冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~   作:斉宮 柴野

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だいぶ騒がしいですが、ちゃんと聖杯戦争は進んでいます。


獅子心王と冬の女王、あるいは最悪の再会

「ああ、私だ」

 

相手は、かつての宿敵にしてマジキチスマイルの同業者、衛宮切嗣。

どうやら開口一番、鼓膜をぶち破らんばかりの不機嫌ボイスが飛んできたらしいわね。

 

『言峰、今日は大聖杯の調査の約束だっただろう。円蔵山の入り口で一時間待ったぞ』

 

一時間!

 

「あ……すまん。立香のおむつを替えていたら、つい失念していた」

 

電波の向こう側で、切嗣さんが数秒間、完全にフリーズした気配が伝わってくるわ。

その呆れ果てた沈黙の意図なんて、現場にいない私にだって3Dホログラムみたいにハッキリ見える!

絶対、「コイツの平和ボケ、マジで病院行った方がいいんじゃないか」って顔してるわよ!

 

『…………平和ボケも大概にしてくれよ。元・人類悪の夫。君が来ないと、調査の許可が下りないんだ』

 

「ああ。すまない」

 

『今さらそこはいい。で、本題だ』

 

ちょっと待って。

当人たちに馴れ合ってる自覚は微塵もないんだろうけど、客観的に見たら完全に「休日のお父さん同士のLINE」じゃないのよ、コレ!

 

『子供たちのサーヴァント召喚は今夜行う。大聖杯に魔力がない以上、まともな召喚にならない危険があるからな。念のため、僕たちがついて儀式を見守ることにした』

 

「なるほど」

 

令呪はガッツリ出てるのに、大聖杯のタンクはすっからかん。

魔術理論なんて木っ端微塵に破綻してるのに、システムだけがゾンビみたいに稼働してる超・異常事態!

 

こんなクソ胡散臭いデスゲームの盤面で、子供たちにだけ命綱を握らせるほど、切嗣もウチの旦那も頭の中お花畑じゃないってことね。

 

「わかった。カレンにも今夜、召喚させよう。もっとも、あの娘が素直に私の言うことを聞くかは別だがな」

 

『聞かせろ。父親だろ』

 

「父親だから聞かれんのだ」

 

『……それは少しわかる』

 

思春期を迎えた娘の反抗期って、反英雄だろうが冷酷な代行者だろうが、等しくその胃壁を削り取っていく最強のデバフなのよね!

 

「では、後で向かう」

 

『遅れるなよ』

 

「善処しよう」

 

『その言い方、絶対に遅れるやつなんだよな……』

 

通話が切断され、その数十分後。

アイツ、本当に一切の遅滞なく我が家へ帰還しやがったわ。

生真面目なんだか不真面目なんだか、未だに生態系が謎すぎる男よ!

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

一方、その頃の私(絶賛ワンオペ中)はといえば!

台所に立ち、ひたすらに豆腐と赤唐辛子の灼熱地獄を錬成中よ!

言峰家における夕食の麻婆豆腐なんて、もはや料理っていう概念を通り越してカルト宗教の供物だからね!

辛さがコンマ一ミリでも足りなければ綺礼の瞳からハイライトが消え失せるし、逆にやりすぎればカレンから致死量の毒舌マシンガンを浴びる。

どう転んでも地獄の業火に焼かれる運命なら、いっそ私の趣味全開でカプサイシンをオーバードーズさせてやるのが、作り手としてのロックな生き様ってもんでしょ!

 

「切嗣さんから?」

 

ぐつぐつと煮え滾る赤いマグマから目を離さず、私はお玉を握ったまま背中越しに声を投げた。

 

「相変わらずマメねえ、あのパパさん」

 

「ああ」

 

「令呪の件もある。今夜、カレンに召喚をさせることにした」

 

「へえ」

 

火加減を調整する私の指先が、ほんの少しだけピリッと強張る。

 

今夜。

RTA並みに展開が早いけど、先送りにしたところで事態が好転するようなヌルいゲームじゃない。

 

令呪っていう強制参加チケットが送りつけられた以上、見えざるクソ運営が私たちの都合を待ってくれるわけないんだから!

