冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~   作:斉宮 柴野

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※この聖杯戦争には多少の演出が含まれます。

・宝具は殴ることがあります
・騎士は真顔で抗議します
・そして今回は、最終決戦でラブシーンが始まります

なお、脚本はすでに崩壊しています。


終幕に抗う者たち

愛する綺礼が、私に向かって顔を近づけてくる。

 

この絶望的な最終決戦の舞台で、フリフリの魔法少女の衣装を着た私と、代行者のラブシーン。

 

「……もう嫌!!なにを一人で勝手に納得してんのよ!!」

 

自分が作り上げた荘厳で美しい悲劇の舞台が、目の前で繰り広げられる三流のラブコメ展開によって、音を立てて崩れ去っていくのを、彼女はどうすることもできないのだ。

 

「アンタ、自分が今どれだけバカなことを言ってるか、本当にわかってるの!?分体である以上は、本体の私が消えたら、あなたも一緒に死ぬのよ!?」

 

「え?!」

 

「マジで!?私たちって、そういう設定なの??」

 

私はてっきり、本体から切り離された時点で、私は独立した一つの命として、悠々自適な第二の人生(役者ライフ)を歩めるものだとばかり思っていたのだ。

 

だって、せっかく人類悪から解放されたのに、本体と運命共同体だなんて、そんな理不尽な話があるわけがないじゃない。

 

「……………はあ」

 

「本当に、この演劇バカ(自分)には殺意が湧くわ。分体のくせに、自分の基本設定すら理解してないなんて。そうよ、私が消えれば、アンタを生かしている魔力の供給源(メインサーバー)がなくなるんだから、アンタも完全に消滅するの!私を倒すってことは、自分自身を殺すってことなのよ!」

 

本体の言葉は、魔術の理論からすれば、ごく当たり前のことだった。

 

バックアップデータは、大元のサーバーが破壊されれば、当然一緒に消えてなくなる。

 

だが。

そんな脅しが、この私に通用すると思ったら、大間違いだ。

 

「………………」

 

 

「関係ないわね!!」

 

「関係あるでしょ!!自分の命がかかってるのよ!?」

 

「命なんて、役者の魂に比べたら些細な問題よ!」

 

「冬木全体を巻き込んだ、スケールが大きくて、豪華なキャストが揃った壮大な即興劇!座長であるこの私が、最後まで演じきらずにどうするのよ!自分の命が惜しいからって、途中で舞台を降りるような半端な役者に、次の舞台へのオファーなんて来るわけがないじゃない!」

 

「もし私が死んだとしても!私のこの輝かしい演技の記録は、この劇場の観客たち(英霊の座)に永遠に刻まれるわ!そして、次の舞台には、死体役としてでも、絶対にオーディションを勝ち抜いて出てやるんだから!!だから、私は絶対に私の台本を曲げないわ!!」

 

それは、合理的で冷徹な魔術師たちからすれば、完全に理解不能な狂気の沙汰だろう。

 

「くくく……。ははははは!」

 

「流石は真樹、私が愛したただ一人の女だ。自らの死すらも、次の舞台の死体役として、己の芸の糧にするというのか。お前のその、どこまでもブレない底なしの役者魂、実に素晴らしい」

 

「あーーーー!!!」

 

「綺礼さん!それは完全に浮気よ!!目の前に私(本体)がいるのに、分体の私を褒めるなんて、不倫よ!!悪だわ!!」

 

「なによその楽しそうな顔!人類悪と代行者の悲劇的な対決のはずなのに、なんでそんなに愉快そうに笑ってるの!?自分が愛した女の狂った姿を見て、今、最高に楽しいんでしょ!!自分の本質(悪)を満たしてるんでしょ!!」

 

他人の理解不能な狂気や、常識から外れた行動。それを見て楽しむことこそが、言峰綺礼という男の生まれ持った「悪」の本質に他ならないのだから。

 

「いや……私は……世界を救う、正義の味方だ……」

 

「プクククク。私は、少しも、楽しくなどない……プクククク」

 

「あら、アンタ……」

 

「さては、自分が『処女』だからって、私と綺礼さんの、この大人の余裕に満ちたノロケに耐性がないのね?ふふふ。清らかなだけの聖女様には、私たちのこのドロドロとした愛の形は、少し刺激が強すぎたかしら?」

 

自分が「大人の女」であることをアピールし、本体を精神的にマウントしてやるのだ。

 

