冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~ 作:斉宮 柴野
よろしくお願いします。
ディルムッドさんの双槍が、黒い影の群れをまとめて裂く。
ウェイバーくんが半泣きで叫んで、ギルガメッシュ王がその頭上から雑に宝具の雨を降らせる。
切嗣さんは短く息を切りながら照準を合わせていて、ケイネス先生の月髄霊液が、そのすぐ横で銀色の牙みたいにうねっている。
「この!キリがない!!」
「またかよー!倒しても倒しても湧いてきやがる!!」
「やれやれ……。ほれ、雑種ども。少しは我が剣幕に感謝するのだな」
シャドウサーヴァントの群れがまとめて吹き飛ぶ。さすがに派手だし、雑に強い。そういうところ、王様って感じ。
「む……。数が減ったか?」
「そうよ!柱を失った今のアイツに、もう無限の魔力供給はない!ここで一気に畳み掛ければ終わりよ!」
そう。最後の柱は落ちてる。アイリさんとジルの夢を壊して、供給源はもうない。だから本体は今、劇場の中に残った魔力だけで全部をやりくりしてる。無限の演出家ごっこは、もう終わり。ここから先は、ただの消耗戦だ。
「心得た!!行くぞ、アロンダイト!!」
白い鎧が前に出る。無駄がない。速い。迷いもない。あの人の剣は今、たぶんこの場でいちばん綺麗だ。
ここだ、と思う。
でも。
「――『ネガ・リアル』」
パキィィィンッ……!!
あまりにも軽い。まるで安物のガラス細工でも割れるみたいな、拍子抜けする音だ。
「なッ!?」
アロンダイトが、本体の肌に触れたその瞬間に、砕けてる。
ありえない。あの魔剣が。白亜の騎士の切り札が。刃の半ばから、いとも簡単に壊れて、光の粒になって散っていく。
その一瞬の停止を、本体は絶対に見逃さない。
背中から生えた巨大な尾が、横薙ぎに唸る。
鈍い衝突音。白い鎧が吹き飛ぶ。大砲で撃たれたみたいに、ランスロットさんの身体が舞台の端まで飛ばされる。
「ランスロットさん!!」
クッションみたいに受け止めたけど、鎧はひどく歪んでる。あれは痛いとかそういうレベルじゃない。
「くっ……あれがビーストの権能、『ネガ』シリーズの一つよ!」
ここで理解を共有しないと全員詰む。
「彼女に触れたものの『脚本』を強制的に書き換える能力!!どんな無敵の宝具でも、彼女に触れた瞬間に『ここで剣が砕け散る』っていう陳腐な台本に書き換えられちゃうのよ!!」
「それでは、物理的にも魔術的にも、一切の攻撃が通じない……。文字通りの無敵ですか」
舞弥さんの声は冷静だけど、その目は全然笑ってない。そりゃそうだ。今のは笑えない。
「そうよ!私の劇場では私がルール!無敵よ!!ハッピーエンドを拒絶するなら、ここで全員エキストラの死体になりなさい!!」
尾が何本も暴れ出して、舞台の上をでたらめに薙ぐ。あれに触れたら終わる。単純にデカいし重いし痛いし、それ以前に、本体の書き換えに飲まれる。
「それは………通さないよ」
エルキドゥさんの鎖が走る。天の鎖が尾に絡みついて、一瞬で何本も縛り上げる。
だけど本体は、ほんとに腹が立つくらい自信満々に笑う。
「無駄よ!――『天の鎖は神性を持たないものにはただの鎖である。ビーストの圧倒的な筋力によって引きちぎられる』!」
こいつ、ナレーションで現実を殴ってくるの、ほんと最悪。
ブチブチと鎖が切れる。
「あはは。まあ、そうなるよね。僕の概念すら書き換えられるんじゃ、ちょっと手が打ちようがないかな」
エルキドゥさんは笑ってるけど、かなり笑えない。概念勝負で押し切るタイプの人たちが、軒並み相性最悪なのだ。
「でも!!綺礼さんなら!!」
私が叫ぶと同時に、その人はもう踏み込んでる。
「真樹……ふっ!」
無音。ほんとに気配が消えるみたいな踏み込み。千切れた鎖の隙間を抜いて、本体の懐に綺礼さんが潜る。
黒鍵じゃない。魔術でもない。何の加護もない、ただの肉体の打撃。
崩拳。
――ドゴォォォォォンッ!!!!