 

「触媒はどうするの?遠坂さんから何か借りる?」

 

「別に勝ちに向かうわけではないからな。それに、魔力がない状態で召喚が成立するかもわからん。縁に任せればいい」

 

「それ、逆にとんでもないのが来そうなフラグ建築にしか聞こえないんだけど」

 

「とんでもないものは、だいたい最初から来る」

 

「説得力カンストしてるのよ、あんたの人生!」

 

私は特大の深ため息をつきながら、皿をバンバン並べていく。

でも、彼の言う通り『縁に任せる(完全ランダムガチャ)』っていう選択は、このバグだらけの盤面においては案外・最適解かもしれない。

 

聖杯っていうサーバーがイカれてるなら、下手に理屈で縛り付けるより、術者本人の魂の波長(ソウル)に全振りした方が、まだしもワンチャンあるってものよ。

 

「そうね……。でも、変な子が来たら私の劇団に入れてあげなきゃ!」

 

「その発想が出るのが、お前らしいな」

 

「だって、せっかく来るんでしょう?英霊って、基本的にキャラが劇薬レベルで濃いのよ。使わない手はないじゃない!」

 

「召喚をオーディション扱いするな」

 

「でも、見た目と口調と決め台詞が強い子は舞台映えするわよ?」

 

「お前の脳内では、聖杯戦争も演目の一種なのか」

 

「今さら何言ってんのよ!」

 

軽口でラリーをしていると、居間の襖がシャッと開き、腹黒銀髪シスターが姿を現した。

絶妙すぎるタイミング。マジで腹立たしいほどに!

 

「継母、今日の麻婆豆腐は何辛ですか」

 

「普通に辛口よ」

 

「普通の基準が壊滅している家の『普通』は一切信用できません」

 

「うるさいわね!嫌なら卵かけご飯でもすすってなさい!」

 

「お父様、継母が食事による家庭内迫害を」

 

「真樹、娘に優しくしろ」

 

「そのクソ茶番に乗るなって言ってるでしょうが!!」

 

私たちが大怪獣バトルを繰り広げている傍らで、幼い立香は「だあー」と天使のスマイルを振りまき、白野に至っては座布団の上で絵本を逆さまにしたまま真顔で熟読している。

自由奔放の極み!ウチのリビング、カオスが服着て歩いてるわね!

 

「カレン、今夜召喚をやる」

 

「……そうですか」

 

「嫌か?」

 

「別に。嫌というより、極めて面倒です」

 

「それを嫌と言うのだ」

 

「言葉尻を取らないでください、お父様」

 

口答えは一級品だけど、絶対に拒絶はしない。

この娘なりに、空気に混じった血と硝煙の匂いをバッチリ嗅ぎ取っているのよ。

ただ、素直に頷くデレの回路が焼き切れてるだけで!

 

「変な英霊が来たらどうするんです?」

 

「変じゃない英霊の方がSSRレベルでレアよ」

 

私の即答に、カレンが今日一番の『汚物を見るような目』を顔に貼り付ける。

 

「継母の波乱万丈すぎる人生経験に基づくコメントが、最も信用ならないのですが」

 

「失礼ね!私はこれまで、だいたい変な英霊とエンカウントしてきてるのよ!」

 

「誇ることではありません」

 

「……まあ、とにかく」

 

「今夜は衛宮邸も動く。切嗣たちが見守る形で、子供たちの召喚を先にやる」

 

「なら、うちもそのあとね」

 

「そうなる」

 

「わかった。じゃあ夕飯食べたら、私は最低限の支度だけしておくわ。召喚陣の確認と、あとカレンの汚部屋の掃除」

 

「なぜ私の不可侵領域を」

 

「英霊が来て最初に見る景色が、腹黒娘の脱ぎ散らかした服の山とかだったら、第一印象がマリアナ海溝まで沈むでしょうが!」

 