「処女はあんたも一緒でしょうが!!私たちは元々同じ人間で、昨日までの記憶を完全に共有してんでしょ!!」

 

「え?」

 

「え?」

 

「ちょっと待って」

 

「私、あのホテルで綺礼さんと……あの、情熱的な夜に……」

 

私の記憶の中には、ホテルで目を覚ました時、自分が全裸で、隣に綺礼さんがいたという、決定的な「事後」の映像が確かに残っている。

 

だから私は、てっきり自分はもう、大人の階段を登ったものだとばかり思っていたのだ。

 

「……やってないわよ!バカ!!」

 

「あの夜は、ずっと綺礼さんとワイン飲んで、お芝居の話をしてただけよ!!ただお酒しか飲んでないわよ!!」

 

「なにーーーーー!!!!」

 

「じゃあ、あの朝、私がベッドで全裸で起きたのは、ただ単に私が寝相が悪くて、自分で服を脱いじゃっただけなのね!!綺礼さんに脱がされたわけじゃなかったのね!!結局、私たちはヤッてなかったのね!!」

 

私の「大人の女」としてのマウントは、完全に空回りに終わり、ただの「寝相の悪い勘違い処女」であることが、白日の下に晒されたのだ。

 

「……いや、私は神に仕える身であるからな」

 

「それに、まだお前は未成年だ。神父として、婚前交渉は教義に反する。だから、あの夜は、お前が自分で服を脱いで暴れるのを、ただ静かに見守っていただけだ」

 

「真面目!!」

 

「真面目すぎるわ、この神父!!なんでそこだけそんなに律儀に教義を守ってるのよ!!悪人なんだから、そこはもっと強引に攻めてきなさいよ!!」

 

「「「………………………」」」

 

切嗣さんも、舞弥さんも、アルトリアさんも、ケイネス先生も、ディルムッドさんも、イスカンダルさんも、ウェイバーくんも。

 

全員が全員、「この絶体絶命の状況で、何を言っているんだこいつらは」という、完全に虚無の表情を浮かべて、私たちを見つめている。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

「コホンッ!……さて!」

 

これ以上この話題を引っ張るのは私の乙女のプライドに関わると判断し、わざとらしく大きな咳払いをして、無理やり空気を変えることにした。

 

「恥はかき捨て!役者は常に前を向くものよ!!ここからは、泣いても笑っても、正真正銘の総力戦よ!!」

 

「皆!聖女(?)である、この私の元へ集い、共に戦うのよ!!」

 

「聞け!この領域に集いし一騎当千、万夫不倒の英雄たちよ!」

 

「本来ならば相容れぬ敵同士であり、本来ならば交わらぬ時代の者であっても!今はこの特異点という脅威を前に、互いに背中を預け、手を取れ!我が真名はジャンヌ・ダルク!主の御名のもとに、貴公らの盾となり、その行く手を切り拓く剣となろう!!」

 

私の、完璧なイントネーションと、劇的な身振り手振り。

 

それはまさに、絶望の淵に立たされた勇者たちを鼓舞する、全人類が涙するような、聖女の再臨シーンそのものだ。

 

私は、自分のこの完璧な演技に、心の底から酔いしれていた。

これぞ、看板役者である私の、最高の見せ場だ。

 

「…………………………」

 

しかし。

私のその感動的な演説が終わった後も。

大劇場の舞台には、先ほどと同じ、いや、それ以上の、恐ろしいほどの沈黙が落ちていた。

 

誰も、私の言葉に応えて、雄叫びを上げようとはしない。

誰も、私の元に集おうとはしない。

ただ、冷たい風が、舞台の上を虚しく吹き抜けていくだけだ。

 

「なに!?なんで!?」

 

「今の、すごくキマってたでしょ!?完璧なタイミングでの、最高の演説だったじゃない!なんで誰も『おおお!!』とか言って、盛り上がってくれないのよ!!」

 

「……格好」

 

「その、フリフリの魔法少女の格好で、そんな真面目な顔をして聖女の演説を言われても……。全く頭に入ってこないというか、ツッコミ待ちにしか見えないんだよ……」

 

「あ!」

 

「しまった、私、まだこの『魔法少女』の衣装のままだった!!これじゃあ、せっかくのシリアスな演技も、ただのギャグにしか見えないじゃない!!」

 

アイリスフィールさんの夢をぶち壊すために着替えたこの衣装が、まさかここ一番の自分の見せ場で、最大の足枷になるとは。

 

「……まあ、いい」

 

