冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~   作:斉宮 柴野

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※この章は最終決戦の開幕です。

・舞台は冬木上空の大劇場
・演出家は人類悪
・役者は聖杯戦争の参加者

ただし

この劇場には
観客がいません。

なぜなら

観客になるはずの人類は
全員「舞台の役者」だからです。


冬木アクターズ・ラプソディ 第四幕「星降る朝、照らし出す黄昏」
開幕・人類救済大劇場


冬木の空を、巨大な異物感がすっぽりと覆い尽くしている。

 

星も見えない分厚い暗雲のさらにその向こうで、禍々しくもどこか美しく輝く、超巨大な建造物の底面。

 

それが、人類悪に堕ちた少女が冬木市そのものを丸ごと飲み込むために展開した、絶望の大劇場だ。

 

その威容の真下。特異点の魔力的な中心地である円蔵山へと、三人の影が到達する。

 

衛宮切嗣、久宇舞弥、そしてアルトリアの三人だ。

 

「やはり、冬木の大聖杯の基盤が眠るここを、最終的な舞台の中心に選ぶか……」

 

「ええ。霊脈の要所であり、儀式のシステムを乗っ取るには、ここを中枢の玉座に設定するのが一番理にかなっています。頭の中身はふざけた演出家ですが、魔術的なセオリーはしっかりと押さえているようですね」

 

「切嗣」

 

「私の使い魔たちと、外部の観測データからの報告です。私たちが柱を破壊してから、街に点在していた他の柱も、次々と消え去るのが確認できています。おそらく、他の陣営も各々の試練を突破し、結界の楔を壊しているのでしょう」

 

「あの性格の悪いトラップを、他の連中も自力で抜け出しているのか」

 

他人の悲しい過去や甘い夢につけ込む、真樹の底意地の悪い脚本。それを打ち破るには、相当な精神力と、ある種の狂気が必要になるはずだ。

 

「……ただ、すべてが順調というわけではありません。まだ2本が、消えずに存在し続けています」

 

舞弥が、夜空の遠くを指差す。

そこには、確かにまだ、空を支えるようにそびえ立つ光の柱の影が確認できる。

 

「一つは、マダムの向かったアインツベルン城跡地の柱。そしてもう一つは、間桐邸の柱が残っています。特に間桐の柱は、先ほどから色が不気味なほど純白に変化しており、何らかの異常事態が起きている可能性が高いです」

 

「……アイリの柱が、まだ残っているのか」

 

が一番恐れていた事態だ。

妻であるアイリスフィールが演出家の悪意に、たった一人で晒されている。

 

「……どうしますか、切嗣。このまま大劇場への突入を強行しますか?それとも、一旦引き返して、マダムたちを援護しますか?」

 

「そうだな……。敵は、世界そのものを書き換えるほどの権能を持つ人類悪だ。柱という楔がまだ2本も残っている状態なら、特異点の中枢にいるビースト本体には、僕たちがどれだけ攻撃を叩き込もうと、有効打を与えられない可能性が高い」

 

「それに……アイリが心配だ」

 

「あの女の用意する試練は、肉体的な痛みではなく、精神の最も脆い部分を容赦なく抉ってくる。アイリは優しすぎるんだ。自分の幸せよりも、他人の痛みを優先してしまう。あの底意地の悪い悪趣味な幻影に、アイリがたった一人で耐えきれるとは、どうしても思えない」

 

もし、アイリが真樹の甘い言葉に騙されて、偽りのハッピーエンドの牢獄に閉じ込められてしまっているのなら。

今すぐ駆けつけて、彼女の目を覚まさせ、その腕を引いて連れ戻してやらねばならない。

それが、彼女をこの地獄のような聖杯戦争に巻き込んだ、自分の最低限の責任だ。

 

「ええ、行きましょう。マスター、いえ、キリツグ」

 

「アイリスフィールは、私にとっても大切な友人であり、守るべき対象です。彼女をあのような卑劣な罠の中に置き去りにすることなど、騎士の誇りにかけてできません。急ぎましょう、キリツグ。マイヤ」

 

――その、まさにその瞬間だ。

 

ズズズズズズンッ!!!!

