冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~   作:斉宮 柴野

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宝具名:詐われざる魂の愛(アクタ・エスト・ファーブラ)
ランク: EX

種別: 対人理 / 対人類悪宝具

レンジ: 0〜99

最大捕捉: 1,000人

【設定解説】
模造品(プリテンダー)であり、空っぽの器に数多の役を演じさせてきた聖上真樹が、ただ一人の男――言峰綺礼との出会いによって見出した「真実の魂」が昇華されたもの。

ビーストⅤ(マキ)が持つ「ネガ・リアル(共感による現実上書き)」とは対極の力。他者の人生を劇として観賞し、都合よく書き換えるのではなく、「悲劇も喜劇も、すべてはそのままで尊い」と全肯定し、強制的に劇の幕を引き、観客(神や獣)を座席から追い出し、役者を「ただの人」へと還す権能。

人類悪が抱く歪んだ愛を、ただの純粋な「一人の人間としての愛」へと解き放つ。これを受けた獣は、人を支配する理を失い、一人の無力な少女としての死、あるいは救いを受け入れることになる。


詐われざる魂の愛、そして大団円

「これで!!!終わりだ!!!!!」

 

私と綺礼さんの声が、寸分の狂いもなく完全に重なり合う。

その瞬間、視界の全てが純白に染まり上がった。

 

ただ眩いだけの光ではない。確かな熱を帯びながらも、決して肌を灼くような痛みは伴わず、押し潰されるような重圧すら存在しない。ひたすらに固く結ばれた結び目を優しく解きほぐし、間違って絡み合った運命の糸を一本ずつ本来の場所へと導いていくような、酷く穏やかで優しい力だった。

 

光の奔流の中心。固く握りしめた旗の感触だけが、今の私の全てだ。迷いなく、本体の霊核へと一直線に突き進んでいく。

 

綺礼さんの放つ黒鍵が、私の描く光の軌跡を正確になぞるように寄り添う。

二つの渾身の一撃が完全に交わったその刹那、確かな手応えが魂の奥底まで響き渡った。

 

通った。

 

もっと深く、もっと根本的な魂の奥底。

演出家として積み上げてきた空虚な理屈も、人類悪として限界までこじらせた歪な愛も、ありとあらゆるものを飛び越えて、その一番奥の柔らかい部分へと確実に届いていた。

 

「人類への愛、人への愛、全てを肯定し、ただの愛へと戻す!!」

 

自分自身でも驚くほど、どこまでも澄み切った声が喉から溢れ出す。

 

「人は人のまま、獣は獣である理を失いなさい!!『詐われざる魂の愛(アクタ・エスト・ファーブラ)』!!!!」

 

眩い光が、波紋のように静かに、そして確実に世界へと広がっていく。

 

爆発音は響かない。

巨大な大劇場を揺るがす轟音すら存在しない。

 

代わりにあるのは、本体の身体を重く包み込んでいた禍々しいノイズが、微かな音を立ててパラパラと剥がれ落ちていく気配だけ。長い年月、素顔を隠し続けてきた舞台用の厚化粧が、とうとう洗い流されていくかのように、静かに崩れ去っていく。

 

「…………私の、負けね」

 

本体は一切の抵抗を見せなかった。

避けようとする素振りすらない。

 

むしろ、強張っていた肩の力をふっと抜き、全てを終わらせるその光を安らかに受け入れている。

 

視線の先にあるその顔に、世界を強引なハッピーエンドへと縛り付ける傲慢さは欠片も残っていなかった。途方もない遠回りを経て、疲れ果てた末に、ようやく探し求めていた場所にたどり着いた一人の女の、穏やかな表情がそこにあった。

 

「ああ、そうか……」

 

「私の欲しかった『魂』は、こんなところに……あったのね」

 

静かな足音とともに、彼女がこちらへ歩み寄ってくる。

無数に蠢いていたフィルムの触手も、全てを射抜くような赤い単眼も、威圧的な巨体も消え失せている。そこに佇むのは、漆黒のドレスに身を包んだ、私と瓜二つの女性だった。

 

彼女から殺意は微塵も感じられない。その静謐な空気感だけで、痛いほどに理解できた。なにしろ、彼女は私自身なのだから。

 

本体はその場に立ち止まると、何も語ることなくそっと背伸びをし、綺礼さんの唇に触れるだけの僅かな口づけを残した。

 

ほんの短い時間。

しかし、あまりにも静かで、あまりにも丁寧で、見守るこちらが思わず息を呑んでしまうほど、嘘偽りのない真っ直ぐな口づけだった。

 

「返したわ」

 

「……貴方にもらった、愛を………」

 

「マキ………」

 