その、完全にグダグダになった空気の中で。

切嗣さんが、重い口を開き、コンテンダーの銃身をゆっくりと持ち上げる。

 

「君のその、場違いで、呆れるほど馬鹿馬鹿しい茶番のおかげで。僕たちは、ほんの少しだけだが、息を整え、魔力を回復させるための『休む時間』をもらうことができた」

 

「……やるか、舞弥。アルトリア」

 

「あのふざけた演出家を引きずり下ろし、この狂った舞台を終わらせるぞ」

 

「はい、切嗣。私の命に代えても」

 

「ええ、キリツグ。騎士王の誇りにかけて!」

 

「……フン」

 

「魔力が全快したわけではないが、貴様らのこの下品な喜劇を、これ以上見せられる精神的苦痛に比べれば、死地で泥にまみれて戦う方が、まだ数百倍マシだ。エルメロイの意地、見せてくれる」

 

「ワハハハハ!!」

 

「笑ったら、不思議と体の奥底から力が湧いてきたわ!!良いぞ小娘!その道化っぷり、戦の前の極上の酒となったわ!!さあ、行くぞ坊主!!余の最後の覇道、その目にしっかりと焼き付けよ!!」

 

「……結局、こうなるんだよな、僕たちの人生って!!」

 

「いくらでも付き合ってやるよ、バカヤロー!!」

 

皆が、それぞれに武器を構え、限界を超えた闘志を再び燃え上がらせていく。

 

私の意図した「感動的な聖女の号令」とは全く違う形だったけれど。

結果的に、私のそのポンコツなアドリブが、彼らの折れかけた心を繋ぎ止め、絶望的な状況を打破するための、最高のカンフル剤として機能したのだ。

 

「……この小説(世界)は、どうやら『コメディ』に分類されているようですから」

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

「よし!行くわよ!!」

 

 

 

「もう嫌!!なにを一人で勝手に盛り上がってんのよ!!こんな脚本、全部めちゃくちゃにしてやるわ!!」

 

完璧主義の演出家にとって、これ以上の屈辱はない。彼女のプライドは今、完全に粉々に砕け散っている。

 

「もうお芝居なんてどうでもいい!予定調和も伏線回収も全部投げ捨ててやるわ!来なさい!シャドウサーヴァント!」

 

湧き上がる泥は、瞬く間に無数の漆黒の影――顔のない英霊の群れへと姿を変えていく。だが、今回のシャドウサーヴァントたちは、さっきまでのただの雑兵とは明らかに纏っている空気が違う。

 

「今回のエキストラは、ただの影じゃないわよ!全部、私の持つ絶対的な権能(ネガ・リアル)付きよ!」

 

「触れるだけでハッピーエンドに向かう、強制幸福化シャドウサーヴァントよ!!この子たちの武器にかすっただけでも、アンタたちの精神は強制的に『一番都合の良い幸せな夢』の中に引きずり込まれて、二度と現実には戻ってこれないわ!!さあ、圧倒的な幸福の暴力の前に、溺れて消えなさい!!」

 

物理的なダメージではなく、概念的な「幸福」を押し付けてくる攻撃。それは、ある意味でどんな宝具よりもタチが悪く、防ぎようのない最悪の呪いだ。

 

「シャドウサーヴァントのハッピーエンドって、一体何かしら……?」

 

「……たぶん、最高に幸せな幻覚を見せられながら、現実の肉体は笑顔のままドロドロに溶かされて、魔力として特異点に吸収されて消滅させられますよ。皆さん、絶対に触れられないように構えてくださーい」

 

「ええっ!?笑顔のまま溶かされるの!?なにそれ怖い!!切嗣、絶対に被弾しないでね!!」

 

「……分かっている。カスリ傷一つ許されない、完全回避(ノーダメージ)の縛りプレイ(ゲーム)というわけか。最高に悪趣味な演出だ」

 

「フン。幸せな夢だと?この私に、時計塔の君主(ロード)である私に、これ以上どのような幸福を与えられるというのだ?ソラウとの愛は既に確固たるものであり、私の魔術回路の至高性は歴史が証明している。これ以上の安っぽい幻影など、私の堅牢なる月髄霊液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の前に弾き返されるのがオチだ」

 

「我が主よ、油断は禁物です。あの影の槍は、私のゲイ・ジャルグでも完全に魔力を打ち消しきれないほどに、濃密な呪いを帯びています。一撃でも受ければ、魂が持っていかれますぞ」

 

「分かっている!!私に指図をするなディルムッド!!」

 