 

突然立っていることすら困難なほどの暴力的な揺れが、三人の足元の石畳を激しく波打たせる。

 

「なっ!?敵襲ですか!?」

 

揺れの震源地は、地下ではない。彼らの頭上だ。

 

圧倒的で暴力的な魔力の奔流が、滝のように境内に向かって降り注いでくる。

 

『ふふふ……。あははははは!!』

 

『逃がすわけないじゃない!私の舞台の主役たちが、クライマックスを前にして舞台裏に帰ろうとするなんて、許されるはずがないわ!!』

 

真樹の歓喜と狂気に満ちた叫びが、天を揺らす。

 

『とくと味わいなさい!!これが、私の思い描く最高のエンディング!!』

 

『宝具!!』

 

空が、七色に毒々しく光り輝く。

 

『【開演・人類救済大終曲(グランド・カーテンコール)】!!!!』

 

「なっ!!なんだこれは!!」

 

宝具の真名が解放された瞬間。

特異点の空間そのものが、強引に、そして劇的に書き換えられていく。

 

柳洞寺の境内が。

一瞬にして、豪華絢爛なヨーロッパの「オペラハウスの舞台」へと強制的に変貌していくのだ。

 

枯山水の庭園は、磨き上げられた大理石のステージに。

 

頭上に広がる夜空は、無数のシャンデリアが眩く輝く、ドーム状の高い天井に。

そして、彼らの足元にある石畳が、毛足の長い高級な絨毯へと、パタパタと音を立てて波打ちながら変わっていく。

 

単なる幻覚ではない。

物理法則そのものが、真樹の「演出」というルールの下に屈服させられている。

 

「くっ!空間が歪んでいます!気をつけて!!」

 

上に引っ張られたかと思えば、横にスライドし、足元から強烈な吸引力で舞台の中心へと引きずり込まれそうになる。

 

このままでは、三人はバラバラに空中の舞台装置の彼方へと吸い込まれてしまう。

 

「キリツグ!空間が強制的に吸い上げられます!離れないで、私に捕まって!!」

 

アルトリアが、風圧に耐えながら、咄嗟に右手を強く伸ばす。

 

サーヴァントの圧倒的な筋力と質量で、切嗣の体をアンカーとして繋ぎ止め、この異常な重力の渦から彼を守り抜くためだ。

 

しかし。

 

その、アルトリアの手が切嗣の腕に触れる、ほんの数ミリ手前。

猛烈な勢いで、二人の間に強引に割って入る、一つの黒い影がある。

 

「え……?」

 

「ダメです!!」

 

舞弥はそのままの勢いで、切嗣の腰にガシッと、カブトムシのように強固に抱きつく。

 

「切嗣が、他の女(サーヴァント)にしがみつくなど、この私が絶対に許しません!! 私の腕の中にいなさい!!」

 

舞弥が、一切の感情の起伏がない平坦な声で、しかし内容だけはとんでもなく独占欲にまみれたセリフを、堂々と言い放つ。

 

「なッ!?」

 

「マ、マイヤ!?この一分一秒を争う命に関わる緊急事態に、貴女はいったい何を血迷っているのです!!」

 

「私はただ、マスターを安全に保護しようと手を伸ばしただけです!そこに個人的な感情など微塵もありません!そもそも、貴女はアイリスフィールの代理として、キリツグをサポートする立場のはず!なぜここで急に正妻面をして私を牽制するのですか!!」

 

「いいえ。マダムは今ここにはいません。ここから先は、私が切嗣の隣を歩く正当な権利を有しています。セイバー、貴女は自分の身は自分で守りなさい」

 

舞弥が、切嗣の腰にコアラのようにしがみついたまま、しれっとした顔でアルトリアに冷たい視線を送る。

 

「ちょ、ちょっと待てお前ら!!」

 

「ふざけている場合か!!周りを見ろ!!」

 

切嗣の叫びの通り、彼らの周囲の空間は、今まさに完全に「大劇場」の内部へと飲み込まれようとしている。

足場は完全に消失し、彼らの体は、空に浮かぶ巨大なステージに向けて、抗うことのできない力で猛スピードで引きずり上げられている。

 

「ええい、仕方ない!!この規模の宝具による空間の書き換えから、人間の足で逃げ切るのは絶対に不可能だ!」

 

「こうなったら、腹を括るしかない!このまま大劇場の内部に突入するぞ!!」

 

「アイリと間桐の柱が折れるまで、どれくらい時間がかかるか分からない。だが、それまで僕たちが時間を稼ぐしかない!!」

 

「了解しました、キリツグ!!どのような舞台が待っていようと、私の剣で必ずや道を切り拓いてみせましょう!!」

 

「……はい、切嗣。どこまでもあなたにお供します。セイバーには負けません」

 

「だから今は張り合っている場合じゃないと言っているだろうが!!」

 

 

 

◇◇

 

 

 

視界を覆っていた猛烈な重力の嵐が嘘のように収まり。

切嗣が目を開けた瞬間。

 

バンッ!!!

