冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~   作:斉宮 柴野

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今回は、アンコールの回です。
そしてジル・ド・レが、最後にとても頑張ります。


虚構の舞台、再演の英霊

ジルはくるりとビーストへ向き直る。両手を大きく広げ、舞台全体に聞こえるように、腹の底から声を張る。

 

「さあ!!近きものは目にも見よ!!遠きものは音に聞け!!これより始まりますは!!!最高のクーーーーール!!!世界を騙し、世界を救う!!!我が聖女に捧ぐ、最後の舞台!!!!」

 

その声は、戦場の怒号よりも、宝具の炸裂音よりも、ずっと真っ直ぐに耳へ刺さる。

ただの大声ではない。自分の命を賭けると決めた役者だけが出せる、開幕の声だ。

 

彼の足元から、禍々しいのに神聖でもある、奇妙な魔法陣が広がる。

 

「なにを……?」

 

 

「我が霊核を依り代に!!我が宝具よ!!陣を敷け!!!!これぞ反逆の――『英霊召喚』!!!!!!さあ!!綺礼殿!!!詠唱を!!!!」

 

腕の中の少女は、誰の目にも助からない状態だ。普通なら、もう舞台から退場した役者でしかない。

 

だが、ここは特異点。しかも真樹自身が作り上げた、虚構と演出と役割で塗り固められた巨大な劇場だ。

 

役者であることそのものに意味があるこの舞台なら、逆にそこを足場にして、本来あり得ない再定義を通す余地がある。

 

「まさか……」

 

迷っている時間はない。

彼は真樹の亡骸を抱いたまま、かつて聖杯戦争の始まりに口にした召喚の呪文を、今度はまるで別の願いを込めるように紡ぎ始める。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。

降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

「何をしてるんだ?あいつ」

 

「………英霊召喚は、人類史において過去・現在・未来、全ての英霊を呼び出すシステム。でも、本来、お姉さんには、英霊として登録されるような格はない……」

 

ただの女子大生が英雄譚の座に名を連ねるなど、本来なら冗談にもならない。

 

「だが、ここは彼女自身が作り上げた特異点であり、すべてが舞台だ。ならば……この舞台における英雄とは何か?」

 

切嗣も、アルトリアも、イスカンダルも、それぞれの位置で息を止める。

ジルの狙いが何なのか、もう全員が理解し始めている。

 

「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

召喚陣の光が強くなる。

特異点の魔力が渦を巻く。

 

ディルムッドが双槍を構え直しながら言う。

 

「当然……。英雄もまた、舞台の上に立つ役者。ならば、その逆説。この大舞台において魂を燃やした最高の役者は、すべてが英雄である……!」

 

ランスロットも壊れた鎧のまま、かすかに頷く。

 

「ならば、呼べないはずはない。ここで、この最高潮の場面を逃すような女は、我らが認めた主演ではないのだからな」

 

「――告げる。

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

ビーストの単眼がぎらりと光る。

 

「まさか!!させないわ!!!」

 

「分体の魂を、英霊の座に偽装登録する気!?そんなバグ、私が許すもんですか!!」

 

舞台の上に極大の魔力砲が生まれかける。

まともに通れば、召喚陣も綺礼も真樹の亡骸も、全部まとめて消し飛ぶ。

 

だが、その直前。

上空から、赤い断層が落ちる。

 

「無粋よ。ビースト」

 

「ここは奴の一人舞台だ。邪魔はさせん。起きろエア!!!」

 

「誓いを此処に。

我は常世総ての善と成る者、

我は常世総ての悪を敷く者」

 

「汝は世界を欺き、世を乱す詐術者。

汝、真実と無縁、真相は闇。されど我は、その虚実をこそ愛する者――」

 

アサシンが、初めてわずかに笑う。

 

「ええ。だからこそ……彼女は、私たち全員のマスターなのです」

 

アルトリアが聖剣を構えたまま、真っ直ぐに光を見つめる。

 

「さあ、来なさい。大女優。貴女の出番です」

 

最後の詠唱が落ちる。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、

抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!!」

 

――カッ!!!!!