「アッハッハッハ!触れるだけで幸福になる軍勢とは、なんとも奇天烈な!!だが、余の覇道は常に前進あるのみ!立ち止まって見る夢など、死人の見るものよ!!行くぞ坊主、余の後ろから離れるな!!」

 

「だから無茶するなって言ってるだろバカ王!!あんなヤバい影に真正面から突っ込むやつがあるか!!僕の胃に穴を開ける気か!!」

 

「ふふふ、愉快だねえ。人間の幸福という概念を、ただの攻撃判定(ステータス異常)に変換するなんて。彼女の思考回路は、どこまでもシステム的で無機質だ。ねえギル、僕の鎖で全部縛り上げて、その幸福ごと物理的に砕いてしまってもいいかな?」

 

「好きにしろ、エルキドゥ。あのような薄っぺらい泥人形の群れなど、我の宝物庫(ゲート・オブ・バビロン)から財を射出すら値せんわ。だが……あの女、まだ何か隠し持っているようだな。その醜悪な本性、とくと見せてもらうぞ」

 

「ふふっ。そうよ。エキストラの群れだけで終わるなんて、思わないことね」

 

「アンタたちが、私の用意した綺麗な台本を全部破り捨てて、泥臭い乱闘劇を望むっていうなら。私も、演出家っていう綺麗な皮を脱ぎ捨てて、一番泥臭くて、一番醜い『本当の姿』で、アンタたち全員を物理的に蹂躙してあげるわ!!」

 

本体の瞳が、血のように赤く、濁った光を放つ。

 

「そして……見せてやるわ。演出家の皮を脱ぎ捨てた、私の『真実の姿』を!!」

 

――グチャリ。

 

生の肉が捻じ切られ、内臓が反転するような、ひどく生理的嫌悪感を催す、おぞましい湿った音だった。

 

本体の、美しく仕立てられた漆黒のドレスの背中が、内側からの膨大な圧力によって、無惨に引き裂かれる。

 

その裂け目から、ドス黒い魔力の奔流と共に、おびただしい数の「何か」が、まるで意思を持った生き物のように溢れ出してきた。

 

それは、触手だ。

しかし、ただの肉の触手や、魔力の塊ではない。

 

よく見ると、その一本一本の触手は、映画のフィルムのような、半透明の黒い帯の集合体で構成されているのだ。

 

そのフィルムの表面には、冬木の街の景色、聖杯戦争の過去の記憶、そして、ここにはいない無数の人々の人生の断片(シーン)が、コマ送りのように絶えず映し出されては消え、映し出されては消えを繰り返している。

 

「な、なんだあれは……!?」

 

溢れ出したフィルムの触手は、本体の華奢な少女の体を完全に飲み込み、巨大な繭のように包み込んでいく。

 

光が弾ける。

バルコニーを吹き飛ばすほどの巨大な質量が、そこに顕現する。

 

少女の姿は、もうどこにもない。

そこにいるのは、数階建てのビルほどもある、巨大で禍々しい『異形の獣』だ。

 

全身を覆うのは、無数の映画フィルムのような触手の束。その中心には、巨大な一つの赤い単眼がギョロリとこちらを睨みつけている。

 

頭部には、赤黒く発光する一本の巨大な角。

それは、人間の歴史という無数のフィルムを喰らい、咀嚼し、自分の都合の良い結末(ハッピーエンド)だけに無理やり繋ぎ合わせて出力する、最低で最悪の編集者。

 

人間のすべての感情を共感という名目で飲み込み、均一化する怪物。

「共感の獣(ビーストⅤ)」の、真なる姿の顕現だ。

 

「………………キモっ!!」

 

「ちょ、ちょっと!いくらなんでもデザインが最悪すぎるでしょ!!私の本体なんだから、もうちょっとこう、天使みたいな羽が生えるとか、神々しいオーラを纏うとか、そういう『映える』最終形態にはなれなかったの!?フィルムのバケモノって、クトゥルフ神話の邪神じゃないんだから!!19歳の女の子の変身後の姿として、絶対に間違ってるわよ!!」

 

魔法少女である私のキラキラした姿と並ぶと、完全に別のゲームのクリーチャーにしか見えない。

 

「さあ、真樹。お前の言う通り、あの不格好な化け物を、我々のこの舞台から完全に引きずり下ろしてやろう。私が、お前の主演男優として、しっかりとサポートしてやる」

 

