と思われる戦いに挑んでいく、その底抜けの豪快さと前向きさにある。
この絶望的な状況下で、彼が己の軍勢と共に無双の戦いを繰り広げる姿は、まさに観客(世界)が最も見たいと望む、最高のエンターテインメントだった。
だが。
戦車の荷台から、安全な位置でその激しい戦況を見下ろしていたウェイバーは、ある明確な「異変」に気づき、眉をひそめた。
「……なんだ?こいつら……」
ウェイバーは眼下で戦うマケドニアの兵士たちの動きを、一人一人じっくりと観察する。
「……おかしいぞ。一騎一騎が、完全なサーヴァント(英霊)クラスの力を持ってる……」
本来、イスカンダルの宝具である『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』は、兵を独立したサーヴァントとして召喚する、破格にして規格外の宝具だ。
しかし、召喚される個々の兵士は、生前の彼ら自身の能力を持つとはいえ、宝具を持たない、あるいは持っていてもEランク相当の、極めて限定的な状態であるはずだった。いくら数万とはいえ、その一人一人が最高クラスの英霊と同等の力を持っているわけではないのだ。
それが、本来の宝具の限界(ルール)だ。
しかし。
目の前でダレイオスの死霊軍団と戦う臣下たちは、明らかにその限界を超えていた。
「我が征服王よ!!吾(あ)が先陣を務めよう!!」
軍勢の先頭で、一人の白髪の老将が、杖を高く掲げて叫ぶ。
プトレマイオス。かつてイスカンダルの側近として仕え、のちにエジプトの王となった男だ。
「開け、知の結晶!!――『王の書庫(ビブリオテーケ・バシレイオー)』!!!」
プトレマイオスが本を振り下ろした瞬間。
彼の頭上に、巨大な光の魔術障壁と、無数の古代の書物が実体化して現れる。
そして、その書物の中から、レーザーのような光の雨が降り注ぎ、迫り来る死霊の群れを、数百体まとめて一瞬にして消し飛ばしたのだ。
「なっ……! 固有の宝具の真名解放!?」
「王の邪魔はさせない!!蹂躙せよ、――『魔天の車輪(ヘカティック・ホイール)』!!!!」
さらに、別の場所から、影武者をした女性の将軍、ヘファスティオンが、鋭い声で叫ぶ。
彼女の両目が怪しく光り、魔眼の力が解放される。
そして、彼女の乗る戦車が、イスカンダルの『神威の車輪』と全く同じように雷光を纏い、突進してくる死霊の軍勢のど真ん中へと突っ込み、爆発的な破壊力で敵陣を粉砕していく。
「王よ!!今です、突撃を!!!!」
軍師であるエウメネスが、完璧なタイミングでイスカンダルに進路の指示を出す。
「おう!!見事だ我が臣下たちよ!!」
「アーラララララライ!!!!!遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)!!!!!」
イスカンダル自身の戦車も、さらに限界を超えた雷光を纏い、圧倒的な力で、ダレイオスの放つ巨大な戦斧の一撃を弾き返し、死霊の海をモーセの海割りのように真っ二つに切り裂いていく。
どこまでも、果てしなく蹂躙していく、イスカンダルとウェイバーを乗せた戦車、そして無双の臣下たち。
敵の数は多いが、彼らの進撃を止めることは到底できそうになかった。
「す、すごい……!やっぱりコイツ(ライダー)は最強だ!!」
「このままいけば、いくら敵が多くても、確実に突破できる!!このまま一気に、あの黒い巨人(ダレイオス)の首を獲って、この特異点をぶっ壊してやる!!」
「ハハハ!当然よ!!!」
イスカンダルが、豪快に笑いながら、さらに戦車のスピードを上げる。
「さあ坊主!もっと声を上げよ!我らの覇道は止まらんぞ!!この最高の戦場を、余と共に骨の髄まで楽しむのだ!!」
王の豪笑。
臣下たちの、一切の出し惜しみのない勇ましい宝具の乱れ撃ち。
そして、次々と吹き飛ばされていく強大な敵の軍勢。
それはまさに、誰もが一度は夢見るような、「無敵の主人公による、痛快で爽快な無双シーン」そのものだった。
最高に気持ちが良く、最高に熱く、アドレナリンが全開になる、究極のエンターテインメント。
――だが。
その興奮の絶頂の中で。
ウェイバーの心の奥底で、冷たい何かが、チリッと音を立てた。
(……待てよ)
(『アイオニオン・ヘタイロイ』で召喚した英霊たちは、本来、あんな風に一騎一騎が固有の宝具を、それもあんな高出力でバンバン使えるのか?)