 

純白の光柱が劇場を貫く。

もう舞台も客席も天井も何も見えない。ただ真っ白な光だけが全部を呑み込む。

 

それでも、誰も目を逸らさない。

そこに立つ者が誰なのか、全員が見届けようとしている。

 

やがて光が引く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「召喚に従い参上した」

 

 

純白の光が引いたあと、私は召喚陣の中心に立っている。ピンクのフリフリじゃない。白を基調にした服に鎧。重いのに映える。なるほど、そう来るのね。プリテンダー。

 

「あはは。やっぱり面白い、最高だね。今回の聖杯戦争は」

 

「我が真名は聖上真樹。此度は『プリテンダー』のクラスで現界した。

……貴方が、私の恋人?」

 

自分で言いながら、ちょっと笑いそうになる。

 

でも綺礼さんの顔を見た瞬間、そんな軽口は吹き飛ぶ。ああ、この人、ほんとに泣いてる。

 

「ああ……私は…………君の………」

 

十分だ。そこまで言われたら、もう分かる。

 

「綺礼さん!!」

 

「……ここまで来ると、さすがに笑うしかないな」

 

切嗣さんが、わずかに息を吐く。

 

「死んだはずの分体が、よりにもよって英霊として帰ってくるとは。常識の方が先に降参する」

 

「僕も、ここまで堂々とルールの抜け穴を突く召喚は初めて見るよ」

 

「いや、抜け穴っていうか、もう舞台装置ごと持ち上げて床板を剥がしてるような感じだけど……」

 

「当然だ」

 

ケイネス先生が腕を組む。

 

「魔術とは本来、既存の法則の隙間を見出し、そこへ理論を差し込む学問だ。やっていることは極めて外道だが、構造としては納得できる。……納得したくはないが」

 

「ふふっ。褒め言葉として受け取っておくわ、先生」

 

「それに、今さら『ルール違反です』とか言われても遅いのよ。だってこの舞台、最初にルールを無茶苦茶にしたのお姉さんだもの」

 

「おのれ……!」

 

「分体のくせに、その軽口だけはそのまま残ってるのね……!」

 

「軽口じゃなくて事実確認よ」

 

「あと、お姉さん。自分の分体だから分かるけど、アンタ今めちゃくちゃ動揺してるわよ。フィルムの触手の回り方、完全に雑になってるもの」

 

「黙れ!!」

 

怒鳴り返した瞬間、触手が一本、自分の足元に絡まって、また少しだけぐらつく。

 

「ワハハハハ!よい!実によいぞ!!

ここに来て敵の総大将が、自分自身との口喧嘩で勝手に体勢を崩すとは!まこと極上の余興よ!」

 

「余興じゃないでしょうが!!」

 

「ですが……」

 

「本当に、戻ってきたのですね。しかも、今度は逃げるためではなく、舞台に立つために」

 

「ええ、そういうこと」

 

「一回死んで役者魂に火がつくとか、どんなスポ根なのって自分でも思うけど。でも、ここで戻ってこないと、あまりに後味が悪いじゃない」

 

「……そういうところだ」

 

「君はいつも、妙なところで意地が悪い」

 

「褒めてる?」

 

「褒めている」

 

ああ、ほんとに戻ってきたんだな。

 

「もう………離さない。けして」

 

「ええ。最高の恋愛劇を、見せつけてやりましょう」

 

「そんなバカな!!!役者風情が、演出家の世界を書き換えるなんて、絶対に認めない!!」

 

激昂したビーストが最大の魔力波を叩きつける。

でも私は一歩も退かない。だって、ここで退いたら主演女優失格だもの。

 

「――『我が愛はここにありて』!!」

 

私の前に展開するのは、ジャンヌの聖旗によく似た巨大なクリスタルの旗だ。

それが光の結界になって、私たちを包む。

 