その言葉に、私の胸の奥が、ギュッと熱くなる。

どんなに醜い怪物になろうとも、どんなに絶望的な状況であろうとも、この人は私の隣にいてくれる。私の選んだ道を、一緒に歩んでくれる。

 

『「「殺す」」」!!!!』

 

巨大なフィルムの獣の中心にある赤い単眼が、私たちをギョロリと睨み据え。

 

重なり合った無数の人間の声のような、不気味でけたたましい人類悪の咆哮が、大劇場の空間そのものを激しく震わせる。

 

獣の全身の触手から、圧倒的な密度の魔力が全方位に向かって放たれる。

 

それは、避けることすら不可能な、空間そのものを幸福の概念で塗りつぶす、全方位魔力飽和攻撃だ。

 

「来るわよ!!綺礼さん!!みんな!!」

 

「この攻撃に飲み込まれたら、強制的にハッピーエンドの夢に連れて行かれるわ!!絶対に耐え抜いて!!」

 

「はあぁぁぁっ!!そこよ!!」

 

私は、飛び跳ねながら、魔法少女らしく可憐に、しかし容赦なく敵の急所を狙う。

 

綺礼さんも、黒鍵を凄まじい投擲技術で放ち、獣の魔力の結節点を正確に破壊していく。

 

切嗣さんの起源弾が唸りを上げ、アルトリアさんの聖剣が極光を放つ。

 

イスカンダルさんの剣撃が空間を裂き、ケイネス先生の水銀が防壁を築く。

 

全員が、己の持てるすべての力を出し尽くし、この巨大な人類悪に立ち向かっている。

 

激しい戦闘の最中。

私は、ふと、隣で戦う綺礼さんの横顔を盗み見る。

 

汗にまみれ、息を弾ませながらも、その目は決して敵から逸れることなく、獲物を狩る獣のように鋭く輝いている。

 

代行者としての冷徹さと、彼自身の内なる愉悦が入り混じった、ゾクッとするほど魅力的な表情。

 

(ああ……)

 

(私、本体が倒されたら、消えちゃうのよね)

 

この戦いが終わって、私たちが勝利を収めたその瞬間に。

私は、この世界から跡形もなく消え去ってしまう。

 

綺礼さんと一緒に、普通の女の子みたいにデートをすることも。

麻婆豆腐を一緒に食べて、辛いって言いながら笑い合うことも。

 

そして、本当の「大人の女」としての、情熱的な夜を迎えることも。

 

そのどれもが、叶わないまま、終わってしまうのだ。

 

(怖いな……)

 

本音を言えば、すごく怖い。

死にたくない。消えたくない。もっとずっと、この人の隣で、色んな世界を見てみたかった。

 

でも。

 

(たとえ、私に残された時間が、あとほんのわずかだとしても)

 

(たとえ、この戦いの結末が、私の命が消え去ることでしか迎えられないものだとしても)

 

(今、この瞬間。私は確かに、この愛する人の隣に立っている)

 

背中越しに、綺礼さんの温かい体温と、力強い心臓の鼓動が伝わってくる。

彼が私を守り、私が彼を支える。

これ以上の幸福が、一体どこにあるというのだろう。

 

「ねえ、綺礼さん」

 

「なんだ、真樹。敵から目を逸らすな」

 

「私、やっぱり役者を辞めないわ。引退なんて、絶対にしてあげない」

 

「たとえこの舞台の幕が下りて、私が消え去る運命だとしても。私は、最後の最期の瞬間まで、貴方の隣で、最高のヒロイン(役者)を演じきってやるわ」

 

「……ああ、そうだろうな。お前はそういう女だ。知っている」

 

「存分に演じるがいい。お前のその最高の舞台、この私が一番近くで、しっかりと見届けてやる」

 

「ええ!絶対に目を逸らさないでよね!!」

 

「行くわよ、綺礼さん!!あのバケモノに、私たち二人の最高のコンビネーション(愛の形)を、骨の髄まで刻み込んでやりましょう!!」

 

「承知した」

 

私たちは、同時に床を蹴り、巨大なフィルムの獣――人類悪の本体に向かって、猛然と突撃を開始する。

 

絶望的な巨大な敵。圧倒的な戦力差。

それでも、私の心に一切の恐怖はない。

 

だって、私は今、世界で一番幸せな、最高の役者なのだから。




もしよろしければ

・一番印象に残ったセリフ
・真樹というキャラクターについて
・綺礼との関係性の感想

などを教えていただけると、とても嬉しいです。
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