冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~ 作:斉宮 柴野
この聖杯戦争には、いくつか仕様変更があります。
・宝具は殴ることがあります
・騎士は抗議します
・演出家は脚本を守りません
そして今回――
魔法少女が最終決戦に乱入します。
「ゲホッ、ゴホッ……!助かったのは嬉しいけれど……」
光の中から解放され、ヴィマーナの甲板にへたり込んだアイリスフィールが、咳き込みながら顔を上げる。
そして、目の前に立つ少女の姿を見て、完全に目を丸くする。
「真樹さん!?なにその格好!!」
彼女の目の前にいる真樹(分体)は、短いスカートに過剰なリボン、そして手には巨大な星の飾りがついた「マジカルルビー風のステッキ」を構えているのだ。
「マジカル・マジカル・ルルルンルン!」
「アイリさん、細かいことはいいのよ!これが私の『イリヤちゃんの世界観(IF)』に馴染み、貴女の夢の防壁を突破するための、考えに考え抜いた最高の勝負服なんだから!」
「いや、ルルルンルンじゃなくて!いくら夢の中だからって、その布地の少なさとフリフリは、明らかに年齢制限に引っかかっているわ!」
「十九歳の大人が着るには、色々と無理がある設計よ!見ているこちらがハラハラするわ!」
「失礼ね!魔砲少女に年齢は関係ないの!心の清らかさが大事なのよ!」
「フン……」
そのポンコツなやり取りを、黄金の玉座から見下ろしているギルガメッシュが、鼻で笑う。
「あまりに無様すぎて、怒りを通り越し、一周回って面白いかもしれん。これぞ、我のすべてを網羅する宝物庫(ゲート・オブ・バビロン)の中にすら存在しない、『羞恥の極致』というやつか」
「王様!それは私が唯一無二のオリジナリティを持っているという最高の褒め言葉として受け取っておくわ!」
「あはは。うん、そうだね」
「でも、彼女の魔力の波長が、別の意味ですごく輝いているよ。……少し、眩しすぎて直視できないけど。精神的な破壊力が、普通の宝具を上回っている気がするよ」
最強の兵器である彼をして、「直視できない」と言わしめるほどの、圧倒的な痛々しさ(プレッシャー)がそこにある。
「エルキドゥさん!隙間から見ないでよ!失礼しちゃうわね!」
「おおお!!さすがはジャンヌ(の魂を持つ者)!!!」
「その異形(魔法少女)の姿、これまでの常識を打ち破る、まさに聖女の新たな奇跡にございます!!どのような姿になろうとも、貴女の放つその圧倒的な存在感(ヤバさ)は、私の魂を激しく揺さぶるのです!!」
「ジル、お願いだから『異形』って言うのはやめて!私は可愛い魔法少女よ!」
「さあ、行くわよ!!」
「これで、特異点を支える柱は全部ぶっ壊した!!あとは、あの中央の特等席でふんぞり返っている『演出家気取りの私(ビースト本体)』のところに乗り込んで、どっちが本物の主役かを分からせるだけね!!ヴィマーナ、全速前進よ!!」
◇◇
舞台の上では、絶望的な泥沼の消耗戦が続いている。
無限に湧き出すシャドウサーヴァントの群れと、ビースト本体が放つ圧倒的な魔力の暴力。
「キリがないわね!大人しくエキストラになりなさい!!」
その、誰もが限界を迎えようとしている絶体絶命の舞台の真上に。
黄金の光の軌跡を描きながら、ヴィマーナが急降下してくる。
「行くわよ!!冬木アクターズ・ラプソディの役者の皆!!」
「座長にして看板役者の私が、あの演出家気取りの偽物の私を、けっちょんけっちょんにしてやるわ!!」
ズドォォォォン!!!