「脱ぎ散らかしていません。芸術的に畳んでいないだけです」

 

「それを世間一般では散らかってるって言うのよ!」

 

でもね、床板の下を這うような微かな地鳴りが、確実に次のデスマッチの幕開けを告げていたわ。

煮え滾る鍋の音。無邪気な赤ん坊の声。男の重い足音。娘のキレッキレの毒舌。

そのすべての日常音を塗り潰すように、手の甲に刻まれた赤い令呪が、じりじりと焼けるような熱を帯びていく。

 

ああ、もう!本当に嫌になる!

平和を誰よりも愛しているはずなのに!

文句を垂れ流しながらも、結局は血湧き肉躍るステージへとウキウキで上がってしまうのが、私っていう生き物のカルマなのよ!

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

衛宮邸では、決戦に向けた超絶シリアスな準備が……進められているはずもなかったわ!

建前としては儀式前の静寂。

 

でも実態を覗き込めば、そこにあるのはただのクソ濃い女子会よ!!

イリヤの自室には、美遊とクロエが当たり前のように不法占拠していた。

年齢を重ねても、この三人の本質的なカースト制度は恐ろしいほど微動だにしない!

 

「見て見て!」

 

イリヤが、鏡の前でアイドル顔負けのターンを決める。

 

「この服、大人っぽくて可愛くない?記念すべき召喚の日だし!」

 

「……イリヤは何を着ても可愛い。最高に似合ってる。尊い」

 

美遊の相変わらずの限界オタクっぷり!

彼女のイリヤに対する評価軸は、常に加点方式で大気圏を突破してるのよ!

 

「ふっふーん、そうでしょう!」

 

「ちょっと待ちなさいよ、二人とも」

 

ベッドの上で王様みたいに足を組んでいたクロエが、呆れ果てたように深くため息をつく。

 

「あんたら、小学生の頃からまったく進歩してないわね!もう私たちもオトナの女なんだから、もっとこう、胸元をばばーんと開けて、脚も惜しげなく出して、圧倒的な露出度で男を制圧する方向を考えなさいよ!」

 

「嫌よ!」

 

「なんで神聖な召喚の日にそんなハレンチ極まりない格好しなきゃいけないのよ!」

 

「決まってるじゃない。聖杯戦争のドサクサに紛れて引っかかった男に貢がせて、ついでに魔力も経験値もチュウチュウ美味しくいただくのよ!これぞ大人の女のクレバーな勝ち方!」

 

「控えめに言ってサキュバス」

 

「ええい、なんでそういう言い方するのよ!」

 

「まともに言えば美人局(つつもたせ)よ、それ」

 

イリヤまでが容赦ないコンボ攻撃を叩き込む!

クロエを相手にした時のこの二人の連携、プロゲーマー並みに息が合いすぎてて恐ろしいわ!

 

「不埒な親友どもめ!!」

 

ブチギレたクロエが枕を全力投球!

イリヤが「きゃーっ!」と悲鳴を上げてしゃがみ込み、その頭上をカッ飛んでいった枕を、美遊が片手でスッとスタイリッシュにキャッチする。

 

意味が分からないほど平和!平和のゲシュタルト崩壊!

 

「でもさ」

 

乱れた服の裾を整えながら、イリヤの瞳からふっと笑みが消える。

 

「本当に魔力ゼロなんだよね?なのに召喚って、なんかすごく変な感じ」

 

「変」

 

美遊も、手にした枕を抱きしめながら即答する。

 

「明らかに変。バグってる。でも、令呪が刻まれたのは紛れもない事実」

 

「こういう時って、逆に変なものが釣れるのよねえ」

 

「前世からの運命の出会いとか、血塗られた呪いの再会とか、そういうドロドロのドラマチックなやつ!」

 

「嫌なフラグ立てないでよ」

 

イリヤが露骨に嫌そうな顔で唇を尖らせた。

 