「無駄よ!――『その防御は、ビーストの攻撃の前に脆くも破れる』!」

 

ネガ・リアルを発動する。

ここまでなら、たぶん今まで通りお姉さんの勝ち筋なんでしょうね。

でも。

 

「――『と思い込んだヘボなビーストは、油断して足元の石につまずいて派手に転ぶ』!」

 

「ぐはあああっ!!?痛っ!!」

 

巨大なフィルムの触手が絡まり、バルコニーの残骸まで巻き込んで、見事に転ぶ。

うん。絵面としては最悪。でも最高。

 

「な、なぜ??私のネガ・リアルが……!?」

 

「格が違うのよ。ヘボ演出家」

 

「私は、世界を騙す大女優よ?貴女の安い台本なんて、私のアドリブで全部書き換えてあげるわ!」

 

あちこちで息が漏れる。笑いなのか呆れなのか感嘆なのか、誰にも判別しきれない。

でも、それでいい。観客の感情が揺れた時点で、もう舞台は私のものだ。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

「……マキ殿……」

 

その声で、私は振り返る。

 

彼の足先から、身体が光の粒になって剥がれていく。霊核を依り代に使ったのだから、代償がないはずがない。

 

「ジル!!!」

 

「よろしいのです。……覚悟の上、ですから」

 

「マキ殿」

 

「その顔は、舞台の上の顔ではありませんな」

 

「……うるさいわね」

 

「今だけはちょっと、役作りが追いついてないだけよ」

 

「それでよいのです」

 

「役者が舞台の上で、ほんの一瞬だけ本音を零す。私は、そういう綻びも好きでした」

 

「そういうこと、もっと早く言いなさいよ」

 

「言っていたつもりでしたが、私の言葉はいつも回りくどかったですからな」

 

「ええ、本当にね」

 

光は止まらない。膝まで、腰まで、じわじわ消えていく。

 

なのに、ジルの顔だけは澄んだ微笑みのままだ。

 

「私の人生は、あの時に終わりました。ジャンヌが、火刑の炎に包まれたその日に。……それからは、神への呪いと、狂気と、果てのない闇だけが、私の人生のすべてだった。復讐だけが、私という壊れた世界を作る歯車の、すべてでした」

 

警察署の前での出会い。海魔の上での馬鹿騒ぎ。役者としての居場所を無理やり押しつけたあの瞬間。

たった数日。でも、確かにそこには舞台があった。

 

「ですが……。この数日、そこには……。私がずっと欲しかった『光』が………確かに、ありました」

 

「ジル!!!!」

 

もう一度手を伸ばす。

それでも届かない。届かないから、余計につらい。

 

「私にとって、ジャンヌは救いでした。届かぬからこそ、神聖で、遠く、眩しいものでした」

 

「ですが、マキ殿。貴女は違う。貴女は遠くにある救いではない。手を伸ばせば、殴ってでも叩き起こしてでも、無理やりでもこちらに引き戻してくる。そういう光でした」

 

「正直を申せば、私は最初、貴女のことを理解できませんでした。聖女の格好をしてふざける。触手に絡まって喜ぶ。あまりに俗っぽく、あまりに軽く、あまりに冒涜的で……。だからこそ、私は惹かれたのかもしれません」

 

「褒めてるのか貶してるのか、どっちよそれ」

 

「最大級の賛辞ですぞ」

 

「なら、受け取るわ」

 

「私は、神の奇跡を求めすぎました。だから、神の都合に裏切られた時に、地獄へ落ちた。ですが、貴女は違う。奇跡がなければ、自分で舞台を作り、役を作り、照明を引っ張ってきて、勝手に主役を名乗る」

 

「ええ、そうよ」

 

「ええ。だからこそ、貴女は強いのです」

 

ああもう。ほんとに最後まで、そうやって妙に的確なことを言うんだから困る。

 

「私、劇団のエースにするって言ったのに」

 

「契約不履行じゃない。こういうの、座長として一番嫌いなんだけど」

 

「でしたら、どうかその役目を、次の者に振ってください」

 