舞台の中央、シャドウサーヴァントたちが密集しているド真ん中に、ピンク色の魔力の爆発と共に、その影が華麗に着地する。
土煙が晴れたそこには、星型のステッキを構え、ウインクを決める真樹(分体)の姿がある。
「あら……」
「お姉さんの魔力波長に間違いない……だけど、この……何かしら」
「目に毒というか、脳の処理能力が完全に拒絶するような、この嫌な感覚は……。虫に犯されるよりも、ずっと精神にクるわね……」
「間に合ったわね!!みんな、待たせたわ!!」
桜の冷たい感想を華麗にスルーし、ステッキをクルクルと回して、最後にビシッと天に突き上げる。
「愛と性欲の美少女魔法少女!マジカル・マキの『惨状(さんじょう)』よ!!」
「う、うわあ…………」
ウェイバーが、あまりの痛々しさに顔を青ざめさせ、絶句してその場に崩れ落ちる。
「おい、言峰はどこだ。責任者を呼べと言ったはずだが」
「『愛と正義』……ではなく、堂々と『性欲』、と言ったかね?今、あの女は確かにそう言ったな?」
「……倫理規定どころか、人間の道徳観念を根底から覆す、とんでもない女だ。魔術師の恥さらしめ。私の水銀で、その下品な口を縫い合わせてやろうか」
「……『美少女魔法少女』って」
「語彙が完全に重複している上に、文法がおかしい。魔法少女という概念の中にすでに少女が含まれている。頭痛がしてくるな」
「惨状……ですね、まさに」
「……くっ。強力なシャドウサーヴァントの物理的な攻撃を受けるよりも、今の彼女の姿を見たことによる視神経へのダメージの方が、明らかに重篤です。切嗣、早く目を閉じてください」
「舞弥、君の言う通りだ」
「真樹……その姿は、一体何の冗談ですか」
「騎士の誇り高き戦場に、そのような……布地の少ない、ふざけた装いは、あまりにも不謹慎です!すぐに着替えなさい!」
「ふざけてないわよアルトリアちゃん!!これが、現実を生きる大人の魔法少女のリアルな姿なの!!」
「愛と正義だけじゃ、この過酷な世界は救えないのよ!人間の根源的な欲望(性欲)を肯定してこそ、真の人類救済(ハッピーエンド)に辿り着けるの!!これが私の導き出した、完璧な設定なんだから!!」
「カッハッハッハ!!」
「愛と性欲!!確かに、生命の根源にして、種の繁栄の絶対的な要!!それを隠すことなく堂々と口にするその潔さ、まさに我が覇道に通じる真理よ!!良いぞ小娘、その振り切った狂気、余は嫌いではないぞ!!」
「ライダー!変なところで感心するな!!」
「絶対に間違ってるから!魔法少女の概念が根本から崩壊してるから!!」
「主よ、あれは……」
ディルムッドが、騎士としての礼節を保とうと必死に顔を背けながら、ケイネスに耳打ちする。
「見なかったことにして、記憶から消去してもよろしいでしょうか。私の主君は、あのピンクの塊ではなく、あくまでケイネス様お一人ですので」
「ああ、許可する。私の目も腐りそうだ」
◇◇
「アンタ一体何なのよ!!」
「私の分体のくせに、魔法少女とかバカなんじゃないの!?ちょっと、その頭の悪いフリフリの布面積は何よ!痛い!痛すぎるわよ!!」
「そんなの、私が丹精込めて作り上げた完璧なハッピーエンドの脚本にも、このシリアスでダークな世界観にも、これっぽっちも合ってないわよ!!舞台の雰囲気をぶち壊す気!?」
「はっ!全然分かってないわね!!だからアンタは、いつまで経っても頭の硬い三流の演出家気取りなのよ!!」
「役者はね、羞恥心を完全に捨て去ってからが本当のスタートなのよ!!」
「客席から『どう見られるか』なんていう、ちっぽけな見栄やプライドを気にしているうちは、三流以下の大根役者よ!大事なのは、自分がその舞台の上で『どう在るか』!その役にどれだけ自分の全存在を懸けられるか!本物の役者の魂は、羞恥心の向こう側の、泥臭い場所にこそ宿るんですー!!」
ピンク色の魔法少女が、世界を滅ぼす魔王に向かって、役者としての心構えを熱弁するという、あまりにもシュールで狂気に満ちた光景が繰り広げられる。
「そんな無駄に熱苦しい魂、強すぎるわよ!!」