「私は普通に強くて、ちゃんと言葉のキャッチボールができるサーヴァントが来てほしいんだけど」

 

「その願い、たぶん一番通らない」

 

美遊の絶対零度の指摘が、容赦なくイリヤのメンタルを削り取る。

 

「やめて」

 

そうして笑い合い、軽口で不安をバーストさせているうちに、夜の帳は完全に落ちた。

 

衛宮邸の離れにある道場。

板張りの床には、すでに緻密な召喚陣がバッチリ描かれている。

暗がりの中で儀式を見守るのは、切嗣さん、アイリさん、舞弥さん。そして、この家の規格外すぎる食客であるアルトリアちゃん!

 

士郎が一歩前へ進み出た瞬間、場の空気が劇的に切り替わった。

つい先ほどまで空港で散々なツッコミを受けていた凡人オーラの青年は、今この瞬間、紛れもない魔術師としての鋭い顔つきにチェンジしている。

 

「――汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に」

 

朗々とした詠唱が、静寂の道場に響き渡る。

本来、そこに流れるべき魔力の脈動なんて欠片もない。

 

理論上は「スンッ……」で終わるのが大前提のクソゲー儀式。

しかし、床に描かれた陣は、世界の法則に中指を立てるように、パチンコの確定演出ばりに強烈な光を放ち始めた!

 

「うわっ」

 

視界を真っ白に染め上げる黄金のビッグバン!

光の粒子が収束した果てに顕現したのは、無造作に伸びた金髪と真紅のマントをバサァッと翻す、いかにも陽キャで快活そうな騎士の姿だった!

 

「問おう!汝が俺のマスターか!――って、あれ?」

 

「先客のサーヴァント!?」

 

「落ち着いてください」

 

アルトリアちゃんが一歩前に進み出る。

 

「私はこの聖杯戦争における現役のサーヴァントではありません。この家の……そうですね、食客のようなものです」

 

魔術世界の歴史上、いまだかつて聞いたことのないフリーダムすぎる自己紹介!

しかし、金髪の陽キャ騎士はなぜか「ポンッ」と手を叩き、一人で宇宙の真理を悟ったような顔をした。

 

「なるほど!特殊な事例か!」

 

「特殊にも程があるだろ……」

 

「とりあえず話を聞いてくれ。うちはちょっと特殊なんだ」

 

「それは見れば分かる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……アルトリア・ペンドラゴン?」

 

「ええ。そうです」

 

「本物か!?」

 

道場の窓ガラスが割れんばかりの爆音ボイス!

ああ、嫌な予感はしていたのよ。

一番エンカウントしたくない、限界突破した『強火のオタク』の登場である!

 

「我が名は獅子心王リチャード!アーサー王、貴公の熱烈な信奉者として、マスターの刃となることをここに誓おう!」

 

「私の信奉者……」

 

アルトリアちゃんの頬が、ポッとなんか朱に染まってる!?

手放しで全肯定されると秒で機嫌を良くしてしまうのが、このチョロすぎる騎士王の愛すべき弱点なのよね!

 

「フフ、素直で良いサーヴァントですね。大変気に入りました」

 

「アルトリアはそういうところ、ほんと単純だよな……」

 

士郎の呆れ果てた小声は、悲しいかな、隠す気ゼロの音量で道場に響き渡っていた。

 

「シロウ?」

 

「いえ何でも」

 

なんというか、緊張感がマッハで家出していく和やかな空気が流れかけたその時。

イリヤが、強引に士郎の前へとズイズイ進み出た。

そう、ここからが本当の地獄のデスゲームの始まりよ!

 

「はいはい、どいてどいて!次は私だよ!」

 

「え?」

 

事態が飲み込めないリチャードが、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。

 

「この可愛らしい少女もマスターなのか?これから召喚を?」

 

「うん、私もする!」

 

「イリヤ、私が触媒になろうか?」

 

美遊が、一切の冗談を排したガチの瞳で身を乗り出す。

 

「いや、私が触媒になるなら、エロくて強い英霊が確実に来るに違いないわ!」

 

クロエまでが悪ノリMAXで乱入してきた!