「ギャアアアアアッ!?」
私は分かってた。でも、やっぱり見てると笑うしかない。
「どういうことだ!?なぜ言峰の物理攻撃だけが通る!?」
「そうか……!全ては『舞台』というわけではないと!」
「その通りよ!!」
「私は綺礼さんを愛している!それだけは、この作られた舞台の上の『台本』じゃない、紛れもない『真実』なの!!真実である以上、ネガ・リアルの書き換えは通用しない!私は、言峰綺礼に対してのみ、ただの的の大きいビーストとして型にハマるの!!だから綺礼さん!私の本体をボッコボコに倒しなさーい!!」
「おのれ!!!おのれええええ!!!!言峰綺礼!!!!」
憎しみ丸出し。尾も触手も殺意も全部、綺礼さんに集中する。
「そんな醜いガワを被っても、お前の動きなど手に取るようにわかる!!」
綺礼さんは黒鍵を抜いて、触手を斬り、捌き、潜り込み、また殴る。
強い。無駄がない。迷いもない。びっくりするほど、本体だけに通る。
「さあ皆!綺礼さんがうまく戦えるように、触手の露払いよ!!」
今この舞台の主役は、どう考えてもこの神父だ。認めたくないけど認める。
「全ての戦いは、この勇者のために!!行くわよ!!」
「言峰が勇者か……。最悪のミスキャストだ」
切嗣さんが本気で嫌そうに言う。
「違いない。……だが、あの化け物を倒せるのがあの破綻者だけだと言うのなら、道を作るしかあるまい」
ケイネス先生も頷く。こういう時だけ話が早い。
「ワハハハハ!己の愛の力だけで魔王を打ち倒す!今回ばかりは、あの神父も適役だな!!」
イスカンダルさん、そこだけ切り取るとめちゃくちゃ王道のファンタジーなんだけど、出演者がだいぶ最悪なんだよなあ。
「仕方ありません。今回ばかりは、私も名もなき『モブ騎士役』を務めましょう!!えい!」
「アルトリアさん、文句言いながら結構ノリノリですね」
桜ちゃんがぽつりとツッコむ。分かる。分かるけど今は触れないであげて。
舞台の上が、一気に綺礼さんを中心に回り出す。英霊たちが触手を払い、魔術師たちが隙を埋める。
このまま行けば勝てる。
「アンタたち……何か忘れてないかしら??」
「なに?」
その瞬間。
――ズシュッ。
嫌な音がする。ひどく、生々しい音。
足元の舞台が割れて、下から尾が突き上がる。私は避ける暇もない。ほんの一拍、遅い。
「かはっ…………」
痛い、より先に、熱い。下から胴体を貫かれる。視界が跳ねる。
衣装が一気に赤く染まる。ああ最悪。フリフリが血を吸うと見た目の悲惨さが三割増しなんだけど。
身体が宙に持ち上がる。息ができない。喉から血が溢れる。
「アンタの持ってる予備の魔力も、全部私がもらうわよ!!」
ああ、そうか。本体から見れば私はただの予備電源だ。最後にそれを掠め取る。合理的で、嫌になるくらい正しい。
「真樹!!!」
霊核を砕ける距離にいたのに、それすら捨てて、まっすぐ私の方へ来る。
「そこよ!!隙だらけ!!綺礼さん!!私に靡かないなら、私の手で死んで!!!」
本体が背後から極大の魔弾を放つ。分かる。見なくても分かる。直撃したら普通は終わり。
「真樹!!!!!」
でも綺礼さんは止まらない。背中に死が飛んできてるのに、一切振り返らない。そのまま踏み込んで、黒鍵で私を貫いてる尾を断ち切って、落ちる私を両腕で抱き止める。
その直後、背中に魔弾が直撃する。肉の焼ける匂い。布が裂ける音。すごく嫌な音。
なのに、この人、微動だにしない。
「………ごめんな、さい……」
声が掠れる。血が喉に絡む。私の身体は、もう自分でもよく分かる。だめだ。下半身の感覚がない。たぶん、感覚がないんじゃなくて、本当にない。
「喋るな。大丈夫だ。お前が言っただろう、悲劇はこの舞台にはない、と。……こんなもの、ただのかすり傷だ」
嘘つき。綺礼さんの声、震えてるじゃない。
でも、その嘘が嬉しい。すごく嬉しい。
綺礼さんの頬に触れる。温かい。ちゃんと生きてる。ほんとによかった。
「綺礼さん……。大好き。ねえ、貴方は………?まだ、私を……自分の手で、殺したい?」
昔のあの言葉を、最後にもう一回だけ確かめたくなる。あの歪な執着が、今どういう形になってるのか。
「……いや、違う。誰かに殺されるくらいなら私が殺したいと……そう思っていた。でも、今は……それは違う」
「そう。それは『独占欲』貴方は……貴方なりに、ちゃんと人を愛せる。……ね?」
「ああ。……これが、この胸を締め付ける熱い痛みが……この気持ちが『愛』なのだと、気づかせてくれたのは君だ。だから………死ぬなよ。私を置いて、行くな」
私は、もうほんとにどうしようもなく幸せになる。
ああ、神様。
私、この人が好き。好きで好きでどうしようもない。この人に会えてよかった。あの喫茶店から始まった全部が、ちゃんとここに繋がってた。
だから、せめて最後は、この人の腕の中がいい。
「……………。ばか」