「今は人類悪との最終決戦なのよ!?圧倒的な絶望を前にして、もっとしおらしく絶望しなさいよ!涙を流して、膝をついて、私の圧倒的な力の前にひれ伏すのが、正しいモブキャラクターの演技でしょうが!!」
「アンタのその独りよがりな脚本は、私がここで完全に止める!なぜなら私は、アンタに勝手に引退させられそうになった、現役バリバリの『役者』だからよ!」
「自分の人生の舞台から引退するには、私はまだ早すぎるわ!!私はこの理不尽な舞台の上で、泥にまみれて、恥をかいてでも、最後まで役者を張り続けてやるわよ!!」
彼女は、自分が空っぽの偽物であることを自覚しながらも、それでも自分の足で立ち、自分の言葉で世界に叫ぶことを選んだのだ。
「…………いやはや」
本体が、額に手を当て、深いため息を吐き出す。
「本当に……どうしようもなく自分勝手で、空気の読めない分体(私)ね……」
呆れ果てる本体と、闘志を燃やす分体。
周囲で満身創痍のまま立ち尽くす冬木の魔術師や英霊たちは、この二人の「自分自身との壮大な口喧嘩」に完全に置いてきぼりを食らい、どう反応していいか分からずにただ呆然と見守るしかない。
「おい、切嗣。我々はいつまでこの茶番を見せられればいいのだ」
「あの魔法少女とやらが、敵の親玉の気を引いている間に、我々が背後から奇襲をかけるのが戦術のセオリーというものだが……。あまりの痛々しさに、私の魔術回路が攻撃の術式を編むことを拒絶している」
「同感だ。僕の起源弾の照準も、あのピンク色の残像のせいでひどくブレる」
「だが、あの分体の言うことも一理ある。恥を捨てて盤面をかき乱すのは、強力な盤外戦術だ。今は、あの分体がどこまで敵のシステムを狂わせられるか、様子を見るしかない」
「キリツグ、貴方は本気で言っているのですか?」
「あれは戦術などという高尚なものではありません。ただの自暴自棄な露出狂の暴走です!騎士として、私はあのような戦い方を断じて認めません!」
「まあまあ、セイバー。そう怒るな」
「余は、あの小娘の腹の括り方は嫌いではないぞ!己の恥を晒してでも、巨大な敵に立ち向かおうとするその意気や良し!覇道とは、時にあのような常軌を逸した狂気から始まるものだからな!」
「ライダー、貴方は本当に何でも肯定するね……」
そんな、緊張感のないカオスな空気が劇場全体を支配しかけた、まさにその時。
「真樹」
魔法少女の衣装を着た分体も、バルコニーで怒り狂っていた本体も、ピタリと動きを止める。
舞台の上で蠢いていた無数のシャドウサーヴァントたちすらも、その声の主の放つ異様なプレッシャーに押されるように、ジリジリと後ずさりを始める。
コツ、コツ、と。
硬い靴音が、ゆっくりと近づいてくる。
漆黒の修道服に身を包み、両手には何本もの黒鍵を握り締めた男。
言峰綺礼が、従者であるアサシンを背後に従え、ついにこの「最終決戦の舞台」に、その姿を現したのだ。
ただ、真っ直ぐに、己の愛する女だけを見据える、獲物を狙う獣のような、強烈で、そして狂おしいほどの熱を持った視線がそこにある。
「あ、綺礼さん!!」
「遅いじゃない!!どこで油を売ってたのよ!私がどれだけ心細かったか分かってるの!?」
分体が、ステッキを持った手で、綺礼の胸をポンポンと軽く叩く。
「すまない。お前の用意した第七の柱の演出が、少々長引いてな」
彼の目には、彼女の服装の異常さなど全く映っていないかのように、ただの「真樹」として、極めて当たり前に受け入れているのだ。
「えっ……綺礼さん、私のこの格好、何も突っ込まないの?」
「突っ込む要素がどこにある?お前はお芝居が好きなのだろう?ならば、どのような役の衣装を着ていようと、それはお前という存在の輝きの一つに過ぎない。私にとっては、なんら不思議なことではない」
「……綺礼さん、貴方って本当に、色んな意味ですごい人ね」
言峰綺礼という男の、常識の欠如と受容の広さが、ある意味で一番の狂気であることを、彼女は改めて思い知らされる。
だが、今はそんなことに感心している場合ではない。
分体は、すぐに気を取り直し、クルリとバルコニーの本体の方へと向き直る。
「よし!!これで、ついに看板役者(私)と、主演男優(貴方)が、この舞台にバッチリ揃ったわね!!」