 

「なんで触媒に自己アピールが入るのよ!」

 

「もういいわよ、適当で!出てこい、天秤の守り手!!」

 

「適当すぎるだろ……」

 

しかし、無情にもバグだらけのガチャは回る。

不発どころか、士郎の召喚時とは比べ物にならないほど、凶悪で冷徹な魔力が空間を支配し始めた!

 

溢れ出す光は、生命力を一切感じさせない、研ぎ澄まされたダイヤモンドダストのように白い。

 

「……来る」

 

アルトリアちゃんの声が、警戒レベルMAXの低いものに切り替わる。

凍てつく光の中からゆっくりと姿を現したのは、豪奢な漆黒のドレスに身を包んだ銀髪の美女だった。

 

整いすぎた美貌。

他者をゴミムシのように見下すことを前提にデザインされた、冷酷極まりない目元。

ただそこに立っているだけで、周囲の熱を根こそぎ奪い去っていくような圧倒的なラスボス感!

 

そして何よりヤバいのは。

彼女の顔立ちが、傍らに立つアルトリアちゃんと、DNAレベルでの血の繋がりを痛感させるほどに激似していることだ!

 

似ている。

だが、決定的に『一切の慈悲を持たないサイコパスの顔』をしている!

 

「私を召喚したのですね」

 

静謐な声。

 

「バーサーカー、モルガン。ブリテンの女王にして、アーサーを永遠に呪い続けるもの。それで問題がないのなら、サーヴァントとして力を貸しましょう」

 

道場が、お通夜みたいに静まり返った。

 

そして、当のモルガン本人の口上が、不自然にピタッと途切れた。

理由は至極単純。

彼女の氷のような視界の端に、絶対にエンカウントしてはいけない『ヘイトMAXの対象』が映り込んだからである!

 

「…………アルトリア」

 

道場の空気が、さらにマイナス100度冷え込んだ!

 

「なぜここに」

 

アルトリアちゃんもまた、逃げることなく真っ向からメンチを切る!

 

「モルガン……!貴女こそ、なぜバーサーカーのクラスで喚ばれているのですか!」

 

「マスター!」

 

モルガンが、氷の刃のような視線をイリヤへと突き刺す。

 

「いますぐあの不届きな妹を、踏み潰す許可を」

 

「は?」

 

「マスター、早急に許可を」

 

「いやいやいやいや、ちょっと待って!?召喚一発目の願いがソレなの!?」

 

イリヤが完全に素に戻ってドン引きしてる!

無理もない!誰も初手からこんなクレイジー展開予想してないわよ!

 

「モルガン!!!ここは貴女が個人的な怨恨を晴らすためのデスマッチ会場ではありません!」

 

「黙りなさい、忌まわしき妹。貴女が同じ空間で二酸化炭素を吐き出しているという事実だけで、私の神経は苛立つのです」

 

「そんな理不尽な理由で嫌悪される筋合いはありません!」

 

「あります」

 

絶対的な断言!

有無を言わせぬプレッシャー!

 

「なんでこうなるんだよ……」

 

「アーサー王のお姉様!?」

 

その地獄みたいな空間の横で、ただ一人、リチャードだけが瞳にキラキラ星を輝かせていた。

コイツはコイツで、別の意味で視界に入れたくない地獄なんですけど!?

 

「アーサー王と、その実のお姉様!?なんだこの聖杯戦争、俺にとっては神イベントすぎるだろ!!」

 

「どこをどう見たら『イベント』の範疇に収まるんですか!?」

 

「地獄よ、正真正銘の地獄!面倒くさい家庭のトラウマ問題が、そのまま英霊の座からクール便で直送されてきただけよ!」

 

「アルトリアちゃん、昔からのお知り合いなの?」

 

クロエが、面白がっているのを一切隠そうとせずにガソリンを投下する!