 

彼らを直接狙い撃つように、三つの強烈なピンスポットの照明が、暗闇の中から一斉に焚かれた。

 

光の輪の中に立たされた切嗣、舞弥、アルトリアの三人は、その眩しさに思わず目を細める。

 

足元には、血のように赤い、分厚いビロードの絨毯。

周囲には、中世ヨーロッパの建築を思わせる、精緻な装飾が施された石柱と、重厚なベルベットの緞帳が広がっている。

 

ここは、正真正銘の「舞台(ステージ)」の上だった。

 

ピンスポットの光の向こう側、暗闇に沈む空間には、果てしなく続く無数の「観客席」が広がっていた。

一層、二層、三層と、天高くそびえるように配置されたバルコニー席と、平土間の座席。

 

その数は、数万、数十万という規模ではない。世界中の人間を収容できそうな、途方もない客席だった。

 

だが、その無数の客席は、見渡す限りすべて「空席」だ。

観客は誰一人として存在しない。

 

「……ここは、何だ」

 

「さあさあ、ようこそおいでくださいました!!」

 

その時。

 

舞台の奥、一段高く設えられた巨大なバルコニー席から、どこまでも明るく澄み渡った少女の声が響き渡った。

 

三人が一斉にその方向へ視線を向ける。

 

「これより開幕いたしますは、私が脚本と演出を務める、人類救済の輝かしき第一幕でございます!」

 

真樹が、ドレスの裾を優雅に翻し、舞台上の三人に向かって、まるで主演女優を称えるように恭しく一礼してみせる。

 

「ついに本性を現したな、ビースト」

 

「あら、ご機嫌斜めね、セイバーさん。でも、安心して」

 

その声は、悪意や殺意など微塵もなく、どこまでも純粋な、喜びに満ちていた。

それは、彼女が心の底から人類の幸せを願い、そのための舞台を用意したという、紛れもない「深い愛」の表現だった。

 

「私はね、別にあなたたちに苦しい思いをさせたいわけじゃないの」

 

「『自由意志の剥奪』?いえいえ、大丈夫です!私はそんな窮屈なことはいたしません! 皆さんには、これまで通り、自由に考え、自由に生きていただいて結構です!」

 

「それに、『努力の否定』?いえいえ!それも違います!どうぞたくさん、血の滲むような努力をしていただいて大丈夫です!」

 

「困難に立ち向かい、ボロボロになりながらも前に進もうとする皆さんの姿こそ、私にとっての最高のエンターテインメント(ご褒美)ですから!どんどん苦労して、どんどんドラマチックな生き様を見せてちょうだい!」

 

「ただ……」

 

「『結末』だけは、私が決めます」

 

「……何?」

 

「皆さんがどれだけ自由に生きて、どれだけ必死に努力しても。その努力が、悲しい徒労に終わらないように。理不尽な不幸や、残酷な運命によって命を落とすことがないように」

 

「私が、全人類の人生の最後に、必ず『すべてが報われる、完璧なハッピーエンドの脚本』を書いて、固定して差し上げます」

 

それこそが、ビーストⅤの権能。

過程はどれだけ自由でも。どんな悲劇があってもいい。

 

だが、物語の終着点は、彼女が用意した「誰もが救われるハッピーエンド」に強制的に収束する。

 

「だから……皆様。どうぞ安心してください。何の心配もいりません」

 

「私が用意した、この絶対に安全で完璧な舞台の上で、永遠に輝き続けてください。それが、私から人類への、最大の愛と救済です」

 

「……冗談じゃない」

 

「切嗣……」

 

「結末が最初からハッピーエンドだと決まっている努力なんて、そんなものは努力でも何でもない。ただの安全な檻の中でやらされている『お遊戯』だ」

 

「人間は、自分が明日死ぬかもしれない、すべてが水泡に帰すかもしれないという絶望的な不確実性(恐怖)があるからこそ、今日を必死に生きようとするんだ。痛みを伴うからこそ、手に入れた瞬間の喜びが本物になる」

 

かつて自分が世界平和という完璧な理想を追い求め、その過程でどれほどの人間を理不尽に殺してきたかを、誰よりも知っている。

 

だからこそ、真樹の言う「誰も傷つかない完璧な結末」などというものが、いかに薄っぺらで、空虚な狂気であるかが、痛いほどに分かるのだ。

 

「お前のその押し付けがましい愛は、人間の尊厳への最大の侮辱だ」

 

「そうはさせない。お前の好き勝手には、絶対にさせない」

 

「ええ。キリツグの言う通りです。結末が最初から約束されているのなら、私が王として戦い抜いた誇りも、円卓の騎士たちが流した血も、すべてが茶番に成り下がってしまう。そのような救済、断じて認めるわけにはいきません!」