その静かなやりとりを目の当たりにして、私の胸の奥に名状しがたい感情が渦巻いた。

ただの嫉妬かと問われれば、明確に違うと答えられる。

かといって、何も感じないわけでは決してない。

 

だって、本体も間違いなく私自身であり、私が私であるように、綺礼さんを愛おしく思う気持ちも、根源を辿れば全てが一つだったのだから。

 

だからこそ、その口づけを眺めていると、欠け落ちていた自分の一部が正しい場所へと収まっていくような、不思議な感覚に包まれる。

 

不快感はない。むしろ、腹立たしいほどにすとんと腑に落ちてしまった。

 

本体はそこで優雅にくるりと振り返る。

誰も座っていない無人の客席。何万、何十万と並ぶ、静寂に包まれた空席の海。

その何もない虚無の空間へ向かって、彼女はこの場で最も美しく、洗練されたカーテシーを披露した。

 

「お集まりの皆様」

 

響き渡るその声は、人類悪のものではない。

十九歳の、少しばかり面倒くさくて、芝居がかっていて、それでも最後まで舞台を降りることを拒み続けた、一人の女優の誇り高き声だった。

 

「もしも………私のような影法師の芝居が、お気に召さなかったならば……こうお考えください。さすれば……全てが大団円。貴方様方は今までずっと、微睡みの中、虚ろな夢をご覧になっていたのだと………」

 

別れの口上が終わると同時に、大劇場の天井が、壁が、客席が、そして舞台袖が、ありとあらゆるものが眩い光の粒子へと変貌し始める。

 

大掛かりな舞台装置として組み上げられていた特異点そのものが、静寂の中で解体されていく。

 

「ああ、もうほんとに終演なんだ」

 

つい先程まで、この劇場は世界そのものを飲み込もうとする恐ろしい怪物だった。

しかし、いざ幕が下りる時だけは、ひどく礼儀正しい。

 

観客を恐怖に陥れ、役者を極限まで追い詰め、身勝手に結末を書き換えてきたというのに、最後だけは本来の舞台としての引き際をわきまえている。

そこがまた、いかにも彼女らしい。

 

最期の瞬間まで演劇を捨てきれず、現実を脚本という枠組みでしか理解しようとしない。

その執念深さには辟易するものの、揺るぎない一貫性だけは認めざるを得なかった。

 

「終わった……のか?」

 

切嗣さんの声には、まだ事態を呑み込めていない。

 

「おい!劇場が消えるってことは、空中にいる僕たち、ここにいたら墜落してまずいんじゃ!?」

 

すると、すでに姿の輪郭すら曖昧に溶けかけている本体の声だけが、ふわりと頭上から舞い降りてきた。

 

『心配ありません。皆さんは、ちゃんと柳洞寺の前に降りられます。……お客様の安全は、最後まで守りますから……』

 

「最後まで支配人ヅラするのね」

 

「そういうとこ、嫌いじゃないわよ」

 

しかし、ふと自身の足元へ視線を落とした瞬間、私はようやく致命的な異変に気がついた。

 

透けている。

 

つま先から徐々に、私自身の身体が光の粒子となって解け始めているのだ。

旗を強く握りしめていたはずの指先も、腕も、腰も、全てが少しずつ質量を失い、軽くなっていく。

 

英霊としてのかりそめの霊基が、舞台の終演と同時にその役目を終えようとしている。

 

「……私も、これまでみたい」

 

どうしようもない喪失感に、苦笑を浮かべるしかなかった。

 

「まあ、正規の英霊じゃないサーヴァントだもんね……」

 

恐怖がないわけではない。むしろ、心の底ではひどく怯えている。

けれど、いざ本当にこの世から消え去るという段階になると、不思議なほどに頭の中は澄み切っていた。

 

きっと、舞台の上で最も恐怖を感じる瞬間というのは、出番の直前なのだ。

全てが終わる時は、限界まで走り切った後だからこそ、案外静かな気持ちで迎えられる。

 

「なっ!」

 

「真樹が消えることはない!!」

 

彼は血相を変え、私の肩を力強く掴んだ。

 

消えかけの脆い霊体であるにもかかわらず、明確な痛みを感じるほどの強い力。

それだけで、彼がどれほど必死になっているかが痛いほどに伝わってくる。

 

「ようやく、私たちは夫婦になると誓ったのだぞ!!」

 

これまで聞いたことがないほど、綺礼さんの声は激しく揺れ動いていた。

 

「真樹を、何で二度も失わなければならない!!何か手はないのか!?大聖杯を使って受肉を……!!このまま聖杯戦争を続ければ、君を!!」

 