 

「知り合いなどという生易しいものではありません!」

 

「我が麗しきブリテン崩壊の原因の一端を担った大元凶です!」

 

「へえ。重っ」

 

美遊の感情完全オフのAIボイスが、この場で最も的確に事態のヤバさをえぐり出していたわ。

 

「……確かにそっくりだ。十年前、真樹が演じていたモルガン役も、なかなかの再現度だったんだな」

 

こんな緊迫した状況下で、なんで私の過去の黒歴史(余興)を思い出すのよ!

 

アイリさんだけは、この修羅場の中でふんわりとお花畑みたいな笑みを浮かべていた。

 

「でも、姉妹喧嘩が召喚直後に始まるなんて、ちょっと想定外で面白いわね」

 

「想定内の聖杯戦争なんて、有史以来一度だって存在しないだろ……」

 

士郎の疲労度MAXのボヤキに、私は心からの『いいね!』ボタンを連打してあげたい!

 

モルガンの殺気は未だアルトリアちゃんをロックオンし続け、アルトリアちゃんもまた聖剣の柄に手をかける勢いで一歩も引かない。

 

リチャードは「本物の姉妹だ……!尊い!」とか言って歴史的瞬間に立ち会えた信者のように感涙にむせび、イリヤは「なんで私の初めてのガチャでこんなドロドロのトラウマ案件を引かなきゃいけないの!?」と半泣き状態。

 

美遊は氷のように冷静に状況を分析し、クロエは極上のエンターテインメントとしてポップコーン片手に鑑賞モードに入ってる。

 

冬木の深夜、衛宮邸の道場において、これ以上ないほどカオスな大団円が成立していたわ!

 

しかも、事態がここでスマートに収束しないのが衛宮家の恐ろしいところなのよ!

召喚が完了したのなら、ひとまず殺気を引っ込めて自己紹介のフェーズに移行するのが、理性ある大人たちのセオリーってもんでしょ?

そう、普通はそうなるの。

 

しかし、この家において『普通』という概念は、とうの昔にブラックホールに吸い込まれて消滅しているのだ!

 

「私はこの家の長女として、はっきり言っておくけど!」

 

イリヤが、半ばヤケクソ気味に両手をバタバタと大きく振り回した!

 

「うちの敷地内で、血みどろの家族喧嘩は絶対に禁止だからね!?わかった!?食卓で急に剣を抜くのも禁止!廊下で極大魔術ぶっぱなすのも禁止!士郎の部屋を勝手に漁るのも禁止!」

 

「最後の一文だけ、妙に手慣れた実体験のニオイがするな」

 

「だってクロがやるし!」

 

「やってないわよ。まだ」

 

「『まだ』って何よ、『まだ』って!」

 

怒号が飛び交う中、リチャードは完全にこのカオス空間をエンジョイしきっていた。

順応性が高すぎるだろ!お前、本当に騎士王のファンだというパッションだけで現界してきたのか!?

 

「シロウの家は、活気があって素晴らしいな!」

 

「いいのかなあ、これで……」

 

「いいに決まっているだろう!」

 

松岡〇造も裸足で逃げ出すレベルの暑苦しいポジティブシンキング!殴りたくなるほど眩しい!

 

だが、嫌いではないわ。ああいうバカポジティブな手合いが舞台に一人いるだけで、膠着した状況はブルドーザーみたいに強引に転がっていくものだからね!

 

最大の問題は、やはりモルガンである。

彼女の周囲だけ、未だに絶対零度のブリザードが吹き荒れている。

 

視線は執拗にアルトリアちゃんの首の動脈を狙い、形の良い唇から紡がれる言葉はどれもR指定モノに物騒極まりなく、ただ立っているだけで「ここは私の君臨する城ではない(不満度1000%)」という強烈なオーラを撒き散らしていた。

 

「まず確認します」

 

舞弥が、一切の感情を交えないSiriみたいな声で切り込んだ。

 

「あなたに現時点で、我々に対する敵対意思はありますか」

 

「妹に対しては常時、致死量の敵意をフルスロットルで抱いています」

 

「私に対する敵意は今すぐ下げなさいと要求しているのです!」

 

よほど触れられたくないガチの地雷なんだろうね。

 

「ですが、マスターが明確に命じない限り、この場で刃を向けるような真似はしません」

 

モルガンはイリヤへ視線を向けることすらなく、冷淡にそう言い放つ。

こういうタイプが一番厄介なのよ!