 

「人生という名の舞台から……僕たち役者の『アドリブ』の権利を、絶対に奪うなよ!! 演出家!!」

 

 

 

◇◇

 

 

 

「あははっ!切嗣さんらしいわ。やっぱり、お気に入りの役者なだけはあるわね」

 

「でも、いや〜。それはちょっと困るのよねえ」

 

「役者が自分の意思で、勝手にアドリブを効かせすぎると、せっかく私が書いた完璧な脚本(セカイ)の秩序が乱れちゃうの。そして、そのアドリブの結果、大抵の人間は間違った選択をして、勝手に絶望して、最終的に悲劇を生むのよね。切嗣さん、あなた自身の過去が、まさにそれを証明しているじゃない?」

 

「私ね、悲劇っていうスパイスは大好きなの。でも、結末が悲劇で終わる『駄作』は、大嫌いなのよ」

 

「だから、言うことを聞かない不良役者には、少しだけ厳しい『演技指導』が必要みたいね」

 

右手の指を顔の横に上げ鳴らす。

 

その音が合図だったかのように。

 

劇場の舞台袖、暗闇に沈む奈落の底から。

ズズズズ……と、ひどくおぞましい、泥が沸騰するような音が聞こえ始めた。

 

「なっ!キリツグ、足元から嫌な気配がします!!」

 

三人が視線を向けると、赤い絨毯の敷かれた舞台の左右の袖から、ドロドロとした黒い泥のようなものが、大量に溢れ出してきたのだ。

 

それは、特異点に蓄積された莫大な魔力の残滓であり、人間の悪意や絶望が具現化したような、禍々しい物質。

 

その黒い泥は、舞台の上に這い上がると、まるで粘土細工のように、不気味にうごめきながら、次々と人間の形――無数の「人型」へと変化していった。

 

目も鼻も口もない、ただの漆黒のシルエット。

 

「あれは……」

 

「顔のない、漆黒のサーヴァント……シャドウサーヴァントの群れですか」

 

「では、おいでなさい」

 

「この私の大劇場では、舞台の上で倒れれば、すなわち『強制雇用』のサインです!」

 

「私の脚本に従わず、無様に負けた役者には。私の劇団で永遠に、この黒い泥人形(エキストラ)として、他人のハッピーエンドを引き立てるための、顔のない背景を演じ続けてもらいますからね!」

 

ここで戦いに敗れれば、ただ死ぬのではない。自我を奪われ、永遠に彼女の舞台装置の一部として、戦わされ続けるのだ。

 

無数のシャドウサーヴァントたちが、獣のような不気味な叫び声を上げながら、得物を構えて切嗣たち三人へと一斉に殺到してくる。

 

前後左右、完全に包囲された状態からの、数の暴力を生かした同時攻撃。

 

「来るぞ!!」

 

「まずは、私が用意した最高のエキストラたちとの、派手な大立ち回りから始めましょう!!」

 

「ミュージック、スタート!! ――アァァァァクションッ!!!」

 

真樹の掛け声と共に、劇場のどこからともなく、オーケストラが奏でるような、壮大で、しかしどこか狂気を孕んだワルツの音楽が鳴り響き始める。

 

「マイヤ!キリツグの背後は任せましたよ!私が前衛で道を切り拓きます!」

 

「言われるまでもありません、セイバー。私の切嗣の背中は、私が誰よりも完璧に守り抜きます」

 

(……本当に、この人、キャラが変わりましたね。私が知っている冷酷なマイヤはどこへ行ったのでしょうか)

 

「行くぞ!!泥人形ども!!聖剣の瞬き、とくと見せてくれる!!」

 

「舞弥!右舷、三時の方向から弓兵の攻撃が来る!援護を!!」

 

「了解(ラジャー)!」

 

「他の連中が、外で残りの柱を折ってくれると信じて……!僕たちは、ここで一秒でも長く暴れ回って気を引くぞ!!」

 

「ええ!私の剣に、限界などありません!!」

 

「切嗣のためなら、いくらでも」

 

敵の数は絶望的に多い。

倒しても倒しても、舞台袖から新たな泥が溢れ出し、次々と補充されていく。

だが、三人の動きに一切の迷いはない。

 

果たして彼らは、この終わりのないエキストラの群れを前に、いつまで持ち堪えることができるのか。

 

そして、彼らを救う援軍は、本当に現れるのだろうか。




ついに最終決戦が始まりました。

ただし

舞台はオペラハウス
敵は泥サーヴァント
BGMはワルツ

完全にミュージカル戦争です。

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