大聖杯を使用する。それはすなわち、また誰かを理不尽な犠牲にする可能性を抱えたまま、血塗られた道へ進むということを意味している。

他でもない私のために、この人はそんな恐ろしい選択を口にしている。

 

その想いは狂おしいほどに嬉しい。

けれど、絶対に許すわけにはいかない。

 

「ダメよ、綺礼さん」

 

私は両手を伸ばし、彼の強張った頬を優しく包み込んだ。

温かい。脈打つ命の熱。生きている人間の、確かな温度がそこにあった。

 

「綺礼さんをバツ2にするわけにはいかないし……結婚の申し出は、一旦断るわ!!」

 

「真樹……」

 

「それに……貴方は『正義の味方』でしょう?私のために、誰かを犠牲にするなんて絶対にダメ。それを、私が一番近くで見ているんだから……」

 

綺礼さんが、必死に何かを言い返そうと唇を震わせる。

だが、声にならない。

 

それでも今は、何も言わない。いや、言えないのだ。

私が明確に拒絶した言葉を、彼自身の手で壊したくないから。

その不器用な誠実さだけで、私の心は十分に満たされていた。

 

「だから……泣かないで?」

 

震える声で、彼に語りかける。

 

「泣かないでよ。綺礼さん」

 

「……無理を言うな」

 

「これは……かなり、難しい」

 

ああ、この人は本当に、どこまでも不器用で愛おしい。

気の利いた言葉で『承知した』とでも格好つければいい場面で、バカ正直。

 

その頃には、周囲の舞台の輪郭はもはや完全に崩壊し去っていた。

空中に浮かんでいた照明は無数の光の粒となって舞い散り、敷き詰められていた赤い絨毯も端から解れるように消滅していく。

 

切嗣さんも、舞弥さんも、アルトリアちゃんも、ケイネス先生も、ディルムッドさんも、イスカンダルさんも、ウェイバーくんも、皆ただ黙って私たちの最期を見つめている。

 

今この瞬間だけは、誰一人として言葉を発しようとはしない。

目の前にあるのが、血で血を洗う戦いの延長ではなく、永遠の別れの時間であることを、誰もが深く理解しているからだ。

 

舞弥さんだけは、微かに眉を寄せていた。

切嗣さんの傍らに静かに立ちながらも、その視線の向け方には深い哀悼が込められている。

彼女は、こうした残酷な場面で決して余計な感傷を言葉にはしない。だが、決して目を背けることもしない。

誰かの命の終わりに立ち会うことの途方もない重さを、きっと彼女は誰よりも残酷な形で知り尽くしているのだろう。

 

アルトリアちゃんは、誇り高き聖剣を下げたまま、真っ直ぐに私を見据えている。

その美しい顔に浮かんでいるのは、決して安っぽい哀れみなどではない。最後まで戦い抜いた者の結末を、決して忘れないと誓う見届ける者の眼差しだ。

 

豪放磊落なイスカンダルさんでさえ、今はいつもの豪快な笑みを浮かべていない。

筋骨隆々とした大きな身体を静かに立たせ、ただ深く、力強く頷いている。

 

その傍らで、ウェイバーくんも言葉を失い、立ち尽くしている。

こういう重苦しい沈黙の耐え方を、きっとこの少年はこれから先の人生で一つずつ学んでいくのだろう。

 

しかし、その厳粛な沈黙を鮮やかに打ち砕いたのもまた、他ならぬ本体の役目だった。

 

『……この特異点は消え、全ての因果は消え去ります。皆さんは、これから先の人生を歩んで下さい』

 

厳かな言葉の後に、ほんの少しだけ不自然な間が空く。

 

『――そして!!』

 

直後、見えない巨大なクラッカーでも炸裂したかのように、パァァァァァン!!という底抜けに明るい破裂音が空間に響き渡る。

 

『見事!!主演男優賞は、言峰綺礼さん!!賞品をお受け取りください!!!これにて、冬木アクターズ・ラプソディ、カーテンコール!!!』

 

「は?」

 

「え、賞品ってなに」

 

だが、その当然の疑問に答えてくれる声はもうどこにもない。

本体の気配は、その言葉を最後に完全にこの世界から解け去り、消滅してしまった。

 

「真樹ーーーーー!!!!」

 

悲痛そのもの。普段の彼からは想像もつかないほど、こちらがひっくり返りそうになるくらいの大音声だ。

 

「…………………はい?」

 

あまりのことに、私は素のトーンで返事をしてしまった。

 

「………………え?」

 

彼は恐る恐る、自分の腕の中へと視線を落とした。

そこには、つい先程まで光の粒子となって透けかけていたはずの私が、何事もなかったかのように普通に存在している。

 