「な、なによ。綺礼さんが来たからって、状況が覆るわけじゃないわよ!」
「私の魔力は無尽蔵!この特異点のルールは絶対よ!役者が何人揃おうが、私が書いたハッピーエンドの結末は変えられないわ!」
「甘いわね」
「ルールで縛れないのが、人間の愛と欲望の力よ!アンタのそのガチガチに固まった退屈なシナリオを、今ここから、私たちの最高のアドリブで完膚なきまでにぶち壊してあげるわ!!」
綺礼の腕をさらに強く引き寄せ、彼を見上げる。
「ねえ、綺礼さん!まずは挨拶がわりに、私とここで『濡れ場(情熱的なラブシーン)』の実演をかましてちょうだい!!」
「……は?」
「な、何を言っているのよ貴女!!」
「聞こえなかったの!?濡れ場よ、濡れ場!濃厚なラブシーン!」
「ここで、私と綺礼さんが、誰もが赤面するような情熱的で愛に満ちたシーンを熱演して!口先だけで愛だの救済だの語っている、あのアタマの硬い演出家(本体)の脳の処理能力を、見せつけの暴力で完全にショートさせてやりましょう!!」
シリアスで絶望的な最終決戦の最中に、突然脈絡のない濃厚なラブシーンが始まれば、真樹の構築した「悲劇からの救済」というストーリーラインは完全に崩壊し、ビーストとしての演算機能に致命的なエラーを引き起こすという、極めて理にかなった(?)、狂気の盤外戦術だ。
「な、ななな、なにをとち狂ってるのよ貴女は!!」
「今は最終決戦のクライマックスなのよ!?人類悪の!!全人類の命運が懸かっている、最高にシリアスで重厚な場面で、なんでいきなりラブシーンが始まるのよ!!文脈がおかしいでしょ!!台本を無視するにも程があるわ!!」
「うるさいわね!役者のアドリブに文脈なんて関係ないのよ!客が一番見たいものを、一番予想外のタイミングでブチ込むのが、真のエンターテインメントよ!」
「それに、露出は魔法少女のコンプライアンス的に最低限に抑えるから、年齢制限的にはギリギリセーフなはずよ!……何?文句ある?」
「う、うううーーーー!!!!」
本体の頭から、プシューッと幻の湯気が立ち上る。
あまりの理外の行動(アドリブ)、そして何より、自分が密かに想いを寄せている綺礼と、自分の分体が目の前でイチャイチャしようとしているという事実。
その強烈な嫉妬と羞恥心が、ビーストとしての冷静な演算機能を完全に狂わせ、オーバーヒートを引き起こそうとしている。
「言峰……貴様、まさか本気でその小娘の誘いに乗る気ではないだろうな」
「魔術師としての誇り以前に、聖職者としての矜持というものがあるだろう。そのような破廉恥な真似、神が許しても私が許さんぞ」
「……キリツグ、私はもう、この聖杯戦争がどういうルールで行われているのか、全く理解できなくなりました」
「なぜ、世界を滅ぼす悪との最終決戦の場で、私たちは他人のラブシーンを見せられようとしているのですか。これは、何かの精神攻撃の魔術の一種なのですか?」
「考えるな、セイバー。この狂った状況を真面目に理解しようとすれば、こちらの精神が先に崩壊する。思考を停止して、ただ目の前の事実だけを受け入れろ」
綺礼は、自分の首に腕を回してくる真樹の分体を、静かに見下ろす。
「……フッ」
「いいだろう」
「この狂った状況に乗じて、お前という女の愛を、誰はばかることなく舞台の上で証明してやる。……それもまた、私の歩むべき、新たな『正義の味方』の道というやつだ」
彼は本気だ。本気で、この状況でラブシーンを演じ切り、ビーストのシステムを論理崩壊させる気なのだ。
その、あまりにも堂に入った、しかし絶対に間違っている正義の味方の解釈を聞いて。
舞台の上にいる切嗣も、舞弥も、アルトリアも。
ケイネスも、ディルムッドも。
イスカンダルも、ウェイバーも。
そして、ヴィマーナの上から見物しているギルガメッシュや時臣、エルキドゥ、ジル・ド・レに至るまで。
その場にいる、敵味方を問わないすべての観客たちが、心の中で、全く同じ言葉を同時に叫んだ。
「「「(いや、絶対に違うだろ)」」」
もしよろしければ
・好きだったキャラの反応
・魔法少女マキの感想
・綺礼の行動について
など、コメントで教えていただけると嬉しいです。