「劇団とは、誰か一人で回るものではない。主役が倒れても、脇役が抜けても、次の役者が台詞を拾い、幕を次へ繋ぐ。私は今、それを学びました」

 

「言峰殿。……真樹殿を、頼みます。彼女には、必要なのです。彼女の空っぽの器に、『魂』を入れることができる、ただ一つの現実の存在が」

 

「……ああ。必ず」

 

最後に、まっすぐ私を見る。

 

「真樹殿。自分を信じなさい。貴女は……私の見た、誰よりも美しく、最高の『女優』だ!!」

 

「今……………帰ります…………。ジャンヌ……………」

 

「ジルーーーーーー!!!!!」

 

その叫びを残して、フランス元帥ジル・ド・レは、完全な光になって消える。

 

消え方だけは、とても綺麗だ。

あまりにも綺麗すぎて、逆に腹が立つくらい、きちんと幕引きの形になってる。

 

なのに、その綺麗さが嫌ではないのも、もっと腹が立つ。

あの人は最後の最後まで、救いようがないくらい自分の役をやり切る。

 

誰もが、ジルの消えた場所を見ている。

 

「……見事だ」

 

短いけど、それだけで十分だ。騎士王のその一言は、ちゃんと弔辞になる。

 

「フン。あの狂人にしては、最後だけは悪くない幕引きだ」

ケイネス先生は相変わらず素直じゃない。でも、声にさっきまでの棘が少しだけない。

 

「ワハハ……いや、笑うところではないか」

 

「己の命を舞台装置に変えて、次の役者へ見せ場を繋ぐ。あれもまた、ひとつの王道よ」

 

「……ほんと、最後まで目立ちたがりだったね」

 

「ジルらしい」

 

エルキドゥさんが静かに言う。

 

「壊れていて、歪んでいて、それでも最後の最後にだけ、ちゃんと一番大事なものを手放さなかった」

 

その言葉を聞きながら、胸の真ん中を押さえる。

痛い。でも嫌な痛みじゃない。重いけど、前に進むための重さだ。

ジルが置いていったのは、悲しみだけじゃない。確かに次へ進むためのバトンもある。

 

「綺礼さん」

 

「なんだ」

 

「あとで、ちゃんと泣いていいからね」

 

「でも今は、まだ舞台の途中よ。私も泣くのはあとにする。だから、貴方も付き合いなさい」

 

「……命令か」

 

「主演女優から主演男優への正式な指示よ」

 

「承知した」

 

「よろしい」

 

それだけで、十分だ。

私はもう一度、本体の方へ向き直る。

 

あっちはこっちの空気が気に入らないのか、単眼をぐしゃっと歪めている。分かる。分かるわよ、お姉さん。私だって、せっかく作ったシリアスな最終幕を、勝手にアンコールで上書きされたらキレるもの。

 

でも、そういう想定外に踏み潰されるのも舞台なの。

役者が本気になったら、演出家の都合なんて簡単に吹っ飛ぶのよ。

 

ジル。見てなさい。

貴方が命を削って繋いだこのアンコール、絶対に駄目な舞台にはしない。

 

最高の役者だなんて、そんな大きな言葉を置いていった責任、こっちがきっちり取ってやるんだから。

 

ここから先は、私の番だ。

 

私は深く息を吸う。

ちゃんと吸える。ちゃんと立てる。

 

悲しいのは悲しい。悔しいのも本当。でも、それと同じくらい、いや、それ以上に、胸の奥で熱く燃えてるものがある。

 

ジルが最後に言い残した「最高の女優」という言葉。それを、私はまだ返せていない。

 

だから、ここで負けるわけにはいかない。

このアンコールは、まだ終わってないのだから。





【挿絵表示】




お読みいただきありがとうございました。
アンコールを成立させるために、かなり思いきり舞台装置を動かした回でした。
好きだった場面やセリフ、あるいは「ここは特に刺さった」というところがあればぜひ聞かせてください。
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