 

契約というシステム上のルールは遵守する。だが、己のドス黒いヘイト感情を偽ることは絶対にしない。

まさに、どうしようもなくタチの悪い『大人の完成形』みたいな女王サマだわ!

 

「よし!」

 

「じゃあそのルールでいきましょう!当面、私がマスターとして命じます!この家で、勝手に誰かをミンチにしたり、血の海を作ったりしないこと!」

 

「…………承知しました」

 

永遠かと思うような、凍りつくような長い沈黙。

だが、一応の了承は引き出したわ!

偉い!いや、少しも偉くはないが、一歩前進は前進よ!

 

「ついでに言うと、アルトリアちゃんはうちの大事な家族みたいなものだから、あんまり殺意を剥き出しにされると私がすごく困る!」

 

「家族……」

 

モルガンの整った眉が、ピクリと不快度MAXで跳ねた!

あっ、今の単語は特大の逆鱗だった!?

 

「ならばなおさら、最優先の排除対象(デリートターゲット)では?」

 

「違う違う違う違う!そういう意味じゃないの!」

 

「イリヤ、言い方」

 

美遊が、的確すぎるフォローを入れる。

 

「『同居人』の方がまだマシ」

 

「そこ!?」

 

だが、実のところ美遊の言う通りなのよね。衛宮邸の「家族」判定のガバガバ具合は、下手に地雷原を踏み抜くとマジで命に関わるから。

 

その一方で、リチャードは別の意味で制御不能の暴走機関車と化していた。

アルトリアちゃんの御前にすっと流麗な動作で跪こうとし、すんでのところで士郎に首根っこをガシッと掴まれて物理で引き留められている!

 

「何をするんだシロウ!俺はただ、偉大なる王への最大の敬意を」

 

「距離感がおかしいんだよ!いきなり他人の家のフローリングに膝をつくな!」

 

「だが、目の前にいるのはあのアーサー王だぞ!?」

 

「知ってる!俺だって毎日同じ釜の飯食ってるから知ってる!」

 

「アーサー王、あなたの高潔な騎士道の教えをぜひ我が胸に!」

 

「落ち着いてくださいリチャード。私は教鞭を執る教師ではありません」

 

「では、食客としての奥義たる心得でも!」

 

「それはもっと持ち合わせていません!!」

 

珍しくアルトリアちゃんが、ガチでドン引きして困惑している!

崇拝されて満更でもないチョロい感情と、ファンサを要求される面倒くささが脳内で大渋滞を起こしてる顔だわ、アレ!

 

切嗣は壁際に寄りかかりながら、その修羅場をひどく遠い目で見つめていた。

あの男は、硝煙と死臭の漂う戦場よりも、こうした家庭内の感情のヘドロに対処する方が圧倒的にデバフがかかるタイプなのよ。

 

「……イリヤ」

 

「なに、お父さん」

 

「どうして君の周りは、毎回こう、胃薬が手放せなくなるほど華やかなんだ」

 

「知らないわよ!私が一番聞きたいっつーの!」

 

「でも、可愛らしいじゃない。賑やかで」

 

「可愛いで済ませるには、家の中に敵対関係が多すぎるよ……」

 

士郎の嘆きは最もだが、その異常なまでの賑やかさ(カオス)こそが、この家の最強の武器でもあるのよ。

面倒な過去を持つ人間も、規格外にイカれた英霊も、すべてを丸ごとブラックホールみたいに飲み込んで無理やりに回していく力が衛宮家にはある。

完璧に整調された無菌室の平和よりも、部品が吹っ飛んで黒煙を上げてるような騒がしい日常の方が、彼らには相応しいのかもしれないわね。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