それが口から出る。ほんとはもっと色々言いたいのに、最後の最後で出るのがそれなの、すごく。
指から力が抜ける。頬から手が落ちる。視界が薄くなる。綺礼さんの顔が、少しだけ滲む。
でも、不思議と怖くない。
これが最後でも、今の私は、世界で一番幸せな役者だと思う。
「あーあ。間に合わなかったわね、正義の味方さん!!でも、おかげで分体の魔力は私が全部回収したわ!!これでまだ魔力は持つ!貴方達を生かしてハッピーエンドにするくらいなら、全員ここで惨殺してあげる!!!」
「クソッ!殺す方に切り替えてきやがった!!防ぎきれないぞ!!」
「綺礼!!立て!!真樹君の死を無駄にするな!!頼む、お前しかアレには対抗できないのだ!!」
でも、綺礼さんは動かない。分かる。腕の感触で分かる。この人、今、完全に止まってる。
私にも分かる。だって今、綺礼さん、泣いてる。
熱いものが、私の額に落ちる。頬に落ちる。
生まれて初めて他人のために泣く人の涙って、こんなに重いんだ。
(私は………私は………正義の味方だ………。立たないと。立って、悪を討ち滅ぼして、皆を救って、そして真樹を………彼女の魂を、守らないと………)
(なのに………なぜ………なぜ立てない。視界が歪む。……涙が、止まらない。なぜだ。なぜ、こんなにも心が張り裂けそうに痛い。これが……『失う』ということなのか……)
その時、別の手が綺礼さんの肩に触れる。
「……それは、あなたの愛が『本物』だからですよ。言峰殿」
「………………ジル」
「泣きなさい。それが、人間としての正しい姿です。ですが……まだ、終わりではありません」
終わりじゃない。
「彼女の魂は、まだ完全には消えてはいない。まだ……私たちの舞台には、『希望』が残されています」
ああ、そうか。
まだ、完全には終幕じゃないんだ。
なら。
なら私は、もう少しだけ、この舞台にしがみついていていいんだろうか。
ほんの少しだけでも。
この続きを、見ていていいんだろうか。
希望。
その単語だけで、舞台の空気がほんの少し変わる。さっきまで全部を押し潰していた絶望の重さが、一瞬だけ止まる。全員が、ジルのその一言に反応する。
「は……?希望?何を言っているの、ジル・ド・レ!!」
「分体は死んだわ!貫いて、魔力も回収した!!もうそいつはただの抜け殻よ!!何をどう間違えたら、そこに希望なんて単語が出てくるの!?」
「……貴女は、あの娘を理解していない」
「舞台を愛する者は、幕が下りるその瞬間まで、決して完全には役を手放さない。ましてあの娘は、死ぬことすら『次の役』のための通過点にするような、どうしようもない役者だ。あれほど未練と執着にまみれた魂が、そんな簡単に消えるはずがないでしょう」
「ジル……」
「言峰殿。あなたは今、悲しみに沈んでいてよい。ですが、沈み切ってはいけない。あの娘が最後に望んだのは、あなたが泣いたまま終わることではない。あなたが立ち上がり、自分の手で、この舞台の結末を書き換えることのはずだ」
「……っ」
「だから、今は聞いてください。あの娘の魂は、まだあなたの腕の中に留まろうとしている。完全に途切れていない。ならば、そのわずかな灯を守るのが、今のあなたの役目だ」
「根拠はあるのか」
「ありますとも」
「まず第一に、あの娘の肉体がまだ完全な光の粒子に還っていないこと。ビーストの分体でありながら、消滅の速度が遅い。これは、本体との結びつきが断ち切られていない証左です。そして第二に――」
ジルが少しだけ、私の方を見る気配がする。
「彼女の舞台への執着です。役者は、上演中に自分から完全退場はしません。これは理屈ではなく、経験則です」
「経験則が偏りすぎているだろうが」
「しかし……魔術理論としても、完全に否定はできんな。分体の自我が、本体の回収処理に抵抗しているのなら、霊的な滞留が発生していてもおかしくはない」
「つまり、まだ助けられるってことか!?」
そういう素直な反応、今ちょっとだけ助かる。
「断言はできん。だが、ゼロではない」
「ならば十分だ」
遠いのに、ちゃんと近い。
消えかけの意識の中で、私は一つだけ思う。
ああ、この舞台、最後まで見たいな。
ほんとは、もっとちゃんと出たい。あのフリフリで決め台詞の取り返しもしたいし、本体にはもっと気の利いた罵倒を返したいし、綺礼さんにはあと一回くらいちゃんと顔を見て笑いたい。
だから。
頼むから、まだ消えないでよ。私。
そう念じた瞬間、胸の奥のどこかで、小さな熱が灯る。
本当に小さい。マッチの火みたいなもの。でも、さっきまでよりは確かにある。
ジルの言った通りだ。
まだ、アンコールは残ってる。
それなら私は、まだ役者をやめない。
絶対に。
ありがとうございました。
「ここで終幕ではない」という形にしたかった回です。
好きだったセリフや場面があれば、ぜひ教えていただけると励みになります。