(……いや、絶対に無理だ。使えないはずだ。いくらライダーの宝具が規格外だといっても、あんな真名解放を数万人規模で、しかもこれだけ連発したら、それを維持するための魔力が天文学的な数字になる)
ウェイバーは、自分の右手を見る。
令呪による強制的な魔力供給もない。
(そもそも、マスターである僕の魔力なんて、とっくにスッカラカンだ。ライダー自身の魔力炉心も、あんな無茶苦茶な出力を数分でも維持すれば、完全に焼き切れて自滅しているはずだ。……なのに、なんで)
ウェイバーは、再び眼下の戦場を見下ろす。
プトレマイオスも、ヘファスティオンも、他の兵士たちも。
誰も、疲労の色一つ見せていない。魔力が枯渇する気配もない。
ただただ、無限の魔力が供給されているかのように、延々と、最高のパフォーマンスで宝具を撃ち続けている。
(なんでコイツらは、疲労すら見せずに、こんなあり得ない無双を続けていられるんだ……?)
ウェイバーは、ハッとして、戦車の前方に視線を向ける。
イスカンダルの疾走は、未だに止まっていない。
雷光を纏った戦車は、ものすごいスピードで死霊の群れをなぎ倒し、前へ前へと進んでいる。
しかし。
ダレイオス三世の率いる死霊の軍勢は、倒しても倒しても、地平線の彼方の砂の中から無限に湧き続け、全く減る気配がない。
彼らの周囲の景色、赤茶けた砂丘の形も、太陽の位置も、先ほどから一ミリも変化していない。
(敵が……減っていない。景色も、変わっていない……)
ウェイバーは、背筋に冷たい、氷のような汗が流れるのを感じた。
(俺たちは……前へ進んでいるんじゃない。ずっと同じ砂漠のど真ん中を、走らされているだけなのか……?)
どこに辿り着くのかすら分からない。
敵のボスであるダレイオスも、近づいているように見えて、実は一定の距離から決して縮まることはない。
(いや、違う。辿り着く場所なんて、ないんだ)
(最初から、この戦いの先に「辿り着く場所(オケアノス)」など、用意されていないんだ。これは、俺たちをこの気持ちの良い無双感の中に閉じ込めておくための、永遠に終わらない幻の檻なんだ……!)
『最高に楽しいでしょう? イスカンダル』
『ずっと、ずっと、貴方の大好きな臣下たちと一緒に、最高の好敵手と、熱くて痛快な戦いができるのよ。魔力の枯渇も、肉体の限界も気にすることなく、永遠にね』
だが、彼は戦いに夢中で、その言葉の本当の意味に気づいていない。
『これこそが、征服王である貴方が心の底で望んだ、【永遠の栄光】……終わることのない蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)よ。……さあ、ずっとここで、幸せな顔で走っていなさいな。貴方のその熱い戦いは、私という観客が、特等席で永遠に楽しんであげるから』
それは、戦士にとっての最高のご褒美であり、同時に、一歩も前へ進むことを許されない、最悪の停滞(地獄)の宣告だった。
「……違う!!」
一度味わってしまえば、決して抜け出したくなくなる、究極のハッピーエンドという名の麻薬。
その狂熱の渦に完全に巻き込まれようとしている覇王の耳に、ただの魔術師の少年の声は、果たして届くのか。
この熱狂の砂漠の中で、ウェイバー・ベルベットという一人の少年の、マスターとしての真価が、今まさに問われようとしていた。
永遠の無双って、ちょっと楽しそうですよね。
でも、終わらないってことは――
前に進めないってことでもあります。
ご感想、お待ちしています。
【超重要・展開が変わります】真樹は聖杯にかける願いを…。
-
言う
-
言わない