その深夜、円蔵山。

そこでもまた、大人たちの終わらないハゲ上がりそうな頭痛が続いていたわ。

スッカラカンの大聖杯。マスターの証たる令呪の強制発現。そして、理屈をフルシカトして強行されるバグだらけの召喚儀式。

 

そこへ『マリスビリー・アニムスフィア』なんていう、時計塔の特大C4爆弾の名前まで投げ込まれたんだから、胃壁に穴が空かない方がどうかしてる!

 

「一つだけ確かなのは」

 

ロード・エルメロイⅡ世たるウェイバー君が、苦渋に満ちた顔で口を開く。

 

「今回の戦争は、冬木というルールだけでは到底説明がつかない、クソゲー事態に陥っているということだ」

 

「その断言を聞くと、逆に安心するな」

 

「論理的な説明が一切つかない状況こそが、もはや僕たちの平常運転になりつつある」

 

「安心できる要素など、一ミリも存在しませんが」

 

ケイネス先生は不機嫌そうに腕を組んだまま、忌々しげに特大の舌打ちをした。

 

「マリスビリーが直々に動く以上、時計塔内部の権力闘争も無視できん。アニムスフィアが関与するのなら、これはもはや極東の田舎町だけのドタバタ劇では済まんだろう」

 

「面倒ねえ」

 

「でも、面倒だからといって目を逸らしてバックレると、もっと取り返しのつかない面倒になって返ってくるのよね」

 

「身も蓋もない真理だが、その通りだ」

 

時臣が、疲れ切ったサラリーマンみたいな顔で静かに同意する。

 

「凛と桜、そしてあちらの子供たちも含め、今夜の召喚結果(ガチャ運)次第で状況は大きく動くはずだ」

 

「とりあえず、誰がどんな化け物を連れてくるか、だな」

 

 

 

 

 

 

 

そういう意味で言えば、物語の序盤戦において、すでに特大のネタバレ(答え)は半分ほど提示されている。

底抜けにアホみたいに眩しい獅子心王と、美貌と威圧感で世界を氷河期にする冬の女王。

なんという、脳汁ドバドバの素晴らしいコントラスト!

現場で対応する連中からすれば発狂モノの最悪展開だろうが、一つの群像劇エンタメとして俯瞰すれば、これほど心躍る神キャスティングもないわ!

 

ここで、私はナレーターの特権として高らかに宣言しておこう!

今宵のこの狂気じみたエンカウントは、間違いなくここから先のすべての運命をド派手にぶち壊していく!

 

平和に毒された代行者も、元・魔術師殺しも、空っぽの聖杯も、天体科の君主も。

そのすべてを巻き込む中心で、冬木の役者たちは本人たちの意思なんて完全にガン無視されて、またしても最高で最悪の配役を引き当ててしまったのだ!

 

ならばもう、腹を抱えて大爆笑するしかないじゃない!

ええ、もちろん。

 

私は次回も、誰よりも近い特等席でこのドタバタ喜劇にポップコーンを投げつけながら鑑賞させてもらうつもりよ!

口うるさくて最高にイケてる継母として。

世話焼きの妻として。

元・人類悪として。

そして何より、この最悪に騒がしく、愛おしくてたまらないクレイジーな舞台を心底愛している、ただ一人の大ファンとしてね!




お読みいただきありがとうございました。
今回は、家庭パートの騒がしさと、召喚そのもののわくわく感を両立させたい回でした。

真樹がナレーターだと、どうしても全体がうるさくなりますが、そのぶんこの作品らしいテンポになった気もしています。
モルガン登場まわりや、衛宮邸のカオスが楽しんでいただけていたら嬉しいです。

次回からは、空っぽの聖杯をめぐる本格的な駆け引きも始まっていくので、ぜひまたよろしくお願いします。
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