透けてなどいない。生身の温かい体温がある。規則正しい呼吸の起伏もある。

それどころか、度重なる激戦でボロボロに傷みきっていたはずの身体の違和感すら、嘘のように綺麗さっぱり消え去っているではないか。

 

「へっくち!!」

 

「……ほう」

 

「ビーストの最後の魔力による、完全な肉体治癒と受肉……か。実に腹立たしいが、粋な真似をしおる」

 

「ってことは……」

 

「私、消えてない?ちゃんと人間?ほんとに?」

 

「真樹……。真樹……!!」

 

「ああ、いる……。生きている……」

 

「えへへ……」

 

その泣き出しそうな顔を見ていると、自然と顔がほころんでしまう。

 

「ははは!まさかのハッピーエンド・カーテンコール!綺礼さん、結婚の話、やっぱり受けます!!」

 

「ああ!!真樹!!!」

 

綺礼さんが、感極まった表情のまま、私の身体を軽々と高く抱き上げた。

 

ふわりと持ち上げられた瞬間、視界が一段高くなるのをはっきりと感じる。

呆然とする皆の顔が下の方に並んでいる。

 

美しく冴え渡る月明かり。頬を撫でる冷たい夜風。全てが終わった後の心地よい静けさ。そして、愛する恋人の逞しい腕の中。完璧なまでに計算し尽くされた、最高の大団円。

 

――の、はずだったのだが。

 

「……………あれ?」

 

「ん??」

 

私は、恐る恐る自身の身体を見下ろす。

上半身は全く問題ない。元々着込んでいたお気に入りのパーカーが、そのままの形で残っている。多少の血の染みはあるが、この際そんな些細なことはどうでもいい。

問題は、下半身だ。

 

「………………」

 

何も、ない。

 

いや、正確に言えば、存在はしている。脚はあるのだ。傷一つなく綺麗な状態で、二本とも完璧に再生されている。

 

しかし、それを覆い隠す布が一切存在しない。

文字通り、何一つとして身につけていない。

それが意味することは、つまり。

 

「…………のわあああああ!!!!!!」

 

「ぎゃあああ!!!!?」

 

なぜか抱き上げている綺礼さんまで、一緒になって悲鳴を上げる。

 

反射的に、綺礼さんの顔面に向かって全力で飛びついた。

両腕で彼の首に激しくしがみつき、両脚を使ってその頭部を容赦なくがっちりと挟み込む。

 

無防備な前面を死守するためには、もはやこの恥も外聞もない姿勢をとるしか道は残されていなかった。

 

「真樹!!何を!!」

 

「見ないで!!」

 

「せめて前の穴は、綺礼さんだけに見せるからあああ!!!」

 

「ま、前が見えん!ぐっ、視界が……!」

 

「ちょ、ちょっと待って、これ私どういう状態!?」

 

「英霊の衣装だけ消えて、肉体だけ受肉したせいで、下半身は肉体だけ再構築したの!?なんでそこだけリアル志向なのよ!!こんなの主演女優への嫌がらせでしょうが!!」

 

「うわあああっ!?」

 

「見てない!僕は何も見てないからな!!」

 

切嗣さんは、一切の無言を貫いたまま恐ろしい速さで顔を背けた。

そのあまりにも素早い動作が逆に滑稽だ。つい先程まで感動の別れを神妙な面持ちで見守っていたというのに、今となっては一ミリたりともこちらへ視線を向けようとしない。

 

舞弥さんは静かに目を伏せる。

しかし、手にした銃だけはきっちりと素早くホルスターへと収めた。

この人は、本当に変なところに限って異様なほど冷静だ。

 

「破廉恥極まりない!!」

 

「風紀が!!」

 

「キリツグ!目を塞ぎなさい!!マイヤも、銃を下ろして!!」

 

アルトリアちゃんが、かつてないほどに慌てふためきながら指示を飛ばす。

なぜか当事者である私ではなく、周囲の視線管理と武装解除を最優先し始めるあたり、彼女はどこまでも真面目すぎる騎士なのだ。

 

そして、その場にいたほぼ全員が、全く同じタイミングで天を仰いで叫んだ。

 

「「「そういう問題かーーーーー!!!」」」

 

「わーーーん!!」

 

私は綺礼さんの顔面に必死にしがみついたまま、ただひたすらに泣き喚くしかなかった。

 

「とりあえずこれで本編はおしまい!!後は後日談!!早く!!早く幕を閉めてーーーー!!!」




本編はこれにておしまいです。
最後の舞台口上、綺礼の反応、そしてカーテンコールまで含めて楽しんでいただけていたら嬉しいです。
よければ感想で聞かせてください。


後は後日談になります。
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